剛鬼が私の岩窟に住み着いてから百年ほど経っていた。この百年で身長が10cmほど伸びた。このまま行けば四、五百年でロリっ娘卒業、物差しが無いから分からないが160程度にはなるだろう。
現時点で私は百歳弱、剛鬼は百五十から二百ぐらいである。鬼は歳の数え方も大雑把だ。
剛鬼の酒好きはかなりのもので、半年に一度村から強奪する濁り酒だけでは我慢できなくなったのか自分で酒を造り始めた。田圃の草取りをする鬼、というのはかなりシュールだった。ちなみに森の中に水を引いて田圃を作ったのは私だ。水はけの良い腐葉土に延々と粘土を混ぜ込む作業は地味に辛かった。
最近では妖精と小妖怪が彼の仕事を手伝っている。
ここのところはどこからともなく妖力が集まり、妖の類が発生するようになっていた。大体年に三、四匹のペースで発生し現在剛鬼配下の小妖怪達は百匹に上る。生まれた妖怪全てが軍門に下っているわけではないが九割以上は剛鬼の下にいるだろう。
年々発生ペースが上がり小妖怪は子供を作る事もあるので、最初は食料確保が大変だった。森に自生する果物やキノコ類では足りず農作も始めてみたが毎年収支がカツカツだった。
しかしある年、森の果物と剛鬼の米が不作になった。貯蓄も無くどうしたものかといつの間にか内政をやらされていた私が頭を悩ませていると、空腹でイライラした妖精数匹が村に襲撃をかけてしまった。
ただでさえ妖怪達の間で原因不明の不調が広がり、更に食料難で一杯一杯だというのにこの追い討ち。人間といざこざを起こす余裕は無い。私はすぐに妖精を追った。
が、襲撃といっても単なる悪戯で、倉庫の穀物をぶちまけたり水汲み用の桶に石を詰めたり、といった具合だった。
意気揚々と帰ってきた妖精達はとても生き生きとしていて、驚く事に空腹も収まっていたのだ。
そこで私は思い出した。東方でも確かそんな設定があったが、妖怪は人間を襲うものだ。生き甲斐、存在意義と言っても良い。
それを我慢して体が健康でいられる訳が無かった。剛鬼は時折私との「人を襲わない」という約束を忘れて村を襲っていたし、私は暴走する剛鬼を止める課程で人を多少傷つけていたので健康だったのだろう。
それ以来配下の妖怪に、死なない程度に村人にちょっかいをかける事を許可した。結果食料事情は改善。頻繁に襲撃をかければ食べる必要が無いぐらいである。やらないけどね。村の警戒が厳しくなるから。
剛鬼の傘下に入っていない妖怪は普通に人間を引き裂いて食べるが、私達が管理監視している村には手を出さない。能力持ちが二人というのはそれだけで大勢力なのだ。並の妖怪では逆らえない。
能力を持って生まれてくる妖は非常に少なく、剛鬼と私の他には三人しか知らない。人間を含めれば四人だ。東方では能力持ちがゴロゴロ転がっていたが、幻想郷がおかしいのか今の時代がおかしいのか……
能力持ちはそれだけで普通の妖よりワンランク強い。能力の種類によっては馬鹿げた強さを発揮する。
百年以上生きた私と剛鬼の強さは、東方基準で中級妖怪の上ぐらいはあると思う。もっとも、私が知る限りこの世界の最強は剛鬼だ。私より五十年は長く生きてるのだから当然だろう。
「……と言う訳で、私は剛鬼には勝てないと思うんだけどなー」
「何をブツブツと。いいから全力で来い」
散歩してたら剛鬼と決闘する事になりました。あるぇー?
事の起こりはこうである。
剛鬼の配下の妖怪は多いが、私には配下がいない。私は剛鬼と違い手下がいてもやらせることが無いからだ。ところがある日配下がいないイコール弱いと勘違いした小妖怪が剛鬼に「大将、白雪さんって本当に強いんですか」と聞いた。
聞かれた剛鬼は「そういえば白雪が闘った事が無い。よし闘おう」と実に鬼らしい思考をしてみせた。
小妖怪、余計な事を!
件の小妖怪は軽くボコボコにしてやったが後の祭り。かくしてやる気を出した剛鬼と森の広場の一画で決闘と相成った。
剛鬼は邪魔が入らないよう付近一帯を立ち入り禁止にしていた。この鬼、本気である。ショートケーキを前にした子供みたいに目を輝かせてるしさ。
私はため息を一つ吐いて半身に構えた。ここは腹を括るしかない。
「いざ尋常に」
「勝負!」
掛け声と共に同時に弾丸のように飛び出して激突した。筋力を強化、体重を乗せた拳で剛鬼と殴り合う。そもそも体格が違うからはじめから全力で行かないと押し負けるのだ。
剛鬼はストレート、アッパー、ラリアットとローキックしか使ってこなかったが一撃の重みが半端無い。ガードするたびに体が僅かに浮き上がった。
対してこちらの攻撃は多少怯む程度であまり効いていなかった。
ぬう、流石は鬼。そこら辺の小妖怪なら一撃で瀕死になるぐらいの力は込めているのに……
このままでは私の傷が増えるばかりなので、加速力強化に切り換えて後ろに離脱した。
手近にあった巨岩を地面から引っこ抜いて片手で持ち上げ、腕力強化をかけた上でぶん投げる。剛鬼はそれを真正面から受けて立ち、拳一発で粉砕した。巨岩は小石になって飛び散る。怖っ! 何その漫画みたいなパンチ。いや私もできるんだけど。
更に距離を取ろうと後ろに下がると、逃がすかとばかりに剛鬼が距離を詰めて来た。しかし直線軌道なので格好の的だ。
「食らえ!」
「!?」
カウンターで手の平からドッヂボール大の光弾を発射する。光弾は驚いた顔の剛鬼に見事に直撃した。
実はこの時代、まだ弾幕が無い。弾幕どころか飛行術すらない。妖怪は身体能力に任せた力押しで生きていけるので、弾幕も飛行術も要らないのだ。
そもそも妖力とは「纏う」もので、「使う」ものではないという考え方が普通だ。
故に剛鬼は予想外の攻撃をあっさり食らった。
「何だ今のは」
「弾幕。……あまり効いてないか」
半纏と袴を煤けさせた剛鬼が訝しげに聞いてきた。まあ、一発芸みたいなものだから倒せるとまでは思っていない。
「ダンマク?」
「妖力を丸めて撃っただけ。剛鬼もできるんじゃない?」
「妖力を丸める? そんな事ができるのか」
「できるできる。私は力の妖怪だからね。力の扱いに関しては信用していいよ」
「ふむ」
剛鬼は顔をしかめて集中し、しばらく唸った後私に手を突き出した。
手の平からリンゴ大の光弾が飛び出す。光弾は緩い山なりの軌道を描いて木立に衝突し小さな破裂音と共に木肌を削った。
威力は低いが一発で成功か。侮れない……いや、東方では道中の雑魚妖精すら弾幕使う。出来ない方がおかしいか。
「面白いな」
剛鬼はニヤっと笑った。笑顔が似合うイケ面だ。私も釣られて笑った。
「よし再開だ」
「あ、やっぱり?」
結論から言えば決闘の決着はつかなかった。試しに飛行術も教えてみると剛鬼は簡単に習得し、後半は空中で弾幕合戦になっていた。
最後は互いに妖力切れで引き分け。朝から始めたのに夕方になっていた。
教えてすぐ使いこなしたあたり、やはり弾幕も飛行術も発想の問題だったようだ。今度は剛鬼配下の妖にも教えてみよう。
さて、次の日村に日課の観察をしに行くと、私の噂が流れていた。
「昨日の森の事件知ってるか?」
「ああ、西の森の方で光ってたやつだろ。何だったんだ、あれ」
「何でも鬼と紅い衣の妖怪が闘っていたらしい」
「ほー、で、どっちが勝ったんだ」
「遠くてよくわからんかったが、見た限り引き分けだな。朝から夕まで光の弾を撃 ち合ってたぜ」
「そりゃすげぇ。やっぱ妖怪は強ぇな……ここ百年ばかり死人こそ出てねーらしい けどよ、もしかすると力を蓄えてるのかも分からんね」
「ああ、有り得る。すると昨日の闘いは襲撃の演習か」
ええー……人を殺さなくなって百年経つのに、まだそこまで妖怪を敵視するのか。
確かに他の村では死人が出てるけどさ、もうちょっと理解を示してくれても良いと思う。技術力の無い人間は妖怪に勝てない。この時代の妖怪はあらゆる面で人間を凌駕する言わば食物連鎖の頂点だ。それなのに人間に手を出すのを抑えているんだからその辺察してほしいんだけど。
やっぱり人間と妖怪は相容れないのか?
いや、幻想郷では人里に普通に妖怪が出入りしていた。
私はせめて今の殺伐とした喰うか喰われるかが無くなるまで諦めない。