その頃、確かに妖怪の山は煙霧意捕の天下だった。
意捕は山で唯一の能力持ちだったのだ。どんな姿にも自在に化け(誇張有)、霧の妖術を操る意捕に山の妖怪の誰もが尊敬の目を向けてきた。
妖霧を出し、道に迷った旅人や里の人間と同じ姿で近付き、混乱している所を襲いかかって美味しく頂くのが意捕の手口だ。失敗する事もあったが成功率は高く、妖怪の山の妖怪達を配下にした意捕は大勢力(主観)を築いていた。
近くの里には神社があり、妖怪退治をする巫女がいたが、苦戦はするかも知れないけれど負ける気はしない。なんと言っても自分は天下無敵のドッペルゲンガー、煙霧意捕なのである。総力を挙げれば巫女どころか神も殺れるだろう。強い。私強い。
しかし無駄に大きくなっていた意捕の自信は里の神、白雪によって炭化した小枝の様にあっさり折られすりつぶされ粉々にされて川に流された。
なにあれ怖い。意捕の膨れ上がった自信は一晩にしてそのままそっくり消えないトラウマに変わった。あわやややぅ。弱い。私弱い。
井の中の蛙、大海を知らず。神はあんなんばっかりなのか。それともアレか。白髪の妖怪は皆あれぐらい怖いのか。ひょぇえ。
ねぐらに引っ込みガタガタ震えている意捕に下剋上をかけてきた妖怪もいたが、
それは何とか撃退した。別に意捕が特別弱い訳では無く、白雪が特別強いのだ。妖怪を返り討ちにして再度手下にしていく内に意捕は自信を取り戻していく。
なんだ、やっぱり私強いじゃないか。あれは何かの間違いだったんだ。あんな馬鹿強い奴がいる訳無い。強い。私強い。
数年かけてようやく立ち直った意捕は再び活発に活動する様になる。霧の範囲を広げ、山に迷い込んだ人間を襲い、迷い込んでいない人間も襲う。
が、調子付いて里まで食指を伸ばしたら今度は成長した巫女にやられた。そんな馬鹿な。私が弱い……だと? ひょよよ。弱い。私弱い。
歴史は繰り返すと言うが、意捕はこんな感じで数年おきに私TUEEEEと私YOEEEEを繰り返した。懲りない女、煙霧意捕。でもあの恐ろしい白髪のトラウマが頭から離れないので白雪にリベンジはしない。
十年が経ち、五十年が経ち、やがて妖怪の山にも意捕以外の能力持ちが少しずつ現われ始めた。
妖怪の山のトップの座を脅かす小癪な妖怪達に意捕は今まで築いたコネと自身の力を以て果敢に立ち向かう。
速き事微風の如く。
徐かなる事木の如く。
侵略する事たき火の如く。
動かざる事砂山の如く。
そりゃあもう頑張った。意捕なりに頑張った。種族的要因で歳月を経ても小妖怪のまま成長出来なかったが、手勢を率いて何とかかんとか頑張って妖怪の山のトップに辛うじて君臨し続けた。
これは結構凄い事である。自分よりも格上の妖怪達を相手取り、何百年も妖怪の山の頭領の座を死守し続けたのだ。ハッタリをかましたり上手く同士討ちをさせたりおだてたり宥めたり、色々と正面衝突を避ける小細工はしていたが、それでも数百年も凌いだのは意捕の指揮能力が本物だったからであると言えよう。
これが最も輝いていた時期だったと意捕は後に語る。妖怪の山の覇権争いにぴいぴい言っていたが、毎日がとても充実していた。
そんな日々に終止符を打ったのが鬼の軍勢である。
各地をフラフラしている神社の神がそこら中から節操無く種族問わず幻想郷を紹介し勧誘してくるせいで毎年じわじわ神やら霊やら妖怪やらが増えていたのだが、とうとう大妖怪が団体さんで御越しになりやがったのだ。
鬼の群は意捕が弄した数々の策を紙の様に破り、交渉にも聞く耳を持たず正面から妖怪の山に殴り込んで来た。
意捕は確かに指揮能力はあったが、それは絶望的な戦力差をひっくり返すほどのものでは無かったし、大局を見て次善で手を打つ戦略眼に欠け、問答無用で相手を跪かせるカリスマがある訳でも無い。個人の勇に優れているという事も当然無い。
結果、意捕が指揮する旧勢力は千切っては投げられ千切っては投げられ、メタメタにされた。
死ぬかと思った。死ななかったのはできるだけ弱そうな鬼を選んで突っ込んで逝ったためである。
妖怪の山をたった一日で完全制圧され、進退極まった意捕は一か八か鬼の大将に化けて撹乱を試みたが、即座に見破られて散々な目にあった。
その日を境に転がり落ちる様に意捕は転落していく。
手下は解散した。元々意捕の求心力は高くない。友達的立ち位置でかなりの小・中妖怪との繋がりは残ったが、自分の下につく妖怪は消えた。
ねぐらは見晴らしの良い妖怪の山の頂上から山裾の端の風の流れも景色も悪い狭い岩屋に変えざるを得ず。
にわかに沸いて出た陰陽師連中のせいで人間を襲うのも上手くいかなくなる。
意捕はねぐらで独り枕を濡らす。あんちきしょー、それもこれも全部鬼が悪いんだ! あと白雪も悪い!
意捕は鬼神と白雪に丑の刻参りをして呪いをかけたが、白雪にかけた呪いはどうやったのか即座に察知され呪い返しを受け、鬼神は数十年呪い続けてもケロッとしていた。九十九年呪い続けてようやく効いてきたと思ったらあっと言う間に意捕のせいである事がバレてけちょんけちょんにされた。むせび泣いた。
鬼がやって来たのを皮切りに天狗やら河童やらもわらわらと山に集結し、社会を築いていった。それで元来の妖怪の居場所が無くなる様な事は無かったが以前ほど幅を効かせられなくなったのは間違い無く、かと言って実力行使で復権は不可能。謀略を練っても簡単に天狗に阻止される。意捕は自分の無力さを痛感した。
年齢としては余裕で千歳オーバーだと言うのに未だ小妖怪のまま。何なの? このまま一生年齢だけ重ねてくの? 負け犬人生なの? 馬鹿なの死ぬの?
いじけた意捕は大結界騒動やら吸血鬼異変やらを完全スルーした。自分が首を突っ込んだ所でどうにかなる物では無いと思ったからである。
妖怪の山を引っ掻き回すだけ引っ掻き回して地底に引っ込みやがった鬼に一生引き籠もってろと心の中でこっそり小声で罵倒したり、鬼が去った後にちゃっかり山を統べる様になった天狗に先輩面をしようとして軽くあしらわれたり、当たり障り無く日々を過ごしていく。
能力持ちが珍しくも何とも無くなった昨今、意捕はいつしかすっかり一小妖怪としての暮らしに慣れていた。
山の新参巫女にフルミッコにされて倒れていた唐傘の付喪神を介抱した所懐かれたので妹分にし、一緒に人間を驚かそうと頭を捻ったりもした。意捕は本来人間を捕食する妖怪であったが、長い事人間を食べていなかったし、弾幕ごっこで憂さ晴らしをすれば腹の虫も大人しくなるので精々食べれたらラッキー程度に思う様になっていた。
初々しい弟子に長年培ってきた人間の驚かし方を講釈するのは楽しかった。なんだか妖怪の山の頂点に君臨していた頃を思い起こし嬉しい様な物哀しい様な複雑な気分にもなる。
そもそものケチの付き始めはあのおっかない白髪のあんちくしょうに伸された時からだった気がした。あそこで負けていなければもしかすると今頃…………でもリベンジはやっぱり怖い。
時折二人で連立って山を降り、通り掛かりの人間を驚かしていた意捕は、ある日唐突に自分の能力が進化した事に気付く。
今までは外見しか真似られなかったが、なんと能力まで真似できる様になったのである。
意捕は感動に打ち震えた。永きに渡る歳月を経てようやく、ようやく成長したのだ。妖怪は人間よりも成長も変化も緩やかであるものだが、一般的な妖怪と比べてさえ成長しないにもほどがあった。
誰かに化けるというのは能力を使わずとも妖術や陰陽術で代替できるが、「能力をコピーする能力」は古今東西他に類を見ない。意捕の自信は天井知らずに膨れ上がり、いつもより妖霧の範囲を広げて獲物がかかるのをワクワクしながら待ち、
そして…………博麗の巫女にあっさり叩きのめされたのである。
進化した能力を見せつけてやろうと思ったら白雪討伐隊に加わっていた。な、なにを(ry という混乱から復帰した意捕はかつて白雪に相対した時の恐怖を思い出しガタガタ震えた。わざわざ全身の骨を砕かれに行く巫女の気が知れない。大丈夫だとか言っていたが絶対嘘だ。弱い。私弱い。半殺しで済みますように! 済みますように!
と思っていたのに何が間違ったのかうっかり勝ってしまい、意捕の喜びは有頂天。その歓喜はとどまる所を知らない。他の面子を巻込んでぶち上げた宴会は三日三晩続いたとか続かなかったとか。