剛鬼はとても自分に正直に生きていた。
寝たい時にいつでも寝て、襲いたい時に人間を襲い、食べたい時に喰らう。気ままにふらふらと移動して暮らしていた。
幸い剛鬼は強かったため拙い武装をした人間ごときに傷をつけられる事は無く、人間を狩る時は圧倒的な蹂躙となったのだが、それをつまらなくも感じていた。
会う者は貧弱な人間ばかり。人間を狩るのは楽しいのだが、もっと血湧き肉踊る全力の戦いをしたいと常々思っていた。
そんな燻る闘争本能を晴らそうとふらふらと歩いていてたまたま見つけた人間の集落に襲撃をかけたある日、初めて剛鬼は自分以外の妖怪と遭う。
なんだかちんまい奴が狩場に乱入してきたのだ。白く長い髪のそいつは何やら喚きながらオタオタし、もたついている間に人間に矢の雨を降らせられて剛鬼に撤収の合図をかけてきた。
狩りは初めてなのだろうか、一人も狩らずに撤退とは。今度妖怪のよしみで狩りのやり方(襲いかかってぶん殴って時々能力を使う)を教えやろうと思いつつ白いのと連立って撤収した剛鬼だったが、その夜飲んだ「酒」の衝撃で全て頭から吹き飛んだ。
白い妖怪、白雪は頭が良かった。
雨露を防ぐ丁度良い広さのねぐらを持ち、人間から酒をくすねて来たり、なんだか賢そうな台詞を言う。石取りげえむとやらには勝てた試しが無い。
色々と剛鬼の行動に口出しをしてきたが、それを含めて白雪と一緒に暮らす毎日は一人暮らしの頃よりも確実に充実していた。一度戦ってみたが引き分けに終わり、強さも一級。良い女だった。
しかし残念な事にちまい身長は何十年経ってもほとんど伸びず、身体つきは貧相な幼児体型。もっと大人の身体なら迷わず嫁にしていたものを、とがっかりしたりもした。アレでは欲情しようもない。
結果、自分の方が年上と言う事もあり、剛鬼は白雪を頼れる妹のようだと思っていた。喧嘩を持ち掛けると顔をしかめて逃げ出すケチ臭い所などはあっても剛鬼は白雪をとても好ましく感じていた。守ってやろうという気はさらさら無かったが。守るまでもなく強いし。
それでも物陰から白雪を興奮に濁った目で覗きながらハァハァしていた男妖怪にイラッときて地下深くに生き埋めにする程度には白雪のために動いてやろうと言う意思はあり、喧嘩はしても敵対をする気は毛頭無く。
……自然、自分が妖怪と言う事もあり激化する人間の戦いで白雪の指揮を受け暴れる様になった訳で。
人間が武装を強化し始めた頃から頻繁に会う様になったあやめという妖怪がいたが、白雪ほどは興味を惹かれなかった。からめ手の代表格の様な妖怪で、殴り合いが弱い(剛鬼基準)のがその最もたる原因。容姿はまあまあ好みだったが嫁にするほどでも無い。剛鬼は身体に容姿に強さにと、全てが好みに合致していないと嫁をとる気にならない一種わがままな所があった。
「白雪、身長伸ばせ。胸を育てろ」
と言って殴られたり、
「あやめ、俺と勝負しろ。強くなるには実戦が一番だ」
と言って兎を身代わりに逃げられたり、
そんなやり取りは日常茶飯事だった。剛鬼はなぜ二人がそんな反応をするのか理解出来なかったので、性懲りもなく何度もそういった言葉を投げ掛け、その度に同じ反応を返されるのだ。自重しなければ反省もしない。
時代が進むにつれて妖怪の数も増え、豪快過ぎる性格を考えず顔だけを見ればいけめんな剛鬼は多数の女妖怪から幾度と無く誘惑を受けたが、三分の一は誘惑されている事に気付かず、三分の一はバッサリと一刀両断に断り、三分の一は腕試しをしたら比喩表現ではなく本当に一刀両断してしまった。理想が高い剛鬼のお眼鏡にかかる妖怪は居なかったのである。仕方が無いので白雪とあやめの成長を期待していた。
なんだかんだで三人はつるんで行動し、いつしか妖怪勢力の代表としての立場に立つ。
剛鬼は白雪の指示した場所で、時々指示されない場所でも、本能の赴くままに人間と勝負し勝ちをもぎ取る事を繰り返していただけなのだが、まあタダより安いものは無いので妖怪大将の名は貰っておいた。そして妖怪大将を名乗る様になってから人間に命を狙われる事が多くなり、
「流石白雪だ、戦う機会を今まで以上に増やしてくれるとは」
「いや、あのね…………あー、まあいいか、剛鬼が満足してるなら。結果オーライ」
と白雪に達観した顔を向けられた一幕もあった。
しかし剛鬼とついでに白雪、あやめに人間の狙いが集中してなお妖怪側の被害は増えていく。が、負けた方が悪いのだから、と剛鬼は別段気にしない。あやめは自分と兎と剛鬼と白雪が生きていれば良いと考えている様だったし、頭を抱えているのは白雪だけ。
人間から盗んできた情報資料と頭を付き合わせてウンウン唸る白雪を、剛鬼は大変だな、と人事の様に酒を飲みながら眺めていた。正面から力一杯戦い、負けたら負けたで満足できる剛鬼は八方手を尽くして勝ちに行こうとする白雪の感性がいまいちよく分からなかったのだ。
そんなよく分からない行動をする白雪はよく分からない戦略を打ち立て、そのよく分からない戦略を剛鬼なりに単純解釈して実行した結果、押されていたはずの妖怪の戦力が人間とほぼ対等になるという快挙を果たす。
最初から最後まで白雪のやっている事はよく分からなかったが、終止戦いに身を投じる事が出来た剛鬼は白雪に着いて正解だった、と満足していた。単純である。
そして、
その日その時その場所で、
最後の決戦。
白雪と共に渾身の拳を一発、結界を破り人間が引き籠もっている最後の町に文字通り殴り込んだ剛鬼は思う存分に暴れる。
ほんの数百年で人間の装備は著しい進歩を遂げ、かつて弓矢を使っていた頃とは比べ物にならない戦い甲斐。剛鬼は必死の抵抗をする人間との全力の戦いが楽しくて楽しくて、我知らず笑っていた。
殴って殴って殴られて。蹴って撃たれて押し潰して。
なるほど人間を舐めるなと言った白雪の言葉は嘘では無いらしく、退路を断たれた人間達の牙は剛鬼に痛みを与えるものすらあった。被虐趣味は無いが、その痛みすらも剛鬼は昂揚に変えて戦う。戦う。
荒ぶる鬼神の如く猛威を振るう剛鬼は人間を木の葉の様に吹き飛ばしていったが、なんだか数が少ない気がした。妖怪大将たる自分を相手どる人間達はこの程度の数なのか?
分からない事があったら取り敢えず白雪、という習慣が身に着いていた剛鬼は白雪と合流。同時にあやめとも落ち合い、人間が少ない原因について二人に頭を捻ってもらう。剛鬼は考えるつもりなどない。
答えが出る前、いつしか不自然に静まり返ったそこへやってくる一人の人間。叩き付けてくる敵意と殺気が心地よい。無手であるのも評価が高い。
あやめと白雪は言われずとも左右に分かれて場を開け、人間との一対一の状況を作ってくれた。剛鬼はふっと笑う。全く良い女達だ。
そしてただ一人で鬼に挑むその勇気に敬意を表し、剛鬼は前口上を言っておく。しかし口上の途中で人間は手刀を作って踊り掛かってきた。剛鬼は苦笑し、手刀を片手で受け止め、反対の手で反撃をしようとして――――
防御に回した手が男の手刀に刈り取られ、ぽとりと地に落ちる。一瞬遅れ、鮮やかな切断面から噴き出す鮮血。
愕然としたのはコンマ数個にも満たない時間だった。戦闘時は通常時よりも若干回転が早い剛鬼の思考回路が、男が何らかの防御貫通能力を持っていると推定。土を操る中・遠距離攻撃に切り替え様と離脱しようとする。
ところが一歩下がる前に男の逆の手が正確無比に心臓に迫った。
何かの能力が発動しているらしい異様に鋭利な手刀を見て、ああ、避けられないなと諦観する。回避行動の途中でバランスが崩れ、身動きがとれなかった。
それでも最後の一瞬まで勝ちに行こうと拳を振り上げる剛鬼だったが……反撃を加える前に人間の一撃が無情にも心臓を貫いた。
剛鬼の拳は、届かない。
「ははっ」
剛鬼は血を吐き、ゆっくりと地に倒れながら小さく笑う。
ああ負けた。
完敗だ。
正面から、全力で。
弱い弱いと思っていた人間に。
ついに負けた。
負ける、というのはこんなに清々しいものなのか。
痛みは気にならない。
身体から力が抜けていく。
心地よい、全力で能力を使った後の疲労感の様な。
こんな時は酒を飲みたいなぁ。
飲んで、出来ればほろ酔いになって。
すると気持ち良く眠れる。
おお、二人共、丁度良い所に。どうした、そんな顔をして。
まあいい。悪いが瓢箪を取ってくれ。力が抜けて手が動かないからな。
最初で最後の、敗北の酒を楽しみたい。
嗚呼、
気に入った奴等に囲まれて、
上手い酒を気分良く飲んで、
こうして幕を引くならば、
良い鬼生であったと、俺は思う。
※
執筆時間:二時間(深夜)
プロット:皆無
推敲:皆無
執筆時のテンション:MAX
オリキャラの小話を時系列順に書いていく予定。きまぐれ投稿。