被弾した私は呆然としていたが、霊夢はもっと呆然としていた。
目線で不信そうに「本当に被弾した?」と問い掛けて来たのでホールドアップして頷く。負けたよ紛れも無く。
霊夢は胸の前で腕を組んで私の顔をじっと見つめた。
「……実感湧かないわ」
「そう? あっちは狂喜乱舞してるけど」
地上で待機していた意捕が無表情のマレフィの腕を掴んで振り回しながら小躍りしていた。私の姿で私の敗北を喜ばれるとなんかムカつく。自嘲してるみたいだ。
負けたには負けたが不思議と悔しさは感じなかった。こと戦闘に於いては生涯初黒星な気がするが別に感慨深いものがあるでも無し。後からジワジワ来るのかも分からんけど取り敢えずはああ負けたな、なーんて淡々とした気持ちだ。ううむ締まらない。
「ちょっと、負けたんだからさっさと結界戻しなさいよ」
「うっ」
そうだった……負けたらあやめ復活を諦めないといけないんだった。畜生!
普通はアレだろ。魔王が大魔王を復活させようとしてる所に勇者が来たらさぁ、魔王は倒したけど大魔王復活は防げなくて「一足遅かったか!」みたいな展開になるのが王道だろうに。何を復活失敗してるんだ私は。
……いや待てよ?
そもそも肉体が無いんだから今強引に起こしても早過ぎて腐ってやがるなんて事にはならないはずで。
「霊夢、結界の力供給ラインを戻せば文句無いんだよね? そういう取り決めで弾幕決闘やったんだし」
「まあそうね」
霊夢が頷いたので私は半端な状況でも現界させてしまう事にした。
結界に力の供給を戻してしまえば干渉力が足りなくなり、あやめの復活は当分先になる。しかし一端中途半端にでも肉体を戻してしまえば後は療養みたいなもんだから完全復活まで楽に行くだろう。
半端な覚醒によるデメリットは恐らく行動範囲制限や睡眠過多、能力行使の不具合程度と予想され、致命的な不都合は起こらないと思われる。
よし。やっちまえ。
「何モタモタしてんのよ。早く戻しなさいって」
「やるやる、しっかりやるからあと三十秒ぐらい待ってて」
「白雪ー! まさか本当にぬしが負けるとは思わなんだわ! 慰めてやろう!」
「おふぅ! ちょ、宿儺、あと三十秒待って! すぐだから! すぐ終わるから!」
宿儺の突進&抱擁コンボを背中に食らいながら私は能力を発動させた。
半日かけてひたすら集積力、圧力、結合力、固定力、存在力を上げて馴染ませておいたあやめの霧に、構成力、維持力、生命力、活力、体力、意思力、記憶力の強化を最大出力で重ねがけする。ゆっくり渦巻いていた霧が静止し、心臓の鼓動の様に脈動を始めた。
次に私は髪を縛っていた藍色の紐を解いた。自慢の白髪がさらりと風に流れる。
「宿儺、使わせてもらうよ」
「む? ……状況が分からんがそれは白雪に贈った物。好きにすると良かろ」
「ありがと。でも耳朶甘噛みするのはやめて」
紅衣ほどではないがこの髪紐もそれなりに長期間私と共にあり、かなりの力を宿している。ふわりと宙に浮かんだ髪紐を触媒として再現力と再生力を強化した。
竹林の霧が、ずっと私と兎達を見守って来たあやめの力が、一ヵ所に集まるのを万感の思いで見つめた。
まずはすらりとした体躯が形成される。身長は霊夢と同じぐらいで、私と宿儺を足して二で割った様なボディラインを描いている。
頭頂から一気に伸びたセミロングの黒髪は楚々とした和風美少女の雰囲気を醸し出した。
さらに魔法少女の変身シーンの様に発光しながら裸体を浅葱色の着物が覆っていく。
最後に頭の上にポンと煙を上げて現われた赤いリボン付きシルクハットが乗っかり、楽浪見あやめは再び大地に足をつけた。
閉じられていた瞼が半分開き、懐かしい眠たげな半目の奥の黒い瞳をキラキラさせて私を見る。懐かしい、昔と変わらない掴み所の無い気配が溢れでる。そして薄紅色の唇を開き――――
「久し振りの白雪も可愛い~」
「え、あ、そ、そう?」
第一声はなんか反応に困る台詞だった。
永琳もそうだったけど私の再会に感動が伴わないのはデフォなのか。シリアス(笑)なのか。それとも今のは感涙するべき所?
なんだか釈然としないながらも約束は約束なので力のラインを大結界に繋げ直す。すると途端に体からごっそり力が抜けて行った。うぇぇ、第二形態に戻ったセルの気分だ。
あと、
……馬鹿やったなぁ、私は。
無事復活を果たしたからかあやめの能力が解除され、正常な思考が戻った私はため息を吐いた。一段落ついたら紫に遠回しにねちねち小言言われるんだろうなぁ……そこに閻魔の説教もプラスされたらもう……はあ。
あやめと再会できた嬉しさ半分。今回の異変の後始末への憂鬱さ半分だ。
しかしまぁ、結界も戻した事だしひとまず感情に身を任せてあやめに飛び付いた。あやめは私を優しく抱き留めて頭を撫でてくれる。会えばまず頭に手が伸びるあやめの癖は変わっていなかった。普段なら子供扱いすんなと気炎を上げる所だが今日ばかりは大人しく撫でられておく。
正面にあやめ、背後に宿儺のサンドイッチ。あやめの着物に顔をうずめているので視界は効かないが、なぜか頭上で飛び散る火花を幻視した。
「この泥棒猫~」
「そちらこそ横から急に沸いて来おって……いや、白雪好きに貴賤は無い!」
「…………」
「…………」
もがもがとサンドイッチから抜け出すと二人は無言で固く握手していた。すごい一体感を感じる。今までにない何か熱い一体感を。
「白雪好かれてるわねぇ……理解できないわ」
「だまれいむ。ゆっくりぶつけんぞ」
「…………」
黙った。ゆっくりをぶつけられるのは嫌らしい。
「嘘嘘、別にぶつけないから……あれ? いつの間にか宿儺以外のサポート連中の姿が見えないんだけどどしたん?」
「白雪が挟まれてる内に意捕が戦勝パーティーに引っ張ってったわ。マナは橙の追っかけに戻ったみたい」
ああそう。淡々としてるなぁ……いや他の異変もこんなモンだったか。
黒幕探して叩きのめしたらそれで終了。今回叩きのめされたのは私だったけど。一体どこで負けフラグ立てたんだろうな。いつもなら仮にフラグが立っても割り箸の様にへし折るだけなんだけど今回の割り箸はオリハルコン製だったらしく折れなかった。
ぼんやり敗因を考えているとくいくい袖が引っ張られた。あやめだ。
「白雪~」
「ん、何?」
「私また竹林に住む事にしたけど~、お腹空いたから~、とりあえず食事に行ってくるわね~」
「ああうん、いってらっしゃ……ん? いや駄目だ! 待った待った!」
フラッと人里の方へ飛んで行こうとしたあやめの襟首を間一髪で捕まえた。あっぶねぇ! 人里が内乱起こして廃墟になったら私でも責任とれんぞ!
「え~?半端に復活したから存在を安定させるためにもお腹一杯食べたいし~……白雪は食べちゃいたいくらい可愛いけど食べる訳にもいかないし~」
指を咥えたあやめのお腹がキュウと鳴る。音だけは可愛らしいが意味する所は人間大量虐殺だ。洒落にならん。
「あやめ、地底に人間の屍の蓄えがあるが」
「私は生き餌がいいの~。一匹だけじゃ足りないし~」
あやめはハンバーグを見る少年の目で霊夢を見た。霊夢は身震いしてさっと私の背中に隠れる。
「何その反応。いつもならふてぶてしく言い返すのに」
「今白雪のせいで霊力尽きてんの。あんたが復活させたんだからあんたがなんとかしなさいよ」
「あー……」
私は頭を掻いた。ごもっとも。でもどうすりゃいいんだ? 人里で妖怪に食べられてみたい人を募っても誰一人引っ掛からないのが目に見えてるし。万一何かが間違って誰かが応募して来ても一人や二人であやめの腹は膨れない。
「スペカ決闘で腹の虫抑えられないかなぁ……」
弾幕決闘には様々な側面がある。異変の穏便な解決法、美しさを競う芸術性、そして擬似的に妖怪退治と人間襲撃の関係を作り出す妖怪の気力回復。
「スペルカードルール? なにそれ美味しいの~?」
「美味しい、かも」
「ならそれでいいわ~、白雪の言う事だし~」
あやめはあっさり承諾した。人妖大戦の時は私が妖怪勢のブレインだったから、指示とお願いには結構従ってくれるのだ。あの頃はあやめも剛鬼も好き勝手やるから手綱とるのが本当に大変で毎日頭を痛めていた。懐かしい。
私は一つ頷いて霊夢と宿儺に手招きした。
「OKやってみよう。んじゃ霊夢、戦闘準備。宿儺もこっちへ」
「あいわかった。強者と三連戦とは今宵は鬼の血が騒ぐわ」
「私今さっき霊力無いって言ったでしょうが」
「私達だけじゃ妖怪vs妖怪にしかならないからさ」
「……それはそうだけど……はぁ。手間がかかる祭神ね。いいわ、やってやろうじゃないの」
「それでこそ私の巫女だ」
私は霊夢の回復力を上げ、目を糸の様に細めているあやめと対峙した。
ゲームになぞらえれば私は6ボス、さしずめあやめがExってとこか。
よかろう! ここまできたらとことんやってやんよ!
私達の戦いはこれからだ! かつてない強敵との戦いが待っている!
と思ったけど別にそんな事は無かった。
流石にブランクが長過ぎたしあやめは弾幕決闘初心者、あっさり勝利。そして思惑通り飢餓感も多少緩和された様で、上手く行き過ぎて怖いぐらいだった。
冷静に考えてみれば当然の結果だけど肩透かし食らった気分だ……