マナを下した霊夢は温泉地帯を抜けて地底に繋がる縦穴に入った。
途中例によって土蜘蛛が攻撃して来ようとしたが鎧袖一触して降りていく。どこかに殴り込みにでも行くのかという戦力過多メンバーに律義に地底流の歓迎を行ったヤマメに意捕が敬礼していた。
その意捕も地下深くに降りるにつれて顔色が悪くなっていく。
「うなぁああ、なんだかゾクゾクするぅ」
「鬼神に嫌な思い出でもあんの? あんたトラウマだらけね」
「それもあるけど……なんかこう……飢えた虎に背後をとられたいたいけな兎の気分」
「ああそういう事。マナ、前に行きなさい」
「……はい」
不服そうにしつつもマナは大人しく前に出た。敬語で喋っているので理性は保っているようだが目付きが危険だった。霊夢は千年間も何かを恨み続けて疲れないんだろうか、と不思議に思ったが恐らく無我の境地ならぬ執念の境地にでも達しているのだろう。ようやく齢二十に届く自分が何を言っても無駄だろうし、言う気も無かった。
縦穴を抜け、橋の上でハンカチを噛んで何やらを妬んでいた妖怪をすれ違い様に撃ち落とす。弾幕で手荒い歓迎をする地底の住人達を景気良く撃墜しながら飛ん行くと薄暗い大洞穴の先に町明かりが見えた。
地底の楽園、旧都である。
霊夢達は人魂や鬼火のぼんやりした灯に照らされ賑わう町に降り立った。広い大通りには露店が建ち並び、肉の焼ける香ばしい匂いや装飾品を客に進める呼び声が満ちている。正直人里よりも活気があった。
「さてと。鬼神はどこかしら」
「赤い旗が目印の居酒屋に居る事が多いと聞きます」
「へぇ? その居酒屋どこ?」
「さあ」
「だめじゃん」
半端な知識を披露した徊子に呆れる。しかし他に心当たりも無い訳で、誰かに居酒屋までの道を聞こうと周囲を見回した霊夢は露店の群に見覚えのある鬼が紛れているのを見つけた。いつぞや地底でみかけた鬼、星熊勇儀だ。
どどんと頑丈そうな木箱を正面に据え、そこに肘をついて挑戦者と手を組み腕相撲をしている。ばったばったとチャレンジャーを叩き伏せていくが手加減はしているらしく怪我人は出ていない。霊夢は側に歩み寄って声をかけた。
「ねえちょっと。鬼神の居場所知らない?」
「ん? なんだいあんたは。どこかで見た様な面だけど」
「博麗の巫女よ。ちょっとめくるめく異変解決の旅にご招待しようと思って鬼神探してんの」
「なんだ大将に用事なのかい。まあなんでもいいけど聞きたい事があるなら私に勝っていきな! 勝てたらそれこそスリーサイズでもなんでも答えてやるよ」
勇儀は二カッと笑って木箱に手を構えた。霊夢は勇儀の大して太くも無い二の腕を見て霊力で腕力を強化すればいけるかと一瞬考えたが、白雪が以前零していた能力を思い出して止めた。策も無く真っ向勝負するには分が悪い。
「意捕、行きなさい」
「えぇー……」
「お、なんだい妙な奴が来たね。変身能力かい?」
霊夢は早速勇儀に化けていた意捕を前に押し出した。足を踏ん張って抵抗したが足払いをかけて勇儀の前に出す。
「鬼が来るまでは妖怪の山は私の天下だったのにさ……引っ掻き回すだけ引っ掻き回して地底に引籠もっちゃってまあ……ムカつくけど強いのは事実だから質が悪いのよねー」
乗り気では無さそうにぶちぶち小言を漏らす意捕に霊夢はこそっと耳打ちをした。それを聞いた意捕は少し首を傾げ、ぱっと笑顔になってがっちり勇儀の手を掴む。
「どんと来い!」
「おっ、威勢が良いねえ! 三つ数えて始めるよ。一、二の、三!」
意捕が模写できるのは姿と能力だけであり、妖力も身体能力も写し取れない。従って本来ならば~程度の能力に依存しない基礎能力に優れる鬼に挑むなど狂気の沙汰だが、勇儀に限ってはそうでも無かった。
勇儀の能力は「怪力乱神を持つ程度の能力」
怪異と勇力の総合強化能力である。
「おお!?」
「ひぃ! やっぱ無理! ごめんなさい!」
両者の力は完全に拮抗していた。中央で組み合ったままびくともしない。意捕はなんだかんだ泣き言を言いながらしっかり食らいついている。
「計画通り……」
「あら、ただの雑魚妖怪じゃなかったのね」
「意捕さん、無理はせず」
「両方潰れるがいい」
鬼の勝負に横槍を入れると命が危ないので顔を真っ赤にして唸る二人には手を出さず傍観。そして十分ほどで双方疲れ切ってドローになった所で霊夢はヌケヌケと二番手を名乗り上げ、体力を消耗しきりぷるぷる震える勇儀の手を容赦無く木箱に叩き付けた。
消耗した所を狙われたとは言え負けは負け。むしろ知恵を駆使して打ち負かされるのは(騙し討ちで無ければ)鬼の感性からしてみれば好ましいらしい。
ご機嫌な勇儀に連れられ、霊夢達は居酒屋の暖簾を潜った。
ちらほらと客が杯を傾ける店内をざっと見回した勇儀は首を傾げて毒々しいキノコを頭に生やした店主に声をかける。
「大将は?」
「宿儺様ですか? 先程勘定を払っていかれましたが」
「あちゃあ」
「ほとんど入れ違いですよ。地霊殿に行くとおっしゃっていました。今から追えばすぐに追いつくかと」
「……って事らしいよ。どうする人間」
「当然行くわ」
「案内は要るかい?」
「前来た時に道は覚えたから」
「そう。んじゃ何をするつもりか知らないけど気をつけて行ってきな!」
勇儀は霊夢の背中をばしんと叩いて店の外に送り出す。霊夢は咳き込みながらも地霊殿に向かって飛び立った。
町明かりと喧騒を背に旧都を後にする。言われた通りに地霊殿に向かって数分も飛ぶと前方に人影が見えた。
「あれが?」
「間違いない。人を投げ縄みたいにぶんぶん振り回すのが趣味ないけ好かない鬼だよ」
「そんな事されたの? あんた本当に年齢と威厳が反比例してるわねぇ」
軽口を叩く内に追いついた。気配を察したのか鬼神が振り返る。
「なんぞ、ぬしらは」
艶やかな鬼の総大将
【宿儺百合姫】
小首を傾げる動作一つにも妙に色気がある鬼だった。深い藍色の髪を結って前に垂らし、大粒の黒真珠をつけたかんざしを刺している。髪の間からは短い角が覗いていた。起伏に富んだ長身を百合模様の着物に包み、全身の凹凸が強調されなんとも悩ましい。
「んー、神様討伐隊」
「神を? ……ふむ……なにやら見覚えが……白雪の巫女、か?」
「そう」
博麗では無く白雪の巫女と言うあたりまた祭神の昔馴染みかと思いつつも肯定すれば、百合姫の顔が喜色満面になる。
「やはりそうか! いや素晴らしい。数年前は戦い損ねたが今日は手合わせに来たと見える。胸が高鳴るわ!」
「高鳴る? 胸で栽培してるメロンが?」
背後でボソッと呟いたマレフィの声をスルーして勝手に戦闘モードに移行しようとしている百合姫に釘を刺しておく。
「そろそろこの台詞も言い飽きたけど、私が勝ったら白雪退治に協力してもらうかんね」
「なんと。私に妹の様に思っておるあの子と戦えと言うのか?」
「妹ってあんた、白雪の方が年上でしょうが。見た目はアレだけど」
「仕方無かろ、一目見た時から妹としか思えんのだ。昔は私の方が年上だったしの」
「あんた馬鹿? 時代溯っても年齢差は変わらないわよ」
「む? ……然り。なんとなくそんな気がしたのだがの」
はて、と首を傾げる百合姫。何やら白雪と因縁があるらしい。
右を向いても左を向いても多かれ少なかれ白雪の関係者であるという所に嫌でも奴の顔の広さを感じさせられた。幻想郷の住人の半数以上は何かの形で白雪に関わっているに違いない。流石は幻想郷の表玄関の神だ。
「はぁ、話がそれたわね。それで駄目かしら? 協力の件」
「いいや、喜んで戦おう。しかし弱者に従う気などさらさら無い。私を使いたくば力で屈伏させるが良い!」
「はいはい戦ればいいんでしょ戦れば」
弾幕決闘はスタンダードに通常弾幕の撃ち合いで始まった。御祓い棒の弾幕と御札を飛ばす霊夢に対して百合姫は小刻みに光線弾幕を連射して来る。
光線系の弾幕は基本的に直線軌道で弾道が見切り易く、代わりに速さがある。使う者が鬼ともなれば光った当たった、ぐらいの速度は出ていたがそれでも霊夢は悠々と避ける。基本スペックがどこまで行っても人間である霊夢は元から大妖怪の弾幕を目で見て避けるなどという愚行はしていない。
しかし誘導と見切り、パターン読みを駆使して避ける霊夢とは反対に百合姫は目で見て避けていた。
通常弾とは言え巫女が放つ強力な弾幕を目で見て、目で追い、引きつけ、躱す。ずば抜けた動態視力に任せた変態的な回避法だった。真似できる気がしない。
ひたすらに怒濤の勢いで撃ち合ったがお互いの弾幕はスカートや髪に掠るばかり、決定打にはなりそうもない。痺れを切らし先にスペルを宣言したのは百合姫だった。
逆襲「桃太郎退治」
キビ団子に見立てたのだろう、白い小弾が散弾の様に撒き散らされた。速さと正確さが重視される弾幕決闘にもかかわらず無駄に妖力が込められている。本来なら威圧感を感じて然るべき所だが能力由来の圧力完全耐性を持つ霊夢は何も感じない。
妖力で猿犬雉を模した揺らめく偶像がやたら滅多に白小弾を投げ付けて来るのはまさか桃太郎に見られているからなのか。キビ団子一つで散々こき使いやがって! なんて声が聞こえて来そうだなぁ、などとゆるゆる思考を流しながらも回避に専念。シュールな弾幕だが激しさは一級品だった。
やがてスペル効果時間が切れる。連続スペル使用はせずに通常弾幕を挟んで来た百合姫に霊夢もスペルで応えた。
神技「八方鬼縛陣」
鬼符「人は外、鬼は内」
霊夢の宣言に被せる様に百合姫も宣言して来た。
霊夢のスペルは高密度の御札を自分中心放射状にばらまく圧殺スペル。自らを閉じ込める様に球形に大量の札を周回させる事で敵の接近を防ぎ、更に四方八方に札を射出。また背後で札を交叉させる事で退路を絶ち、相手に暴風域に止まる事を強要する。
百合姫のスペルは細いレーザーの雨。上下前後左右から網の目の様に細い光線が放たれ移動を制限、そして蜘蛛の巣に掛かった蝶を仕留める大弾がとどめを刺しに来る。
双方比較的判りやすくパターン化されてはいるもののそれでも反撃の余裕が無い速度と密度。特別奇を衒う事はせず、それ故速く力強く避け難い、そんな弾幕だった。
二人のスペルはほぼ同時に切れる。霊夢は深呼吸して乱れた息を整えるが、鬼神は愉快愉快と高笑いして疲れた様子は無い。基礎体力が違うのだ。
「さて巫女よ。三枚目、最後のスペルの覚悟はついたかの?」
「あと十秒は休みたいわ」
「ははは、知らぬわ!」
鬼遊「幻想鬼遊戯-増鬼-」
百合姫は霊夢の返事を蹴ってラストスペルを発動させた。無視するなら最初から聞くなと突っ込もうとしたが、分裂した百合姫を見て口を噤んだ。馬鹿の一つ覚えの様に馬鹿みたいに速く鋭い杭形弾幕を馬鹿げた密度で乱射してくる。役十秒毎に二体、四体、八体と分身していき、それに比例して弾幕も倍々ゲームで激しくなる。
二倍で増えて行くなら次は十六体。最上級大妖怪十六体分の弾幕。
無理だ。次に分裂されたら避け切れる気がしない。もしや早く撃墜しなければ負けが確定する、そういうスペルなのか。
霊夢は自分を縫い留めようとする杭弾を紙一重で躱しながら特製札に霊力を最大充填。全部本物なのだからどれを狙っても良いのだが、視界の端に捉えた微かに意識が地上で結界を張って呑気に観戦しているサポート達に移っている一体を見つけ全力で投げ付けた。
「ほ、強いの。人間としては破格の強さ。そなたに着いて久々に白雪と弾幕を交えるのも悪く無かろうよ」
「はぁしんど……アレでギリギリ掠って被弾ってあんた……」
辛うじて十六体になる前に仕留める事が出来た霊夢は深々と息を吐く。できれば二度と相手にしたくない相手だった。
サポートキャラクターが追加されました。
宿儺百合姫[身を分ける程度の能力]
機能追加:変わり身……低速時下ボタン二連押しで分身をその場に作る。自機狙いの弾は全て分身へ向かい、一定数被弾すると消滅する。分身は画面上に一体しか作れない。
少女祈祷中……