霊夢は神社を出て真直ぐ妖怪の山へ飛んだ。
まずは仲間を――――補助役を揃えなければならない。
霊夢が使っている術の大部分は白雪に教えられた物かその応用であり、手の内が知られている。白雪の知らない弾幕を使う者の援助は必須だった。
ただし殺し合いや殴り合いで使う技と弾幕の技は違う。かつて白雪と闘った事がある者でも弾幕決闘をした事が無ければ許容範囲だ。
というか「白雪と闘った事がある」「白雪と知り合い」という定義で除外していくとサポートにつけられる戦力になりそうな妖はほとんど消える気がした。白雪は非常に顔が広いのだ。伊達に長生きはしていない。
妖怪の山へ向かったのは半分打算で半分勘。天狗混乱中、守矢不干渉とのことだったが他にも使える妖怪の一匹や二匹いるだろう。
そこはかとなく異変の香りを嗅ぎ付けたのかいつもより若干強く活発な妖精達を撃ち落としながら森と草原を越えて妖怪の山に入る。
中腹まで登った所ではて哨戒天狗が居ないなと首を傾げた。縄張り意識が強い天狗が哨戒を怠るとはそんなに混乱しているのだろうか。
面倒臭いなぁ、と御祓い棒で肩を叩く霊夢の前に一陣の風と共に烏天狗が現われる。射命丸文は霊夢を見てこれまた面倒臭い、という顔をした。
「あややや、霊夢さんですか。この忙しい時に」
「この忙しい時だからよ。天魔呼んで来なさい」
「はぁ、何用で?」
「この異変の黒幕退治に同行を要求しようと思って。あんまり隠れてもいないけど」
「例の白幕ですか。すみません、ちょっと今その件で上の方がごたついてまして。連絡がとれません」
「んじゃあんたでもいいわ」
「ですからごたついているんです。緊急招集かけられたはいいんですが、その後の指示が出ていないので迂闊に動けないんですよ。この異変の報道を規制すべきという慎重派と、公開すべきという行動派で揉めているらしいです。大規模組織の弊害ですかね?」
おお嫌だ嫌だと肩を竦める文。こういう時に真っ先に嘴を突っ込みに行きそうな文もお上には逆らえないようだった。
「その騒ぎも異変を解決すれば収まるでしょ。誰か暇な奴いないの?」
「河童もてんやわんやらしいですし、こんな時に暇してる腕利きの妖怪なんて……」
「もたもたしてるとあんたをしょっぴくわよ」
「そんな横暴な! えーとそうですね……あー……ややや……ああそうだ、一人適任がいました」
「誰よ」
「妖怪の山に古くから住んでいる方です。天魔様より年上ですよ」
「ふうん?」
そんな妖怪が居たとは初耳である。
霊夢の頭の中に「天魔よりも年上=妖力甚大=強い」という単純な公式が浮かんだ。思わず口の端が吊り上がる。
「そいつで良いわ。どこに居るの? どんな奴?」
「あちらにいらっしゃっいます。行けば分かりますよ」
「そ。ありがと」
「いえいえ。あなたが勝つにしろ負けるにしろ良い記事になりますから」
霊夢は厄介払いが出来たという顔をしながらもしっかりカメラのフラッシュを焚く文にひらひら手を振り、指された方向に飛んで行った。
しばらく飛んでいると急に霧が出て来た。視界があまり効かなくなったため飛行高度と速度を落として妖怪の山の古参とやらを探す。
霧からは薄い妖力を感じた。萃香のものと比べると儚げで薄い。文の示した方向に飛んで出て来た霧なのだから件の古参妖怪に関係する霧なのだろうが……
霊夢はなんだか嫌な予感がしてきた。こう、牛肉ステーキを頼んだら厨房で鶏を焼き始めたのを見てしまったような……
良い勘も悪い勘も良く当たる霊夢は引き返そうかと考えたが、前方に人影が見えたので取り敢えず御札を投げた。ひぃ!とどこかで聞いたような声色の悲鳴と共に人影は御札を回避する。
一撃でやられない最低限の強さはあるようだ。さてはこいつが文の言っていた妖怪か、と霊夢は人影に近付く。
するとそこには紅白の巫女がいた。腋を出し、スカート姿で、御祓い棒を持っている。
自分と瓜二つの妖怪は霊夢を見てニマァっと笑った。
「あぁ……会いたかったわ、もう一人の私……」
「あん? 何言ってんの? あんたただのドッペルゲンガーでしょ」
何やら小芝居を始めたのでバッサリ斬り捨てるとドッペルゲンガーの笑顔が凍り付いた。
なりきれない自己像
【煙霧意捕】
「えっ? そん、いきなりばれて、なに、えっ?」
正体を見破られた程度で思いっきりキョドる意捕。
天魔より年上=妖力甚大=強い、という公式を立てていた霊夢は頭を抱えた。最初のイコールからして間違っていたのだ。
謀られた。文は古参とは言っても強いとは一言も言っていない。霊夢は投げやりな気分になった。
「あーもー嫌。今更別の妖怪探しに行くのもなんだし、この際あんたでもいいわ」
「わぁ初対面でこの暴言。なんなのあなた」
「しがない巫女よ」
「なんだただの巫女か……巫女? えっ、博麗の?」
「それ以外に何があるのよ」
「守矢とか」
「あっちは風祝。巫女みたいなもんだけど」
「つまり?」
「私は博麗の巫女よ」
途端にひょわ、みたいな悲鳴を上げて意捕の顔が青褪めた。落ち着かない様子で盛んに周囲を伺う。
霊夢は情けない気配がプンプン漂う自分の写し身を見て複雑な心境になった。
「あ、あなた一人?」
「一人よ。あんたを入れて二人になる予定」
「ほふぅ助かった……ふふ……ふふふ……ふははは! 巫女一人なら怖く無いっ! コテンパンにのしてやるわ!」
敵が単騎だと分かるや急に意捕のテンションが上がった。自信満々でびしりと霊夢を指差す。霊夢はひょいと肩を竦めた。
「弱っちい癖に良く言うわね」
「弱っち……ふふん。妖怪は妖力の大きさだけじゃ計れないのよ?つい昨日、能力が進化したの。雌伏する事二、三千年……全てはこの時のために違いない!」
「どーでもいいわ。さっさとやる事やるわよ。私が勝ったら神退治に全面協力してもらうから」
「その自信がいつまで続くか見物見物。進化した私の能力、その目に焼き付けるがいい!」
意捕は赤と青の妖力弾をばらまいた。霊夢がちょいと体を移動させると青弾だけ弾道が変わる。赤が固定弾、青が誘導弾の様だ。非常に判りやすい。
眠っていても避けられそうな弾幕を軽くかわし、指に挟んだ御札を十数枚一気に投げた。意捕は殺到する御札に物凄く慌てたが、慌てている割にはするりと避ける。まるで御札の方が避けたかの様だった。
霊夢はそれを見て眉を顰めた。何か挙動がおかしい。
しかし霊夢が違和感の元を探り当てる前に意捕がスペル宣言をした。
恐歩「ずれる足音」
緑色の弾幕がそこそこの密度で展開された。弾幕は一様に真直ぐ霊夢を狙って飛ぶ。
あまりにも芸が無く怪しげな弾幕だったので距離を取って避けると、緑弾幕が一時停止し、ブレて青と黄色の弾幕に変わった。二色の弾幕が重なっていたらしい。
二色になった弾幕は複雑な軌道で動き始めるが余裕を持って弾幕から距離を開けていた霊夢には関係無い。緩い弾幕だと思ってグレイズしようとした所で不意を突く弾幕なのだろうが、そんな姑息な手は一定レベル以上になると通用しない。
「ちょっと! 避けたら当たらないでしょー!」
阿呆な事を喚く意捕を撃墜しようと今度は三十枚ばかり御札を投げてみたが、やはり避けられた。それも最大速度から急停止、直後にトップスピードに乗って後方離脱、その際に背中に当たりそうな札を見もせずに避けるなど回避力が普通ではない。
自前の回避能力にしては慣れた様子が無く、避ける度にキャアキャアと煩い。進化した能力の恩恵とやらか……
霊夢はふと思い付き、更に数枚御札を投げてみた。スルッと避ける意捕の一挙一投足を観察する。
「ああ――――なるほどね」
霊夢は意捕の避け方を見て納得した。確かに厄介と言えば厄介な能力らしい。
「なんか分かったみたいだけど無駄無駄無駄ァ! 私は九割九分九厘無敵よ!」
意捕はハイテンションで再びスペル宣言をした。
別人「二重人格」
霊夢を取り囲む様に赤青黄色の弾幕が広がった。上下左右弾幕に覆われていたが、簡単に脱出できそうな隙間が所々に空いている。
怪しい。
とても怪しい。
見え見え過ぎて実は罠に見える本当の隙間なのかと疑いかけたが、意捕の言動を思い出してそれは無いかと考え直す。奴はそこまで賢く無い。
わざと避け難い狭い空間を選び、身を捻って包囲を狭め押し潰そうとする三色弾幕から脱出。霊夢は驚愕に目を見開く意捕に一気に肉薄した。
意捕の能力は恐らく「姿と能力の模写」だ。あの避け方は霊夢の「主に空を飛ぶ程度の能力」を使ったものと酷似している。そうなると遠距離からの撃墜は困難だろう。知覚された弾は全て回避されると解釈して良い。なにせ「あの弾幕に当たりたくない」と思うだけで体が勝手に最適な「飛び方」をして避けるのだ。弾幕決闘においてこれ以上の能力は早々無いだろう。
しかしそこは稀代の巫女、その能力も踏まえた意捕の倒し方は既に思い付いている。
両手に御札を挟み、急接近する霊夢に意捕は怯えた声を上げた。
「あぶぁひぇえ! 来るなー!」
疑惑「フーアーユー?」
展開中のスペルを破棄しての次のスペル。ルール違反では無いのだが……悪く無い能力を持っているのに戦い方が残念過ぎた。
霊夢は黒色弾幕を半ばすり抜ける様に避け、意捕の背後をとった。
「一、技術までは模倣できない」
弾幕決闘では回避の他に位置取りも重要になる。弾幕を見切り、安全地帯を見つければ必死に避ける必要も無いのだ。
霊夢は弾幕が薄く、かつ意捕の死角になっている位置から怒濤の連撃を放った。
意捕はあわあわ言いながら回避に手一杯になる。
「二、霊力も模倣できない」
意捕は中堅小妖怪レベルの妖力を纏っている。即ち霊夢のもう一つの能力、「霊気を操る程度の能力」は模倣できていない。同じ姿を取っているのだから、霊力を自在に操り身体制御や強化に効率良く当てている霊夢の方が全てに於いて上回る。スペル攻撃に対し通常弾幕で応戦しようが霊夢に戦況が傾くのは自明の理。
現に霊夢の御札がテンパった意捕の巫女服の袖にかすり始めていた。
「三、あんたの相手が私だった」
霊夢は攻撃速度を一気に上げた。意捕のスペル弾幕の隙間を縫う様にして四方八方を飛び回り投げる投げる投げる。
そこで錯乱せず落ち着いて一端離脱すれば良かったものを、能力に頼って無理にその場で回避しようとした意捕は無数の札に囲まれ回避する隙間を無くし悲鳴を上げて被弾した。
意捕、スペル三枚使用。霊夢、スペル未使用。圧倒的な才能の差による決着だった。
霊夢は自分の双子の様にしか見えないドッペルゲンガーの襟を掴み御祓い棒で頬をつついた。
「以上三点。あんたの敗因ね。まあそのへんの十把一絡の能力も持って無い雑魚よりはマシかしら。この際贅沢は言わないわ、着いて来なさい。負けたんだから」
「そんな殺生なぁ……」
「私の姿で泣くな!」
サポートキャラクターが追加されました。
煙霧意捕[姿と能力を真似る程度の能力]
霊撃強化:夢想封印・双……ボムの威力と持続時間が上昇
※何も言わなければスペカは三枚という暗黙の了解でいきます。
少女祈祷中……