命蓮寺が建立され一年弱が経過したある初夏の日の事、幻想郷を包む二つの結界が弱まった。
結界の構成自体に問題は無かったが、力の供給元に異常が出たのだ。八雲紫は自らの式を博麗神社に遣わせたが肝心の神の姿は無く、巫女も行方を知らない。
結界への力供給は半日ほどで絶たれてしまった。
異常事態である。
幸い結界の異変の前兆から力の供給が完全に絶たれるまで時間的猶予があったため雑ながらも対策を取る時間があり、結界が破れるような事態には陥らなかったものの、供給役を引き継いだ隙間妖怪は身動きが取れなくなった。
二つの結界を平常に維持出来るのはおよそ一日。それ以上は保障できないと彼女は言った。
期限内に博麗の神を探し出し、供給ラインを戻さなければならない。さり気ない――いや、あまりさり気なくもない幻想郷の危機だった。
「まずいんじゃないか?」
「何が?」
神の居ない神社で巫女――博麗霊夢が渋い顔で陰陽玉をつついていた。コレへの力供給も絶たれている。
騒ぎを嗅ぎ付けて顔を出した霧雨魔理沙は言葉を繋げた。
「今回の異変だよ。あの白雪が誰かに操れるなんてこたぁ考えられん。つまりこの異変の犯人は白雪だ。巫女が神に逆らっていいのか?」
「ああそんな事? いいのよ、神を窘めるのも巫女の役目。異変解決も巫女の役目」
霊夢は陰陽玉の機能が完全停止しているのを確認すると後ろにポイと放り投げ、押し入れを漁り始めた。
「ざっと見回って来たんだが……守矢は勝てる気がしないって諦めてるぜ。まあ白雪の事だからギリギリで幻想郷を壊すのは避けるだろうって信じてる節もあるけどな。天狗はパニクってる。人里は結界の異変に気付いてる奴は居ないみたいだったな。分かりにくい異変だし無理も無い」
一応現在も結界は正常に作動しており、傍目には異常が分からない。この異変に気付いているのは白雪と親しい者か結界に関与している者だけだった。
魔理沙は押し入れの奥から「特製」と書かれた箱を引っ張り出した霊夢に尋ねる。
「ぶっちゃけた話、勝てるのか?」
「大丈夫よ、白雪は馬鹿だから。勝目はあるわ」
霊夢は箱から御札を取り出して懐にしまいながら事も無げに言った。魔理沙は顔を引きつらせる。
「自分の神に向かって馬鹿ってお前……」
「事実よ。確かに白雪は強いし、計算力があって思考速度が早い。判断力もある。でもね、大元の性質は結構単純。いくら強化を重ねても騙されるしミスもする」
「……ああ、まあな」
魔理沙は以前夢の世界で戦った時、チルノのハッタリに白雪が引っ掛かっていた事を思い出して頷いた。
「でもそれを補う馬鹿げた強さがあるだろ? 一撃貰ったら威力十倍で三回殴り返すような奴だ。特に今はいつもの強さの倍になってる。私にゃ勝てる気がしないぜ」
負けず嫌いの魔理沙だったが、敗北という言葉が最も似合わない女白雪との相対は勝つとか負けるとかそういう次元ではない。勝負にすらならないのだから。
太陽を破壊できないからと言って悔しがる思考回路を魔理沙は持ち合わせていなかった。
「その為の弾幕決闘よ。ルール無しの殴り合いで白雪に勝てる奴なんてこの世に存在しないわ。弾幕決闘に持ち込めば勝率は一割。優秀なオプションをつければ三割ってとこかしら」
「高いのか低いのか……まぁ高いんだろうな」
こんな時でもいつもと変わらない霊夢を魔理沙は複雑な心境で見ていた。初めて父に連れられて博麗神社に参拝に行った時、同い年だと言う幼い巫女が悠々と空を飛んでいるのを見た。ぽかんと見上げていると彼女はこちらに少しだけ目を向け、すぐに興味を失った様に逸した。
その時感じたのは少しの羨ましさと、強烈な悔しさ。あの子にできるなら私だって、と。
まだ魔法の森に住み始めて間も無い頃、いつも背中を追うばかりだったライバルは遠くに行ってしまった。
天賦の才能。最強の人間。一般人が死に物狂いで努力を重ねても届かない高みに彼女は居た。
それでも魔理沙は千の努力で足りないなら万の努力で、と追いすがろうとしたのだが。
「世界ってのは残酷だな……」
「何か言った?」
「いや、なんも」
魔法使いの手が巫女に届く事はついぞなかった。まだ少女と呼べる年齢だった頃は勝負を挑んで負ける度に悔しくて悔しくて仕方の無かったものだが、今はそれほどでもない。
子供の頃の熱意は失っていないが、視野が広がったとでも言おうか。巫女と自分だけの世界にはいつの間にか魔女の友人と妖怪の知り合いが増えていた。
「魔理沙は行かないの?」
「ああ、今回はやめとくよ。面白いモンが待ってる訳でも無さそうだしな」
「あ、そ。んじゃ行ってくるわ」
御祓い棒を片手に飛んで行く霊夢を縁側から見送る。魔理沙はその姿が空の向こうに消えてから脇に置いた箒をくるりと回して肩に担ぎ、立ち上がった。愛用の黒魔女帽子をぐいと被り直す。
異変解決は巫女の仕事。魔女は大人しくマジックアイテムでも作っていよう。
種族魔法使いになるのも悪くないと最近思い始めた、そんな星魔法の使い手だった。
八雲藍は動けない主人の代わりに紅魔館に来ていた。彼女は万一博麗の巫女が敗れた時の為に予備戦力を確保しておけと命じられている。
今回の異変は未だ表沙汰になっていない。結界が消滅する危険性がある、などと吹聴して無駄な混乱を招く事も無い。一部の強大な妖怪は察知している様だったが賢明にも口を閉ざしていてくれている。
その危うい均衡を崩さぬ様、慎重に動かなければならない。
藍は門の前で目を開けて寝ていた美鈴に要件を伝えて主に取り次いでもらい、怪我をしているのかどこか動きがぎこちないルーミアの案内でレミリア・スカーレットの部屋に通された。
「失礼します」
自分の方が歳上だったが一応礼をとる。顔を上げると姉妹で紅茶を飲んでいる所だった。アンティークな丸テーブルを挟んで向かい合い、背もたれのついた椅子に座って談笑していた。椅子もテーブルもカーペットも全て真紅。
藍は目がどうにかなりそうだと思ったが当然口には出さなかった。レミリアに手で三つ目の空いた椅子を勧められたので有り難く座らせて貰う。
「状況は理解されていると思いますが」
許可を得て足を踏み入れたとは言え紅魔館は言わば敵陣。藍は単刀直入に、しかしある程度の敬意を払って言った。レミリアは顔を上げ、紅茶のカップを置いて赤い目を細め藍を見る。
「結界の異変でしょう?外の世界との運命が混線し始めている」
藍は小さく頷いた。
彼女は運命を操る吸血鬼。幻想郷の異変を察知していてもなんら不思議は無い。
「それで私達に何の用かしら?」
「……人間に忘れ去られ、受動的に幻想入りした者にとって結界の消失は不都合であるはず。幻想郷の`幻´と外界の`実体´の境界線が消えれば幻は恐らく実体に飲み込まれ消滅するでしょう」
藍は言外に神退治の必要性を示した。
ここで紅魔に「頼み事」をして借りを作るのは好ましくない。後々それを盾に何を要求されるか分からないのだ。紅魔側から自発的に動くように誘導しなければならない。
こういった交渉事は主が得意とする分野だったが、今は藍の手に委ねられている。
レミリアは首を傾げて答えず、代わりに黙って思慮深く藍を観察していた悪魔の妹、フランドール・スカーレットが藍の言葉を聞いてくすくす笑った。
「それって霊夢が負けた時のスペアになれって事でしょう?」
実も蓋も無くいきなり核心を突いたフランドールに藍は肝を冷やした。賢い娘だ、とは思っていたがまさかここまでとは。単純に藍の言い回しが拙かっただけかも知れないが。
出足を挫かれた藍はなんとかポーカーヘフェイスを保つだけで精一杯だった。
「……そういう捉え方もできるでしょう。しかし弾幕決闘最強と名高い巫女を下した者を倒せば貴方達にも利益がある」
「かも知れないわ。でもそれは私達が判断する事よ。私達は誇り高い吸血鬼、貴方の指示にはいそうですかとは従わないわ。動く時はこちらの判断で動く」
フランドールの言葉にレミリアがうんうんと頷く。どっちが姉やら分からない。
藍は吸血鬼にこれ以上何を言っても無駄だと悟った。妹が鋭過ぎて誤魔化しが効かない。
参ったな、と内心でため息を吐いているとレミリアが不思議そうに首を傾げた。
「あいつが一人居なくなるだけで大結界に支障が出るなんて、少し不用心じゃないかしら? 普通こういう重要なモノは複数人で押さえるものでしょう」
確かにレミリアの言う事は正しい。一人が結界維持の全てを担えば、その一人が消えた時容易く瓦解する。何人かに分散して力の供給を行うのが用心深さと言うものだろう。
しかし一見間抜けに思える管理方式にもそれなりに事情はあるのだ。
「大結界が張られてから幻想入りしたあなた方には分かり難いかも知れませんが、当時は外界と幻想郷の隔離に反対する妖怪ばかりだったのです。好き好んで人間達に広い世界を受け渡し、狭い箱庭に籠りたがる者はいませんでした。結界維持に協力するという事は自分で自分を閉じ込めるという事です。これもまた進んで手伝いたがる者はいません」
白雪が真っ先に大妖怪に大結界の利便性を説いていなければ血で血を洗う大暴動に発展していたかも知れない。
「二つ目は距離の制約です。結界に力を供給するとなると普通は結界のすぐ側に居なければなりません。行動の自由が奪われ自身の力も低下する訳ですから、誰でも嫌がります。白雪様はその能力故に距離の制約が無く、また半減しても問題無い絶大な力がおありですから適任でした」
レミリアがげんなりした顔になる。その力が半減した相手に一方的になぶられ泣かされたのだ。彼女は今でも白雪が苦手だった。
「最後の理由は機密保持です。管理する者が増えれば増えるほど結界の秘密は漏れ易くなる。結界は――――特に博麗大結界は非常に強力ですが、どこまで行っても論理結界。紫様の組んだ論理式を崩せる者は早々居ないでしょうけど、結界の構成を読み取り破り去る者が出る危険性はあります。故に結界を維持管理する者は信頼に足る少数であるべきなのです。今回はそれが裏目に出ましたが」
藍の言葉にフランドールは眉をちょっと上げて反論した。
「危険なのは皆同じよ。私だって結界維持に関わってなくても結界を破る可能性を持っている。私が知らないだけで他にも居るのかも知れないわ。今回はたまたま白雪が行動に出ただけ」
「そうですね。この様な結界の異変は遅かれ早かれ誰かが起こしていたでしょう」
藍はさらりと流した。
フランドール・スカーレットは結界維持のために一度殺されかけている。彼女の能力はその気になれば容易に結界を破壊するだろう。幻想郷を愛する藍の主人がそれを見逃す筈も無い。
結局危険の芽を摘もうとした紫は白雪の主張を受け入れフランドール抹消から手を引いたのだが、この小さな吸血鬼はそれを理解しているのかいないのか白雪を擁護する口振りだった。自分を導いてもらった恩義も感じているようだし、フランドールの参戦は期待できそうもない。
……しかしやる事はやった。主ならば上手く言い包めたのだろうな、と藍は普段寝てばかりの主人に久し振りの尊敬に似た気持ちを抱いた。
「……大分脱線しましたが、今は異変が起きている事を頭に留めておいて頂ければ結構です」
藍は紅茶カップを置いて立ち上がった。
「あら、もう行くの?」
「まだ用事が残っているもので」
残る訪ねるべき相手は花妖怪と、閻魔と……心当たりは難物ばかりでうんざりした。
弾幕決闘に限定すれば彼の神に対抗し得る存在はほぼ巫女のみだが、他の者の勝率もゼロではない。妖精でも神に勝てる、それが弾幕決闘。
ルール無しの力ずくで倒そうと考えればどれほどの犠牲が出るか想像もつかない。実力行使に出れば戦に勝って勝負に負けるのが目に見えている。
苦労性の式は小さくため息を吐き、紅魔館を後にした。
いつだって道を大きく切り開くのは博麗で、細かい調整をするのは八雲なのだ。
あの良識的な神が何を思って異変を起こしたのかは定かでは無いが、理由はどうあれ現状で分かっている情報を元に対応するのみだ。
昔懐かしいその地で、全ての力を取り戻した彼女は一心に祈っていた。
どうか届け、この力よ。
それは幻想郷を揺るがしてまで望むものなのだから。
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【東方Project第13弾(偽)・東方乱力録~the ancient lost fantasy~】
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クリアさせる気の無い難易度です(全6面)
【プレイヤー選択】
→楽園の無敵な巫女さん
博麗霊夢
移動速度☆☆☆☆
攻撃範囲☆☆☆☆
攻撃力☆☆☆☆
初期オプション:無し
特技:当たり判定が小さい
スペルカード:神霊「夢想封印」
ラストスペル:「夢想天生」
普通の黒魔女
霧雨魔理沙
移動速度☆☆☆☆☆
攻撃範囲☆
攻撃力☆☆☆☆☆
初期オプション:イリュージョンスター
特技:アイテム回収範囲が広い
スペルカード:恋符「マスタースパーク」
ラストスペル:魔砲「ファイナルスパーク」
少女祈祷中……