妖怪の山を降り、途中人里に寄って分社の点検をしてから神社に戻ると夕方になっていた。神社に霊夢の姿は無く、守矢に通信符で聞いてみれば早苗も帰っていないとのこと。今頃三人は法界だろうか。
まあ流石に朝帰りなんて事は無いだろうと予想をつけて私は霊夢の分の夕食を作る。お腹空かせて帰ってくるだろうからご飯の量は多めに、野菜炒めにはちょいと奮発して牛肉を混ぜた。
踏み台を使って台所に立つのが面倒臭かったので、鬼火を宙に灯して土間で中華鍋を振るった。魔法・妖術万歳だ。
中華の達人気分で調子に乗って何度も具を宙に投げて受け止め、を繰り返して若干焦がしてしまった肉と野菜の炒め物を居間に運ぶと、タイミングよく霊夢が帰って来た。珍しくよれている。
「お帰りー。ご飯にする? お風呂にする? それとも――――」
「ご飯一択。白雪にしては気が利くじゃない、言い方は馬鹿みたいだけど」
「そんな事言うと片付けちゃうよ」
「嘘嘘、感謝してるわ」
「ホントかねぇ」
卓袱台にご飯と炒め物を出すと霊夢は一心にガツガツとかき込み始めた。霊夢も人の子、動けば腹は減る。
私は霊夢が箸を置いて一心地ついた所で今回の異変の話を振った。炒め物は綺麗に無くなり、米櫃も半分空になっている。
「どうだった? 宝船は」
「どうもこうも骨折り損のくたびれ儲けよ。お宝なんて欠片も無かったわ。船に乗り込んだら甲板で船長っぽい妖怪が頭にたんこぶ作って目を回しててね、これ幸いと早苗に看病を任せて家捜ししてたら尼入道が喧嘩売って来たから返り討ち。飛倉がどうの姉さんがどうの、事情を聞いてる内に勝手に魔界の法界って所に運ばれてたわ。船長が気絶してても船って動くのね」
霊夢は番茶をずぞぞと啜って大きく息を吐いた。
「法界って幻想郷じゃないから雑魚が殺傷弾幕を撃って来るのよね。いつもと勝手が違うからもう面倒で面倒で……魔理沙は喜んでたけどね、法界は魔法使いの修行の場らしいから。それで途中で虎と鼠妖怪がちょっかいかけて来たけどそれは置いとくとして、封印されてたボス……白蓮だったかしら? との御対面。妖怪と人間の友愛を主張してたからとりあえずはっ倒しといたわ」
「はっ倒したって弾幕決闘で?」
「まさか。法界にウン百年……千年ぐらい? 封印されてた奴がスペルカードルール知ってる訳無いでしょう。実力行使よ。割と手強かったわ」
「ふぅん?」
霊夢をして手強いと言わしめるとは白蓮やりおる。幻想郷の少女達は概ね弾幕決闘に慣れてしまい通常の無制限戦闘技術が鈍る傾向にあるが、そのあたりのハンデは封印開け直後に戦うハメになった事と相殺されるだろう。決め台詞はナムさん!だったかな? 誰だよナムさん。ドラゴンボールか。
満腹になって眠たそうな霊夢から続きを聞けば、哀れボコられたひじりんは船を着陸させる場所を探しているらしい。妖怪も仏の加護を得られる様に寺を建て腰を据えたいのだそうな。
「立地の良い場所があったら教えてくれって言ってたわ」
「あれ、まだお寺建てて無いって事?」
「当たり前じゃないの。守矢みたいに天狗の縄張りのド真ん中に寺造る訳にもいかないでしょ? 当たり障りの無い場所を探してるのよ」
「なるほど、そりゃそうだ」
前評判の通り争いを好まない人道的な御仁の様だった。
霊夢はざっと話すと白蓮に渡しておいたという符と対になった通信符を私に投げ渡し、座布団を枕に寝てしまった。
私は食器を片付けながら考える。
遠い記憶に残っている知識は東方星蓮船まで。この次は何が起こるか分からず対策の取りようも無い。次があるのかも不明。
まあ未来ってのは元々不確定なもので、今までの異変についても原作知識(笑)みたいに目安程度の認識だった。ちょいちょい人間だった頃にやったゲームとズレてるしさ。慧音とパパンが一緒に住んでたり、チルノがカリスマ化してたり……あれ、チルノって元からカリスマだったか? なんか分からなくなってきた。
うん、要はあれだ。現実と空想をごっちゃにしちゃいけません。今私の居るここが現実。ゲームはゲーム。それは何百回と無く認識してきた厳然たる真実である。
ここ数年何かが狂った様に異変異変異変異変異変異変異変と連続していたが、そろそろ打ち止めなのかまだまだ続くのか……
その時になったら考えれば良い。
私は流しで食器を魔法の水流に当てて洗いながら取り敢えずは明日寺の敷地を手配しようと考えを巡らせた。
明けて翌朝、そこかしこに通信符で問合せ縄張りや勢力均衡などの確認をした所、人里近くの草地に建てるのがよろしかろうという結論に至った。
なんと言っても寺である。白蓮は妖怪の為に寺を開くつもりのようだが、人間にとっても寺というものは必要な要素だ。特に新しいホトケさんが出た時。
今までは人里で死人が出ると陰陽師が弔っていた。本職では無いが寺が無かったのだから仕方が無い。墓も共同墓地である。
随分長い事その体制で通して来たし、人里の人間達もそういうものだと考え不満も出ていないのだが、やはり寺があるのならそちらに任せた方が良いに決まっている。ぶっちゃけた話、ここ何百年かは師匠が一人で法事をこなしていた。あんなんでも一応「仁獣」なので死者の弔いも受け付けていたのだ。私もお経ぐらいよめるけど神がお経をよむってのも妙な話なので葬式には関与していない。神道と仏道は基本的に反するものなのだ。かと言って私に仏道を攻撃する心算は無いんだけども。幻想郷は神も妖怪も飽和してるから今更毘沙門天(の代理)の一人や二人構いやしない。
話がそれた。
とにかく人間の墓の管理や法事全般を任せてしまおうという訳だ。だからあまり人里から離れた場所に寺を建てられると困る。
私は諏訪子に連絡して人里近くの草むらを刈り、土を固めて建築の準備をしてもらった。土の扱いは私よりも諏訪子の方が長けている。
そして分社に転移、人里の大工連中を訪ねて仕事を頼んだ。
「へぇ、寺院ですかい?」
「そ。毘沙門堂になるのかな? 人里から南西にちょっと行った所に空き地作ったから、そこに建てて欲しいんだけど」
「はあ……うーむ、他でも無い博麗様の頼み、聞きたいのは山々なんですがね。生憎と俺達ぁ寺なんぞ建てた経験はありませんでね。それに第一木材が足りませんや」
棟梁は申し訳無さそうに白髪の混ざった頭をガリガリ掻いた。大工の厳さん五十三歳、人里で最も腕の良い彼が渋るのだからなかなかに難しそうだった。
私が寺院の構造を知っていれば神力建築で直ぐに建つが、残念ながらそんな知識は持っていないし持っていたとしても「神」が「仏」を祠る寺を建てるのは憚られる。人間に任せるのが一番だ。
寺院の建築法は紅魔館の大図書館から資料を引っ張ってくるとして木材は……聖輦船、確か結構でかかったよな。
「寺の建築資料はこっちで用意するよ。で、木材だけど最近雲の上を飛んでた船、知ってる?」
「……ああ、あの宝船」
「そうそれ。アレを改装してなんとかできないかな? あれだけでかけりゃ結構な木材になると思うんだけど」
「……実際見てみん事にゃ分かりませんが、なんとかなるかと……ひょっとして依頼主は?」
「あの船の持ち主。昔は結構活躍した高僧」
「ほほー、それはそれは……そういう事ならやってみまさぁ」
「悪いね、急な頼みで」
「いやいや、若いのの良い経験になりますよ」
親方はガッハッハと豪快に笑い、他の大工に声をかけて慌ただしく仕事道具の用意を始めた。
私は白蓮に通信符で空き地の場所を伝えてから一度紅魔館に寄って小悪魔に本を見繕ってもらい、すぐに人里に取って返した。
準備を終えた厳さん達を連れて空き地に移動し、雲の間からぬっと姿を現した聖輦船に手を振る。聖輦船は空き地に大きな影を作って停止し、近くの畑で鍬を振っていた人間達の目線を独り占めにしながらゆっくり降りてきた。
地響きを立てるでもなく静々と着陸した船からは御一行が次々に地面に飛び降りて来る。タラップは無いらしい。
聖輦船から降りて来たのは危ないシルエットのナズーリン、雲と友達雲居一輪、ちょっぴりシャイな雲親父雲山、額に包帯を巻いた船幽霊村紗水蜜、阪神ファンかどうかは知らない毘沙門天の遣い虎丸星、私を見てあからさまに嫌そうな顔をした自称正体不明の封獣ぬえ、そしてどの角度から見ても僧侶に見えない大魔法使い聖白蓮。大工達も僧侶はどこだとキョロキョロしている。
寺のシステムについては詳しくないが、白蓮は髪剃らなくていいんだろうか。剃って無いどころか長い髪がウェーブしてる上に紫から金にグラデーションかかってるぞ。
まあ多少気になるが髪の色と服装については細かく突っ込まないのが幻想郷の不文律である。私は代表して一歩前に出て来た白蓮と握手を交わした。
「白蓮、ようこそ幻想郷へ。私は博麗神社で神をやってる博麗白雪」
「御丁寧に有り難う。聖白蓮と申します。昨日は貴方の巫女にお世話になりまして」
「……ごめんね」
「え? あ、すみません、他意は無いのです。考え方が人それぞれ違うのは当然の事。彼女に恨みはありません」
そう言って微笑む白蓮の背中には後光が差して見えた。何この良い人……
「あー、事後承諾で悪いんだけどさ、聖輦船を改装して寺にする事になったんだけどいいかな? 駄目なら駄目で構わないけど、その時は木材の切り出しに時間がかかるからちょっと寺が建つの遅くなるよ」
「構いません。あちらの方々が建てて下さるのでしょうか?」
「そう。費用は利息つけないからゆっくり返してくれれば良いってさ」
「助かります。幻想郷には優しい方が多いのですね」
「かも知れない」
白蓮は私に一礼すると大工達に挨拶に行った。
白蓮の代わりにナズーリン達が寄って来る。
「やあ、先日はどうも。お陰で探し物はすぐ見つかったよ。ありがとう」
「どういたしまして」
「……あんた凄く見覚えあるわ。陰陽師だったと思ったけど神だったの?」
「兼業してるけど大体神かな。リベンジしてみる?返り討ちにするけど」
「やんないやんない。でも新月の夜に気をつける事ね」
「楽しみにしてるよ。水蜜、ちょっと頭見せて」
「か、解剖ですか!?」
「中身じゃなくて傷だよ……ん……これでよし。治ったよ」
「は? ……あれ? ホントに治ってる! ありがとー!」
「いやそんなに喜ばれても原因はそもそも……げふんげふん」
「雲山が頭を撫でたいと言っています」
「断るッ!」
「貴方も妖怪が信仰を受けた存在なのでしょうか?どこと無く私に似た気配がするのですが」
「ああ、まあそんなとこ。年季が違うけどね」
ごちゃごちゃ話していると星が白蓮に呼ばれた。大工、白蓮、星が額を付き合わせて寺の設計の相談を始める。はてさてどんな寺になるのやら。
寺の図面を引いて細部を煮詰め、大工が着工したのは空き地を作った三日後だった。
私は前回渡し忘れて少し古くなった菓子折りを持って見学に行く。白蓮達は僧房(僧衆の居住区)が出来るまで人里の外来人長屋の空き部屋を間借りしていたが、建築現場に行くと白蓮が居たので菓子折りを渡した。
「わざわざすみません。何から何までして頂いて」
恐縮する白蓮。レミリアだの紫だの幽香だの、強い奴は大抵アクが強いけど白蓮は謙虚だ。ああ癒される。
「良いって事よ! こっちの都合で場所指定したんだし色々注文つけたんだから。ギブアンドテイクだと思っといて」
「そう言っていただけると気が楽ですね」
しばらく二人で建築現場を眺める。大工達は鋸やノミやトンカチ(大工はゲンノウと言うらしい)を振るっては聖輦船を解体し木材を切り揃える。またある大工は寺の基礎を作り、ある大工は石と木を組み合わせ漆喰を塗り込んで塀を作っていた。なかなかに手際が良い。
ふと美味しそうな匂いを嗅ぎ取り、目線を落とすと白蓮が重箱を持っているのを見つけた。大工への差し入れか……絵に描いた様な良い人だ。流石聖の名は伊達じゃない。
「ああそうだ、白蓮、鐘撞き堂って造る予定ある?」
「鐘楼ですか? 今の所はありません。鐘も費用も無いですし、最低限の体裁を整えるだけの予定です」
最低限ってーと堂塔(神社で言う本堂)と僧房だけか。簡素だなー。
でもそんなもんだよね。幻想郷生活が軌道に乗ってから追々設備を追加していけば良い。
個人的に寺には鐘がつきものだと思うんだけどなぁ。夕焼け小焼けで日が暮れて、山のお寺の鐘が鳴るー、ってさ。
鋳掛屋でも流石に寺の鐘は無理かなぁ……私が手を貸せば小さ目の鐘ぐらいなら造れるだろうか。
うんうん悩んでいるとぽつりと白蓮が呟いた。
「妖怪は妖怪であるだけで退治される……この幻想郷でもその理不尽さは同じなのでしょうか」
「さてね。スペルカードルールが出来てから妖怪退治も随分穏和になったとは思けど」
「……そう、ですか」
見上げると白蓮は遠い目をして人里の方を見ていた。
人間と妖怪の平等を掲げる白蓮だが、妖怪と人間には決定的な違いがある。
人間は妖怪を必要としないが、妖怪は人間が居なければ存在できなのである。それでいて対等になれるはずもない。歩み寄る事は出来ても絶対に平等にはなれない。鉄壁と言うにも生温い閻魔も崩せぬ壁がそこにはある。
古代、私は散々人間と妖怪の共存に骨を折ったがあえなく失敗。両方滅びた。現生人類は月人とは違うが、基本的な関係に変わりは無い。
人と妖は、絶対に、平等には、成り得ない。
どれほど近付いても壁は無くならない。壁を無くすには妖怪は妖怪である事を捨てなければならないが、白蓮はそういう事を望んでいるのでは無いだろう。
人間なのに妖怪にも慈愛を惜しみ無く与える博愛主義には恐れ入るが、私は手を貸すつもりなどさらさら無かった。その目標は決して達成できないのだから。それは白蓮も薄々勘付いていると思う。
一体どこに落としどころをつけるのか、私はそこに興味があった。手伝わないけど応援ぐらいはしておこう。
「頑張れ、白蓮」
「はい」
星蓮船、終了。短くまとめ過ぎたかも分からん
日常編を挟んで最後のオリジナル異変へ続きます