「玲菜さん、あの人はお知り合いですか?」
「ええ。呪禁師っていう医者の延長みたいなの。ただ、アイツが得意なのは毒だけど」
「錬金術師にもいます、そういう人。ボルジア家の毒やペストのバッタものをばら撒いたり……まあ碌なことをしませんけど」
「ふーん、アイツは仁丹(?)って云う不老不死の薬を作るらしいけど、それって貴女の学派と同じよね?」
「まあ洋の東西を問わず、同じ結論を得る別手法はよくありますから。それに不老不死は人類の夢じゃありません?」
「不老は二百年も続けば十分じゃない? 不死なんてもう……生き方グダグダになりそう」
「そうですか?」
「そうよ。でも、腕はホンモノ。『スペインの石』を見せてもらったことあるから」
「万能の解毒剤ですか?」
郊外の森の沈黙が四つの影によって破られた。
「お喋りはこれくらいにして……久しぶりね、カレハ」
衣装ケースを持つ玲菜はプラチナブロンドの髪の女性に挑むように云う。
女性の手には杖が握られ、彼女の長い髪は邪魔にならないように短く束ねられていた。
「こちらこそ」
クツキも実にニコやかに返した。
しかし、二人の間の空気の冷たさは全員が理解している。
「療養中、貴女には随分とお世話に。その節はどうも」
「気にしないで。それより、眼の調子はいいの?」
「ええ。結局、両方とも抉り出して……」
クツキはそう云いながらカラーコンタクトを外し、青と赤の瞳を見せる。
「今はこの世で最もよく見える眼に変えました」
玲菜はその両眼が作り物であると看破した。
いや、彼女の本来の瞳の色を知っていたからこそ看破できた。
瞳はそれほどに精巧な、神がかりの義眼だ。
ただし義眼といっても、ここまでの域に達したものはホンモノと何も変わらないだろう。
「ああ……ただ色違いが私に似合うと思っただけ。綺麗でしょう?」
オッドアイの女性と玲菜の間柄をアーデルハイトは知らない。
衣装を携えた玲菜とクツキが病院で出会った途端、クツキが一方的に決闘をはじめたのだ。
「あの瞳、何となく正体がわかります」
ポツリとそう云った。
脇でそれを聞いた玲菜は別な反応。
「ねぇ、知らなかったけど……カレハは嘘を吐くのが趣味なの?」
「綾音から聞きまして?」
「――やっぱり」
クツキの眉が釣り上がった。
カマをかけられたことに腹が立ったというよりは、自分に腹が立っている感じだ。
「喧嘩なんてやめましょうよ。人が来ますって!」
彼女たちと対照的なのは心配そうにしているアヤハ。
二人がこの場で争い始めたときのことを考えると、内心穏やかではいられなかった。
「黙っていなさい」
病院でクツキが玲菜を見た瞬間から、この戦いが起こることは決まっていたようだ。
アヤハの言葉もクツキの心を変えることはできない。
「でも……」
「カレハが云ったみたく貴女は黙っていて」
「浅海さんまで……どうなっても知りませんからねっ!」
二人がまるで聞く耳を持たないと悟ったアヤハはそれっきり黙りこんでしまった。
同伴していたアーデルハイトはそれを見て、気まずそうな顔で云う。
「私、立場上争いを止める必要があるのですけど……駄目ですか?」
「その必要は無いわ。これは決闘ですから――あのことは許しません。その首落としても飽き足らない」
アーデルハイトの言葉にもクツキは耳を貸さない。
それは玲菜も同様だ。
「そういうこと。一応、流儀に則った決闘は可よね? ――だから、掃除機って云った綾音が悪いんだって。勘違いするわよ」
「? まぁ決闘は可能ですけど」
古い伝統にのっとった決闘方はいくつかある。
現在でも調停がうまくいかないときに用いられることがあるし、互いの技術を競う目的のために行われることもある。
基本的にこれらについてはアーデルハイトの管轄外である。
それらの中で彼女たちが選択したのは――
「魔術(インチキ)なし。武器ありのドツキ合い。一番シンプルなものでやるから。異存ないでしょう、カレハ?」
「殴り合いって……玲菜さん、ズル過ぎなのでは――」
玲菜の提案を聞いたアーデルハイトは流石にこれはまずいと感じる。
そして、それを思いとどまらせようとしたとき、クツキはその提案を承諾していた。
「それで構いません。私は杖を使わせてもらいますけど。貴女は?」
「えっ、クツキさんも相手のことがわかってます?」
アーデルハイトが心配する声にクツキは微笑み返す。
「ええ、大丈夫ですよ。術者が求めるのは更なる高みだけ。私のモットーは目的以外にそれを用いないことですから」
「で、でもですよ、玲菜さん相手にそれを云うのはちょっと」
「ああ、私を心配してくださるのね。なんて嬉しい! 大丈夫、すぐに食事に行きましょうね。お子様ランチはお好き?」
アーデルハイトの本来の年を聞いてもこの調子。
クツキにしてみれば外見だけが大事で、中身はどうでもいいのだ。
「ですから、私は真剣に心配しているわけで……」
「まあまあ、本人がいいって云ってるんだから。うん、杖ならいくらでも使いなさいよ。私は素手で十分だから」
アーデルハイトの心配をよそに、杖を持つクツキはそれを軽く振り回した。
「そうですか。しかし、七回も……」
「は?」
「貴女が私を『あの名』で呼んだ回数。綾音でもない限り、そんな人間を生かしておくつもりはありません」
怒りを表情に表さないクツキだったが、その口調から凄まじい怨恨を感じさせる。
「気にしない気にしない。怒らないでよ」
「舐めた口を利けるのはこれまで――地上最強を自負する私の馬流杖術でお相手いたします」
クツキが持つのは量販店で買った杖。
特に何の意匠も凝らされていないし、おかしな呪いがかかっているわけでもない。
魔術で強化されてもいないし、特別頑丈なわけでもない。
彼女はそんな杖を脇に挟み、両手に黒い革手袋を嵌めた。
「杖なんかで地上最強って、随分な事を云うわね」
「受けてみればわかります……それにしても、安物は手になじまない」
「なら愛用品を持ってくるまで待ってあげましょうか?」
「結構。私の流派は武器の質を問わないのだから、一級品など使っては貴女が気の毒です」
「フンッ、せっかく人が……」
クツキの杖が身近にある木を叩く。
ちょっと力を入れて叩いたようにしか見えなかったし、杖に魔力がこもった形跡も見られなかった。
しかしその瞬間、雷が落ちたような破裂音と共に叩かれた木が根元からへし折れたのだ。
「……はいっ?」
「……えっ!?」
「……う、うそ……」
その光景を見ていた三人の口は開いたまま。
それもそのはずで、クツキは本当にただ叩いただけだった。
「万物に成り立つ力の平衡を崩したのよ」
クツキはそのまま足元に転がっていた石に向けて杖を振り下ろす。
すると、杖はそのまま石を二つに切断した。
「ほら、同じことができて?」
「……力の平衡って、なに? それに、前はこんなの……」
「並外れた才能は魔法さえ超越すると識っていた? 祖先から受け継いでいるのは外見だけではないのよ」
クツキはその本性を晒し始める。
古い家系に連なる彼女は度重なる近親婚の果て、何十代も昔の祖先の容姿を受け継いでいた。
隔世遺伝――彼女ほど色濃くそれを顕す者は稀だろう。
なにしろ純粋な日本人なのに、そう見えないほどなのだから。
「……」
玲菜も、アーデルハイトも、アヤハも皆がその言葉を上の空で聞いていた。
何を云っているのか、まるで理解できない。
「……ただの杖が、木を叩き折るなんて……これはあの……」
アーデルハイトは折れた木を見つめながら思案した。
幹は大人が手をようやく回せるかどうかという太さで、クツキの杖はその枝くらいしかない。
彼女の力が人の規格を遥かに超えていたとしても、杖は違う。
アレはただの杖に相違ないのだ。
長い年月をかけて作られた武器でもなければ、魔術がかけられているわけでもない。
すると結論はひとつ――ただの市販品の強度でアレが出来るとは思えない。
しかし、現にそれが起こっている。
魔術を用いずに奇跡をなす、そんな言葉がアーデルハイトの頭をよぎる。
「え? 今のはカレハの馬鹿力じゃないの?」
「なわけが無いでしょう! 玲菜さん、あれは市販品ですよ? にもかかわらず、折れていないということは……」
「――あっ、ああそうか……ちょっと、そんな訳わかんないので素手に挑戦するつもりなの? 卑怯者!」
「オーホホッ、言い訳は見苦しくてよ。野蛮な狼さん」
令嬢じみた高笑いをするクツキ。
すでに勝利を確信している様子だ。
魔術を駆使しない戦いにおける屈指の実力者を相手に、勝算はどれほどだろうか。
「アデット! こんなの認めていいわけ?」
「でも、玲菜さんが云い出したことですし……どうすれば?」
「お祈りは済みまして? これからその軽い頭を叩き潰して差し上げるわ」
「ふにゃあ……」
豪奢なプラチナブロンドの髪の毛が木の葉の上にふわりと広がっている。
髪の持ち主である女性はまるで気持ちよく眠っているようだったが、横で見守る黒髪の少女は心配そうだ。
「……先輩の馬鹿。なんでこんなときにっ!」
少女の言葉に女性は反応しない。
ただスヤスヤと眠っているだけだ。
「今日は変ですよ。小さな女の子に変なことしたり、戦闘狂みたいに喧嘩したり……挙句に負けちゃうなんて」
少女が愚痴を並べても女性の耳には届いていないようだ。
「……えいっ」
少女のデコピンが女性の額を見事に捕らえ、乾いた小さな音が静かな森に響いた。
「あはっ、うふふ……いい音。もう一発、えっ……う」
彼女の指がもう一度額を叩こうとしたとき、女性の手が少女の首を捕まえる。
女性の外見からは想像もできないほどの握力で、一気に首を締め上げた。
「玲菜。あの名で私を呼んだ奴は、絶対に殺す!」
それはただの寝言だ。
だが女性は無意識のうちに少女を絞殺しかけている。
「ごほっ、先ぱっ……お願、止め……」
夢の中、何年か前の出来事が再現される。
「ねえカレハ、私と貴女と綾音とで鬼ごっこしない? 隠れた奴を見つけるの」
「それは鬼ごっこではなく、隠れんぼでしょう。それにカレハ? 綾葉が本名ですけど」
「ふふっ、養子にいったから『朽木』って云うんでしょう?」
「ええ。養子といっても母の実家ですけど」
「朽ちた木の葉っぱ、枯葉じゃない?」
「……まあ、呼びたいのならどうぞ。気にしませんから」
「そう、じゃあカレハ。いい隠れ場所があるから後でこっそり教えてあげる。貴女のお姉さんが困るところをみましょうよ」
「ふっ、下種な考えですが面白そうですね。それで、どこです?」
「ああ、それはね――」
次の瞬間には真っ赤な部屋。
扉を叩いても誰も返事をしないし、足元で何かが動いている。
必死に扉を叩いても、反応はやはり無い。
そのとき、臓物のようなものが浮かんでいる湯船の、さらに奥で何かが動いた。
真っ黒い影、『何か』としかいえない得体の知れないもの。
二メートルもあるくせに、針金みたいに細くて、どうやって動いているのかもわからないもの。
『綾音の秘密実験室なら絶対に大丈夫だって。誰もあそこには近づかないから。何があっても、ね』
その言葉の意味がようやくわかったとき、黒い何かがキイキイと耳障りな声を発しながら地面を這って来た。
「じっ、冗談じゃない! 早く出して、早く!」
近くにあった気持ちの悪いものを投げつけるが、黒い何かに触れた瞬間に消えていく。
だんだんと何かが食っているのは確かなのだが、奴には口が無い。
「病気なのよ、私! 早く、早く出してよ!」
何の事故でしまってしまったのか、扉の鍵は開かない。
入る際には確認していたはずなのに、どうしても開いてくれない。
「玲菜! 玲菜! 早く、早く!」
ひたっ、と足を掴む何か。
それを見下ろしてみると、黒い何かの背中を、ヒトのようなものが流れていく。
先程投げつけたものも、まるで背中の柄になったかのように映し出されては流れていく。
「うっ、嘘! うそっ……」
何かに掴まれた自分の足が黒い何かの背中を流れていく。
そして、見下ろした先に自分の足は無い。
「ひっ……あぁ」
足が無くなったことで、バランスを崩して倒れこんでしまう。
扉に背をつけて、ズルズルと床にへたれ込んでしまった。
視線の先には真っ黒い何か。
目の無い生き物と視線が合う。
「…あ……やね……ちょっと、これはやり過ぎ……」
と、そのとき背中の扉が開いて――
「ん? 綾葉見つけた」
「あ、やね! ちょ、とっとこれは貴女、なんて事を……」
黒い何かを一瞥した彼女は首をかしげた。
「ああ、これはただの掃除屋。小動物と失敗作を処理してくれる数少ない成功例。人間は捕らえるだけで害はないわ」
「……」
「蔵の在庫整理で……玲菜には起動中だと云っていたのだけれど、貴女は知らなかった?」
「……殺す」
「ん?」
「……殺す、殺す、殺す」
「あ、綾葉? 気を失ってしまったの……?」
「――!? あ、あれっ? アヤハ?」
苦し紛れに少女が頭を殴りつけたことで漸く女性の瞳が開く。
自分に首を絞められて苦しそうな少女の必死の訴えに漸く気がついた。
「あっ、大丈夫?」
「ごほっ、ほ、ごほっ……うぅ、死ぬかと思いましたよ先輩!」
「……玲菜は? 素手の殺し合いで魔眼を使いやがった、あの卑怯者は何処!」
髪の毛についた木の葉を払いながら立ち上がったクツキは周囲を見回しながら訊いた。
「いませんよ。それに、あの女の子も帰りました――ていうか、先輩も卑怯は一緒です。あの杖、何仕込んでたんです?」
「私が卑怯? あれはただの杖、店で貴女が買ってきたのよ」
「あの現象は本当に技術だけですか……何て出鱈目な。いえ、でも服の下には仕込んでいますよね? 金属音しましたよ」
玲菜に殴られた瞬間、クツキの服に仕込まれていた七枚の呪符が全て破壊されていたのだ。
一枚一枚が相当な耐衝撃力を誇る代物だっただけに、そのときのことを思い出したクツキは冷や汗をかいた。
「……ふっ、無ければ今頃内臓破裂だったでしょうね。あの馬鹿力め! しかし何です、貴女はその方がよかったの?」
「うぁ、逆ギレですか。怒りたいのはこっちなのに」
「逆ギレ? 私の知らない単語を使わないで。それに、どうして玲菜の足止めをしなかったの?」
「先輩が勝てない人にどうしろと? 無茶しなくても死にますよ」
アヤハにしてみれば『浅海さん』という名前しか知らない相手だ。
どうやったって手加減などしてくれそうに無いのに無茶をする気にはなれない。
「腕の一本も捨てれば時間くらい稼げたでしょうに。愚図が。貴女、それでも私の奴隷?」
「そもそも奴隷じゃないです。大体、あんな神業使う先輩が負けるなんて普通は思いませんよ。あれじゃあ、人外そのもの」
勝負は一瞬だけクツキの足が止まった瞬間に決まった。
不可解な苦しみに胸を押さえたとき、すでに玲菜の一撃が目前に迫っていたのだ。
それを思い出したクツキは悔しさに唇をかんだ。
「人外? 外人のこと? どちらにしろ、いい意味ではないようだけれど……トーマに連絡はつきまして?」
「ええ。倒れた先輩を運んでもらおうと思って、さっき呼んだところです」
「よかった。あんな変人には触れられたくも無い……いいわ、これから二人を案内します」
「はいっ! じゃあ、すぐにでも藤間さんを探してきます!」
「現金なこと。これだから……あっ、アヤハ? 近くまで行って、そこからは私の紹介状を見せるのよ」
「先輩は? 怪我してらっしゃるんですから、中に入れてもらえば?」
「絶対に駄目。アーデルちゃんの捜索が最優先事項、貴方たちの事は連れてきただけ」
「つれない態度ですね。部活仲間じゃないですか。全国行きましょうよ」
「綾羽御影、その明るさはいい加減原因を調べたくなる……二人だけの同好会で云う台詞ですか?」
呆れたように云ったクツキは時計に眼をやった。
結局のところ、朽木綾葉は数年ぶりに訪れる実家にいた。
しかし、うっかり開けてしまった部屋の前で硬直してしまう。
「綾音……何してるの?」
ウサギの耳を模した飾りをつけ、メイド服を着た自分の姉。
どう見ても『何かがあった』としか思えない状況だ。
「あら、綾葉。久しぶりですね」
まるで恥じ入る様子すらないことに違和感さえ覚える綾葉。
これは本当に自分の姉だろうか?
「ええ、久しぶりだけど……いえ、本当にどうしたの?」
「これ? 花嫁修業よ」
「……はぁ?」
どうして当然のことを聞くの、とでも云いた気な綾音。
それを前にすると本当は自分が間違っているのではないか、と思いそうになる。
「コスプレが趣味の人と結婚するのなら別にいいけど……また誰かに吹き込まれたの?」
「吹き込まれたとは心外ね。どういう根拠です?」
「世間知らず。私も人のことはとやかく云うつもりは無いけど、人の悪意には敏感なくせに、相手に悪意がないとガードが緩む」
「どういうこと?」
「相手の勘違いとか、貴女の勘違い。ボタンの掛け違い」
そういいながら部屋に入ると、すぐにドアを閉め、窓もカーテンを完全に閉め切った。
「この部屋は見えはしないわ」
「妹として絶対にいや。私の後輩が来てるのに、こんなのが姉だっていえるわけが無い」
「……」
「で、今回はどういう経緯でこんなことを?」
「今回だなんて、まるで私がいつも勘違いしているような云い方ね」
「どういう経緯?」
「……市井の人は、閨で皆この格好をするとか」
「うん。ソイツ私が殺してくる。何処に住んでいるの?」
綾葉はその辺りの事情をかいつまんで教え、それが間違いであることを納得させた。
綾音は真っ赤になりながら着替えに走り、すぐに別な服装になって戻ってきた。
すると、ベッドの上に転がった綾葉が何かを持って悦に入っていた。
「ちょっと、綾葉! 何を……」
荷物の中から薬品の入ったビンを取り出した綾葉を見て、綾音があわてる。
「ソイツを殺す準備だけど。苦しませて殺す? 安らかに送る? それとも、一生涯治らない病気にしとく?」
「そ、そんな物騒な。冗談でしょう?」
「えっ、半身不随で植物人間!? それも面白そうだけど、やりすぎじゃない? 相手も可哀想に」
「誰がそんなことを云ったの!」
「じゃあ姉さん、どうやって仕返しするつもり? まさか、まさかとは思うけど……泣き寝入りするなんて云わないでしょうね?」
「うっ、それは……」
流石に綾音も云いよどんだ。
仕返しなどすぐには考えもしなかったのだから言葉が続かない。
「ああ、嘆かわしい! 伝統ある我が家の長女がこれでは、面子も丸つぶれね。祖先の御霊に頭を下げなさい、綾音」
「そんな云い方をしなくても。大体これは復讐するほどの……」
「おぉ、そういえば綾音は学園祭でひどい目に合わされているとか。学校で殴り殺していい?」
「駄目に決まっているでしょう!」
「……何マジになってるの? 冗談も通じないのね、姉さん。それって罪よ」
その夜、綾葉は彼女をからかい続けるのだった。
ただ冗談交じりに云っていた『復讐』は少し本気なのかもしれない。