<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.1511の一覧
[0] Spell Breaker[暇人](2006/01/30 21:27)
[1] 第一話 『満月の夜に』[暇人](2006/11/10 02:08)
[2] 第二話 『月夜のアルテミス』[暇人](2006/11/14 21:33)
[3] 第三話 『夜の終わり』[暇人](2006/11/14 21:27)
[4] 第四話 『目が覚めると』[暇人](2006/05/09 21:36)
[5] 第五話 『偽りの夜は明けて』[暇人](2006/11/14 21:37)
[6] 第六話 『生き残るための選択』[暇人](2006/11/14 21:46)
[7] 第七話 『月の呪縛』[暇人](2006/06/19 11:53)
[8] 第八話 『感動の次には』[暇人](2006/02/11 17:29)
[9] 第九話 『アマルガスト』[暇人](2006/02/15 20:47)
[10] 第十話 『はじめての魔術』[暇人](2006/11/26 15:23)
[11] 第十一話 『ある日の出来事』[暇人](2006/05/31 23:32)
[12] 第十二話 『ある魔術師の悪意』[暇人](2006/11/14 22:44)
[13] 第十三話 『夜の始まりに』[暇人](2006/05/31 23:21)
[14] 第十四話 『吸血鬼』[暇人](2006/11/14 21:55)
[15] 第十五話 『バイバイ』[暇人](2006/11/14 22:00)
[16] 第十六話 『Another night』[暇人](2006/05/31 23:47)
[17] 第十七話 『夜明け』[暇人](2006/11/14 22:29)
[18] 第十八話 『噂』[暇人](2006/11/14 22:11)
[19] 第十九話 『アデット先生の魔術講義/ルーン』[暇人](2006/11/14 22:35)
[20] 第二十話 『銀狼奇譚』[暇人](2006/11/14 22:05)
[21] 第二十一話 『ある夏の夜に』[暇人](2006/06/03 09:20)
[22] 第二十二話 『霧海』[暇人](2006/11/09 02:42)
[23] 第二十三話 『回想/Doll Day 1』[暇人](2006/06/09 00:25)
[24] 第二十四話 『回想/Doll Day 2』[暇人](2006/11/09 02:57)
[25] 第二十五話 『回想/Doll Day 3』[暇人](2006/11/10 00:50)
[26] 第二十六話 『断れなくて 』[暇人](2006/06/25 15:46)
[27] 第二十七話 『真紅の魔術師 』[暇人](2006/11/10 01:17)
[28] 第二十八話 『目が覚めてみれば 』[暇人](2006/11/14 22:52)
[29] 第二十九話 『公園での出来事 』[暇人](2006/11/20 05:39)
[30] 第三十話 『悪夢の舞台へ 』[暇人](2006/07/18 20:25)
[31] 第三十一話 『路地裏の喧嘩 』[暇人](2006/11/10 01:09)
[32] 第三十二話 『路地裏の決着 』[暇人](2006/11/10 01:45)
[33] 第三十三話 『逢魔ガ橋 ・血戦』[暇人](2006/11/10 01:50)
[34] 第三十四話 『訪ねてきた吸血鬼』[暇人](2006/11/10 01:57)
[35] 第三十五話 『人々の夜』[暇人](2006/11/01 05:43)
[36] 第三十六話 『憂鬱な朝』[暇人](2006/11/10 02:04)
[37] 第三十七話 『時を統べる者』[暇人](2006/11/20 06:55)
[38] 第三十八話 『無限回廊・宴の始まり』[暇人](2006/11/26 16:20)
[39] 第三十九話 『最も高貴な一族』[暇人](2006/12/07 04:29)
[40] 第四十話 『風』[暇人](2007/01/18 07:53)
[41] 第四十一話 『伝承の最期』[暇人](2007/02/10 02:11)
[42] 第四十二話 『彼女達の日々/綾音』[暇人](2007/02/10 02:16)
[43] 第四十三話 『彼女達の日々/玲菜』[暇人](2007/03/01 01:45)
[44] 第四十四話 『謀り』[暇人](2007/03/01 02:14)
[45] 第四十五話 『勘違い』[暇人](2007/04/15 01:27)
[46] 第四十六話 『ふくしゅう』[暇人](2007/05/18 02:27)
[47] 第四十七話 『浅はかな悪意』[暇人](2007/11/20 01:29)
[48] 第四十八話 『招かれざる狩人』[暇人](2007/11/20 01:02)
[49] 第四十九話『銀の杖』[暇人](2008/03/23 00:38)
[50] 第五十話 『こくはく』[暇人](2008/04/03 07:30)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[1511] 第四十三話 『彼女達の日々/玲菜』
Name: 暇人 前を表示する / 次を表示する
Date: 2007/03/01 01:45








 時系列が少し複雑になってしまうが、これはスタニスワフが死んだ翌日の朝の光景。
 つまり、綾音が放課後に公明を訪ねるより前に起きた出来事である。














 扉が開く音にふと目が覚めた。

 体中に痛みはあったが、それでもどうやら生きているらしい。

「――よかった。無事みたいね?」

 少し霞がかった視界に映る人影がよく知った相手の声で話しかけてきた。

「……ん、うっ…浅海なのか?」

 頭がぼんやりとしたのはほんの刹那のこと、すぐに覚醒して視界が鮮明になる

「ええ。もう本当に心配させるんだから」

 辺りを見回したとき、壁に掛けてあった時計でまだ七時だった。

 どうやら病院らしいが、こんな朝早く面会が許されるものなのだろうか。

「あ、別に起きなくてもいいわよ。怪我してるんだから、そのままでいなさいよ」

 私服姿の浅海は起き上がろうとした俺を止め、ベッドの横の椅子に腰掛けた。

「俺は……、俺をここに連れてきたのはサーシャか?」

 一人部屋の病室にいるのは二人だけなのだ。

 今更確認しなくてもサーシャは最初からいなかったし、相棒の青年の姿もない。

「サーシャ? 誰、それ……あぁ、ひょっとしてここを教えてくれた人の相棒?」

 そう云えば、浅海とサーシャは互いに面識がなかった。

 会っていたら共感するところが多そうだが、人の縁というものはわからない。

「多分そうだと思う」

 相棒の青年の顔はほとんど覚えていなかったが、存在だけは覚えていた。

「そういえば、あの人ラジャラトナムとか云ってたわね」

 簡単な自己紹介をされたらしい浅海がその二級執行官の名前を口にした。

「もしかして、知り合いだったのか?」

 青年の名前を口にした彼女の口調にどこか知ってそうな響きがあったので聞いてみる。

「いいえ。でも、東南アジアにそんな名前の印僑がいたから。ま、どうでもいいけど」

「ふーん。そう云えば、今日は学校サボって、病院に不法侵入したのか?」

 私服姿だし、これから学校に行くとは思えない彼女。

 何しろ昨日はずっと起きていたわけだし、心労も相当だろうから休んで当然だった。

「一応、心配して来てあげたんだからそういう言い方はないと思わない? ほら、差し入れよ」

 浅海が差し出したのは、人の家の箪笥を引っ掻き回して探し出した衣類とお菓子。

 いくらお見舞いとはいえ、コイツ人のプライバシーとか無視ですか?

「あ、ありがとう」

 荷物を鞄後と受け取ると、ベッドの横に移動させた。

「でも、どうして今頃? 七時だなんて少し時間がおかしくないか?」

「あのね……私は別に不法侵入したわけじゃないし、学校一日サボっても留年なんてしないわ。ここは、まあ綾音のとこの傍流がやってる病院だし、大親友の私は面会時間を誤魔化してもらったのよ」

 二人が大親友というのはあからさまな嘘だが、この時間に登場した理由は確かなようだ。

「そうなのか? アイツ、医者の親戚なんていたんだ。てっきり会社だけかと思ってた」

「馬鹿ね、病院始めたのは明治くらいらしいけど元々あの家は医者の家系よ」

「そうだっけ? 記憶にある限り、ずっと会社やってた気がするけど?」

「私の記憶もそうだけど、事実はそうなの! 人体の構造に精通した一族だから、暗殺者か医者が生業になりやすいんじゃない?」

「医者は兎も角、暗殺者なんて物騒な。洒落にならないぞ、それ」

 大体、コイツはどうして他人の家にそれほど詳しいのだろう?

 まずは敵を知れ、というヤツだろうか。

「公明さ、アイツの動きを見てわからない?」

「ん? 動きって?」

「急所への狙いが正確だし、足音はほとんど聞こえない。運動するときの呼吸も少し独特――完璧に暗殺者の条件を満たしてるじゃない」

「ああ……走っても息があんまり乱れない奴だと思ってたけど、そういう訓練してたのか」

「? 驚かないの?」

「まぁ、なんだ……随分と物騒な特技をお持ちで。いや、それって事実だよな?』

 蔵の中に煉獄よりなお暗い世界を再現する綾音である。

 長い付き合いだけに嘘と思いたいが、やばいくらいに確信してしまった。

「嘘なんてつかないわよ。そういえば、アイツのお父さんに会った事ある?」

「正臣さん、だっけ?」

「ええ。あの人、娘躾ける……あっ、いや調教するのに本気で殴りつけるような人で、リアルに危ないからあんまり馬鹿なことしない方がいいわよ」

 いやいや躾と調教って、並べ方が逆だろ。さらっと綾音を猛獣扱いかよ。

 それに馬鹿なことって……ここのところ思い当たることがあり過ぎて怖い。

「俺って、もう死亡フラグ成立してる?」

「知らないわ。何かしたの?」

「うーん、それはノーコメント。それよか、お前もそんな綾音を何故からかう?」

「私の方が速いから。じゃなきゃ鍛え方が違うから速攻で殺されるわよ、普通」

 自身の才を過信して鍛錬を怠りまくっている浅海の台詞は真実味がある。

 それがわかっていて怠けるのだから、本当に面倒臭がりだ。

「お前さ、重度の精神疾患でもあるのか? それとも自殺願望?」

「煩いなぁ。大体さ、自殺願望は公明の方じゃない。私があることないこと吹き込めば、綾音パパに殺されるんだから」

 うん、確実にその場で息の根を止められるだろうね。

 後に知ったことだけど、あの人欠片も人間じゃないし。

「云うなよ、あることないことなんて絶対に喋らせないぞ」

「私の奴隷になるなら考えてもいいかなぁ?」

 実に楽しそうに、まるで俺の心の内を覗き込むように甘い声で囁きかけてきた浅海。

 その台詞が最低なのに誘惑しているような響きがある。

「怪我人虐めて楽しいか?」

「ええ、私を心配させて復讐されないなんて思った?」

 彼女は急に真剣な表情になり、凄みを利かせて云うのだ。

 まるでこちらが一方的に悪かったようで、返す言葉を飲み込んでしまった。

「……悪かったよ」

 沈黙が少し続く。

 俺の目を真摯な表情で見つめ、こちらの反省の度合いを測っているようだ。

 そして、結論が出るとまたいつものふざけた彼女に戻っていく。

「……ふぅん、まあ許してあげようかな。そういえば、ここ白川クリニック。つまりアイツの叔父さんのとこだから、食事とかでも多少は融通が利きそうよ」

「へぇ、それは助かる」

「うんうん、これも私のお陰ね」

「てか、どのへんが?」

「医者とコネがある辺り?」

 何でも、わりと上の人と友達的な関係だとか何とか。

 飲み会にでも行ってるのか、コイツは。

「俺に聞き返すなよ……それにしても、医者か。羨ましいな。俺も頭さえ何とかなれば医者になるんだけど」

 浅海は何年も日本に住んでいて日本語が達者なくせに成績は上と中を行ったり来たり。

 つまり、ヤマが当たると上にいくのだが外れると落ちる……俺とほとんどタイプが一緒。

 アデットは何百歳で在日年数は俺より長いのだが、高校のテストなんて真面目に受けるのも馬鹿らしいから、いつも適当に間違えて適当な成績をとっていると聞いた。

 まあ、仕方がない。

 綾音はそもそも医学部志望……名門進学校なのでそういう人も何人かいるが、彼女の模試の成績は特に点数がおかしい。

 あれが越えられない壁という奴なのだと自覚せざるを得ない差があるんだよなぁ。

 そんなことを考えていると、急に浅海が声を荒げた。

「変態!」

 突然だったので驚いたが、掴みかかられたわけではないので表面上は冷静を保った。

「っ――……唐突に何だよ?」

「あのロリコン爺みたいなこと考えてたでしょう! 犯罪者になる前にここで死になさい」

「考えてない、それだけは考えてないから。大体、俺はロリコンじゃない」

 そもそもあんなのと同列に扱われては人間辞めてるのに等しい。

 存在証明のためにも退くわけには行かなさそうだ。

「嘘よ! アデットに興奮してたらしいじゃない、この変態。去勢するわよ」

「興奮してないって。アイツの言うこと真に受けるなよな、アデットは真性Sだろうが! 娯楽のためなら真顔で嘘吐く女だぞ」

「じゃあ、そっちか。変態医療プレ……」

「あのな。男が医者になりたいって云っただけで変態扱いされてりゃ、なり手なくなる」

「――それより貴方の怪我、一週間ほど掛かるそうよ」

「話を急に変えるな……って、一週間!?」

 急にいつもの調子に戻った浅海に毒気を抜かれた。

 確信できた……コイツ、完全に俺で遊んでいやがる!

「あら、意外に長くて驚いた?」

「いや、短くて驚いた。全身ズタズタだっただろ、俺?」

「知らないわよ、私が治療したわけじゃないもの」

「ズタズタだったんだよ。剃刀みたいなページが何十箇所も身体に突き刺さって、血だらけで……体中を蹴られたし、骨だって折れた音がしたんだぞ」

「うぁ、嫌な話しないでよ。怪我の話ならアデットだけで十分だっていうのに……」

「アデットも怪我したのか? そう云えば、お前らどうして遅れたんだ?」

 あの時、彼女達と一緒に走っていたはずの俺はいつの間にか一人だけになっていたのだ。

 結局一人でスタニスワフに向かっていったわけだが、その後のことを考えるとあまりに無鉄砲だったといわざるを得ない。

「あ、ああ、そうだったわ……そっちの件がまだ」

「ん?」

「あっちの怪我は貴方より時間がかかりそうだけど、命に別状無いから。それより、私、こんなところでのんびりしている時間がなくなったから、悪いけどもう行くわ。学校サボるけど、代わりに連絡しといて」

 何かを思い出した様子の浅海はさっさと椅子から腰を上げて、ドアに向かって歩き出す。

 しかし、彼女は何を考えているのだろう?

 この状態の俺に学校へ連絡しろというのか、病院は携帯電話禁止なのに。

「いや、お前何云ってんだ?」 

「あの女、絶対とっちめてやる!」

 誰だかわからないが相当恨みを買ったらしい人には同情しなくてはならないかもしれない。

 何しろ、今の浅海の気合の入れ方は半端じゃなかった。

「おい、聞けよ! 怪我してる俺がどうしてお前の代わりに……おい! ちょっ、待てよ!」

 俺の必死の訴えが功を奏したのか、ドアに手を掛けたところで浅海の足が止まってくれた。

「……ごめん、云い忘れてた――貴方が無事で本当によかった。勝手に無茶して心配させるんだから、この馬鹿」

 最後の辺りは甘ったるく、優しい声になっていた。

 彼女はそのままドアから手を離し、もう一度俺の横に戻ってきた。

 そして無言のまま、起き上がっていた俺の背中に手を回して、しっかりと抱きしめたのだ。

「おい、あの……」

 何と云うべきか、あまりに突然のことで不覚にも言葉を忘れて呆けてしまった。

 同年代とは思えない豊かな胸の柔らかな感触が伝わってくる。

 血を洗い流した後の石鹸の臭いが鼻腔をくすぐり、目の前に見える肌の白さは眩しかった。

「……少しだけ、貴方の無事を噛み締めさせて。私の人生の中でもベストテンに入るくらい心配したんだから」

 囁くような声が耳元で聞こえたとき、耳に掛かると息で背筋が震えた。

「あ、あぁ――でも、そんなに長く……」

「ふふっ、興奮した?」

 顔を合わせていなくてもイタズラっぽい笑みを浮かべた彼女の表情まで想像できる。

 いや、出来れば顔は合わせたくない。

 きっと俺の顔は今、茹蛸のように真っ赤になっているだろうから。

「うっ、煩い。お前が汗臭かっただけだよ」

 それは俺の照れ隠しに云った言葉だった。

 だが、それを聞いた浅海の声色が少し変わった。

「……今の台詞、女の子に云うべき言葉? 公明くん? 私ってさ、偉い貴族様なのよ?」

 にわかに身体に掛かる重圧が変化する。

「――ゴメンナ、ザい…ほんと、背骨が砕け……ちょ、マジでヤバイ音が聞こえて」

 浅海さん、貴女さまのご立派な胸が当たったから照れ隠しに云っただけじゃないですか。

 男みたいな性格のくせに身体の凹凸はっきりし過ぎなんだよ、この人。

 なのに俺、それで殺されなきゃ駄目?

 もう柔らかな感触とか、そういったものは瑣末。

 今の状態を簡単に説明するなら、純粋に力の上限が人と違うモノに腰を粉砕される寸前。

 これほど冗談が通じないヤツだっけ?

「いいえ、ソレは重篤の貴方を見てあのカラスが漏らした笑い声よ」

 この場を見て失笑?

 ありえない、もう少しで人が半分に千切れる瞬間だぞ。

「あぅ……何かが千切れる音が聞けそうなんだけど……」

「いいえ、いいえ。ソレは貴方を励まそうと毛布が叫んでいるからよ」

 何のつもりだろ、この人……本当に殺される。

 自分の腕力が人外だってこと、忘れてる?

「い…や、聞き間違いではなくて……あデ、レレ…これ、は俺の身体がヤバイことになっテッテテテ、ルって……全身が警告ヲ発しデ…胃が潰れル、ル」

 泡吹きそう――もう失神してないか、俺?

「あっ、ほんとにヤバそう。じゃ、今度こそ私帰るわ。お大事に」

 やっと解放されたとき、本当に背骨が折れたのではないかと心配さえした。

 それほどに厚い抱擁だった。

「あぁ……もう、来るな、この人間プレス機……」

「あぁ、そういえばいい忘れてたことがもう一言あったわ」

 帰ると思っていた浅海が立ち止まっていた。

 もう一回抱擁されるのかと構えようとしたとき、彼女は優雅に振り向く。

「多分、だけど……あれだけ心配したのってさ、私が貴方を好きだからかも」

「へ?」

「うん。ラブじゃなくて、ライクの方だと思うけど……ま、そういうことだから覚えておいて。さようなら」

 彼女はそれだけ言うと、本当にそのまま帰ってしまったのだった。














 公明を見舞った後、学校をサボるつもりだった玲菜はすぐに自宅に帰っていた。

 そして、適当に食事を済ませてベッドで眠っていた玲菜の携帯電話が鳴る。

 電源を切り忘れていたようだ。

 ゴソゴソと起きてみれば、時間は午後六時。

『玲菜さん、今お時間ありますか?』

 電話の向こうから聞こえたきたのはアーデルハイトの声だった。

 しかしそれは彼女を騙るクロエのものであるとすぐにわかる。

「クロエ、何の用? 今何時だと思ってるの、迷惑ね。これって、立派な傷害罪よ」

 実に眠たそうな声が携帯電話を通して、相手にも伝わりそうだった。

『こちらこそ困りますよ、玲菜さん。今、学校なのですけど……大体、こんな時期に堂々とサボらないでくださいよ。色々忙しいというのに』

 ただ一人、まともに学園祭のことを考えていたクロエは実際のところ多忙を極めていた。

 睡眠を必要としない彼女にとって今はまだ時間が不足する段階ではないのだが、それでも個人単位で行えることには限りがあった。

「貴女こそ、うちの学校は携帯電話禁止じゃなかったっけ?」

 禁止と云っても学校内で使うな程度のものであり、所持自体を禁止しているわけではない。

『ちゃんと学校の電話で掛けています。それで、実は学園祭のことで私たちの企画に大幅な修正がありまして。今日はそのお知らせをしようと』

 ベッドに転がったまま、玲菜は大きな欠伸をかみ殺した。

「ふぁ、そうなの? じゃあ、新しい企画を教えてよ」

 すると、向こう側から彼女がよそうもしていない言葉が返ってくる。

『演劇です』

「エンゲキ? どういう手品、それ? 私ですら聞いたことがない名称よ」

 寝呆けている彼女には真実その単語は未知の手品の一種のように聞こえていた。

 だが、当然そんなわけはないのである。

『舞台の上で俳優が演じる劇のことですけど。アイルランドにはありませんか?』

『ああ、そっちの演劇か……って、何考えてるのよ!? 馬鹿じゃない?』

 明らかにおかしい、当然である――玲菜はオカルト研究会のメンバーであって、演劇部員ではないのだから。

 しかし、クロエはまるで意に介さないらしい。

『馬鹿? アイディアとしてはいいと思うのですが、どこが気に入らないのでしょう?』

「時間がないでしょう! 舐めてるの、貴女?」

『舐めてはいませんよ。だって、私たち演劇部ですから演劇をするのは当然じゃないですか』

「? あれ? そうだった?」

『ええ。オカ研はいらないので廃部にして、演劇部に入部しました』

「……はい? 何時そんなの申請したの?」

『昨日。それで、今日受理しました』

 電撃作戦の成功を楽しそうに語るクロエの声に出し抜かれた悔しさがこみ上げてきた。

 しかし、相手は生徒会長である。

 そういった工作を行うくらい実に朝飯前なのだ。

「……やり方が汚いわよ、貴女」

『そうですか、それはとても心外ですね。ですが、玲菜さんも考えてみてくださいよ――演劇と素人の手品、どちらが盛り上がります?』

「それは……演劇だと思うけど」

『でしょう? 私もそう思ったわけです。では、疑問は氷解しましたね?』

「まぁ、確かに」

『詳しい説明ですが、今回はお金をかけて本物志向で行きます。それから、報酬の約束も態度次第では考えてもいいですよ?』

 頭の中ですばやい計算がなされる――クロエはこの星一番の大富豪の系譜に連なる相手、その報酬がアーデルハイトに劣るわけがない。

「――ごめんなさい。私、馬鹿だったわ。そうよね、盛り上がらないと意味がないものね?」

『ええ。そうですよ、玲菜さん』

「それで、一体何人くらい部員がいるの?」

『8人です』

「私たちを含めて?」

『はい。実は演劇部は元々4人で、同好会に格下げ予定でしたので私の言葉に簡単に乗ってくれたわけです』

「人の弱み見つけるのが得意なのね、貴女。碌な人間になれないわよ」

『それで、一般の方を迎えるときとそうでないとき二通りの劇をしますから』

「ん? それは時間が足りないと思うな、私」

『いいえ。時間が足りないのは玲菜さんと綾音さん、公明さんくらいのもので他の方には私がちょうどいい暗示をかけて十分で台詞を丸暗記してもらいますから大丈夫です。当然、私は問題無し。頭がいいって、本当に得ですね?』

「この、私だって馬鹿じゃないし……でもさ、台本とかあるの?」

『いいえ。一般公開当日に演じるものはありますが、前日のものは用意していません』

「ちょっと。それは無責任じゃないの?」

『大丈夫ですよ。一般公開の日は私がスカウトした人たちに演じてもらいますから、玲菜さん達がするのは正確には前日だけです。まさか貴女たちなど当てにして一般公開の日に恥を晒せませんでしょう? 学園の品位に関わりますから、生徒限定で公開します』

「なんだか、すっごい侮辱。でも、それにしたって……ねぇ、本当に台本ないの? 今すぐ書きなさいよ、時間がもったいないから」

『いいえ。書くのは玲菜さんですよ』

「? 私? 私って……本当に私? どうして?」

『何となく、荒唐無稽な話が読んでみたくなりました』

「馬鹿にしてない?」

『いいえ、とんでもない。考えて御覧なさい、公明さんは入院中で、綾音さんのシナリオが面白いわけもありませんし、私が書くと私が楽しめません。他の部員はまぁ……色々忙しいです。すると、センスと時間がおありなのは玲菜さんの一人になるでしょう?』

「綾音のシナリオが最高にくっだらないって云うのは同意だけど、他の部員って使えないの?」

『いいえ。無能ではありませんが、準備などで忙しくしていらっしゃいますから、無茶を言うべきではありません――まぁ、本人たちに自覚のないところで頼らせてもらっていますからね』

「仕方ないわね。明日書いてくればいいの?」

『ええ。話のアウトラインを描いていただいて、朝までに私のパソコンにファイルを送ってください。放課後までには手直しを加え、まともな話に仕上げますから』

「はいはい、OK……それで、お題はなに? 私のオリジナルでいいの?」

『まさか。私もそこまで恐ろしい実験は出来ませんよ』

「……むかつくわね、本当に」

『シンデレラです』

「心デ例羅? キャッチコピーか技の名前? 古流武術の名前かしら」

『あの、そこでボケなんていらないのですけど』

「ボケてないわよ。貴女、いい加減死にたいの?」

『ボケていらっしゃらないとすると……面白そうな展開』

「ん?」

『そうですね、簡単なさわりをお教えしたうえで、一般公開の日に演じる台本をお見せしますから、玲菜さんの素晴らしい感性で書きあげてください。原作に登場しない配役、ご都合主義……etcの要素を盛り込んだ素晴らしいものを期待しています』

「要は、私のインスピレーションに喜劇と悲劇をさじ加減間違えないように加えて、努力と情熱で煮詰めればいいのね。あと、独自キャラとか設定捏造も当然ありよね?」

『おいおい、捏造するような設定なんて無い……失礼、貴女はすごい逸材ですね』

「でしょう? それで、配役も私が決めていいの? それともジャンケン?」

『そ、そうですね……部員それぞれのイメージを当てはめて考えるのは結構ですが、流石にそこまで権限を与えてしまうと私がとんでもないことになりそうなので、出来れば立候補で。無理なら、ジャンケンということでお願いします』

「ふーん。つまらないけど、まあいいわ。剣客活劇みたいな風味で、ファンタジーと恋愛を加えて、ギャグとエロも加えないとね……ああ、桃太郎とかと友情出演させてもいいの? 主人公が一子相伝の暗殺拳『死んでレ羅』の使い手で、天下一を決める舞踏大会に参加して、最高の踊り手を目指すってストーリーで、ライバルとして登場するのが東方最強絶対無敗の桃太郎さま。かぐや姫と手を取り合って激戦を繰り広げる主人公。やがて主人公は戦いの果てに全ての願いを叶えるって伝説の宝剣に手を触れて、魔王を滅ぼすって具合に……」

『それって原作が残ってないし、友情出演の意味も全然わからない……あっ、いえ、絶対にやめてください。それをやってしまうと、公明さんと綾音さんは間違いなくサボタージュします。『絶対に』やめてください。それを送られてしまうと、貴女のシナリオで残る部分がなくなりますよ』

「えぇ! 私の感性で決めていいって云ったじゃないの、嘘つく気? 訴えるわよ、お抱えの弁護団連れてきて最高裁まで争う覚悟あるからね」

『(どうせ裁判長は僕の言いなりだからどっちでもいいけど。それにしても当代マクリール嬢は頭の方、大丈夫なのかな)……正直、玲菜さんの感性を舐めていました。ここまでレベルの高い、アレだとは思わなかったもので』

「アレって?」

『玲菜さんは自分が演じる、その自覚がおありですよね?』

「当然じゃない。私、脇役なんてやらないから」

『まさかとは思いますが先程の話の主人公、本気でやる気でした?』

「当たり前じゃない。私、適当なことは云っていないつもりよ」

『……すぐにでも心の病院に逝かれた方が宜しいとは思いますけど、治療に時間がかかりそうなので今は目を瞑ります。では、こちらから大まかなあらすじと見本の台本を転送しておきますから、そちらのメアドお願いします』

「了解! ふふっ、最高のものを期待していて」

『え、ええ……(パンドラの箱、開けちゃった。他の連中は本当にやってくれるかな?)』














 さてさて、玲菜様の才能で世紀の名作を書き上げてあげますか。

 そんなことを考えながら、私は机の上のパソコンを起動させた。

「ただいま午後七時前、この分だと徹夜仕事になりそうね。コーヒー持ってきなさい、アドルフ!」

 とりあえず家のどこかにいるだろう使い魔兼召使に命令して、ブラックでコーヒーを持ってこさせた。

「へいへい、お持ちしましたよ。ん……珍しいこともあるもんだ、勉強ですかい?」

 執筆中の傑作を画面に見つけたアドルフは私にコーヒーを渡した後、しばらくそれに見入っていた。

 これはあまりに当然、アドルフのように学の無いコウモリも認めざるを得ないほどのストーリー……これが思い浮かぶ私はまさに天才といえるだろう。

「……あのぉ、お嬢様?」

 あまりに優れた私の才能に畏敬の念を覚えたのだろう、とても緊張した面持ちでアドルフが呼びかけてきた。

 思ったよりもずっと苦くて不味かったコーヒーの最後の一杯を飲み終えた後、私は優雅にカップをトレイに戻して答えてやる。

「ふぅん、なに?」

 答えは訊かずともわかっている――私を褒め称える言葉に違いない。

「いやぁ……どこの出版社に持ち込む心算か知りやせんが、恥かくだけですぜ。止めときましょうや、お嬢様にこんな恥さらされたらご実家からどんなお叱りが在るか分かったもんじゃねえ」

 ……前言撤回、やはり動物風情には人の文学など理解できるわけがなかった。

「それはシンデレラよ、このバカ!」

「はぁ? シンデレラって云うと、あのガラスの靴やかぼちゃの馬車が出てくる?」

 へえ、コウモリの癖についさっき私が知ったどうでもいい設定については知っているのか……なんだか、すごく面白くない。

「そうよ。だけど、それがどうしたっていうの?」

「いや……その大事な奴らはどこに?」

 出た、どうでもいい細かいことにこだわる奴。

 前にどこかで聞いたことがある原作を崇拝しているタイプの人間だ。

 恐らく品の無い使い魔だから芸術というものを形でしか捉えられないのだろう、私の従者としてやはり荷が重すぎたようだ。

「わかったわ、要するに貴方は原作と少しでも違う点を許容できないというのね? そんな狭量を私にさらす心算なんだ、へぇ。この原作至上主義者はその程度の違いで私を批判する心算なのね」

「怖えな……お嬢様、酒でも飲んでるんですか? 別に人間の童話なんて詳しくは知りやせんが、その辺はたしか大事な設定じゃないんですか?」

 このあくまで原作準拠を訴える姿勢……なんてムカツク!

 原本だって随分と改変加えられてるじゃない、それを無視してなによ!

 駄目、コイツには最初から理解なんて求めても意味が無いのよ。

 やっぱり、こういうのは人間に評価してもらわないと意味が無いわ。

 そうか、クロエも所詮人形じゃない……私の芸術性を理解できなくて当然だわ。

 でも、どうしよう……他の生徒はみんな庶民よ、貴族文化を理解できるかしら?

 難しいわね、綾音にしても所詮はこの国の没落貴族に過ぎないし、公明はもろに庶民だし、他も当然庶民――いいえ、これを納得させてこその才能というものよね?

「そうそう、長生きの魔術師はみんな簡単すぎることをするときには思いハンデを自分で課すと聞いたことがあるわ。それは事実?」

「? どういう繋がりか知りやせんが、確かにその通りで。ですが、お嬢様……この冗談みたいな話が、そのハンデなんですか?」

 バカ、この使い魔は主人の気持ちも理解できないの?

「違うわよ。これにイメージを当てはめて、壮大な戦闘シーンとかを考えてたの。で、互いの軍勢とかの違いをね。やはり最強の魔術師ともなると相手にハンデをつけてやるか……」

「はぁ? シンデレラで、軍勢ですか?」

「そうよ、文句あるの?」

 このコウモリ、原作至上主義者って云うのは主人にまで平気で逆らうのね、何処かの人形じゃないけど度し難いわ。

「別に文句はありやせんが……大体、そんなの考えてどうされるおつもりで? 云っておきやすが、出版社に送るのなら前のご主人様からおおせつかったように命に代えても邪魔しやすぜ」

 どうでもいいことに命懸けて、この馬鹿コウモリは!

 だから肝心なときに使えないのよ。

「学園祭の演劇で演じるの。私が脚本および舞台監督、で最高責任者なのよ」

「いや、お嬢様は確か手品をされるとかなんとか」

「時代は進むのよ、特に私に都合がいい方向に。それで……実はさ、昨日綾音に殴られちゃって身体痛いのよね。私が執筆している間、しっかりと揉みなさい」

 そうそう、すっかり忘れていたけど綾音に殴られたんだ。

 まあ、私ももう一人の私のせいで公明が死んだと思ったし……おあいこかな。

 泣いてる女責める趣味なんてないし、自分のせいって気持ちも晴れないし……どうしようかな、配役。

「……演劇なら別にとめやせんが、マッサージですかい? 経験なんてほとんどありやせんぜ」

 当然だろう、こんな暑苦しい男に毎日毎日身体を触らせるわけが無い。

 しかし、新しい発想を得るためには新しい経験をしてみるのも一つの手だと思う。

 とりあえず、執筆している私の後ろから肩をもませてみた。

 やはり気持ちはあまりよくないが、それなりに気分転換にはなった。

「ですが、お嬢様。また喧嘩ですか?」

「まあね、いつもみたいに私が勝ったけど」

 そうそう、勝ったといえば今回の戦いは剣術にしようか、それともシンプルに殴り合いがいいのかな?

 いいえ、貴族の嗜みとしてはフェンシングかな……私、あれ弱いのよね。

 銃撃戦とかの方が好きなんだけど、時代考証がネックなのよね。

「しかし、どんどん酷くなってますね。この文章……誰が主役遣るんです?」

「ん? ああ、シンデレラはこの私。皇太子はイメージだと公明かな。で、ライバルは綾音でいいんじゃない?」

「ライバル? 義姉とかですか?」

「バカ、姫のライバルといえば姫に決まっているでしょう!」

「はぁ?」

「ほら、ここ見てよ。公明の台詞からいうと、『超絶美形なる我は天命により七つの海を切り裂く剣を与えられし、深遠なる黒翼の熾天使、極北の猟犬、あまたの忌み名を持つもの。この帝国の皇太子なるぞ。みなのもの、道を空けよ』。くぅ、格好いいわね」

「……これを、あの公明が? ぷっ、ぷはははっ、どこのバカですコイツ? こんな台詞まともな神経で云えるわ……ぐふっ」

 口の悪い使用人は拳で黙らせた。

 本当に使えない奴に限ってあらばかり捜して……そうよね、ここよ『みなのもの』じゃなくて、『下郎ども』よね。

 アイツ、ここに気付いて笑うんだから細かすぎよ。

「ほら、さっさと肩揉んで。去年のソフトボール大会で綾音半殺しにしたボール受けたい?」

 アレは私の責任じゃない、綾音の奴がサインを細かくしすぎるから間違えただけよ。

 細かく決めるウザイ奴、綾音もアドルフの同類だったか……複雑ね。

 あの時の私は適当に人間らしく投げてたのに、ソフト部の子が出てきてバットにかすらせるから……ま、ちょっと本気で投げたわけだけど、綾音のサインは『スローボール』だったのよね。

 だから、時速百四十キロ近いボールに反応できなくて……もろに受けちゃったからな。

「……」

「あ、気絶……使えない奴ね。ま、いっかコイツ無しでも私さえいれば最高傑作は仕上がるんだから。じゃ、気合入れていきましょうか」














「どうも、玲菜さん。今朝は素晴らしい台本を贈っていただき大変ありがとうございました」

 翌日の五時間目、たまたま情報処理の授業で教室が同じになっていたクロエが小声で話しかけてきた。

「でしょう? 最高の出来よね、あれ」

 玲菜はすでに課題を終え、適当に遊んでいたので話にすぐに乗った。

 自身としてはかなりの力作だと思っているだけにその瞳は自信に満ちている。

『……玲菜、あのさ……綾音も一応来るように説得はしたんだけど、あの設定ヤバくない?』

 何故だか浮かない顔のクロエは急に英語に切り替えて本性を出した。

『え? 完璧だったでしょう、あの台本! まさかアイツ、やらないって云ったの?』

『いや。まだ見せてないんだけど……悪いことは言わないから、今のうちに僕が書いたのと差し替えない?』

『ふざけないで。アレは昨日私の想像力を駆使して、情熱と努力で塗り固めた最高傑作なのよ? 貴女の作品がそれに並ぶわけがないじゃない』

『ははっ……、だって今朝修正したら、案の定ほとんど中身が残らなかったんだもの。君がショックじゃないかな、と思って気遣ったんだけど?』

 その言葉を受けて、玲菜の表情から笑みが消えた。

『こ……』

『こ?』

「殺すわよ、貴女」

「本気で殺気がこもっていらっしゃいますよ、玲菜さん?」

「当たり前じゃない! 中身が残ってないなんて、許せると思う?」

「はぁ。ですが正直に申し上げてあの台本は、その……シンデレラではありませんでしたよ、完璧に。どうしてさわりを教えて差し上げたのに、あのような内容に?」

「うるさい! それから断言しておくわ。私の台本を採用しないなら、暴れるわよ? もう、学園祭だとかほざけなくなるほどにぶっ壊すから」

「――どこまで自己中心的な……あの、豚をおだててしまった私が悪かったのは認めますから、木から降りてきてもらえませんか?」

「それは皮肉? 私が太っているって云いたいの? 今度の学園祭のミスコンで勝負してもいいのよ!」

「はは……どう取っていただいても結構ですが、綾音さんに見せてサボタージュされない可能性が1パーセントを下回るので、ちょっと企画として間違いがあったと認めようとしていたところなのですが」

「……私のオリジナルは生きているのね?」

「ええ。著作権がありますし、台本自体はデータとして保存してありますが……ほら、ここに」

 クロエが差し出したのはフラッシュメモリ。

 玲菜はそれをひったくるように受け取ると、そのデータを目の前のパソコンに入れた。

「えっ、あの……嫌な予感がするのですけど、今から仕上げるつもりでいらっしゃいます?」

「ええ。放課後までに完成してれば、とりあえず印刷とかはすぐ出来るでしょう?」

「……もう、どうなっても知りませんよ? それと、メンバーが9人になりましたから」

「9人?」

「ええ。参加希望者が昼休み中に入部届けを持って私を脅迫してきまして……本当に、この学校は面白い生態の学生が多くて研究のやり甲斐があります」

「よくわからないけど、人数はすぐに調整するわ。それで、集合時間は貴女の都合で多少は操作できるのね?」

「ええ。元の人から引き継いで、今は私が部長ですから。多少なら時間は遅らせることが出来ます」

「じゃ、そういうことでお願いね?」

「……血の雨が降りそうですが、一時間ほど集合を遅らせます……」

「良し良し、イメージを膨らませてたから台詞とか溢れるように出てくるわね。快調すぎるくらい快調よ」

「それは何とも――最悪ですね……話は変わりますが、玲菜さん?」

「ん?」

「昼の間に聞いたのですが、綾音さんに妹さんっていらっしゃるんですか?」

「――ああ、綾葉のこと?」

「アヤハさん? 『サツキ』ではなく、アヤハさんですね?」

「ええ、綾葉。大体、サツキって誰?」

「姉妹の年がいくつ離れていらっしゃるか、わかります?」

「えーと、彼女は同年度生まれだから私たちと同じ学年よ。学校違うけどね」

「なるほど。やっぱり思った通りでしたか……やれやれ」

「ん、なに?」

「いえ、ちょっと思春期特有の心の病を抱えておられる一年生が先程の9人目だったもので……」

「ま、邪魔はしないでね。一気にペース上げるわよ」

 クロエがモニターを眺めていると、かなりの速度で台詞や動きがタイプされていた。

 まるで予めわかっていたかのように玲菜の指は止まることを知らなかった。

 その内容と台詞はクロエすら戦慄を覚えずに入られない代物なのだ、これが仕上がるとまずい。

「……玲菜さん?」

 とりあえず、この悪魔の書の完成だけは阻止しなければならない――アーデルハイトの代役など遊びだと思っていたクロエはこのとき本当に企画の成功を考え始めていた。

「うるさいわね。授業が終わるまで時間がないんだから、放っておいて」

「私が貴女を愛しているといえば、どうします?」

「殺す――そして埋める、それ以外の選択肢はないわ」

「ふぅ……実は、先程問題があると申し上げた9人目の方なのですが」

 鬱陶しいとは思いつつ、隣の席に座っていたクロエの言葉を全て無視することは出来なかった。

「何よ、一体? まさかソイツ――サツキだっけ、兎に角ソレが私を愛してるって?」

「いえいえ、違います」

「じゃあ、一体どうしたって云うの?」

 喋りながらも指を止めることなくタイプし続ける玲菜の集中力はこんなときばかりすごかった。

「何というか……貴女ではなく、綾音さんを愛していらっしゃるとか申されまして」

 その言葉を聞いた直後、一気にタイプミスが発生する。

 驚きと笑いによって、指先が思ったように動かなかったのだ。

「なっ、何ですって!?」

「ですから、所謂そういう趣味の方、なのでしょうね。最初はあまりにタイミングがよかったので、綾音さんの実の妹さんかと思ったのですがどうも雰囲気が違うようでしたし」

「え、ええ……ねえ、その人ストーカー?」

「さあ? 犯罪に分類されるというのは穏やかじゃないですが、それは瑣末です。問題なのは、彼女を加えてしまうと完全に綾音さんはサボタージュを決め込んで演劇自体が破綻してしまうということ……」

「……うふふ、あははは、面白そうなネタ発見! 配役は私がある程度適当に決めさせてもらうわ」

「私の話、聞いていました?」

「笑えそうなネタがあるなら料理すべし、これ即ち常識よ。大丈夫、適当に誤魔化せばそれくらいは何とかなるわ」

「何とかならないから危惧していると申し上げたのですけど、話の通じない方ですね。そもそも舞台の根底が揺らいでいる認識がおありですか?」

「いいじゃない、いいじゃない。どうせターゲットは私たちじゃないわけだし、綾音にしたって男友達なんて公明くらいのものでしょう。案外そっちの人なんじゃないの?」

「はぁ、そういうものでしょうか。私の経験からいって、それは的外れといわざるを得ないのですが」

「時代は常に変遷するものなり、これも常識よ。万物流転、栄枯盛衰、永遠の価値観もこれ同じ……長い人生送りすぎたんじゃないの、貴女?」

「なるほど、要するに私はすでに古いということですか?」

「そう、アーデルハイト・フォン・シュリンゲルという存在自体が古いの。新しい概念を身につける能力が衰えてきているのよ、可哀想ね」

「……いえ、正直に申し上げて百年先のセンスで執筆しておられる貴女に云われるのも間違っているような気がするのですが」

「じゃ、ヒロインは綾音でその危ないのが主人公ね」

「女性が男役を演じるというのは演出としてありですが、舞台上で殺人でも期待している配役ですね」

「大丈夫、大丈夫。人なんて死なないし、見事に大喝采を呼び込む配役よ」

「もう沈みますよ、この船――ときに玲菜さん?」

「ん? もう台本の80パーセントまで仕上がったわよ」

「はやっ、何て底なしのアイディアをお持ちなのです! ではなくて、思いますに玲菜さんの仰られるように綾音さんがあちら側の方だとすれば……彼女のターゲットは貴女なのでは?」

「あはは…そんな莫迦なこと、あるわけが……えっ、ちょと止まってよ。あのときとか、いえ、その前もそういえば……」

「どうなさいました?」

「……そんな、わけ……ないわよ、ね?」

「『ね?』と訊かれても、どうお答えすれば宜しいのでしょう?」

「殺すわ、アイツ……そうだ、舞台の上で合法的に殴り倒しましょう。殴り合いのシーンで私が馬乗りになって……」

「それは合法どころか、明らかに故意犯だと思いますけど」

「恋犯? 何、そのやばい単語――最悪だわ……完璧なトリックを考えないと」

「誰が殺人事件の舞台を描いて欲しいと頼みました……大体、私が云ったのは冗談ですよ? お願いですからこれ以上の破綻だけはやめてください」

 新演劇部集合まであと数時間もない午後の出来事であった。















前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.034078121185303