――ボッ
「――Was?」
小さな音を立て、土の怪物が消滅する。
自壊する使い魔……それを事も無く滅したナイフ。
崩れ落ちていく土の中にその凶器を見出した真紅の魔術師が青い瞳でそれを投擲した相手、つまり私を睨みつける。
「……Wer bist du?」
突然登場した私から視線を逸らすことなく、真紅の魔術師が呟く。
その間にも彼の紅い外套の下から何匹もの大蛇が這い出て、防壁を築き上げていた。
○○○○○
ここにやってくる少し前に話を戻そう……
私、白川綾音は篠崎邸で行われたオカルト研究会という、ある錬金術師の道楽に付き合ったために日課の教練のスケジュールがやや遅れていた。
いつものランニングコース――不愉快な親類がしつこく来週の日曜ライブに誘ってきたため、断っている間に11時近くなってしまったが日課は欠かすべきではないので時間を気にすることなく走っていた。
父はこんな場合絶対に止めない、それは鍛錬を怠ることを認めない厳しさの現れであると思う。
家を出てしばらく走ったとき、異様な気配を感じ取った――公園から感じられたその気配は何かしらの魔術か道具を持って構築された人除けの結界のものだった。
これは悪魔や吸血鬼、あるいはそれ以外の怪物との戦闘や魔術師同士の決闘などに周囲の人間を巻き込まないための措置として一般的なもので、『その場所に近づきたくない』気分にさせてその地域を無人にしてしまうというもの。
意志の強い人間や魔術師、吸血鬼には効果がなく侵入を物理的に防ぐことは出来ないのが難点だといわれていて、より時間をかければ物理的に防ぐ結界も構築可能と聞く。
コースを変更して公園に走った私は、到着の直前に決壊が消失したことを知る――決闘の終了か、あるいは第三者による結界の破壊が考えられた。
この土地での治安維持は六協会と私の家の間で不明瞭な地域が多く、あるいはこの街の調停官の担当かもしれないが、これを無視するのは私の誇りと責任感が許さなかった。
何より、あの錬金術師が生贄の許可を出したとも思えないが流れ者の魔術師や地元にいてもばれなければ良いと思っている術者がいないとはいえない。
「調停官に与えられる大権は魔女狩りの教訓から生まれたというのに……」
一般人が巻き込まれる最悪のケースを想定して、思わず呟いてしまう。
公園に到着して、中を探索しようとしたとき――公園内から凄まじい轟音が聞こえた。
その音の主を探して気配を隠しながら現場に慎重に近づいたとき、真紅の外套を纏った魔術師と幼馴染の少年が戦っているのが見えた。
「こーめい……うそ?」
思わず呟いた声は後で聞き直せばどれだけ間が抜けていただろう。
だが、そんな間抜けな声で呟いてしまうほどに私自身にその光景は信じられなかった。
彼が本を用いて焼き尽くした怪物は俗に『ブラッド・ゴーレム』と呼ばれる血を触媒とする使い魔――それもあれは単純なレベルで言うならライオン並の破壊力を備えた怪物だ。
土の身体で構成されていることを考えれば、ただの動物よりも数段頑丈であることは言うまでもないし、あれと生身でただの人間が戦うなど死にに行くようなものだ。
それを前にして、チーターのような疾走でなされた初撃を躱して反撃、その上相手を倒してしまうとは驚きだった。
だが、彼は運がなさ過ぎる――私は相手の魔術師を知っていた、でも知り合いというわけではない。
魔術師の間で語られる17人の凶悪な殺し屋の一人で、俗に『黄昏の王冠』と呼ばれる男、サンタクルス諮問機関の一級執行官。
吸血鬼さえ昼間は彼らを警戒して迂闊な真似をしないという強力な戦闘集団なのだから……どうして彼が襲われているのか、どうしてこういう状況になったのか、私の頭は混乱していた。
助けに飛び込むべきなのだろうが、サンタクルスとの諍いは父にとってどれほどの心労を与えることになるか。
サンタクルスは六協会の超武闘派魔術師の集まりで、六協会の規定に反する魔術師を当然の如く始末する、その上、建前上ではあるがその存在は架空のものとされる特務機関であるため二級および一級執行官には独自に死刑判決を下す権限がある。
こちらを殺しても咎められることがない殺し屋、自分の命はすでに捨てる覚悟がついたが周りの人間に飛び火することを考えると、それが足かせになって私をその場で立ち尽くさせていた。
だが、遠くからパトカーのサイレンが聞こえたとき、彼が倒れてしまったとき……証拠を残さないように彼を跡形もなく殺そうと執行官が決意したことがわかったとき、私の手は無意識にナイフを使い魔に投擲していた。
やはり私は篠崎公明と言う少年に死んで欲しくないらしい……だが、同時に覚悟したのはあの執行官が私の周りに害をなさないうちに……殺してしまおうということだった。
○○○○○
「……」
私の手には投擲したものとは別の刃の長いナイフ――先日、何を思ったか父が遠方の刀匠から購入したものを握り締めた。
私の身なりに似合わない持ち物に青年はわずかに眉をひそめる。
「……サンタクルスの執行者――悪名高い『黄昏の王冠』ですか?」
昂る心を少しずつ落ち着かせようと、自分でも確認するように相手に問うた。
出来れば違っていて欲しい、王冠レベルの魔術師と戦うのは正直生きた心地がしないから。
私の問いに青年は一瞬黙り込んだが、パトカーの音が近づいていたこともあってすぐに観念したように喋り始めた。
「……アヤネ・シラカワ? 何故、アナタ、ワタシ邪魔した?」
青年が片言の日本語だったが聞き取れないわけではない。
ただ、慣れないためだろうか喋り方はどうも遅かった。
そして、私の名前を知っていることで確信する、『この男だけは始末しておく必要がある』と。
「それはこちらの台詞です。どうして彼を攻撃など? それに、何故貴方たちの機関がこの街に?」
この地域の魔術師の名前を詳しく知っているということは、機関の公式任務ということで決してこの男の独断によるものではないことの証明だ。
それを邪魔するというのは機関に喧嘩を売るようなもの――覚悟を決めて歩み出たとはいえ、私の足は震えそうだった。
「? アナタすごく速い、言ってること、ワタシよくわからない……アーデル、アーデルさん、ワタシまだ会ってない。でも、もういい。街来てすぐ見つけた、スタニスワフ追いかけて来た獲物。六等級吸血鬼、サンタクルス法廷死刑判決下した、だから危険。仕事執行する。ソレ殺さないと人喰われる」
青年が素晴らしい勘違いをしていることがすぐにわかる。
スタニスワフ――どうやら彼はとんでもない勘違いの結果命を狙われたらしい……大丈夫、これならまだ話し合いで誤解を解けば戦闘に発展する前に納められそうだ。
「食人鬼スタニスワフ? ……それはわかりました、ですがどうして彼がスタニスワフだと?」
そうだ、スタニスワフは東欧で活動中のはずでこの地にやってくることはありえない。
同時に、兵士たる彼の主人はヨセフ・リリエンタール卿――その形態には議論の余地があるが、すでに死人のはずだ。
だが、青年は確信を込めた顔で、たどたどしい日本語で説明した。
「魔術使わない、魔術師……スタニスワフ、魔力完全隠せない。魔術師、魔術使わない……アレ、スタニスワフ。ワタシ間違ってない、リスト載ってない。アナタすごく邪魔、退け。警察呼んだの、ワタシすごく怒る」
最後の一言は完全に誤解だが、この青年が彼をスタニスワフだと思って殺そうとしている以上、私はひくわけには行かない。
どうして?
わからない、ただの幼馴染や仲良しというだけの理由でこんな危険を冒せるほど私は愚かだったか?
あるいは、いつの間にかそんな愚かな人間になっていたのかもしれない――貴方が私を弱くしたのなら、心中してくださいね。
そう心で呟くと、最後の説得を試みる。
「待ってください、彼は……その、まだ修行中の身でまだ魔術を使える段階では……」
「ウルサイ、時間ない。若い魔術師、貴族の出……でもソレ違う、なら天才。天才、本使わない。本使う、スタニスワフの特徴。本高い、ソレ持つスタニスワフの特徴。ソレ庇う、アナタも敵、執行官権限、即殺す」
その言葉と共に、魔術師の外套の下から一際巨大な、十メートル以上はありそうな黒い大蛇が現れた。
どういう仕掛けかわからなかったが、それはやはり『ブラッド・ゴーレム』である点では同じだった。
それが切り札なのだとしたら……この勝負は貰った。
私らしくもなく、思わず不敵な笑みを漏らしてしまう。
『ブラッド・ゴーレム』……所詮、錬金術の派生として編み出された魔術に過ぎない――だが相手が五大人形師の一角、東欧貴族イオレスク家の現当主とは……よからぬ因縁が脳裏を掠める。
いや、どちらにしろ人でなく『人形』であるのなら、例えそれが五大人形師のものであったとしても……問題はないだろう。
このときばかりは『呪い』に感謝するべきか。
仮にこの状況に救いを求めるなら、相手がイオレスク卿本人でないということだろう……城塞じみたゴーレムが相手では流石に勝てる気もしない。
「――先に手を出したのはそちらですから……サーシャ・イオレスク、死んでも責任は取りませんよ」
一応、宣言しておく――私の存在は偽りの命にとっての猛毒だ、貴方のゴーレムでは決して勝てないといってやるべきか?
いや、冗談じゃない――そんなことをすれば敵が何をするかわかったものではない。
これは自身に撤退を許さないための戒めであり、同時に相手に対しての警告に過ぎないのだ。
「アナタ、ワタシ殺す? 無理、ワタシ不死身……アナタ死んでも、ワタシ、知らない。執行官責任取らない」
さっと駆けた私に向けて飛びついてくる大蛇、それらは全て通常の動物などとは比べ物にならない速度で首を、腕を、脚を狙って飛びついてくる。
特に十メートル以上の大蛇などに巻きつかれれば、わずか数秒で骨が折れてしまうかもしれない……だが、それが人形なら私の敵ではない。
「遅いですね、少なくともあの馬鹿に比べれば……」
蛇の群れに飛び込む私は特に動きの速いものに眼を着け、それを彼から引き離すようにして追いついてきた順に次々とナイフを振って屠っていった。
ナイフが蛇の首や、眼を突き刺すごとに蛇たちは面白いほど簡単に次々と消滅していく。
それはまるで風船に針を突き刺したみたいに、急に破裂したように消えていき、この世にはわずかな血痕が残るだけであった。
その光景を目撃した執行官は忌々しそうに呪詛を投げかけた。
「クッ、プッペン・ツェアシュテーラーか!」
そう、俗に『人形殺し』ともいう一種の超能力あるいは呪い――自分の弁護に終始するかもしれないが、私に人形作りの才能がないのはこの超能力が原因である。
神の呪いとも呼ばれ、原因さえわからない超能力。
非常に高いレベルに至った人形作りの魔術師の家に生まれ、人形の構造に精通してしまった魔術師の遺伝子に刻まれた魔術が影響しているとも、世界が生命を生み出すという特権に対して挑戦する人間達を嘲笑うためにかけた呪いであるとも言われる人形作りにとってまさしく呪い以外の何者でもない人形を簡単に殺してしまう体質だ。
ゴーレムの殺し方は知っている、その上私のナイフが急所を突かずとも、彼らの体をかするだけでその部分が壊死してやがて緩慢な死に至る毒のようなものなのだ。
証拠に、倒れた蛇たちは即死していない場合でも苦しそうにのた打ち回っている。
恐らく、戦っていればあの幼女人形レディ・プリメラも殺すこともそれほど難しくないと思う……自分の人形が完成間際に狂ったように死んでしまうことなど見飽きた私に救いがあるとすれば、やはりこんなことしかないのは残念だが、今はそんなことを言っている場合ではないだろう。
「神の呪い、相性悪い……時間が、アナタ……ペシャンコ!」
青年は叫ぶと同時に自身の手を先程私が投擲したナイフで突き刺し、大量の血液を地面に送り込んだ。
「!?」
蛇たちを次々に殺していく私の足元が急に動く、大地全体が鳴動する。
大蛇の腹を割いた瞬間、周りにまだまだ存在していた蛇たちが一瞬にして小さな血痕に姿を変えて消滅した。
服に飛び散った血は不快以外の何者でもない、同時に地面の敵の正体を逡巡する。
動いた地面が巨人の手のひらとなって地面全体で私を押しつぶそうと持ち上がる。
それに巻き込まれた街灯が地面ごと圧し折れた。
かわしきれなければ私の体など一瞬で粉々になっていたことだろう、これならば夜の吸血鬼さえ恐れるという理由がよくわかる。
巨人の手はただ私を襲うために地面を、海を泳ぐサメのように動き回った。
「こんな大掛かりなことをして……警察機構など畏れるに足らないということですか。結界はもう機能していないというのになんて無茶を!」
巨人の腕が身体を押しつぶそうとした一撃を紙一重で後方に飛んで躱す。
地面を叩いた拳がそれだけで着地した地面を揺らし、轟音を立てる。
実はパトカーの到着地点は公園を少し先に行ったマンションだったのだが……この音で警官達は気付いてしまったのだろうか?
遊具の上に飛び乗り、逃げ回っているうちに魔術を持って紡ぎあげた弓を構えると私は何の躊躇も無く、相手の額に向けてそれを放った。
並みの障壁であれを防げるとは思えない、だが相手を殺したくらいでこのゴーレムが止まってくれるだろうか?
後方へ吹き飛ばされるような衝撃が華奢に見える私の体を襲うが、その程度のことは何度も経験済みだ。
放たれた矢は凄まじい速度で真紅の魔術師に迫る。
「!」
顔を庇おうとする魔術師の目の前で矢を弾き出そうとする結界と、そういった結界を貫くための矢が1秒程度は攻防したかもしれない。
だが、勝ったのは矢――凄まじい螺旋軌道を描きながら、魔術師の手の平ごと彼の額を貫通した。
飛び散った血液が周辺の空間に飛散する、どう考えても頭は砕け散ったことだろう。
取り敢えず、あの執行官は始末した。
「――――」
自身を殺した矢による衝撃で、執行官の体が後方に倒れこむのが見えた。
私が上っていた滑り台ごと握り潰そうとした巨人の腕による攻撃をジャンプして躱す。
丈夫なはずの遊具が紙屑のように巨人に握りつぶされ、さらに着地した私の身体にも覆いかぶさろうとしてきた。
「――其処」
押しつぶそうとする巨人の手に向けてではなく、地面の別な場所に向けて投げたナイフ。
すると……私を押し潰すはずの巨人の手はそのまま硬直し、さらさらと砂となって崩れていく……
自身に降りかかる砂を払いながら、私はゆっくりと彼に歩み寄る……
いや、その前に倒れている魔術師を、ただ疑念を込めて睨みつけていた。
普通なら死んでいる、だが……サンタクルスの執行者がこの程度で死ぬ訳が無い。
何故なら、彼らは不老不死の吸血鬼や通常の攻撃では滅ぼしようの無い悪魔を殺してきた戦闘魔術師の集まりなのだから……
そう思っていると、腹部に凄まじい熱が走った。
「!?」
振り返るまでもなかった、土の下から延びた棘が私の背中から正面にかけて体を貫通していたのだ。
渾身を持って体を棘から解き放つと、魔術で編み出した剣を敵の急所――呪われた力によって容易に見出される其処に深々と突き立てた。
棘から身体を引き抜く際に私の体から大量の出血が起こり、敵が滅び去った瞬間に膝を突いてしまった。
出血はすぐに魔術で抑えたが、とても私程度の治癒魔術で完治できるものではない。
油断していた自分に思わず舌打ちをすると、滅びているはずもなかった執行官に目をやる。
すると、頭を打ち抜かれた青年はまるで傷を受けていない状態でゆっくりと立ち上がってしまった。
一瞬、凄まじい視線のやり取りが成される。
私も、すでに能力による優位はないものと考え最後の力を振り絞る覚悟を決めようとしていた。
だが、そのとき青年は意外なことを口走った。
「ハハ、ソレ撃ってくれた仕返し……でも、すぐに警察来る、この勝負お預け……アナタ、ソレ吸血鬼違う言う。ワタシ、今回だけ信用する……アナタ、は、背中向けてる、でも貴方、を喰わない、証拠。アレ、アナタみたいな餌、近くいて我慢できるわけ、が、無い」
この執行官はあれだけ私が必死に説得しようとした後、漸く今になって納得したといった……状況が違えば私の我慢は限界に達していたことだろう。
「くっ……信用していただき感謝します、執行官……ですが、私がスタニスワフとは考えないのですね?」
「何ソレ? アナタ意外、に無知。スタニスワフ普通の人間成り代わる。魔術師、餌に最適。でも化ける、こと効率悪い、よほど機会ないと喰わない。アレ食人鬼、新聞注意する。猟奇事件起こる、ソレ、スタニスワフ。アレ、吸血鬼、でも、人殺し、人間の方法でする。見つけにくい」
どうやら私も詳しく知らない吸血鬼の特性らしい、時間が許せば父の書斎を探るか、あまり気は進まないが教会まで情報収集に足を伸ばさなければならないだろう。
「……」
「アナタ良い餌、だから気をつける……アレ、ベルラックに何かされた。ベルラック、最上級吸血鬼、美と魔術と夜支配する大神、不可能ほとんど無い。スタニスワフに噛まれた奴、食われた奴、おかしな怪物なる。光当たれば死ぬ、心臓刺されると死ぬ、雨当たると動けなくなる、でも傷治る、年取らなくなる、それ仮初の不老不死……物語の吸血鬼、そのまま。でも、アレ普通の武器殺せる、これ幸い。殺すの、テランよりずっと簡単」
執行官が口にした『ベルラック』という単語に驚愕せざるを得ないのと同時に、話の中に登場する怪物は四ヶ月くらい前の怪物を連想させた。
「執行官……もしかすると、それは……」
「ワタシ、まだ詳しく知らない。でも、ベルラック、アレ『ヴァディル』呼んでる……ベルラック発生した土地の言葉、ソレ奴隷の意味。ワタシたち、殺し屋必要……壊すための才能、ワタシと同じ貴族なのにアナタ異端のニオイする、呪われた才能持ってる、ソレ世界の抑止。間違った命壊す、こと、好きに決まってる、アナタ本当は殺人狂。ワタシ推薦書く」
……この執行官はとても失礼だった、初対面の人間を殺人狂呼ばわりするなど私の常識ではありえない。
同時に、どうやら私を気に入ったらしく、問題を大きくする気がないことに安心した。
緊張が弱まったせいで傷の痛みが抑えられないくらい大きなものに変わる、涙が出そうだ。
だが、人に弱みを見せてはならない……それが一族の誇りであり、私の誇りだ。
「……すごく失礼ね。警察が来ますよ。それに、次に彼を襲うような真似をすれば貴方の命はありません……その身体の秘密、私の家の秘伝によく似ていますから、ただのブラフだと思わないでください」
確かに、これはブラフではない……執行官の不死身の秘密はなんとなくわかった、殺せるかどうかは疑問だが彼を驚かせるくらいに暴れることは出来るだろう。
「シラカワ……本気、わかた。でもシラカワ、行く、少し待つ。ワタシの言い訳聞く――ソコの人、ヴァディル、に食われてた、ワタシそれ殺した。ワタシやてない。あと間違えた人、悪い言て謝って、ワタシ悪気無かった、カレごめん。ワタシ謝る」
本当に申し訳なさそうに言う執行官に悪意は感じられない、彼が悪人かどうかはわからないがこの謝罪は演技でないような気がする。
恐らく、殺すことは好きだが勘違いで殺すのは好きでないという性分なのだろう、魔道に身をおくものとして少しわかる気がする。
「わかりました。この方は……悲惨な状態なら隠したかもしれませんが、この状態なら発見されない方が不幸かもしれません。私は去ります、後は警察に任せましょう」
「アナタ、話わかる人。ワタシ運良い、さよなら。でも、また会う、間違えて殺すかもしれない、そのときごめん。先謝る。じゃ、バイバイ」
それから、執行官の前から去った私にはあの公園の惨状をどう処理したのか知る由もないが、執行官はあのような戦場は何度も経験したことがあるだろうからきっとうまく処理してくれているだろう。
警官の到着があったかどうかは定かではないが、恐らく死体が発見されるのは別な場所になっているだろうし、公園の遊具も修復されていることだろう。
いや、これはそうなっていてくれれば彼に無駄な話をしなくて済む私の願いなのかもしれない。
何はともあれ、こんな恩を着せるような話を自分からするなど私のプライドが許さないのだ。
彼の治療を優先したため、私の怪我は何とか表面を取り繕う程度が限界だった。
そもそも、父に『サンタクルスの執行官と喧嘩した』などといえるわけもない、そんなことをすればどんな惨状になるか分かったものではないし、相手も騒ぎを大きくしたくない様子なのに私が騒ぐなど義に悖る。
何とか傷口は見た目には塞がってくれたが、すでに2時……普段の何倍も動いた気がするし、瞼もだいぶ重くなってきた。
彼が眠っているベッドに倒れこんで……寝て……しまいそう……