甲山町は山間に広がる人口六万人程度の町――高速道路が近くを走り、ベッドタウンとしての開発が進んでくれたお陰で八十年代の前半から始まった過疎化にもようやく歯止めがかかったところだ。
平成十年からは人口はわずかに増加し、産業の活性化政策も実を結び始めている。
近年開発された新興住宅地ではなく、比較的古い家が多く立ち並ぶ地域に塀に囲まれた大きな屋敷が建っていた。
敷地の中には二つの蔵、大きな鯉が泳ぐ池、黒い屋根瓦の武家屋敷……如何にも伝統的な日本の旧家という印象を受ける。
「あの、遠路遥々お越しいただいた方に申し訳ないのですが、祖父の葬儀は明日の予定ですよ」
喪服の外国人を相手にそう告げたのは雨峰秋継、20代後半の青年だった。
自身の祖父の葬儀は明日であるというのに駆けつけてきた少女に、戸惑いを浮かべている。
「存じております。ですから、今日は魔術師としての別れを告げに参りました」
その言葉に秋継は少し驚いた、まさかこんな昼間からそんな単語が出るとは思わなかったからだ。
「それは、あの……」
「何より、後継者の件では実篤さんから相談を受けた身です。その件でも是非話し合いを」
その言葉を聴いて、青年の顔に緊張が走る。
「わっ、わかりました。では、祖父が相談を持ちかけていたという……シュリンゲル卿で?」
シュリンゲル卿――会ったこともない魔術世界の偉人について、老婆あるいは中年の夫人を想像していた彼は目の前の自分よりも年下にしか見えない相手を疑わしそうに見つめた。
彼女はそんな視線を受けて、少々おどけたように応える。
「年端もいかぬ小娘と思われておられるのでしょうね。ふふっ、意外に思われるでしょうが、こう見えてもこの国が江戸時代といわれていた頃から生きている正真正銘の本物ですよ、私」
自分の疑念を感じ取られたことで動揺を見せながらも、彼はその相手が本物であるとわかった。
「い、いいえ。別に疑ったわけじゃ……」
彼が感じた疑念を覆い隠せる応え方ではなかったが、彼女は別に気にしていない様子で彼に告げた。
「ええ、では失礼しても構いませんね?」
「はぁ……しかし、あ、いえ。どうぞ」
昼間、扉を開けた青年は少女を屋敷へと案内する。
玄関まで案内されたとき、先客の存在を告げる家族以外の靴に気がつく。
「……」
彼女が感じたその予感は確かだった。
襖を開けた先に座っていたのは雨峰夏彦、秋継青年の兄で30代前半の青年。
弟よりやや筋肉質で身長は低め、目つきは優しかった。
彼の横にはもう一人、妹らしき二十代前半の若い女性が座っていた――雨峰亜希子、三兄妹の末っ子でアーデルハイトが知っている情報によれば予め後継者候補から外されている女性だ。
本来、魔術を伝える家は名門になればなるほど女の後継者を認めない――これは前近代的な偏見に基づく性差別が原因だからではなく、長年に渡って魔術を学んだ人々が得た合理的理由による。
一般に魔術師として大成するためには何より自制心や禁欲などが重要なのだが、肉体的な理由からその点では女性より男性の方が魔術師に向くのだ。
そのため、魔術師の家に生まれた女性は適当な婚姻関係構築のための政略結婚に用いられるか、はたまた圧倒的な才能を示すことによって実力で後継者の座を男性兄弟から奪い取るしかない。
ほとんどの場合、男性を最初から鍛えるため女性は魔術師に少ないのが現実なのだ。
それは歴史も語る真理であろう――古今東西の歴史上にも女魔術師は少ないのだ。
ただここで勘違いしてはいけないことがある、『魔女』と『女魔術師』はまったく違う存在だということだ。
『魔女』あるいは『妖術師』とは実際には魔術に至っていない人々のことであり、悪魔が取り憑いて彼らの意思とは関係なく、無理に魔術を行使させられている傀儡に過ぎない。
最悪それですらなく、本人の妄想や周りの策略、あるいは宗教熱が錯覚させているに過ぎない場合さえある。
それらに対して、魔術師は自身の意思で行動して魔術を行使する独立した存在であり、この域に至る女性は世界の魔術師中30%をやや下回る程度なのだ。
女性に関しては魔力の扱いが出来る程度であれば婚姻には十分であり、それ以上については特に大成するほどの才能が見受けられた場合でもなければその術を教えられない場合がほとんどなので、魔術師の家に生まれても公明以下の女性はたくさん見受けられるのだ。
そして今回の場合、雨峰家は200年程度魔術を究めてきた家であり、ただの一般人より遥かに魔術師となる才能と素養を有していて、歴史をある程度積んでいる名門なので亜希子も一応魔術師といえる程度のことは出来るはずだった。
魔術師は代を重ねるほどに、子がより早く魔力を扱えるようになる――普通、遺伝学上いわれるには後天的な獲得形質は遺伝しないものなのだが、魔術という点に関してはその常識は通用しない。
だが、そういった事情はあれ、亜希子の魔術は兄弟たちほどに熱心に教えられたものではなく、後継者に名乗り出るほどの知識もないのだ。
ただ断っておくがそれでも女魔術師はやはり少数だ。
それは現実なのだが何人かの女魔導師あるいは玲菜や綾音のような者もいて、彼女達は実際に後継者が他にいなかったり、あるいは圧倒的な才能が認められて後継者となった一種特別な人間なのだ。
アーデルハイトは亜希子と夏彦に軽く会釈した、相手もそれを返す。
そして、彼女の眼が次に向かったのは、彼の前に座っていた喪服の二人……会社の重役風の理知的な中年男性、鍛えてはいるが筋肉が盛り上がるほどでもなく、力を内に隠しているような印象を受ける。
そして、彼の横に座っているのはカチューシャをした長い黒髪の美少女、よく知った相手。
「やれやれ、こういう場所でお会いするのはこちらとしてはあまり気が進まないのですが……」
男と眼が合ったアーデルハイトは本意ではないことを伝えようとした。
「先に失礼しているよ、シュリンゲル卿……これはただの世間話だが、日頃から娘が世話になっているようで君には感謝している」
「いえいえ、こちらこそ綾音さんの日頃の補佐には助けられています。ところで正臣さん、こちらとしては積極的な干渉の意図があるわけではないことは先に伝えさせてもらいますよ。何しろ、私も今朝知ったところでして」
「ふむ……君には感謝している、その言葉に嘘偽りは無い。だが、錬金術師としての君が我々の協会に口を出すことは許容しかねるな」
正臣たちの前に座り、姿勢を正す。
「ええ、私にその意図は無いと申し上げました。新興の組織とはいえ、そちらの権利と主張に耳を傾けない私でもありませんし、こちらも抗争を望むわけではありません。ただ……こちらにも多少の言い分というものがございます」
「あの……白川さん。この方は?」
話においていかれていた夏彦が口を挟んだ。
正臣はその質問に面倒そうに答え、彼や亜希子には視線さえ向けない。
「『シュリンゲル卿』、そういったでしょう? それより、そちらの意図とは?」
「シュリンゲル卿! あの……吸血鬼狩りの?」
その名を聞いて興奮した様子の夏彦、アーデルハイトと正臣の会話には邪魔者でしかない。
また亜希子はそれを雰囲気で察していたのか、まったく動揺した風ではなかった。
「実篤さんから跡継ぎの方のために協会の援助が欲しいと懇願されました、先週のことで会談は実現しませんでしたが話はほとんどまとまる寸前。そちらからの脱退も視野に入れているとの事でしたが?」
秋継も彼らの中に入り、ゆっくりと腰をすえてその話を聞き始めた。
「こちらも雨峰翁の遺言は聞いている、つい三日前のことだ。法律上、最後の遺言だけが有効であることは知っていらっしゃるのでしょうな?」
「ええ、それは存じております。しかし、そちらも魔術で偽装できない確たる証拠があるわけではないのでしょう? こちらは多少の書類に実篤さんのサインも頂いております……当然、これにも説得力はありませんが、やはり証拠は証拠ですから」
「それは矛盾だな、シュリンゲル卿。我々の証拠が確たるものでないといいながら、自身のものが通用するというのは身勝手というものではないかね?」
「いいえ、滅相もない。聞き間違いというものですよ、それは。私は正臣さんたちの意見もちゃんと尊重するつもりです」
「娘の友人としての君は確かに信用している。だが、錬金術師としての君を信用するかどうかは展開次第というところだな」
「なるほど。確かに、そちらの言い分次第では争うことになるかもしれませんね。ただ、実篤さんが指名した後継者が同じでは争う必要もないでしょう?」
顎に手を当て、わずかに考えた様子の正臣はその意見に同意する。
「ほう……なるほど、確かに後継者が同じであるというのならその点について争うことは無意味。では、指名された後継者が同じ場合の協会の帰属が問題になるでしょうが……それは本人の意思に従うということでよろしいか? 我々もそちらもそもそも発端は任意加入の組織、本人の自由意志を尊重することが大前提ですからな」
「構いません、こちらは方術協会ほか、4つまでの支持は取り付けてありますから」
「僭越ながら、お父さま……こちらで勝手に話を進めてばかりではお三方に失礼です。シュリンゲル卿もその点は同罪かと」
綾音が口を挟んだことで熱が入り始めていた二人の議論は頓挫する。
「なるほど、確かに礼を失していた。では、雨峰家のご兄妹……翁より告げられた後継者を彼の派閥の長として告げる。よろしいか? これは彼の口から直接告げられたこと、私の名誉にかけて嘘偽りなき真実であることを誓う。異論があるなら今のうちに申されよ」
「はい、その点は理解しておりますし当然信用しております」
二人の兄弟の声が重なる。
「……構いません」
最初から後継者になれないことを知っているらしい亜希子は呟くように言った。
祖父の死を悲しんでいるのか、その目がわずかに赤くなっているのは兄達とは違う点だろう。
三人の同意を受けた正臣は咳払いを一つして、厳粛な態度で自らが聞いている後継者の名前を口にする。
「では……こちらが聞いている後継者は長兄の夏彦氏」
わずかに頬が緩んだ夏彦、その横の秋継は唇を思わずかみ締めていた。
続いて、アーデルハイトも自身が聞いている後継者を告げる。
「こちらも、嘘偽りなき真実であると誓いましょう。私が伺っているのは次男の秋継さんです」
それを聞いて、その場の六人を何ともいえない空気が包む。
「ふむ、残念だ……これで君と対立する運命となったな、シュリンゲル卿」
「こちらも残念ですが……協会加盟申請中の魔術師の保護もこの場合は私の仕事ですから、そちらの意見を鵜呑みにするわけにもいきませんね。協議を重ねる必要がありそうです……その前に、お二人に継がれる意思があるのかを伺ってもよろしいですか? 継承権の放棄も選択のうちですから」
「父亡き後、育ての親となってくれた祖父の遺言なら当然その通りに、後を継ぐつもりです。しかし、兄が真の後継者かもしれない……私は祖父の意思が確かめられるまで待ちます」
「……わっ、私も秋継と同じ意見です。祖父も跡目相続での争いは嫌でしょうから、是非話し合いで解決を」
それを聞いて、睨み合った正臣とアーデルハイトの肩の力が抜ける。
「話し合いでの解決、その結論が得られてうれしい。では、翁に別れを告げさせてもらおうか?」
立ち上がろうとする正臣、アーデルハイトも同じように立ち上がる。
「ええ。しかし……聞いた話では実篤さんの死因は老衰ではないとか。遺体の検証を行っても構いませんか、夏彦さん? 呪いの類ならことですし」
「……それは……祖父の遺体はとても凄惨な状況で……診断書を書かせた医者は催眠術で誤魔化しましたが、とてもあれは直視できるものでは……」
自身も医者である夏彦がそういうのだ、状況は悲惨を極めていよう。
亜希子はそれを思い出したのか、わずかに嗚咽を漏らす。
「構いません、何が原因かわかりませんが……多少腕の立つ術者を殺した相手、私の専門分野かもしれませんし」
「その点は私も同感だ、夏彦くん。我々の足元で吸血鬼が暗躍している状況があってはならない。流れの魔術師であっても殺傷を生業とする輩を野放しには出来ん、理解できるな?」
「え、ええ。それは理解できますが……実は……祖父の体から一族秘伝の魔術情報などの流出があるとも限りませんから、すでに焼いてしまって……その、遺体はもう無いのです」
「焼いた? なるほど……いいえ、確かにそれは正論ですね。魔術師としてそこまで考えて行動しておられるのなら、私たちの方が軽率な質問であったと認めざるを得ません」
魔術師の体から情報を得る、数少ない術者にそういう者がいる。
性質の悪い霊媒師出身の吸血鬼は『死者の魂を呼び出して使役する』という……そこまでされれば防ぐ手立てなど無いといっても差し支えないだろうが、兄妹の言う事はこの場合尤もなことだった。
「いえ、それよりも祖父が亡くなった場所ならこの後で案内できますが」
秋継がそういうと、正臣は時計を見ながら考え始めた。
「それはどれくらいの距離かね? 6時から外せない会議の予定があるのだが」
「高笠市との境にある廃業した病院です、私が祖父の行方がわからなくなったために書斎を探しているとこれが机の上にあって……どうも気になりまして」
秋継が差し出したのは、ワープロで打たれた手紙。
正臣はそれを手にすると、ゆっくりと読み上げた。
「『今夜一時、平沢病院跡まで来られたし。例の件について、話したき事あり』……なるほど、何のつもりかわからんが意味のない言葉の羅列か、あるいは世間で言うところの脅迫状の類、と見てよろしいのか?」
「何かを要求しているわけでもありませんから、一概には言えませんがその可能性はありますね。ところで、これを見つけたということは秋継さんが実篤さんのご遺体を?」
「ええ、兄は高笠市の病院勤務で、妹は大学で一人暮らし……この家には私と祖父の二人暮しでしたから」
秋継の回答に夏彦と亜希子も首を縦に振って同意する。
「なるほど、それは気の毒だったな。しかし、あの病院跡とは……あまり遠いわけでもないが会議に間に合わん。申し訳ないが、買収予定先の企業との最後の打ち合わせなのだ。シュリンゲル卿、それにご兄妹……私の名代と言うことで、娘にこの後のことをひとまず任せたいのだが構わんかね?」
正臣がそういうと、綾音が一歩前に出て頭を下げる。
「白川綾音です、よろしくお願い致します」
「綾音さんは私の友人ですし、失礼ながら正臣さん以上の才能の持ち主ですから私は構いませんよ」
綾音を見つめた雨峰家の面々もアーデルハイトのお墨付きがあれば同意する以外になかった。
「元々祖父の死は急なことでしたから、駆けつけて頂いただけで私たち兄妹は十分に感謝しています。ですからそれは構いませんし、白川さんのご令嬢についてもシュリンゲル卿がそこまで言われる方なら私たち兄妹も文句はありませんけど……あの、現場は血や肉の臭いがこびり付いていて、その……若い女性の行くようなところではないですよ。行った私もあまり行きたくないくらいですし、亜希子は祖父の遺体を見たときからずっと気分がよくないといいますし」
秋継は本当に乗り気でない様子。
亜希子は本当につらそうで、うつむいたままだ。
兄の夏彦も祖父の遺体を見たのだろう、かなり気分が悪そうだ。
「構いません、私も白川の後継者です。血を流す覚悟も、殺す覚悟もすでに決めています……お父さまの名代として恥じることの無いようにいたす所存ですので是非ご同行を」
凛とした黒髪の美少女の言葉、研ぎ澄まされた瞳の力強さは見る者を圧倒する。
気圧された様子の秋継は躊躇いながらも、それに同意する。
「はぁ……流石に白川さんのご令嬢ですね……いいですよ、それでは兄は詳しい現場の状況を知りませんので私が車で案内します。それと、兄と妹には祖父の葬儀の準備を進めてもらわないと明日のことがありますから……兄貴、それに悪いけど亜希子、お前にも頼んで大丈夫だよな?」
最後に夏彦と亜希子に話しかけた言葉だけは砕けた感じで、それが彼の地なのだろう。
「あ、ああ……、知り合いの葬儀屋に無理言って頼んだから何とかなる。名簿は……今朝相談したあれで良いよな? どうせ電話で足りることだし」
「ああ。それじゃあ、あと少しで業者の方も来ますから出発しましょう。白川さんにはすぐにタクシーを呼びますね」
「いや、私は車で来ているのでその必要はない。それより申し訳ない、協会の長として無責任だとは思わないで貰いたいのだが、会議やパーティーなど欠席できないものが多くて来週はシュリンゲル卿たちとの協議の席ももてない。君達の継承問題についての調査は娘に一任することになるが、再来週から私も協議に復帰することで納得してもらえるだろうか?」
魔術師とて私生活は大事だ――特に経済活動は実際の富にはあまり結びつかない彼らの研究を支える大事な事業であり、それを疎かにする事はよほどの遺産にでも恵まれなければ考えられないことだ。
アーデルハイトのような金や銀を作り出す一部の錬金術師や、悪事を重ねて資金を稼ぐ殺し屋じみた連中などは別として、魔術師の多くはまっとうな方法で研究資金を集めており、この場合の正臣の行為も突然の事態であることを考慮すれば決して謗りの対象にはならない。
まして、堂々と財閥を形成する吸血鬼さえいるのだから、この程度のことはまったく問題にならないといって良いだろう。
「ええ、こちらも葬儀や色々ありますし、事件が魔術師絡みなら調査に時間をかけるべきだと思います。それは兄や妹も同じ気持ちだと」
「ええ。それに……考えたくはありませんが、吸血鬼なんていたのなら専門家であられるシュリンゲル卿たちに……その、祖父の敵討ちをお願いしたいくらいで」
そんな夏彦の言葉にアーデルハイトは少々困惑しながらも『出来るなら、その期待には応えたいですね』といっておいた。
○○○○○
「――ふーん、なんか最近は色々と物騒になったものね。連続失踪事件だってさ」
ソファーで足を組んだ、パジャマ姿の浅海が『俺の家の新聞』を俺より早く読みながら世間話を始めた。
綾音が朝早くに実家に帰って、今は俺と彼女の二人だけ。
まるで俺が居候しているみたいな空気が家の中に充満していた。
いや、どうして俺より遅く起きてきて堂々と新聞を読んでいる?
それに、何故俺はそんな状況を当然のように甘受しているのだろう?
取り敢えず浅海の方を見てみると、彼女のセミロングの茶髪にはやや寝癖が見られ何と無く気になる……一応、同年代の男の前なのだから髪くらいはちゃんと梳かして欲しいものだ。
いや、今それよりも重要なのは別にあるな。
そう、俺が気がかりなのは俺より遅れて起きて、俺の用意した朝飯を食べ、俺の入れた紅茶を飲みながら……新聞をめくっていく彼女を他人が見ればこの家の主かと思ってしまうだろうこの状況。
ただ、それを全力で拒めないのは何故か? わからないが、追い出せないのは確かなこと。
言えば宿泊費くらいは払うというし、世間話の相手にはなるし、ひょっとすると世話好きなのかもしれない俺の母性本能を掻き立てる相手……だと思い込んでいれば、まだ辛うじて我慢できなくもないのだから仕方が無いとあきらめるか?
テレビのリモコン片手にニュースを見ていた俺はそのとき偶然、彼女の話とまったく同じ事件を眼にしていたことに気がついた。
「へぇ、『連続失踪事件。被害者はこれで8人?』ね。これって、お前が言ってたヤツだよな? 今テレビを変えたところだ……ん? いや、これって隣町か?」
「いいえ、こっちでも四人消えてるらしいわ。合わせた数が七人……あら、昨日から一人増えたの?」
ニュースキャスターは警察署の前から中継で事件の捜査状況などを長々と語っていた。
しかし、実際に事件を解決する糸口もない様子なのは明白で事件の解決は長引きそうだ。
「みたいだな。それにしても捜索願が出たのが2,3日の間で一致してるってのは……素人の俺が考えてもありえない偶然だぞ。警察は何処まで調べてんだろうな……なぁ、浅海?」
「ん?」
「神隠しって言うのは実際にあるのか? その……魔術師的に、だけど」
それを聞いて、少し考えた風な浅海は紅茶をお代わりしながら神隠しについて語り始めた。
「そうね……文献で見たところだと、神や悪魔が人間を直接誘拐することはほとんどないわね。あの手の精霊は魔術儀礼が間を取り持つ場合か術者の仲介がある場合でもないと、一部の例外を除けば干渉できないから」
「よくわからないけど、その、お前の言う一部の例外があったんじゃないか?」
「ありえない、とは言わないけど人数を考えればないでしょうね。『悪魔憑き』って言う現象を知っている?」
『悪魔憑き』――前に見たことがあった映像が頭に蘇る、悪魔と取引した人殺しの魂が人間に取り憑いて人を殺しまわるB級映画だ。
それでは、殺人鬼が悪魔と一つになってあとを追いかけてきた探偵と戦ってたな。
悪魔に憑かれると善人でも急に悪魔みたいな人間になっていた……あれはちょっと、現実にはないんじゃないか?
「多分、想像した通りだと思う。映画でよくあるイメージで良いんだよな?」
それを聞いて、少し考えた様子の浅海は新聞をテーブルに戻して続けた。
「うーん……それ、近いけど少し違うわね。あれはたまたま霊媒師の才能がある人に電波のあった悪魔が取り憑く場合を言うの。魔術師として修行したわけでもなく、その一点に特化したいわゆる天才を持った人間はその魔術を貴方たち風に言えば、超能力の一種として獲得しているのよ……尤も、これも複雑で霊格の高い精霊になればそういう細かいのは全部無視するみたいだけどね」
「なるほど、それは確かに少し違うな。無差別って訳じゃないだけ現実の方がましだ……で、その天才のある人って、それ以外には才能は?」
「修行次第ね、貴方みたいに魔力に目覚めるのは早そうだけど個人差もあるからよくわからないわ」
「やっぱ、そんなもんか。近道はあっても王道は無し、そんな感じだな」
「まぁね。多分それ以外、特に魔術については普通に時間をかけないと駄目みたいよ。それで、他の場合は魔術師が儀式で人間を誘拐する場合。これは性質が悪いことだけど、アデットがいるし……よほどうまく隠れていないと難しいかも。私としては、もっと現実的に集団自殺や宗教関連の事件だと思うけど」
確かに宗教絡みの事件は世界各地で多く見受けられる――数年前には、南米のある宗教団体が集団自殺した事件では400人が死んだ……それを考えれば高々数人が集団自殺することなど異常でもなんでもないかもしれない。
しかし、俺はまだ日本は割と安全な場所だと信じて疑わない人間の一人だ……それは確かに最近は物騒だという、だが親父から聞いた海外の治安の悪い地区の危険度は『物騒な日本』程度とは比べ物にならないほどだった。
そうポジティブに考えればどうも浅海の言う『ありそうな真相』は、違うような気がしてならなかった。
「話を戻すけど……要するに、原因も無く人が消えることはないわけだな?」
俺の言葉を聞いてため息をついた浅海は、新聞を置くと『何を聞いていたのよ、馬鹿じゃない?』くらいの態度でそれに答えてくれた。
「当たり前、原因が無いのに人間が消えるわけが無いじゃない。そういうのは魔術師の私から言ってもあり得ない話よ。でも、まぁ……UFOとかならまだわかるわよ、確率的には地球外生命の存在は証明できるから」
ふっ、思わず口元が緩んだ――天才魔術師といえど所詮は世間知らずのお嬢様だな、浅海……そんな馬鹿なことは常識的にありえないんだよ!
大体な、宇宙人がわざわざ人間攫いに数光年彼方からやってくるわけがないだろ!
何故かって? 説明するまでもない、理由は簡単だ、宇宙を旅出来るほどに知能の高い連中がどうしてそんなことをする必要があるのか? ということの説明が出来ないからだ。
地球を征服したいのならとっとと滅ぼせば良い、保護したいのなら人間にコンタクトを取れば良い、そう……人類など容易に滅ぼせるはずの知的生命体がコンタクトさえとろうとしないのは明らかにおかしい。
「おいおい、魔術師がそういう変なの信じるなよ。確率的にどうって言うのじゃなくてUFOとかさ……そんなの飛ばす科学力があって、地球人とのコンタクトの取り方がわからないバカはいないだろ? それとも、お前ってあんなの信じてる口なのか、大体イギリスのミステリーサークルだってやらせだっただろ?」
本当に、こんなバカな事を信じてる浅海は面白い。
自然と笑いがこぼれた。
「ちょっと、私の前でイングランドの話はしない! それに、なんで笑うのよ? 確率的に絶対に宇宙には生命が住んでる星はあるし、そこに技術を持った知的生命体がいても何の不思議もないじゃない。ねぇ、ひょっとして私を馬鹿って言いたいの?」
「違うけどさ……ふっ……浅海、お前結構夢見がちなんだな」
ああ、俺はどうして魔術師と宇宙人論争を開始したのだろう?
この議論は決着つかないんだよな、テレビとかでも。
「それ以上笑ったら殺すから、そのつもりで……というより、根本的な意見の食い違いの原因がわかったわ」
「はぁ? それって何だよ? 宇宙人が原始人より賢いかどうかってことか? ぷくくっ」
駄目だ、笑いを殺しきれない……チラリと浅海を見つめながら自然に笑いがこぼれていた。
「馬鹿にしたらコロスって言ったでしょう! 学習しなさい、まったく……原因は貴方たちが言っているUFOが吸血鬼のモノってことよ! 私はそもそも目撃されていないUFOの可能性を……」
「はぁ? あれが生き物だって言うのか?」
空飛ぶ吸血鬼? イメージでは確かにそうなるけど、あんなに早く飛ぶか?
いや、そもそもあれって人じゃないだろ?
浅海はそれを察したか、ようやく調子を取り戻したように語り始めた。
「いいえ、イリヤ・ニアーズバブル・キャッスルゲート……流石にこれは本名じゃないと思うけど、そういわれる吸血鬼がいるの。ま、古い文献でも『イリヤ』っていうとこだけはそのままだから、そういう名前だとは思うけど」
「ちょっと待て、ニアーズバブル・キャッスルゲートって……どこかで聞いたような気がするんだが、どこだったか?」
「通称『アリーチェの翼』、私は『良識の壁を突き抜けた異端(ロケットバカ)』っていう方が的を射ていると思うけど……アデットを含めた、現存する世界最高の三錬金術師の一人よ。ついでに人形作りとしても世界で五本の指に入る大天才」
夜の翼を持つと言われる吸血鬼、『錬金公爵』キャッスルゲート――偉大なる最古の錬金術師。
賢者の石を最初に発見し、千年に渡って不敗という無敵の軍隊を統べる魔術世界最大の領主。
世界でも最古の吸血鬼の一人で、神話の時代に吸血鬼の王や幾人もの王族を滅ぼした魔導師ザラス=シュトラの二代目王への挑戦を防いだ『王の盾』。
『王の剣』と称されたもう一人と共に吸血貴族の頂点に君臨し続ける男。
「それがどうして宇宙人と? 錬金術師で吸血鬼なヤツは宇宙人になるのか? ま、アデット見てると錬金術師は人間が壊れてるか、捻くれてるとは思うけど」
「そうじゃなくて……頭が良過ぎるのも考えものって事。キャッスルゲート財閥って言えば、世界最大の財閥でしょう? 宇宙開発から石油化学産業に駆けての巨人だし」
「ああ……そういえば、思い出した! イリヤって、あの世界一の大富豪か!」
謎多き大富豪、表には顔を出さないという財界の巨人は吸血鬼だったのか!
「ええ、魔術の教科書にも載ってる人形作りの世界最高峰……宇宙へ移民する予定だからふさわしい乗り物を作ることに心血注ぐ科学と魔術の融合者、それがあの人。宇宙に移民なんてSF小説の読み過ぎだと思うでしょう? バカよ、バカ……昔の人間だからきっと頭の中が干からびて空っぽなのよ」
「まぁ……吸血鬼や魔術師の言うことじゃないような……気がしないでもないな。でも、俺としては……」
宇宙への移民ってのはそれほど無茶なことでもないような気がするんだが、何処がそんなに悪い?
「兎に角そんな感じで頭がおかしいから、誰もかかわらない不文律があるのよ。吸血鬼狩りの間にもね、当然、私たちもかかわらないし、吸血鬼仲間でもかかわらないそうよ。目撃が相次ぐUFOはあの人の移民船の試作機、お婆さまから聞いたときは私も耳を疑ったわ」
おいおい、それってその人を宇宙開発事業団にスカウトした方がよくないか?
てか、それほど悪いやつなのか? それに、俺は夢があって良いと思うけど……ひょっとして魔術師的には俺も変人?
「ソイツって、基本的に悪い奴なのか? 別に危害を加えてるわけじゃないし、あんまりそうは思えないんだけど」
「数千年前に終わってるはずの戦いを長引かせたって意味なら悪人だけど、私も個人的には悪い奴とは思わないわ。でも、異常者だとは思うわよ」
因みに、五大人形師とは――キャッスルゲート、アル=マリク、イオレスク、シュリンゲル、サイキの五人で、うちの二人は人を蘇生させ、うちの三人が使う人形は人智を超えた力を持つのだそうだ。
五人はそれぞれ違った人形を極めた魔導師で、うちの何人かは吸血鬼という有難くない状況のためそれを学ぶことは難しくなっているらしい。
「しかし、今みたいなスペースシャトルが飛ぶ時代に、そんなにおかしいか? 俺は別に……!?」
そのとき、玄関の方から声が聞こえた。
「なに、アヤネ? ったく、朝っぱらから出たり入ったりして忙しい……篠崎くん、貴方の家でしょう? 行ってきなさいよ」
「おいおい、こんなときだけ俺かよ」
「さっさと行きなさい。それとも、この家はお客にお客を迎えさせるなんて非常識な家訓でもあるの?」
「そりゃ……ないけど」
「ならダッシュよ、ダッシュ! お客を待たせるなんて主人としては最低でしょう、早く行きなさい」
「この、非常識なのはお前……くっ、鍵、閉めてたっけな?」
玄関に鍵はかけてなかったような……兎に角、勘違いをしていれば、綾音に扉をぶち壊されるかもしれない。
あ、それは浅海の場合か……綾音は待てる人、我慢が出来る人……で、あってくれ。
トーストをかじり始めた浅海はもう無理だとして、俺しかいない。
面倒だが、体を起こして玄関に歩いていく。
そして、すぐに鍵を開けると、ゆっくり扉が開く。
「よう、篠崎。今日は暇だろ? 遊びに来たぜ」
「……」
居並ぶは一年のときにクラスが同じだった友人達――男が二人と女が二人
まずい……よな? 浅海がパジャマ姿で朝飯食ってる状況を言い訳する方法を俺は知らない。
家に上げれば即終わり、学園の美少女と同棲生活していることが月曜には学校中の噂になって処分される!?
親父に連絡、学園を追放、浅海の家族に訴えられ人間不信、親父から絶縁状を叩きつけられる、人生に絶望……ありがちなその場限りの妄想が頭の中を覆い尽くした。
「? どうした、顔青いぞ?」
俺の動揺はすでに顔に出ていたようだ、つくづく縁のあるアキラが心配そうに聞いてきた。
「い、いや……ちょっと昨日から風邪気味でな。それより、こんな朝っぱらからお前ら一体何の用だ?」
玄関に入れずに、扉の外に出て四人と話すことにした。
その行動をやや不審に思いながらも、玄関近くのベンチに腰掛けてくれた四人。
「何って、ほらこの前言っただろ? 去年やった『肝試し』を今年もやろうって」
牧原良介の言葉にしばし考え込む。
よく思い出してみよう……あっ、聞いたね、聞いたよ、それ!
そうそう、そうだった! 電話で聞いたよ。
「思い出した! てか、それって今日だったか?」
良介から貰った電話では確か日にちはまた都合の良い日を考えるって……
「いや、俺達の都合が良い日が今日明日なんだよ。どうせ、公明は一人暮らしなんだからいつでも都合はつくだろ? バイトだってしてないんだから」
星霜学園は世間一般で言われる名門校であり、原則バイト禁止である。
基本的には改革派のアデットが生徒会長になってもそれは変わらない。
そもそも学業が学生の本分だという人である、そういう方向には変わるわけもない。
しかし、だからと言って俺が暇だと決め付けるのはどうかと思うのだが……良介には俺がよほど暇に見えるのだろうか? とても心外だ。
「そうそう、良いよな。一人暮らしってさ。それにここって学校から近いじゃないか、俺の家だとこうは行かないぜ」
「それはアキラの家が遠すぎるだけだろ! それより、俺は別に暇って訳でもないぞ。今日だって、その、ほら、トレーニングをだな……」
嘘じゃない、腕立てや腹筋はやる予定だし、ランニングや瞑想だってある。
「あれ? 篠崎君ってクラブやってたんですか?」
アキラの隣に座っていた少女、所民子は俺が帰宅部だったことが自分の思い違いだったのかと自信なさそうに聞いた。
所民子、その字の音読みから『ショミンさん』などという、昔からじゃなかったらある意味イジメ一歩手前の渾名で親しまれる、小柄で、どこかの誰かさんたちとは違ってみんなに優しい人だ。
俺が彼女のようにショミン、ショミンなどと繰り返し呼ばれれば、すぐにでもマルクス主義に走るのは間違いないな……ま、日本人はほとんど庶民だから特におかしなことを言われているわけでもないのだが。
如何に悪意がないことを知っているとはいえ、それで怒らないのが彼女の良いところかもしれない。
因みに、彼女は実に人好きのする幼い顔立ちで中学生くらいにも見える。
「いや、やってないけど健康のためにやった方が良いって……医者から言われてるんだ」
「え? お医者さんから? あの……ひょっとして病気だったんですか、糖尿病とか、高血圧?」
「おいおい、成人病とか言うやつか? この年で? お前……どんな自堕落な生活してんだよ」
呆れた顔の良介、心配顔のショミンさん。
「違う! 誰が成人病だなんていった? 体力づくりみたいなもんだ、よく言うだろ? 『健全な肉体に健全な魂が宿る』って」
「よくわからんが、まっ、どっちでもいい。それより公明、肝試しだよ、肝試し。去年行った病院跡に今年も行こうぜ、真琴はまだ行ったこと無いし」
良介が肩に手を回す少女は如月真琴、良介とはつい最近付き合いだしたのだとか。
一年のときから一緒には遊んでいたが、付き合うとは思わなかった。
元々は色白だがすでにだいぶ日に焼けた浅黒い肌の陸上部員はショートヘアで少し痩せた少女だ。
「うん……ちょっと怖いけど、良介が面白いって言うから」
楽しそうな表情の真琴。
いや、お前らには悪いが、俺にとってはその程度の肝試しなどすでに怖くも何ともないぞ……もっとおっかないのをたくさん知ったからな。
「時期にはちょっと早すぎないか? 六月の半ばだぞ、肝試しは夏休みにやれば良い」
「なに言ってんだ、篠崎。新聞で連続失踪事件とか取り上げてて時期にあってるじゃないか」
いや、時期にあってるってそういう意味か? それは……正直危ないと思うぞ。
「アキラ、だから物騒なんだろ。大体あの病院跡って、もう解体したんじゃないか?」
「いや、それは無い。親父に聞いたけど、最近の解体予定には含まれてないし、業者連中も手を出してないみたいだ」
良介の実家は建設会社、大企業ではないが地元の建設業界では一二を争う会社らしい。
「だから、今夜やってみようぜ。スリルあるしな。牧原とも相談したんだけど、やっぱ今日しかないよ」
「はぁ……まぁいいよ。お前らとの付き合い長いし、肝試しの約束も確かにしたわけだから。でも、去年みたいに帰り道で警官に補導されかけて俺を置いて逃げたら今度こそぶっ飛ばすからな」
そう、去年こいつ等は俺を置いていきやがった――結果オーライなどというが、お前らは三国志の曹操か!
ともあれ……今思えば笑い話だが、そのときは腸が煮えくり返ったことは言うまでもあるまい。
当然、俺もうまく逃げおおせたわけだから捕まらなかったが……捕まっていたらやばかったな、アデットに何をされていたかわからん。
「取り敢えず、行くのは良いけど今から準備とかあるだろ? 夕方の集合って事で、お前ら解散しろよ」
「それなんだけどな、お前って今彼女とかいる?」
アキラはアデットと話しているのを見たから俺とあの悪魔が付き合っているとまだ勘違いしている。
あれくらいでどうして勘繰られねばならないのか? 答えは明白、アデットとの会話があれ以外にも多く、ずいぶん親しげだったからだろう。
言い訳は限界に近づいているのに、あのバカ錬金術師は何を考えての嫌がらせなのか……
「そうそう、公明ってあの外人さんと付き合ってるんだろ?」
良介にも話していたか……やっぱり。
「外人さんって……浅海さんですか?」
事情をイマイチ知らない様子のショミンさん。
「違うよ、民子。確かに玲菜も綺麗だけど、良介たちが言ってるのは篠崎君のクラスのあの、えーと、なんだったか、金髪の人でしょう? すごく綺麗な……あーでらなんとかさん?」
名門星霜学園に通う生徒の中で外人は何人かいるが、全学年合わせても欧州系の外国人生徒は二人だけ。
逝かれた錬金術師の大先生とわがまま暴君の魔術師……最低だな。
それが彼女になっているのだと勘違いするお前らの神経もどうかと思うが……
「アーデルハイトだろ。でも違うって! 絶対に俺の彼女じゃないし、頼まれても彼氏にはならない! 絶対に!」
俺が強く否定するのを見て、四人はちょっと理解できないぞ、という表情。
それは当然か、さっき言ったような顔しか知らなければ俺が断られることがあっても俺が断ることなど無いと信じきっていてもおかしくは無い。
「いやに力込めてるけど……ま、元気出せ。それより、彼女無しでお前って誰と組むんだ?」
「そりゃ……去年みたいにお前が俺と組んで、ショミンさんとアキラで……あっ」
「ほら、真琴が加わるんだから一人余るだろ。大体、野郎同士で面白くないって喚いてたのは公明じゃないか」
「流れで自分を勘定から忘れるなよ、良介! 去年喚いてたのはお前もだろうが……でも、確かに人数が合わないと困るよな。ちょっと電話して聞いてみる、俺のクラスのやつ探せばいるだろうから……男でも良いんだろ?」
携帯電話に手を伸ばそうとしたとき、後ろから肩に手がかかった。
四人は俺の前にいるから……あれ? 誰だっけ?
嫌な予感と共に首がゆっくり回転する。
「それ面白そうだから、私が一緒に行ってあげましょう」
微笑む美少女、茶色のセミロング、綺麗な碧の瞳……って、おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい!
そこにいたのはいつの間にか私服に着替えていた浅海。
唖然としているのは四人も同じ、こいつらは一年のとき俺と同じクラスだったわけで……つまり、浅海と同じクラスだったから彼女のことを知っているわけで……
「あ、あの……浅海さん? どうして、その……こんなところに?」
驚愕したままに良介が口を開く。
「ん? あら、知らなかった? 私たちってクラブが一緒なの。オカルト研究会って、知っているでしょう。あれよ」
「オカルト、研究会って……あの幽霊クラブ? 浅海さん、部員だったんですか?」
アキラもびっくり、そして俺もびっくり……いつの間に俺はあのクラブのメンバーになったんだ?
「ええ。と言っても、シュリンゲルさんが私の友達だから頼まれて名前を貸しただけの幽霊部員だけどね。実はその誼で篠崎くんとは最近知り合ったの。それで私はちょっと篠崎くんに借りた本を返しに来たところで、ちょうど貴方たちが面白そうなこと話してたみたいだから……ねぇ、オカルト研究って趣味じゃないけど『肝試し』って面白そうだから私も仲間に入れてもらっても良いかしら?」
誰なんだ、お前は……?
こいつは誰だ? コイツは誰だ? 異星人に乗っ取られた浅海か?
何処の星から来たんだ、お前は!
聞こえない、俺には何も聞こえない……絶対に聞こえない!
この魔術師がオカルトは趣味じゃないって言ったことや、何を考えてるのか知らないが肝試しに参加するなんて言い出したことは俺には聞こえなかった。
見えない……視えてない! 満面の笑顔で微笑む浅海なんて見えない!
「勿論です、ぜひ参加してください……おい、篠崎。お前、こういうことだったのか?」
「ったく、学校で言いふらしてヒットマン差し向けるぞ。覚悟しとけよ」
「浅海さんって、いつから篠崎君と知り合ったんですか?」
「玲菜! アンタ付き合ってる男いないって言ってたじゃない!」
最後の真琴の言葉にだけは笑ったまま反論していたが、浅海はこの状況を楽しんでいる様子だった。
バカ魔術師め、なんてことをしてくれた!
ああ……これでしばらく学校で背後が怖くなる。
その上都合の悪いことに彼女達も元々は同じクラス、女子連中はそもそも知り合い……すぐに馴染みやがった。
そして、時間はあっという間にたっていったのである。