・Scene 31-4・
「げぇっ! で、殿下? な、何故……こちらに?」
「出会い頭に主人に対して失礼な従者だな、オイ。―――てかさ、キミのそれに乗っけてる聖機人って、ひょっとしてウチのじゃないの?」
飛行宮殿スワンの庭園部に快速艇を着艇させたアマギリは、そこで大砲のついた蒸気動力車を用いて聖機人だったと思わしき残骸の除去作業を行っていたワウアンリーと顔をあわせていた。
まだ夜も明けぬ時刻。スワンの庭園は芝生が捲れ上がり、煙が燻り続ける戦闘の残り香が漂っていた。
「さっきまで色々大変だったんですよぉ。と言うか、本当に、何故? いえ、何となく来た理由は解るんですけど」
実際にはそういうことは無いのだが、ワウアンリーのイメージとして鉄火場と言えばアマギリ・ナナダンと言う印象があったから、戦闘後のこのスワンにアマギリの姿が見えるというのは妙にしっくり来ていた。
「へぇ、理由解るんだ」
「どうせアレですよね、どさくさに紛れて乱入して場を混乱させて恩着せてマッチポンプ狙おうとか」
「なるほど、勉強になった。次からそうするよ」
「あたしが言ったからやるみたいに言わないで下さいよ!!」
何が悲しくて戦闘終了後の弛緩した気分の時にこんなテンションを上げなければいけないのか。ワウアンリーは涙目になって己が不幸を呪った。最早今更、考えても仕方の無いことといえばそれまでなのが一層悲しすぎる。
そして、項垂れた後で重要な事実に気付いた。
「いや、本当になんでこんなジャストなタイミングでここに来れたんですか殿下。この時間にスワンに到着しようと思ったら、ソレに乗ってきても一度目の襲撃の時に気付いてすぐに出発しなきゃ間に合わないでしょう」
ソレ、と指差したのは後部に備えられたアームでコクーンを固定した快速艇である。
因みに製作者はアマギリ自身。
惜しみなく自身の知っている航空関連技術を投入しており、ジェミナーの常識ではありえない速度で飛行可能な船である。ワウアンリーの工房に入り浸って、勝手に設計して組み立てまで行っていた。
しかし、そんなオーバーテクノロジーに片足を突っ込んでいる船を使っても、聖地からこのスワンの現在地までは遠い。
「どうやってこっちに襲撃があったって気付いたんですか?」
ワウアンリーの当然の疑問に、アマギリも納得の顔で頷いた。
「実はキミの腰についてる避妊用の結界式には、心拍数が上がって緊張状態になったときに僕に伝わるように細工がしてある」
「マジですか!!?」
「どうでも良いけど新しいパーツを眺める時に興奮するのはどうかと思うよ」
「他人のプライベート覗き見しておいて勝手にケチつけないで下さいよ!!」
思わず後ろ腰を両手で押さえながら尋ねるワウアンリーに、アマギリは冷めた目で応じた。
「嘘に決まってるだろう。つーか流石に、ソレは無いって気付けよ」
「いやぁ、殿下ですし、やりかねないかなって」
「解った、次は期待に答える事にするよ」
「後生ですからやめて下さい」
セクハラですよと半眼で訴えるワウアンリーに、アマギリも苦笑を浮かべて頷いた。
「ま、仕掛けがしてあるのはアッチね。起動状態になると機密回線で通信を送ってくるように設定しておいた」
「何時の間に……」
ボロボロに大破している聖機人の残骸を示して言うアマギリに、ワウアンリーは言葉もなかった。
聖機工であるワウアンリー自身にすら気付かないうちに機体に細工を仕掛けるとか、尋常でない技術である。
尤も、他人の端末を利用して容赦なく結界工房のデータベースへ侵入を果たした人間のやった事だと思えば、当たり前とすら感じられたが。
「―――で、結局、さっき逃げたッぽいヤツ以外にも来てたの? キミの言い方だと断続的な襲撃って事になるけど」
辺りの様子を見渡しながら言うアマギリに、ワウアンリーは肯定を交えて尋ね返す。
「はい、昨晩からコレで二度目です。こっちも、と言いますとやっぱり―――?」
「来る途中にアウラ王女とばったり会ってね。何か教われてたから助けておいたけど」
快速艇に遅れて到着した緑色の聖機人を見上げるワウアンリーに、アマギリも頷く。
共に来ていたメザイア・フランの姿は見えない。どうやら、下方の格納庫に向かったようだ。
「それって、大丈夫だったんですか?」
片腕が失われた聖機人を見上げて冷や汗を流すワウアンリーに、アマギリは肩を竦めて応じる。
「大丈夫じゃなきゃここに居ないだろうに。何を思ったか向こうも一機しか居なかったし……こっちは? ダグマイアっぽいのは居た?」
「いえ、こっちは尻尾付が一体と、あと手下っぽいのが二機で……って言うか、ダグ……え? その言い方だと、まるで襲撃者の正体が……あ―――いえ、良いです答えなくて。聞きたくないです」
ワウアンリーは大きく首を横に振って言葉を撤回した。世の中知らない方が心穏やかに暮らせる事があるのだと、この一年以内の間に良く実感していたのだった。
アマギリも頷いた。
「そうだね、こういうのは自分たちのテリトリーで話す事柄だし」
「―――話すこと自体は避けられないんですね、やっぱ……」
アマギリが登場した瞬間から予想していた後ろ暗い展開からは、やはり逃げられないのかと項垂れるワウアンリーに、当のアマギリは当然と胸を張る。
「じゃなきゃ、何のために急いで駆けつけたのか解らないだろうに。あ、忘れないうちに経過の方を詳細なレポートに纏めといてね」
「その前にせめて、建前くらいはお前を助けに来たんだってくらいは言って欲しいんですけど」
「安心してくれ、他の連中にはそう言うつもりだから」
「あたしにもたまにはそういう風に優しく言ってくださいよ!! 幾らビジネスの関係でも愛が足りなすぎでしょう!!」
キサマに使う建前など無いと嘯くアマギリに、ワウアンリーが涙目で吼える。
尤も、アマギリに優しい態度を取られたら取られたで、その裏を疑ってしまい落ち着けないだろうというのはワウアンリーも承知していたが。
「……なぁ、そろそろ話しかけても良いか?」
何時の間にやら二人の近くまで来ていたアウラが、微妙に居住まいが悪そうな顔で口を挟んできた。
余りにも明け透け過ぎる主従の会話に、流石についていけなかったらしい。
「ああ、お構いなく」
「うわぁぁあ、スイマセン、お見苦しい所をお見せして。……あ、そうだ! トリアムは?」
何故か息子の無作法を見られた母親のような態度で問いかけるワウアンリーにアウラは苦笑しながら頷いた。
「メザイア先生が既に持っていった。これで、効いてくれれば良いが……」
「ロデトレシアでしたっけ? 余り聞き覚えが無い病気ですが」
心配そうに表情を曇らせたアウラに、アマギリが目を細めて尋ねる。その目に、ワウアンリーが頬を引き攣らせた。アウラは一瞬眉を吊り上げたが、そのまま一つ頷いて続けた。
「罹患したのはどうやら襲撃者どもに使われていたらしい高地人だ。高地に住む人々は、エナに耐性が低いからな」
「高地人?」
アマギリは説明をしろとばかりにワウアンリーに視線を移す。
「ええっと、ハイ。昨夜白い聖機人が襲ってきた日にスワンで保護した少年なんですけど」
「少年。と言うか白? 黒じゃなくて?」
「あ、黒い方も居ました。ついでに青いのも」
「今度は青か。……青、ねぇ。―――いや、まぁそれはどうでも良いか。つまりその少年は聖機人を囮にしてスワンに侵入したって事?」
次々と出てくる新しい情報に眦を寄せながら問うアマギリに、ワウアンリーも要領を得ない風に頷く。
「多分、そうだと思うんです、けど……。あたしが青い聖機人と戦ってる最中に忍び込んだとか言う話で、良く解らないんですよね。途中で黒い機体も乱入してきましたし、死ぬかと思いました」
「君が死んだらシトレイユとハヴォニワで外交問題に発展する事になるから死なないでくれて良かったよ。イヤ、本当に。最悪シトレイユに戦争しかける可能性もあったから」
「……もうちょっとマシな心配の仕方をしてください、お願いですから」
「優しさが欲しいなら、少しは公的な立場ってモノを弁える事だね。……まぁ、ともかく。黒い方は僕もさっき見かけたけど、青いのと白いのはどうしたの? どっちかくらいは仕留めてないの?」
肩の部分にハヴォニワの国章が刻まれた聖機人の残骸を眺めながら尋ねるアマギリに、ワウアンリーはあさっての方向を眺めながら答えた。
「えーっと、その。黒い方は殿下もご覧になったというからには、ご存知の通りで。白い方はキャイアさんがやっつけたって聞きました。……青い方は、今日も元気に手下を引き連れて。先ほどまで暴れてました」
「あ、青いのはどうでも良い」
「良いのか? お前のその口ぶりから言って、青い機体―――私も一瞥したが、アレの聖機師の正体にはお前は気付いているんじゃないのか?」
まるで興味が無さ気に言い切ったアマギリに、アウラが目を丸くして尋ねた。
森の中腹の泉での戦闘中の口ぶりからも、アマギリがある程度の事情を解釈済みだったことは疑うまでも無いから、恐らく首謀者と思しき男が操っていた聖機人に興味を示さないのは奇妙に思えたのだ。
「それに関しては、あとでもっと詳しい人に聞けば良いですから」
「詳しい?」
「それに関しては、また後日」
首を捻るアウラに、アマギリは薄く笑って話を切り上げた。視線が、遠くに見える宮殿部の方へと向いている。その入り口から女中らしき姿がこちらに向かってくるのが見えた。
余り大勢に聞かれたくない部分の話になる。
アウラはアマギリの態度に了解を示した。アマギリは目礼して続ける。
「話を整理すると、青と黒は逃亡。白は撃破。暗殺犯と思しき捕虜一名確保。……ついでにウチの保有する聖機人も大破、と。国章つけた聖機人大破させるとか、マジで戦争でもするつもりかキミは」
「あ、あたしは損傷した段階で、もう出す気は無かったんですけど、その、キャイアさんが……」
「―――へぇ。その話、あとで詳しく聞かせてね」
「うあああ、嬉しそうな顔!? あたし何かやばい事言いましたか!?」
「嬉しそう……?」
恐れおののくワウアンリーの言葉に、アウラが呟く。この冷めた無表情の男がどうして嬉しそうに見えるのか、疑問が尽きなかった。聞いても恐らく、微妙な気分にしか慣れないだろうから聞くことは無いが。
「まぁ、ワウのミスと言うかナイスアシストの話は後にして、だ。―――撃破したって言う話の白い聖機人の搭乗者は何処? もう死体は埋葬したとか?」
「―――えっと、逃亡したって聞きましたけど。確か、他の聖機人が確保していったとか」
アマギリの疑問に、ワウアンリーは聞き伝の言葉で応じた。アマギリの目が益々細まった。
「て事は、暗殺犯だけが逃げ遅れって事か。暗殺犯も一人だったの? それとも、一人を残して他にも着ていた連中は死んだか逃げたとか?」
「その辺は、あたしは聞いてません。ただラシャラ女王は、あの子を捕まえたってしか」
あの子、と恐らく捉えた高地人の少年とやらを思い出しながら語るワウアンリーに、アウラも頷いた。
「ああ、そして逃亡したあの少年が辿りついた賊の根城らしき船を私が発見した。―――と思ったら、今度はその船から少年は逃げ出したのだがな。どうも何か、賊達の間で対立が起こっていたようだが」
「多分、高地から攫ってきた子を無理やり働かせてたんでしょうね」
アウラの言葉にワウアンリーは苦い顔で同意した。少年に対して同情している少女二人を別に、アマギリだけが、何かを考えながら表情を冷たくしていく。
「三人で攻めて来て、三人とも逃げたと思ったら、一人後から見つかった、ねぇ。―――あのさ、その高地人を見つけたのって誰?」
冷たい視線を向けられたワウアンリーは、一瞬方を震わせた後で答えた。
「多分、キャイアさんかと。あたし、青いのを追い払った後でキャイアさんに合流して白いのを追い詰めてる途中に、白いの亜法結界炉の暴走で亜法酔いしちゃってリタイアだったんで……。あ、そうだ! 白い聖機人なんですけど、結界炉のリミッターを解除したのに動けたんですよ!! 普通、そんな事したらあたしみたいに一瞬で気絶なのに!」
常識では考えられないと言葉尻を熱くするワウアンリーに構わず、アマギリは会話の流れを整理した。
敵の聖機人がスワンに攻めてきた。
スワンが襲われたなら、迎撃に出るのは当然城主であるラシャラの護衛であるキャイアだろう。
キャイアが苦戦して、恐らくワウアンリーが援軍に出た。
そしてワウアンリーが青と黒の聖機人を撃退し、その後、白い聖機人を二人がかりで追い詰めた。
そう考えると、白い聖機人と言うのは腕利きだったのだろうか。それは今はどうでも良いか。
とにかく、二人がかりで追い詰められた白い聖機人は結界炉のリミッターを解除。
発生した凄まじい亜法振動波によってワウアンリーがダウン。
その後、―――どうにか話が流れて、白い聖機人の搭乗者が他の聖機人に確保されて逃亡。
聖機人を囮としてラシャラの暗殺を企んだ高地人を確保。
「流れ的には考えられない話じゃない、か。―――いや、待った。青と黒の聖機人は、白いのを倒す前に引き上げたんだろ?」
「え? あ、ハイ。そうです。黒いのが青いのを盾にしながら引っ張っていきました」
突然沈黙を破って問いかけてきたアマギリに、ワウアンリーは慌てて頷いた。その答えに、アマギリは眉間に皺を寄せた。
「じゃあ、白い聖機人の搭乗者を救助したのは誰になるんだ。黒と青はもう逃げたんだろ?」
「それ、は―――そう言えば、そうですよね」
「高地人の少年を乗せてきたバイクか何かに乗って逃亡したのではないのか?」
アウラの述べた答えに、しかしアマギリは首を横に振った。
「それは無い。そうだったら、”他の聖機人が救助した”なんて話を、ワウが聞くわけは無いじゃないか。―――ワウ、その話をキミにしたのは誰だ」
「へ? えっと、ラシャラ女王……って、言いましたよね」
詰問に近い口調で問うアマギリに、ワウアンリーは緊張気味に答えた。
「そう、従妹殿だ。―――キャイアさんは何も言ってなかった?」
「ハイ」
「―――本当に、何も?」
「えっと……はい」
「アマギリ、一体何をそんなに問い詰めているんだ?」
同じ質問を繰り返すアマギリに、アウラが解らないという風に問いかける。アマギリは冷めた目で応じた。
「単純な話ですけど、従妹殿は嘘をついている可能性が高い。状況から判断すれば、その白い聖機人の聖機師は―――」
「ラシャラ様が何か嘘をついているだなどと、聞き捨てならない事を仰っていますね、アマギリ王子殿下」
アマギリの確信的な響きを持った言葉に応じたのは、いつの間にか彼等の傍まで来ていた矍鑠とした姿勢の老女中だった。
「マーヤさん」
真っ先に反応したワウアンリーにアマギリは説明の視線を投げかけた。その質問に答えたのは、他ならぬその女中だった。
「お初にお目にかかりますアマギリ殿下。わたくし、ラシャラ・アース陛下の奥女中を勤めております、マーヤと申します」
完璧な宮中儀礼でもって礼をしてくる老婆に、アマギリも堂々とした態度で頷いた。
「ああ、従妹殿が言っていたばあや殿だね。宜しく、マーヤ殿。一応名乗っておこう。私がハヴォニワの王子アマギリだ。このワウアンリーの主でもある」
口調を改めて言うアマギリに、ワウアンリーはびくりと肩を震わせる。マーヤはなるほどと頷くだけだ。
「はい、存じております。ところで殿下、真にぶしつけで申し訳ないのですが」
「女王の寝所に夜半に踏み込むのは男としてどうかって話?」
慇懃な態度で口を開いたマーヤの言葉を、アマギリは封殺した。マーヤは一瞬目を見開いた後、ゆったりとした所作で頷いた。
「はい。主君との面会をご希望でしたら、日をお改めになられるのが宜しいかと。仮初なれど女王の寝所に王子殿下が踏み入ったとなれば、いらぬ騒ぎを引き起こす恐れもあります」
「是非とも今すぐ聞きたい話があるんだけどな。駄目かい?」
「殿方を寝所に上げるなど、とてもとても。規則で御座いますれば、どうぞご理解いただきたく御座います」
言葉尻は丁寧だが、ようするに速やかに出て行けと言っているのと同じだった。
探られたくないものがあると言う事を隠そうともしない堂々とした態度である。アマギリはいっそ感心していた。
―――尤も、だからと言って譲ってやるつもりも無いのだが。
「なるほど、規則なら仕方が無いな」
「―――はい」
アマギリの甘い響きを含んだ声音に何かを感じ取ったのだろう、マーヤは一瞬眉を顰めた後で、それでもそうする他無いが故に、頷いた。
アマギリはそれを受けてニコリと笑った。
「ならば私も規則どおりに行動させてもらおう。我が国の聖機人を無断盗用した挙句破損させたキャイア・フラン。早急にこちらにお引渡し願いたい。―――速やかにハヴォニワ本国に移送して尋問する必要がある」
「―――なんと」
「……さっき楽しそうだったの、それが理由ですかぁ」
瞠目するマーヤの傍で、ワウアンリーが冷や汗を流した。
確かに書類上、ハヴォニワの国章が刻まれている事からも解るとおり、ワウアンリーの聖機人はハヴォニワに所有権が存在している。しかも一般機と違い王族の護衛機として特別な調整を施された上で、である。
他国の聖機師が勝手に利用していいものではないのだ。
規則には、規則。
杓子定規の態度で押し切ろうとするならば、こちらも同様の態度を取らせてもらうと告げるアマギリに、マーヤは一つ頷いて口を開いた。
「ですがアマギリ殿下。戦地に於ける特殊規定に基づく緊急時の他国の聖機人の利用に関しては、現場の聖機師の判断が何よりも優先されるとされておりますが」
アマギリはマーヤの言葉に感心したように目を見開いた。なるほど、相手が規則を切ってきたのならば更なる規則で押し通す。随分と有能な人だとアマギリは感心することしきりである。尤も、それでも事を納める事はしないのがアマギリであったが。
「このスワンを戦地と規定するなら、”援護に来た友軍”の私が居ても何も問題は無いだろう。国際法に記された戦地に於ける王族に対する略式儀礼にも、ベッドを仕切る天幕の外側までは、理由があれば踏み入る事も可能であると記されていた筈だ。ついでに言うと―――キャイア・フランは形式上、現在は単なる聖機師見習いに過ぎない。彼女に聖機師に関する優遇規定を当てはめる理由は私には無いな」
事実である。
キャイアは未だ聖機師見習いに過ぎず、明後日聖地で行われる式典を持って初めて聖機師として登録されるのだ。因みに、ワウアンリーも同時に聖機師として正式に登録されるのだった。
朗々と語るアマギリに、マーヤは眉間に皺を寄せた。
うわさに聞いていた以上に頭の回る目の前の王子に、対応を苦慮しているようだ。
だが、マーヤはラシャラを守る侍従長たる自身の立場として一歩も引く気は無かった。
この王子は確実にあの少年に興味を示すだろう。
興味を示せば、確実に確保しようとする筈だ。マーヤが主と仰ぐラシャラと同様の聡明さを持っているのだから。
だからこそ、ここであの少年とこの王子を会わせる訳には行かない。
あの少年はきっと、ラシャラにこそ必要な人間になると、マーヤは何処かでそう確信していたから。
「ですが、殿下―――」
マーヤは若い知性を押し切るように、深呼吸するように息を吸い、力を込めた言葉を結ぼうとする。
「もうよい、マーヤ。その者と上っ面だけのやり取りをしても、本当に時間の無駄にしかならぬ」
「おや、お早いご登場で」
老女中の背後から響いた快活な少女の言葉に、アマギリはニヤリと笑った。
「ラシャラ様」
「うむ、ご苦労だったのマーヤ。この者がこの場に居る事だったら気にするでない。どうせそのあたりの事情も理解して、既に手を回しておる―――じゃろ?」
信頼する侍従長をねぎらいながら、メザイアとキャイアを伴って現れたラシャラはアマギリに問う。
「ご理解いただけて幸いです、ラシャラ・アース陛下」
宮廷儀礼として目上の存在に対する礼をとるアマギリに、ラシャラが嫌そうな顔で眉根を寄せて応じた。
「よさぬか、気持ち悪い。それにしてもお主、何処に居ても本当にかわらんの」
「そりゃ、キミにも言えた事だと思うけどね。派手にドンパチやった後にしては、随分落ち着いている」
皮肉気な言葉を返すアマギリに、ラシャラはニヤリと笑う。
「妾の死に場所は妾自身で決めると決めておれば、この程度の災難如きで動じたりはせぬ」
「良いお覚悟だことで。―――ま、何はともあれ、まずは久しぶりだね、従妹殿」
肩を竦めて微笑を浮かべて応じるアマギリに、ラシャラは満足げに頷いた。
「ウム壮健で何よりだ、従兄殿。―――此度の再会は、共に笑顔で会えて幸いだった。とりあえず皆、中に入るが良い。歓迎するぞ、従兄殿。面倒な話は、その後で良いじゃろ」
「ラシャラ女王。あの少年は?」
「落ち着いたみたいね。今は眠っているわ」
「ウム。お主が見つけたトリアムのお陰じゃな」
ラシャラの言葉を皮切りに、各々、疲れた風に労をねぎらいあいながら歩み始める。
語り合い、宮殿へ向けて先を進む少女達の後を続きながら、アマギリは空を見上げた。
空には月。しかしそれも、今や地平に消えつつある。
―――夜明けは、近い。
※ ワウが出ると会話を積極的に脱線させたい気分になります。軌道修正が大変なんですが。
次回漸く真打登場……の筈。うん、多分。