・Sceane 4-1・
王城の中庭を一望可能なバルコニーの昼下がりは、二人の少年少女によって倦怠感あふれる空気がかもし出されていた。
「……率直に言って、あきれたという他ありません」
額を押さえて呻いているのはこの国の―――ホンの数時間前まで―――唯一の王女”だった”、マリア・ナナダン。
「僕はどちらかと言うと、あきれたと言うよりは、諦めたって感じですかね……」
テーブルを挟んでマリアと向かい合って微苦笑を浮かべているのは、流されるままにこのハヴォニワ国の王族に祭り上げられてしまった、アマギリ・ナナダン。最早アム・キリではなく、アマギリという取ってつけたようなネーミングこそが彼の正式名称だった。
「そうやって簡単に諦められることに、呆れているんです」
「そうは言っても、僕も女王陛下に逆らえるほどアウトローを気取っているわけではありませんし」
困った風に空になったティーカップを弄びながら、アマギリは言った。
彼の背後に控えていた若い侍従が、そっとティーポットを持って二人のテーブルに近づいてくる。
アマギリは手馴れた仕草でカップを差し出し、お変わりを注ぐ侍従に、ありがとう、とさり気なく礼を述べた。
一礼して控える侍従に軽く頷いてみせるアマギリの態度は、彼自身が語る”学の無い底辺者”という人物像とは程遠いふうにマリアには見えた。
いっそ、母フローラが語っていた先王の落とし胤という三流脚本を信じた方がしっくりくるくらいだった。
胡乱気な瞳で自身を見るマリアに、アマギリは首をかしげた。
「何か?」
「……別に。あんな年増にあっさりと迎合してしまうなんて、貴方、多弁なわりに殿方にしては覇気が足りませんね、と思っただけです」
「ああ、何か昔誰かにも話が回りくどいって言われた気がします。―――まぁそれはさておき、僕は本当に、明日食べるものくらいしか悩むものがないくらいのその日暮でしたからね。断る理由がありませんでしたし」
鼻を鳴らして口を尖らせるマリアに、アマギリはそれこそ気難しい妹を宥めるがごとく肩をすくめて言葉を紡ぐ。その能天気に過ぎるアマギリの態度に、マリアは深々とため息を吐いた。
「断る理由なんて、それこそ幾つでも見つかるでしょうに。貴方、本当に理解してらっしゃるのですか? 仮初とは言え王族の一員になると言う事を」
口調そのものは呆れ混じりのものだったが、その内容は真実、今さっき出会ったばかりの自身の事を心配してくれているのだと、アマギリは受け取った。
だから彼は、少ない状況判断の材料から推察を交えて、自身の率直な私見を述べた。
「―――短期的に見れば、たいして心配する事もないと思うんですよ。こうして王女殿下とお茶を楽しむ余裕くらいはあると思いますし」
「はい?」
思いのほか内容のありそうなアマギリの返しに、マリアは戸惑ってしまった。
普通こういう場面では、無知無理解な少年に対して、懇切丁寧に自分が説明する状況ではないのか。
そんなマリアの胸のうちを知ってか知らずか、アマギリは全く反省した風もなく、やはり持って回った言葉を謳い上げる。
「僕がほら、聖機人をジャックする事になった戦闘―――というか、戦争ですよねアレ。……聞いた話ですけどあれ、中央集権に反対する封権貴族の最大勢力による乾坤一擲の大反乱だったらしいじゃないですか。まぁ、経過を聞いてみると尻に火をかけられて炙り出されたって感じですが。それを完全な形で殲滅する事に成功したんですから、数ヶ月単位の短期的な目で見れば、勝利者である女王陛下に対して迂闊な行動を取るような人は居ないと思うんですよね。すぐに動けるような余力があるのだったら、それこそあの戦闘―――反乱? に戦力を投入してるでしょうし」
指折り事情を数えながら、何て事のない風に言葉を並べるアマギリの態度に、マリアはやはり眉根を寄せる。
ナニモノだ、こいつ。本当に。
「ただまぁ、部屋の掃除が終わったからと言って、床下に潜んだ害虫まで一気に駆除できたかというとそんな訳もないでしょうし、今の戦後処理の厳しい調査の目をかいくぐりながら、そういう連中は逆転の一手を探すでしょう。そうすると、当然目に見える形で置かれた……あ―――」
そこまで持論を述べた後、アマギリは困った風に口元を押さえた。気まずそうに眉を寄せてマリアを見ている。
「……なんですか」
あまり心根を理解できないような付き合いの短い年上の少年のぶしつけな視線に、さすがにマリアも戸惑いを隠せない。
少し椅子の上で身を引いてみせる少女に、アマギリは推測交じりですがと微苦笑を浮かべながら言葉を続けた、
「仮に―――ですね。このまま僕が王族の一員であると対外的に示された場合、です。現政権……つまり、女王陛下に反抗する勢力が復権を狙うためにどう動くかと言う事なんですが。こう、素性も後ろ盾も解らぬ様な何処の馬の骨とも知れない、それでも一応王子としての格を示されているような右も左もわからぬような学の無い底辺者が居たとしたら、です。とりえる手段って結構限られていると思うんですよね。何せ、今回の反乱で結構後が無いくらい追い詰められているんでしょうし」
「それはどういう―――」
事でしょうかと言葉を続けようとして、マリアは大筋の事情を察する事が出来た。齢十歳に満たぬとは言え、次期女王としうけていた英才教育と、それを自力に変換できる程度の親譲りの聡明さの成せる業だった。
「今の女王を廃しても、次期女王である私は現女王の政策を引き継ぎ利権にまみれた既得権益者の排除し中央集権体制の確立を推し進めるでしょう。私を擁立するであろう国家重鎮たちもそれを是とするはずです。ですけどそこに、足元の定まらぬ新しい王子が現れたとすれば―――」
「……女王陛下って、僕に継承権を与えるつもりはあるんですかね?」
「仮にアマギリさんに王位継承権が与えられたとしても、私より低い順位だと思いますよ。ハヴォニワは女系女子が優先ですから。ラシャラ・アースよりも低いかもしれません」
昼下がりのティータイムとは思えない年下の聡い少女との物騒な会話を楽しみつつも、アマギリは耳慣れぬ言葉に首をかしげた。
「ラシャラ・アース?」
「ああ、存じませんか。私の従姉妹で、現シュトレイユ王国王女です。母の妹……伯母上がシュトレイユ現国王陛下の下に嫁いだんですよ」
シュトレイユってそもそも理解してますかとマリアが尋ねると、アマギリは微苦笑する事によって答えた。
「因みにその、シュトレイユという国には、他に王子様はいらっしゃらないんですか?」
「現王陛下には息女一人しか居ません。伯母上は既に鬼籍に入られてますし、側室を入れたと言う話も聞いた事はありませんから」
「……って事は、そのラシャラ・アース王女は将来的にシュトレイユを継ぐ公算が高いと言う訳ですよね。その場合どうなるのかなぁ、同様の王を戴くシュトレイユ・ハヴォニワ二重王国を成立させるのか、手元に居る王子を優先させるのか……」
あごに手を当てたまま、最後は独り言のようになりながらアマギリは言葉を漏らす。
「因みに我が国では、先日の反乱の首謀者として、王位継承権を持つロドメル公爵家が纏めて排斥されましたから、継承権を持つものは今や私しか居ません」
マリアはこの、妙に知恵が回る正体不明の少年との会話が楽しくなってきて、彼の判断材料になるであろう情報を投げかけてみた。
「うわ、継承候補者をあっさり誅しちゃったんですか。じゃあその件は多分、僕が王籍に入る事情に利用されますね。それにしても、公爵位にあるものを容赦なく廃したとなれば、中央政権に対して反抗的な貴族勢力が残っていたとしても、そう迂闊には動けないでしょう。下手を打てば明日はわが身ですし。……そうすると、やっぱりその勢力と繋がって甘い汁を吸っていた商家や資産家たちのグループが胎動する事になるんでしょうが、―――女王陛下が舵取りをあやまると、やっぱり血濡れの玉座一直線って感じがするのは、僕の気のせいですかね?」
細かい部分はあえて省いて問いかけるアマギリに、マリアはやれやれと首を振るに留めた。
「そうなった暁には、私は玉座の後ろに化けて出て、呪詛の言葉を投げかけて差し上げますわ」
「じゃあ僕は、そういう恐怖を味わわないためにも、シュトレイユ・ハヴォニワ二重王国の成立に全力を尽くす事にします」
「……私が廃されるのは既に前提事項ですか、お兄様?」
半眼で睨み付けてくる王女に、アマギリはあさっての方向を眺める事で答えた。
兄と妹の初めてのコミュニケーションは、そんな風にして終了した。
※ ようやく日常パート的な展開に移ります。
今回のオリ主はとにかく無駄に喋るという設定。……と言うか、書いてたらそうなってた。
原作設定も膨大ですしね、この元ネタ。