・Extra 1・
女三人、寄れば姦しい。
そこに更にもう一人加えてしまえば、もう収拾がつかない賑やかさだ。
聖地学院は次代の聖機師を養成するために各国からその候補生達が集う。
その大勢は、当然のことながら歳若い女性たちである。
淑女として教育され、普段は(一応、彼が現れる前のこの時分は、まだ)それに相応しい淑やかさを見せている少女達も、いざ男の目が無くなればその姦しさに際限など在りはしない。
学院内にある、男性は絶対に立ち入る事が不可能な、女子更衣室の一つ。
四人の少女達が着替えもそこそこに、薄い下着姿のままで賑やかに会話の花を咲かせていた。
幕間。
即ちこれは、アマギリ・ナナダンにとっては平穏で無事に過ぎる一年の中にあって繰り広げられた、彼は全く感知する事の無い、聖地学院の有触れた日々の一幕。
―――ある冬の日の出来事である。
「ねぇねぇ、今年は皆、誰にチョコ上げるの?」
「ん~~~、やっぱりダグマイア様とか?」
「それだと去年と同じじゃない。鉄板って言う意味ではアリだけど」
「じゃあ、メザイア先生とか!」
「うっわチャレンジャー。思い付きなら止めといたほうが良いよ。親衛隊が怖いから」
「お姉さま人気過ぎだよねぇ。王子様より難易度高いとか在り得無いっしょ」
「やーでも、マジなところ。その辺の男性聖機師サマよりもよっぽど良い夢見させてくれるらしいし」
「アナタ今度挑戦して見なさいよ。私をタ・ベ・テ♪ とかぁ!」
「きゃぁ~~~っ! もう、ダイタン過ぎるっしょそれ!」
「ていうか、多分親衛隊の子たちやるわよ、ソレ。―――でもそうすると、難しいなぁ。ユライト先生とか?」
「あの人リアクションが少なくて……」
「ホントにフツーに受け取られちゃいそうだもんねぇ。アルカイックスマイルで」
「だいたい、オトコのセンセにはクラス皆で合同で作るってハナシだったから、抜け駆けとか拙いんじゃない? ……本気で思われるって意味でも」
「う~~~、そっかぁ。あ、でも本命ですとか渡した時にどういう反応するかは見てみたいかも」
「そこはもうアレっしょぉ! 何時もの調子で、”ありがとう。宜しければお茶でも如何ですか”とかぁ!」
「それでそれでぇ!?」
「―――勿論、それだけ。お茶が無くなったらやんわり帰されるわよ。因みにお茶請けは渡したチョコ」
「ですよねー」
「そのまま連れ込めよ意気地なし―――!」
「駄目だわユライト! 夢が無さ過ぎる! こうなったらガードが固そうな人たちで勝負よ!」
「……つまり?」
「生徒会長とか」
「あ、生徒会には上級生が合同でデカいの贈るって噂聞いた。抜け駆けすると怖いよ」
「うあー。生徒会はやっぱオネエ様たちで脇固められちゃってるかぁ」
「そりゃぉうだよぉ。去年ダグマイア様に渡せた時だって、同学年だってのを口実にして何とか追及かわしたんだから」
「やー、怖かったね去年。まさか呼び出し食らうとは思わなかったもん」
「だから今年は、やるなら秘密裏にやらないとねー」
「っていうか今年もやるんだ、やっぱ……」
「いや、王子様にはとりあえず渡すってのは基本っしょ」
「だよねー。当たれば御の字みたいなもんだしー」
「玉の輿~たぁまぁのぉこぉしぃ~♪」
「おぉぉ~~~、ありがたや、ありがたやぁ~~~」
「……エメラさんに聞かれたら刺されるよきっと」
「うげぇ。―――そういえば、キャイアさんて去年結局どうしたの?」
「ああ、柱の影の主」
「あれ凄かったね。休み時間中見張ってたもん」
「今年もきっと同じだよねーアレ。とっとと告っちゃえば良いのに」
「でも何か、告白しても失敗しそうじゃない? あの人、幸薄そうだし」
「と言うか、ダグ様があの人受け入れる未来が思い浮かばない……」
「ダグ様もっと、清純派の子が好きそうだもんねぇ。守ってあげたくなるような」
「―――じゃあ、あたし等駄目じゃん」
「……それをいっちゃぁ」
「そうだよぉ。バレンタインくらい夢を見なきゃ!!」
「だよね、だよね! じゃあもっと大穴を攻めてみよう! え~っとぉ、アウラ王女とか!」
「おおっ大穴きたー!」
「受け取っては、くれるだろうけど……」
「目に浮かぶわ、苦笑いが」
「逆にあたしは、あの人が誰かにチョコを上げるシーンが見たいわ」
「うわぁ、きっと超カワイイわよそれ!」
「頬とか染めて、俯いちゃったりしてぇ」
「きゃぁ~、もう何よその萌えキャラ!!」
「うっわ、鼻血でそう」
「駄目よ想像しちゃ! ダメージが大きすぎるわ!!」
「あ、因みに実際にアウラ様に渡そうとした人の話って聞いた事ある?」
「何ソレ」
「うん、噂話なんだけど。あの森の中のお屋敷にまで直接渡しに行った子がいたんだって」
「うわぁ、頑張るわねぇ。それで、成功したの?」
「ひょっとして迷子になったとか?」
「ん~ん。無事に屋敷にたどり着いたんだけど」
「けど?」
「……門番の人に間違われて食べられちゃったって」
「自重しろよ筋肉ダルマ!!」
「あの人たちも普段居心地悪そうな顔してるもんねぇ」
「だからって乙女の純真踏みにじる事はないっしょぉ」
「一応フォローすると、あの人たちの仕事って贈り物の検閲とかも含んでるからねー」
「毒仕込むとか? そんなのあるわけ無いじゃない。言い訳だって。絶対自分が食べたかっただけだって」
「うわぉう、婚期過ぎた中年の僻みだね!」
「……中年?」
「っていうか、あの人たちも聖機師だし、引く手数多だよねきっと」
「う~~~む、こうして考えると、誰に渡しても帯に短し襷に長しと言うか」
「もう、同学年の誰かで良いんじゃない?」
「ああ。私等の学年、レベル高い人揃ってるもんねー」
「うむうむ。あたしゃ毎日美少年が拝めて眼福じゃよ」
「幾つよアンタ」
「でも、あんまりフツーに美形揃いすぎて、ちょっと食傷気味かなぁ」
「確かに。毎日フルコースばかりってのも飽きてくるよね。たまには粗食が食べたいと言うか……」
「どっかに居ないものかなぁ。田舎から出てきたばかりで、ちょっと垢抜けない容姿をした世間知らずの王子様とか」
「居るじゃない」
「何処に?」
「アマギリ殿下」
「ああ―――ああ、うん」
「うん。田舎上がりといえば、確かにそうだけど……そうだけど」
「ホンモノの王子様だし」
「ついでに聖機師でもあるし」
「顔も、ちょっとイモっぽいよね」
「でも……」
「……ねぇ?」
「何か、あの人にチョコとか渡したら、すっごい冷笑とか帰ってきそうじゃない?」
「解るわぁ。あの人居ると居ないのとじゃ教室の空気が違うし」
「一人で違う世界に居るみたいだよね、あの人」
「そうかなぁ、アマギリ殿下、良い人だと思うけど。授業とかでも、駄目な所キチっと指摘してくれるし。―――わたし、そのお陰で華道の成績上がったもん」
「あー、それあたしも。っていうか、目の前で直された。むっちゃ手つきが慣れてたわ、あの人」
「でもあの人、駄目な所しか言わないじゃない」
「人物評価が全部減算法っぽいもんねぇ。たまにはプラス点くれよぉ!」
「確かにねぇ。私も良いところを言われた事って一度も無いや」
「でもそれ、仕方ないって。いっつも傍に居るのが完璧超人のユキネ先輩だもん。あんな美人を年がら年中連れ歩いてたら、そりゃあ人を見る目も厳しくなるって」
「えー。でもあの人の正式な従者ってワウアンリー・シュメなんでしょ?」
「うっそ、あの落第魔神!?」
「あ、ソレ私も聞いた事ある。お陰で浪人確定の上級生がめっちゃ騒いでるとか」
「そりゃ、アマギリ殿下って普通に考えればハヴォニワの王子で超有望株だもんね」
「目を掛けられればマジモンの玉の輿だし」
「そういえば、ちょっと前に四年生の人がアマギリ殿下に誘惑仕掛けたって話はどうなったの?」
「ああ、あの年下キラーのエロ子先輩」
「エルスコア先輩ね。あのえっろい胸はワタシから見ても脅威だもん。それでどうなったの?」
「何か屋敷までは踏み込めたけど、一晩空けて帰って来たときには、真っ白に燃え尽きてたって」
「ソレって……」
「まさか……」
「殿下……絶倫?」
「きゃぁ―――♪ ちょ、ちょっと、誰かチャレンジしてみなさいよ!」
「うわーうわーうわーぁ。きっと、きっと目くるめく愛と淫欲の一夜があったんだよ!」
「そりゃそうよ! だっていっつもユキネ先輩で鍛えてるんだから! エロ子一人増えた所で止められないわ!!」
「うわぁぉ! 若く滾る情熱ねっ!」
「ってことは、ユキネ先輩もクールな顔して実は―――?」
「夜には別の顔が……」
「氷の乙女は毎夜、熱に浮かされ……」
「きゃ~~~~♪」
「……っクシュン!」
「どうしたのユキネ、風邪?」
「ああー。今日も冷えますもんね。気をつけたほうが良いですよ」
学院敷地内にあるハヴォニワ屋敷。暖炉のあるリビングで、アマギリは新旧従者と共に談笑していた。
くしゃみをしてしまい口元を押さえていたユキネは、はしたない所を見せたと恥ずかしそうに行った。
「誰かに、ウワサされたのかも」
「ああ、時期が時期ですものねー」
「時期?」
楽しそうにユキネの話に乗ったワウアンリーの言葉に、アマギリは首を捻った。
「二月に何か在ったっけ?」
「殿下、気付いて無いんですか? もうすぐバレンタインですよ?」
「バレ……ああ、あの異世界人が持ち込んだイベント。何でチョコに限定されてるの、アレ」
ワウアンリーの言葉に納得してみせるアマギリ。イベントそのものに関してはまるで興味が無いから、返事は適当そのものだった。
ワウアンリーも問われた所で異世界人経由で広まったイベントの詳細を理解している訳でもなく、適当な苦笑いを浮かべながらの返事となった。
「多分、恋人同士で甘いひと時って気分が出るからとかですか?」
「どっちかと言うと、告白の契機付けみたいなイベントになってない、聞くところによると」
「まぁ、聖夜祭とかと同じで、モノが片手に在ると会話をつなげやすいですから……」
「何とも拝金主義な恋になりそうだね、それは」
貧乏性のところがあるアマギリにとっては、年末に行われた聖夜祭も、どうせその一週間後に行われる新年祭で騒ぐんだから、一緒にしてしまえば良い、程度の興味しかなかった。無論、イベント好きの身内の前では、そんな気持ちを漏らす事はありえなかったが。
「殿下、こういうイベントごとってほんとに興味なさそうですね」
「や、記憶に無いほど昔から、この手のイベントに深入りすると碌なことが無いって記憶があってね」
「記憶があるのか無いのか、どっちなの……?」
ユキネの突込みを、アマギリは無言で避けた。ソレが解れば本人にも苦労は無いのである。
「でも殿下、今年は殿下も無関係じゃいられ無いんじゃないですか? ホラ、この間のこの屋敷に押しかけてきた四年生の人とか。チョコくれるかもしれませんよ」
「ああ、あのエロ子さん」
「エルスコア・デュマ」
「そう、そんな名前だっけ。明らかにユキネが居ない時を見計らってって感じが笑えたけど、あの人、結局何処の間者だったの? オルゴンかクラウシア連邦辺り?」
「ケルケリア公国」
からかわれているのが解っているだろうに、アマギリの態度は冷淡そのものだった。ユキネの言葉も淡々としている。
「患者?」
話題を振ったワウアンリーだけが、意外な言葉に驚いてしまった。
「か・ん・じゃ。スパイの方ね。―――と言っても、情事の後の寝物語で遠まわしに機密を聞き出すとか、そういうタイプのだけど。結構引っかかった人居る見たいだねぇ、この学院内でも。まぁ、エロそうな人だったし」
「此処で関係を作っておけば、後々にも役に立つから。割とそういう仕事の人は学年に一人は居るって聞いたことがある」
「……夢が、無いですね。毎度の事ですけど」
淡々と美人局の話を繰り広げる王族達の会話に、一般人代表のワウアンリーは微妙についていけなかった。
「ま、引っかかってあげるのも人生経験的な意味では悪くなかったんだけど、最近仕事が無くて鈍ってた屋敷に詰めてる人たちが気合入っちゃっててね。逆に尋問掛けて少なくない情報を引っこ抜いたってさ」
「ちょっと大人気なかったね、アレ」
「家令長が怒ってるの、あの時始めてみたよ、僕」
翌朝見たら真っ白に燃え尽きてたしと笑うアマギリに、ワウアンリーは最早言葉も無かった。
こんな上司に当たってしまった手前、この程度の事では一々驚いていては精神が持たない。それは葬式に参列した時から実感している事だ。
しかし、少なくとも卒業を迎えるまでこんな胃が痛くなる日々が続くのかと思うと―――。
そのうち、慣れる。
いやきっと、早く慣れないとやってられないと。
ワウアンリーはため息を吐きながら、そんな風に思った。
つまるところそれは、今後一年よく見かけることとなる、極めて平凡な一日の出来事だった。
・Extra 1:End・
※ 女子高トーク的なノリで。喋っている人たちが原作で出てる人たちかどうかも割と謎。
そして、閑話の1だけど2があるとも限らんと言うのが……。