・Sceane 25-3・
「じゃあ、ま。快く納得してもらった所で、他に聞きたいこと無いの? 無いなら今後は何を聞かれても何も答えないし、後は素直に絶対服従してもらうだけだけど」
「あります! 質問は尽きませんから!! あと、全然快くないです! 今のあたし、札束で頬を叩かれてるみたいなものですから!!」
「そりゃ失礼。じゃあ、次回の研究予算の振込みは……」
「お金大好きです! あたし、殿下に絶対服従ですからっ!!」
朗らかに話を終了させようとするアマギリを、ワウアンリーが必死で押し止める。
そこに余計な一言を混ぜてしまい、弄繰り回されるという、最早パターンが確立し始めていた。
一人、粛々と自身の役目を果たす給仕役の使用人は、この主従関係はきっとずっとこんな感じなんだろうなと、ワウアンリーの冥福を祈るのだった。
「……あとで、ユキネさんに言いつけてやる」
「我が従者ワウアンリー。きみの献身は忘れないよ」
「それ、流れ的にあたしを斬るの殿下ですよね!?」
涙混じりにぼやく言葉も、あっさりばっさり切り落とされる。契約が(強引に)成立してまだ数時間。既に完璧な主従関係が成立していた。
「はぁ……もう良いです」
そんなやり取りを続けて十数分、ワウアンリーがどうしようもなく疲れた態度で肩を落とした。
優雅に紅茶を口に運んでいるアマギリを恨めしくねめつける。憎しみで人が殺せたらと思わずには居られない余裕の仕草だった。
「ま、どうせこういうときでも無い限り呼びはしないから、素直に諦めると良いよ。半分はカタチ合わせみたいなものだから、深い忠誠とかも要求するつもりないし」
からかうのに飽きた、と言うことなのか突然テンションを普通に戻したアマギリの吐く言葉は、いっそ独善的で投げやりなものだった。
「それはそれで全く夢が無くて、腹が立つといえば立つんですけど……」
蔑ろにされているどころか、初めから無いものとして扱われているようで、ワウアンリーとしては些か腹が立つ。尤も、この男と夢は見れないだろうなぁと感じる部分の方が大きかったが。
「そもそも本当に、なんであたしなんですか? 消去法を使うにしても、あたしよりも成績良い人とか居ますけど」
”あの”アマギリ・ナナダンのお眼鏡に適ったというのは、正直ワウアンリーとしては冗談だと思いたい事ではあった。
技術屋としての自分はそれなりに自負している部分があるが、聖機師の腕としてはまだまだ見習いの域を出ていないのがワウアンリーの現実だった。
日頃学院でもトップクラスの聖機師であるユキネを傍にはべらしているアマギリが、何を好き好んで自分みたいな半端な腕の人間を護衛に饐えようと思うのか、素直に疑問を覚える所である。
しかも、確認してみれば積極的に護衛役を任されることも無いらしいから、全く持って、理解不能である。
いや、ある意味アマギリ・ナナダンらしい奇行とも言えるのだが。
「なんか、良からぬことを考えなかった?」
顔に出ていたらしい。アマギリがジト目で睨んでいた。
「臣はそのようなことは考えておりませんです、はいっ!!」
慌てて首を振って否定するワウアンリーに、アマギリは苦笑して応じた。
「まぁ、良いけど。―――で、ワウを選んだ理由だっけ? 聞くと気分悪くしそうな気もするけど、本当に聞く?」
「えー……っと。はい。何か、聞かないままだと落ち着かないので」
試すような視線を送るアマギリに、ワウアンリーは一瞬いいえと言いそうになるのを堪えて、頷いた。後で悶々とした気持ちを抱えるのも、精神衛生上宜しくないとの判断だった。
その言葉に、アマギリは御尤もとうなずいて口を開いた。
「ま、単純に言えば、きみが”出来る事を出来ない”って言わないからかな」
「……はぁ」
アマギリの言葉に、ワウアンリーは首を捻った。
出来ない事を出来ると言わない。
などの言葉なら理解は出来ない事も無いが、今ひとつ、よく解らない。普通、出来る事はやるものだろうと言うのがワウアンリーの常識だった。そんな当たり前のことを理由にされても、困る。他に幾らでもそういう人間は居るだろう。
それを察したのだろう、アマギリは肩を竦めて先を続けた。
「不可能ではないけれど、可能とも言い難い問題があったとして、たいていの人は―――特に、僕みたいな立場の人間にそれを依頼されれば、失敗を恐れて否と言うのさ。でも、たまに是と唱えるきみみたいな人が居る。そういう連中も大抵はやった後で失敗しましたで終わるんだけど―――きみの場合、やると言ったらちゃんとやるだろ? 属性付加クリスタルとか―――きみの今の研究の、進み具合から見ても、ね」
そういう部分が、僕と噛合うと思う。
アマギリはそんな風に言葉を締めた。ワウアンリーは眉根を寄せて言葉の意味を考えた。
「……褒められてますか、あたし」
「凄い高評価だね。―――と言っても、こんなの当たり前のことで、それを当たり前だって思えないヤツは僕は端から使う気になれないけど」
可能性があるならば、努力し、そして成功させる。確実な成果を残せる人間。当たり前のように、それが出来る人間。
ようするにそれが、アマギリにとっての人物審査の最低基準だった。ワウアンリーは、何とかそこに引っかかっていると言う事なのだろう。
厳しい上に、偉そうなことこの上ない物言いだが、実際本人も言うだけの地力があるのがたちの悪い所である。
そういう人に評価されているのだから、ワウアンリーとしても素直に喜んでも問題ないところなのだろうが―――だからこそ彼女は、聞きたいことが出来てしまった。
「その評価を満たす殿下の最善の選択肢って、一体誰なんですか?」
ワウアンリーをさして、消去法の結果だとアマギリは言った。他に欲しい人間がいたが、それが無理だから選んだと。
ならば、それが誰だかくらいは、それがどれだけ無茶なのか位は、実際聞いてみたくなるのが心情だろう。
アマギリもその質問は予想していたらしい。あっさりと口を開いた。
「エメラって解る?」
家名は覚えてないんだと、名前だけを告げるアマギリに、ワウアンリーは記憶を掘り起こした。
「え~~っと、確か……え?」
思い出して、予想以上の無茶っぷりにぎょっとしてしまう。
「それ、ダグマイア・メストの従者ですよね!?」
あのアマギリ・ナナダンがダグマイア・メストの従者を欲しがるとか、悪い冗談以外の何物でも無いだろう。
しかし、アマギリは一切の稚戯も込めずにそれを肯定した。
「うん、ダグマイア君の忠犬。良いよねぇ、あの子。あの忠節と小回りのよさ。多分、従者っていうカテゴリーの中では最高ランクなんじゃない? ―――惜しむらくはダグマイア君が足を引っ張ってる事なんだけど」
才あるものが主人に恵まれるって事でも無いみたいだねと笑うアマギリに、ワウアンリーは才のある主人に出会ってしまった自分は恵まれているんだろうかと真剣に質問しそうになってしまった。
その気配を察したのか、アマギリの目が笑っていない。ワウアンリーは話題を逸らした。
「あの子、学院の貴公子ダグマイア・メストの背後に常に控えているから、女子の間でも凄い有名ですからね。たまーに上級生から苛めにあってるとか聞きますけど、全然堪えてませんし。―――あの組み合わせを引き離すのって、無理なんじゃないですか」
「だろうねぇ。あの主人だからこそ身に付けた器用さって感じもするし。―――ああ、多分シトレイユで顔合わせることになるから、ガンの飛ばしあいでもすると良いよ」
「しませんからっ! ……と言うか、そうですよね、シトレイユ行くんだから、会いますよねきっと」
胃が痛いなぁと、ワウアンリーは伝え聞く後輩のクラスの様子を思い出して、顔をしかめる。物凄く、どうしようもなくギスギスした空気が流れていると言う噂の、そのクラスの情景を、自分はきっとアリーナ席で見る事になるのだ。
「……と言うか、あたしもその一味だと思われるよね、きっと」
従者は主の付属物。主の対立は従者の対立。当たり前の話過ぎて、涙が出そうな現実である。
「何か言った?」
「いえいえいえ、別に……あ、そうだ。最善がその人なら、次善は誰だったんですか?」
口から洩れた言葉に目を細められて、ワウアンリーは慌てて話を逸らした。恐らくは言いたい事を理解していたのだろう、アマギリは鼻で笑いながら応じた。
「うん、次点がアウラ王女でその次がリチア先輩」
「そっちの方が無茶ですからっ!!」
あんまりな答えに、思い切り叫んでしまった。しかし、アマギリは全く驚く理由が理解できないという態度で続ける。
「何でさ。二人とも能力的には申し分ないよ? 特にアウラ王女の一を言えば十を理解してくれる所とか、リチア先輩の大方針さえ示せば勝手に結果だけ持って来てくれる所とか、実に素晴らしい」
「能力以外に問題がありすぎるじゃないですか! っていうか王女様を従者に選ぼうとか、他所で言ったら戦争の原因に成りかねないですよねそれ!」
「や、割と本人に話した時は笑われただけだったよ」
「言ったの!?」
リチア先輩はこめかみを抑えてたけどと笑うアマギリに、ワウアンリーは戦慄が抑えられなかった。ようするにそれだけ親しいと言う事なのだろうが、一国の王女達に言う言葉ではないだろう。
「良くそんな神をも恐れない暴言を本人に……」
「一人、宗教家の孫だけにねぇ。ま、本当に能力だけで選んでみただけだし、無理に決まってるのは解ってるよ。うん、女王陛下に言ってみたら、案外実現したかもしれないけど」
「実現はしても、多分教会かシュリフォン辺りがハヴォニワに侵攻しますよねきっと」
深々とため息を吐くより無かった。
ようするに、このアマギリ・ナナダンの求めるに足る人材は、そのぐらいのレベルにならないと話題にも上がらないらしい。
「……つまり、消去法であたしになるんですね」
「ま、そう言う事だね。消去法って言うか、ぶっちゃけた話、他の希望が無茶すぎて、きみ以外に当てが無かったから、まぁ、断られなくて良かったよ」
ようするに、現実的な意味ではワウアンリーが第一希望だったと言う話である。
それを理解できても、喜べば良いのか泣けば良いのか、ワウアンリーとしては悩みどころだった。各国の優秀な人材と同レベルで語られるのは嬉しいに違いないのだが、如何せんそれが高じてアマギリの従者である。それは不幸としか言えないだろう。
今後は要らない苦労が増えるんだろうと、ワウアンリーは己を嘆こうと思ったところで、一人、名前が出てこなかった人間がいる事に気付いた。
「あの、ユキネさんは、どうなんですか?」
聖地学院においてアマギリ・ナナダンの従者と言えば、ユキネ・メアである。実際は妹姫であるマリアが来るまでの腰掛状態だったりするのだが、一般生徒はその辺りの事は知らない。
泰然とした態度を崩す事の無い主と、冷徹な美貌の従者と言う組み合わせは、正しく王族の権威を象徴しているようで聖地学院では密かに人気が高いのだが、本人たちはどう思っているのだろうか。
私生活でも二人が仲が良い事をワウアンリーは知っていたから、絶対に無理な人間の名前まで出しておきながら、直ぐ傍にいるユキネの名前が出てこないことは疑問だった。
そんな当然の疑問に、アマギリは興味が無さそうな顔で頷いて応た。
「あの人は、選考落ち」
「えっ……と、それは、つまり?」
あっさりと否定的な言葉を口にするアマギリに、ワウアンリーの言葉が詰まる。アマギリは微苦笑を浮かべて続けた。
「いや、能力は高いと思うし、仲は良いよ? ただ、あの人と僕だと、どうしても個性を打ち消しあう組み合わせになっちゃうからね。とてもじゃないけど自分から組もうとは思えない」
利のために無茶は必然と考えているアマギリと、無茶を避けるために利を捨てるのを厭わないユキネは、考え方のベクトルが違い過ぎて全く噛合わない。
アマギリは淡々とした口調で、そんな風に語った。
そこにユキネに対する後ろめたさが一切無いことが、きっと信頼の証なのだろう。
「仲が良いだけじゃ、ダメなんですねぇ」
「仕事をする時は、案外気が合わないヤツとの方が上手く行ったりもするしね。まぁ、馴れ合いも考え物って言うか、仕事とプライベートは別ってことだよ。―――あ、当然だけどコレ、ユキネにはオフレコでね」
「……はぁ」
お互いがお互いの事を正しく理解している、それは美しい主従の絆―――と、投げやりな気分でワウアンリーは考えていたが、一つ、聞き捨てなら無い言葉を認識してしまった。
「それ、つまりあたしを従者に置いたからには、精一杯無茶をするってことになりますよね?」
アマギリは微笑むだけで何も言わなかった。
その日の晩、ワウアンリーは一人、枕を濡らす事となるのだった。
・Sceane 25:End・
※ 仕事に関してはシビア……と言うよりは、単純に『お姉ちゃんに危険な事はさせられねぇ』とか
言うシスコン根性ではないかと思うんだ。
次回はリトルシスターの方が登場。