・Sceane 25-2・
「へぇ、結構似合うじゃない。髪を降ろしてると、童顔の割りに可愛いと言うか、そういう格好すると美人系だね」
オデット艦内下層部、居住区域内サロン。
アマギリは使用人たちに案内されて連れられてきた少女を見て、簡単の声を上げた。
紫がかった長髪が、聖機師の正装である真新しいマントに映える。一目見て、美少女と評して問題の無い少女が、そこに居た。
「これで眼鏡でもかけて黙ってれば、誰も正体が解らないだろうね。うん、女性は装いによって別の魅力が引き立つとか、昔の人はよく言ったもんだ」
アマギリの褒め言葉に、少女は戸惑う態度を隠しようも無い苦笑を浮かべて応じた。室内のあちらこちらに視線を移して、アマギリと給仕役の使用人以外の姿が無いのが、不安のようである。
少女は着の身着のままで、半ば強制的につれてこられたのだから、当然といえば当然の反応だった。
「はぁ……なんか、アマギリ殿下にそういう言葉をいただけるとは想像もしてませんでした」
「そうかい? 私は割合人物評価は真っ当にする人間だと自負しているが」
自身も聖地学院の黒の制服ではなく、ハヴォニワの王子に相応しい瀟洒な衣装を纏ったアマギリが、普段の気だるげな態度からは考えられない気取った仕草で肩を竦めた。
その余裕たっぷりの仕草は似合いすぎていて、いっそ馬鹿げた喜劇のような滑稽さがある。
何でそんなに楽しそうなのか理解に苦しむ。正直、係わり合いになりたくないタイプだなと、少女は改めて思うのだった。
「と言うか殿下。一人称”僕”じゃありませんでしたっけ?」
手招きで座るように促された少女が、げんなりとした顔でアマギリに問いかける。
「ん? ああ、普段はね。だけど今の私はホラ、ハヴォニワの代表だからね。国を代表した立場の人間が”僕”なんて子供みたいな口調でいたら、舐められるだろうし。聖地のガキどもですらそうなんだから、その親の考える事なんて、ね。……私は特に新参者になるから、些細な事でも不安要素は削いでおくに越した事は無いだろ?」
「はぁ」
少女は、この人が子供らしい態度をしているのを終ぞ見た事が無いよなと思いつつも、とりあえずといった風に頷く。
「なんだ、覇気が無いなぁ。我が従者ワウアンリー」
「あぅっ……」
さも楽しそうに応じるアマギリに、少女は―――始終つなぎ姿の常ではあり得ない格好をしたワウアンリー・シュメは、酷くダメージを受けたように項垂れた。
その日も何時ものように工房で研究をしていたワウアンリーは、唐突にアマギリの遣いに呼び出され、あれよという間にオデットに詰め込まれ、気付けば髪をセットされ高級そうな装束を纏わされ、アマギリの前に担ぎ出された。
道すがら聞いた話は、何でも、シトレイユ国皇の葬儀に参列するアマギリの、自分は専属の従機師に選ばれてしまったらしい。
よりにもよって、あの、アマギリ・ナナダンの従者にだ。衝撃を受けて当然だろう。
アマギリはテーブルに突っ伏す少女の様子を一笑いした後で、息を吐いて気分を入れ替えたように―――何時もの、何処か冷めた目つきに戻して口を開いた。
「ま、予行演習はこの辺で良いか。何か僕に聴きたいことがあるだろ? ユキネにも外してもらってるから、今のうちにどうぞ」
聞かれたからって素直に答えるとは限らないけどねと、皮肉気に笑うその姿こそが、正しく何時ものアマギリ・ナナダンだった。蛇のような冷徹な目。頼りになりそうだけど、近づきたくは無いと聖地学院で噂され、そして恐れられているハヴォニワの王子そのものである。
因みに個人的にアマギリの人となりを知っているワウアンリーも、それらの意見には全く完全に同意するところである。
出来るならば、是非とも近づきたくない。主にトラブルに巻き込まれてはたまらない的な意味で。
なんで、私はそんな人と正面から対峙する事になってるんでしょう?
ワウアンリーが我が身を哀れむのを、誰にも止める事など出来ないだろう。
「どうしたの? 特に無いなら向こうでのスケジュールのほうの話をするけど」
「わぁぁっ、ちょっと待った。いや、待ってください。あります。っていうか質問しかないですから!」
こちらの内心を完全に見透かしていながら、あえて知った事ではないという風に会話を進めようとするアマギリを、ワウアンリーは慌てて押し留める。
混乱する頭を必死で整理しながら、聞くべき事をひねり出す。
「えーと、え~~っと、え~~~~っと、そう! あのですね、殿下」
「うん」
ポン、と電球の点滅するエフェクトでも発生しそうなワウアンリーの顔に、アマギリは何でも聞くよと言う態度で頷く。
それじゃあ、とワウアンリーはゆっくりと口を開いた。
まず聞くべきことなど、一つしかない。
「何で、あたしが殿下の聖機師に選ばれたんでしょうか?」
王族の専属聖機師ともなれば、聖機師の道を志すものにとって見れば最大の栄誉に映る。それゆえにその地位に上れるのは限られた一握りの者達であり、ワウアンリーは自身がその位置に相応しいとは、思えなかった。
しかも、よりによってアマギリ・ナナダンに指名されるなんてのが、ぶっちゃけあり得ない。
彼自身の突飛な性格もさることながら、その背後に居るのはあのフローラ・ナナダンである。ワウアンリーの研究に理解を示し、資金援助を申し出るような数奇者なのだから、その嗜好も大分ぶっ飛んでいる。
正直、名誉と言うかこれ罰ゲームですよねと、はっきりと叫んでやりたいと言うのが、今のワウアンリーの心境だった。
アマギリはワウアンリーの顔をじっと眺めて、深々と頷いた。
「なるほど。あのフローラ・ナナダンのお気に入りのアマギリ・ナナダンなんかの従者なんて、選ばれるだけで不幸じゃないか、自分を巻き込むのは勘弁してくれ、か」
「言ってません! あたし思っては居ますけど言いませんでしたよ!! っていうかそれが解ってるんなら少しは自重してくださいよ!!」
「来期の研究予算の振込み日、期待すると良いよ?」
「勘弁してくださいよぉ!!」
ワウアンリーの悲鳴がサロンに響き渡るが、生憎と調子に乗ったアマギリを咎めてくれるユキネの存在は、この場には無かった。
「っていうか、質問に全然答えてもらってませんよね、あたし……」
「いやぁ、きみをからかうと面白いから」
ユキネはリアクション薄いからと笑うアマギリに、ワウアンリーの肩がガクリと落ちた。
この世全ての不幸が、今日この時に降りかかってきたかのような、絶望的な顔をしている。
半分涙目のワウアンリーに、流石にアマギリもやりすぎたかと思ったらしい。微苦笑混じりに頷いて、彼女の質問に対して答えを口にした。
「でだ、ワウ。きみを従者に指名した理由、だったね」
「―――はい」
唐突に隙の無い表情に切り替わったアマギリに、自然、ワウアンリーの背筋も伸びる。アマギリ・ナナダンは意味の無い行動は取らない人間だと、彼女は理解していたから、自身がそれに巻き込まれたとあっては、聞き逃す訳にはいかなかった。
待ち構えるワウアンリーに、アマギリはゆっくりと瞠目して、確かな答えを口にした。
「消去法」
「……え?」
単語一つで終わらせられて、ワウアンリーは思わずといった風に聞き返してしまった。アマギリはそれに頷き、もう一度言葉を繰り返した。
「だから、消去法」
「……しょうきょほう?」
「そう、消去法。最善も次善もその次もダメってなるとね。選択肢って限られてくるから」
棒読みで聞き返しても、答えは変わる筈が無い。アマギリの言葉は一貫して、”お前を聖機師に指名したのは消去法の結果だ”と告げていた。
消去法とは、つまり様々な選択肢がありえる場合に、明らかに不可能な答えや有り得ない選択肢を削除して行き、最終的に残った選択肢を答えとして選ぶ方法だ。
ある種、消極的なやり方とも捉える事が出来るだろう。
聖機師の花形、名誉ある職務である王族の護衛聖機師。
それに選ばれたと思ったら消去法で選んだだけと言われてしまう。
ワウアンリーにとって、不幸以外の何ものでもなかった。特に、その地位を全く望んでいない事が。
「……あたし、帰って良いですか?」
自分でも無理だろうなぁと思いつつも、切実な願いを口にするワウアンリーに、アマギリは笑って首を横に振った。
「ところがどっこい、もう結界工房にまで根回しが済んで、きみには何処にも逃げ場は無かったりするんだな。―――あ、誤解すると拙いから言って置くけど、コレ今回きりの単発の仕事じゃなくて、少なくとも僕が聖地学院を出るまで続く契約だから」
「…………マジ?」
「マジなんだ。うん、僕もまさかそこまでやってくれるとは思ってなかったけど、ウチの女王陛下が相当吹っ掛けたみたい」
目を丸くして聞き返すワウアンリーに、アマギリは重々しい態度で頷く。
「龍機人の詳細なデータと、ついでに僕自身の情報とかも担保にして、何だかまぁ、無茶を押し通したらしいよ。なんだろうね、これ。人で人を買うっていうか。しかも担保になってるの僕だし。臓器を売り歩いてる気分だよね」
ワウアンリーは結界工房に所属する聖機工である。普段は自分の研究だけを行っているが、組織に所属して、各種資料の入手などを初めとする益を享受している立場であるから、依頼と言う形で義務を命ぜられれば、それを避ける訳にも行かない。
因みにコレが正式な依頼書になると、アマギリが取り出した書類を確認すると、なるほど確かにハヴォニワと結界工房の間で取り交わした正式な契約となっている事がわかる。
右のもの、ハヴォニワ王国王子アマギリの専属聖機師に任ずる。要約するとそんな内容だ。
一瞬、破り捨ててわめきながら逃げ出してしまおうかと言う甘い誘惑がワウアンリーの脳裏を過ぎるが、今後の事を考えれば流石にそれは実行できない。
研究者としての今の立場から、ハヴォニワはもとより結界工房から捨てられるのは勘弁願いたい事だし。
それに、何も悪い事ばかりでは無い。
護衛としての報酬に加えて研究予算の増額とも記されているし、護衛の任務に関しても、公式行事に際して依頼があれば従属する。それ以外の場ではこれまでと変わる必要も無いと、何ともワウアンリーに都合の言い風に書かれている。
「……けど、ねぇ」
正直、誰が見ても美味しい仕事だと思うだろうそれを、しかしワウアンリーは頬を引き攣らせずには居られなかった。
なにしろ、アマギリ・ナナダンである。
その一言で全てが説明できてしまうような、ワウアンリーにとっての不幸は、この時始まったのかもしれない。
※ 文字通り消去法である。作中的にも作外的にも。
他に所属を動かせる人が居ないんだよねーコレが。みんなセレブだし。