・Sceane 24-3・
「もう十月も終わりそうですけど、そういえば定番の運動系のイベントって何もやりませんでしたね」
「六月の林間学校で負傷者が出た関係で、運動系のイベントは全部中止よ」
「ああ。運営責任者は反省して首でも吊れば良いと思いますよ」
山と積んだファイルの中から適当に選んだ資料を素早い動作で捲りながら何気なく呟いたアマギリに、リチアが視線も向けずに書類にサインを続けながら応じる。
そのやり取りの尖り具合に、アウラとユキネが額を押さえている。
最近放課後に、生徒会長執務室を覗くと良く見かけられる光景だった。
因みに、生徒会の仕事をしているのはワンマン生徒会長であるリチアだけで、アマギリは個人的な興味から過去の資料を閲覧しているだけに過ぎない。ユキネはアマギリの御付、そしてアウラは友人たちの様子を眺めに来ているだけでだった。
「あのねアマギリ。当たり前のように最近ここに居るけど、仕事する気が無いなら、邪魔だし出てってくれないかしら」
「いやぁ、生徒会の資料があるのって此処しかないですし、それに、仕事なら手伝いますよって言ったのに断ったのリチア先輩じゃないですか」
「断られたんなら気を利かせて退出するのが男でしょう……」
この状況が成立して早一ヶ月と少し。二学期が始まってからは概ね放課後はこのやり取りを続けていたから、交わされる言葉も最早定型文に等しいものばかりだった。
実際問題、リチアは個人の嗜好から他人に仕事を任せる気など―――それが例え親友だと思っているアウラだとしても―――無かったし、アマギリが何か自分の仕事の邪魔をしたなどとも思っていない。
それどころか、息抜きに適当な質問を振ってみると、かなり的確な返答が戻ってきて助かっているくらいである。
勿論、真実を言えば付け上がりそうなものなので、リチアは絶対にそれをアマギリに伝えるつもりはなかったが。
アマギリはアマギリで、場の空気を最大限読むと言う自身の才覚に期待して、本当に拙い状況だと判断すれば素直に引き上げるつもりだったから、今の所は何を言われても席を外すつもりは無かった。この触ったら刺さりそうな棘のある会話も、精々時節の挨拶程度のものと理解していた。
そんな訳なので、話は何時も平行線のまま、今日も聖地学院の放課後は過ぎていく。
「それにしてもアマギリ。前から疑問に思っていたことなのだが」
時間つぶしにと学科の課題を終わらせて、紅茶を口に運んでいたアウラが、アマギリに尋ねる。アマギリは書類から視線を上げて応じた。
「なんです?」
「かなり古い生徒会の執行予算なんてものまで最近は手を伸ばしているが、それは、何か意味のある行動なのか?」
アマギリの座るソファの前のテーブルに無造作に広げられたファイルを示して、アウラが尋ねる。
それらは全て、過去数十年に及ぶ聖地学院の各種イベントで用いられた予算の運用方法が記されたものばかりだった。
「不正経理でも探しているのか?」
「ああ、今日は今の所これで七件目ですけど」
「あるの!?」
何気なく尋ねたアウラに、アマギリがあっさりと答えた。リチアが驚いたように顔を上げる。
アマギリは笑って頷く。
「と言っても、もう三十年近く前の物ですしね。機材の卸値と申請された予算の差額が巧妙に偽装されてますから、まぁ、典型的な横領かと。手馴れてますね、この人。在学中六年間でかなりを溜め込んでると思います」
不正とがあると思われる資料を次々に出しながら、アマギリは感心したような声を上げている。
念のためとリチアが確認してみると、なるほど、言われてみれば確かに数字がおかしい事がわかる。そして、書類の記入者は全て同じ名前だった。
「アーネスト・ホードルボゥ……何処かで聞き覚えが有る気がするが」
同じように書類と睨めっこしていたアウラが、その名前を見て首を捻る。アマギリが読み終わったファイルを資料棚に戻していたユキネが、それを補足するように答えた。
「六年前、公金横領罪で実刑判決となった当時のケルケリア公国の運輸大臣の名前」
「……そういえば、新聞で見たか」
なるほどと言う風にアウラは頷いた。リチアは、渋面を浮かべてテーブルに広げられたファイルの日付を見る。
それらは全て、最低でも十年以上前のもの。言い換えれば、現在現役で各国の中枢で活躍している人材が聖地学院の生徒会に所属していた頃の資料である。
「つまりアマギリ。アンタはこの古い資料を捲って、現在の各国の要人のプロファイルもどきを行ってる訳ね」
「生徒会長閣下の慧眼に感服の至りです。―――こういう仕事に関する癖って、覚え始めた頃の癖が抜けないって昔誰かに言われてまして、参考がてらにね」
あっさりとネタばらしをするアマギリに、アウラは納得して頷いた後で―――疑問を覚えた。
「それで、それを調べてどうするつもりなんだ」
ヒト、カネ、モノの動かし方からそれを動かしていた人物を考察する。
行動自体は有用な事であろうが、何も、今此処で、こんな遠まわしな方法でやる必要もあるまい。必要があれば自分で調べなくても、アマギリのような立場の人間であれば、それこそヒトを動かして調べさせれば良いだけの話だ。
アウラがそう尋ねると、アマギリは尤もだと苦笑しながら頷く。
「まぁ、個人的な趣味の部分が大きいですし、それに、今すぐ必要って訳でもないですから、人手をう使うほどの問題でも無いですし」
「……今、すぐ?」
軽く言うには不吉な表現で、リチアはまたぞろ嫌な予感がした。
「じゃあ、今度は何時、何をするつもりなのよアンタは?」
「何もしませんよ、僕からは」
信頼感ゼロで睨みつけるリチアに、アマギリは降参とばかりに手を上げて答える。
アウラが首を捻って考える。この男がこういうあっさりとした言葉を使う時は、大抵碌でもない含みを抱いている時だ。そして、今回はそれは解り易い位だった。
「―――つまり、お前以外の誰かが何かをすると言う事か?」
問われて、アマギリは―――首を横に振る。
「違います。誰も何もしません。ようするにコレは、土台を支える支えが一本欠けた時の備え、みたいな物ですよ」
「土台? いや、そもそも何を支える―――」
「ジェミナー」
アマギリの言葉に疑問の声を上げるアウラに応じたのは、黙って書棚を整理していたユキネだった。
言葉は短く、しかしだからこそ聞き逃せない響きがあった。
「ジェミ、ナー? それは、どう言う……」
不正経理の発覚の話から、現実政治の話へ、かと思ったら世界を意味するジェミナーと言う名称まで飛び出してきては、聡明と名高いアウラもリチアも、戸惑ってしまう。
戸惑いの気持ちそのままに、二人はアマギリに説明を求める視線を送った。
アマギリも別段隠す必要性を感じなかったため、それに応じようとして―――。
「リチア様っ!」
「アウラ様、こちらで!?」
強い勢いで扉を開く音と共に上げられた声によって、それは遮られた。
室内に居た四名が一斉に開いた扉に視線を移す―――否、ユキネだけが、腰から通信装置を取り出して何かを確認して表情を改めていた。
「ラピス?」
「おい、校内にまで立ち入って、一体……?」
アウラとリチアは、断りも無しに室内に踏み込んでくる者達が、自身の知っている者達だと解って、戸惑う。
一人はリチアの従者であるラピス。そしてもう一人は、褐色のダークエルフの戦士、アウラの護衛の一人だった。
二人とも共通している事は、焦りを含んだ表情であるという事だ。
二人は主に答えを返す事も無く、真っ直ぐに近づいてきて、それぞれの主に対して耳打ちする。
囁かれる言葉を聞くに従い、驚愕に変わっていく二人の表情を伺っていたアマギリは、何かを悟ったのか手にしたファイルを閉じて、席を立つ。
書棚の前に居たユキネに近づく。ユキネが、それに気付いてアマギリに振り向く。
首を捻るだけで問いかけて、ユキネもそれに頷くだけで肯定と答えた。
「支えが、欠けた……」
ソファに座ったままのアウラが呟く声が聞こえた。アマギリは苦笑交じりに振り向いた。
「天命には、誰も逆らえませんから、ね」
「笑い話にもならないわよ、それ。―――なるほど、小さなことからコツコツと、将来への備え。よく解ったわ」
ラピスの話を聞き終えたリチアが、やれやれといった仕草で立ち上がる。そして、室内に居る全員に宣言するように口を開いた。
「それぞれ確認しなきゃいけないことがあるでしょうし、今日は此処で解散しましょう。……と言うか、私もお爺様に連絡を取らないといけないから、あんた達とっとと出て行きなさい」
しっしっと、虫を追い払うような仕草で退出を促すリチアに、アウラとアマギリは力無さ気に笑って頷いた。
そう、直ぐに屋敷に引き返して、情報交換しなければいけないことがある。
そうと決心すれば、誰も彼もが行動は早い。次世代の国家を担うものたちとして、当然の心構えだった。
「っていうか、ひょっとしてオデットに行った方が早いかな?」
「そうだと思う。オデットの通信管制施設のほうが、屋敷より精度が良い」
歩きながら尋ねるアマギリに、ユキネが肯定を示す。機密情報のやり取りをするにも適していると、流石にそれは言わなかったけれど。
「じゃ、このまま港に直行で」
アマギリは、挨拶もそこそこにリチアと別れて、中庭を突っ切って飛空艇の発着港を目指す。
廊下の窓の向こう、夕暮れが早くなった聖地の広大な緑化庭園が見える。
一見穏やかな、その光景。変わることなどありえなさそうなそれが、何故だか今日は、危ういものに見える。
世界各国の要人の子息令嬢たちを集めて、此処では争いなど起こしようが無い場所。聖地。
だがそれは、大国間のパワーバランスが安定していたからこそ完成していた平和だった。
それが今日、崩れた―――否、崩れるとは、まだ決まっていない。転機を迎えた事実だけが、今は確かな事だった。
「……笑顔では、会えないな。そりゃあ、そうだ」
西日に照らされる庭園へと歩みだしたアマギリは、不意に、そんな一言を呟いた。
何時か何処かで、幼い少女に言われた言葉。半ば言葉遊びに過ぎなかった筈のそれを、遂に、実感と共に受け入れる時が来たらしい。
―――その日。
シトレイユ皇国現国王崩御の報が、ジェミナー全土に広がった。
・Sceane 24:End・
※ 漸く原作展開に入るためのフラグが。ま、フラグ立っただけでもうちょい先なんですが。
作中時間的には一年三ヵ月後くらいですし。そろそろ巻いてかんとなぁ。
まぁ、それはさておき12話ですが。
なんだろうか、やっぱり次の13話のラスト15分が勝負なんでしょうか。
そろそろババルン閣下の目的くらい話してくれても良かったのに……