・Sceane 24-2・
「アンタ、私に何か恨みでもあるわけ?」
生徒会役員会議終了後、書類仕事をするために生徒会長執務室で仕事をするために生徒会長室に引き上げたリチアは、何故か来客用のソファに居座っていたアマギリに恨み篭った視線を叩きつけていた。
「恨みは無いけど、厭味を言いたくなる時は間々有りますね」
応じるアマギリの態度は飄々としたもの。リチアの従者であるラピスに、呑気に飲み物を持ってくるように要求している。
「会議でアレだけやっておいて、まだ言い足りないのか、アマギリ?」
ユキネと共にアマギリの対面に座っていたアウラが、苦笑交じりに問いかける。
「会議では、ホラ。僕は生徒会長閣下に問われたからお答えしただけですし」
「……ユキネ先輩、こんな事を仰っていますが」
「何時もの事。……何時もご迷惑おかけしています」
僕の何が悪い、と言う風に応じるアマギリに、アウラの頬が引き攣る。相も変わらず反省のカケラも見せぬ態度に、ユキネは既に諦め交じりだった。
「今後もより一層ご迷惑”しか”かけないと思うから……ある程度は諦めるのが、妥当」
言ってくれれば後で言い聞かせるのでと完全に保護者の体で続けるユキネの姿は、アウラとリチアの目には新鮮だった。
この二人も、知らぬ間に随分と仲が良くなったものだと、リチアは思う。
以前はもうちょっと離れた位置関係で付き合っていたようなのに、両者に対して踏み込まない遠慮が消えてきた。
そしてアマギリは、やはり何処か、夏休みを挟む以前とは変わっていた。
以前ならば曖昧に話を崩して逸らす事を選んでいた場面で、空気を読まない自分主体の発言をするようになっていた。
自分の主張をはっきりさせる部分は、主体の無かった以前よりもマシになったと言えるのだろうが、主体の無いくせに扱いづらい人間が、主体性を持った扱いづらい人間になってしまったと考えてしまうと、どう考えてもリチアの立場からすればマイナスである。
何よりも、未だに何を考えているかよくわからないところが、特に。今までは何もする気が無さそうだったので何を考えていようが構わなかったのだが、今後どうなるか、微妙な所である。
一学期の林間学校の一件から、もう龍の巣を突付く様な馬鹿は居なさそうだと胸をなでおろしていた矢先に、龍が自ら巣から這い出してくるのだから、不幸としか言いようが無い。
特に、先の会議の様子を見るに、未だに龍狩りを諦めていない人間も居るようだし。
「素直に病気療養とかで、国に引っ込んでいてくれれば良いものを……」
思わず本音が洩れてしまうのも、仕方が無いことだろう。
実際問題、アレだけ危険な目に合ったのだから、聖地学院を休学して安全な本国へ引っ込む事になってもまるでおかしい事ではなかった。
「それは、不祥事を起こして他国の王族を危機に晒した実行委員の誰かに言って欲しいですね」
「ええ、ええ、それもあるわよ。ほとぼりを冷ますために引き上げてくれればとか、経費全部お前が肩代わりしろよとか、そりゃ私だって思う事はあるわよ」
「誰と名前を出さなくても会話が成立してしまうのが、凄いな。よほど気が合わないと不可能だろう」
笑うアマギリ、吼えるリチア。
それを聞いて感心するアウラと言う、お茶菓子を載せたワゴンを引いて戻ってきたラピスが確認したものは、そんなシュールな光景だった。
「それで、結局どういう風の吹き回しなんだ?」
ラピスが全員分の紅茶を入れた後で退出した後、アウラがアマギリに尋ねた。因みに、リチアも仕事をするのを諦めてソファに腰掛ける事にしていた。
アマギリは何も聞こえてないかのように視線を上げずに応じた。
「どれの事です?」
「どれもこれも……と言うと、恐らく惚けられるから止めておくが、ようは、会議であんな言い方をした真意は何処にあるのかと言うところだ」
「あんな言い方?」
この場で唯一、生徒会役員会議に参加していなかったユキネが首を捻ると、リチアが面倒そうに応じた。
「”次は無い”―――だそうですよ」
「……お城でも、誰も叱る人が居なかったから」
言葉一つで概ねの状況を察したのだろう。ユキネは大きなため息を吐きながら呟いた。
「……どうして、そうやって敵ばかり増やすような言い方するの」
自重しなさい、自重をと、完全に姉の態度で口を尖らせるユキネに、アマギリは笑って肩を竦めた。
「そりゃあ、僕がハヴォニワの人間だからだよ。―――あの場に居た連中は、どうにもその辺りの理解が欠けている感じがしたからね」
少し警告する事も必要だろうと、アマギリは事も無げに言った。そうすると、アウラが眉根を寄せる。
「ハヴォニワの人間である事は、今更説明する必要も無いことだと思うが?」
「ハヴォニワの人間である事は、ね。ただそれだけって言う所に問題があると思ったんですよ」
さて、どういう事でしょうと、答えにならないような言葉で問いかけるアマギリに、女性陣三名が揃って首を捻った。
アマギリはやれやれ仕方ないなぁと言う態度で答えてみようと思ったが、流石にリチアの目が厳しかったので素直に話す事にした。
「僕は誰だ、と言うことです」
「誰?」
「誰も彼も、いけ好かない後輩以外の何なのよ」
「誰って……アマギリ様」
「ユキネ、正解」
微妙にリチアのほうだけ見ないようにしながら、アマギリはユキネを褒め称えた。おどけた態度に、アウラが痺れを切らした。
「意味が解らないな。もう少し具体的に言ってくれ」
「ようするに僕は、アマギリ・ナナダン様で、殿下で、王子様なんですよ。国際社会で主役の一角を勤める、ハヴォニワのね。本来もっと敬われる側の人間なんです。木端田舎の小国の貴族の子息令嬢如きのために、パンダやるのも馬鹿らしいかなって」
「……アンタ、権威に縋って偉ぶるタイプだったかしら?」
あっけらかんとしたアマギリの物言いに、リチアが変なものを見たという顔で応じる。しかし、アマギリは笑ってそれに頷くだけだった。
「まぁ、心境の変化があったのは事実ですよ。初年度初学期からあの様でしたから、今後はもうちょっと、本番まではせめてのんびり暮らした言ってのもありますし、それに、―――いえ、この辺はプライベートな事なので割愛しますが」
「そこが一番聞きたいんだけど」
「同じく。―――が、なるほどな。言われて見れば確かに。お前がハヴォニワ所属の人間だというのは皆理解していたが、お前がハヴォニワの”王子”であるという事は、考慮に入れていなかった者は多かろう。内心皆、お前の事を自分よりも下の人間として見ていた部分もあるからな」
多少の疑問は覚えつつも、リチアとアウラは納得の表情を見せる。
「ハヴォニワに用意されたハヴォニワの駒―――それを否定するつもりは無いですけど、それでも建前は一応王族ですからね、僕は。その前提を忘れてあんまり舐めた真似をする連中を放置しておくと、国体に傷をつけかねませんから」
だから、今後は見過ごさないようにしようかと、そう言って話を締めくくったアマギリをアウラとリチアは不思議なものを見るような目で見つめる。
ユキネは、特に何も言う事は無かった。その辺の志向の変遷については、ハヴォニワで直に見てきて解っていた事だった。
「ハヴォニワの王族としてハヴォニワの国益を考える……か」
「当たり前の話なんだけど、何でアンタが言うとまるで信用できないのかしら」
「日頃の行いのせい」
若干時分でも事実かもと思いつつも、アマギリは女三人の感想に顔をしかめる。
「そんなに僕が国の利益とかを考えて動くのっておかしいか?」
折角真面目にやろうと思っていたのに、いきなり酷い言い草をするものだとアマギリは思っていた。
しかし、女性陣の意見は一致していた。
「おかしい」
「まず、有り得ないだろう」
「日頃の行いのせい」
実に真っ当な評価である。頬を引き攣らせるのはアマギリだけだった。
「そも、これまで自分の利益だけを考えていた人間がいきなり国体なんて形の無いものの利益を考えて動くようになるなんて、アンタ。どう考えたっておかしいでしょう」
「いや、リチア。それは違うぞ。今までのアマギリは自分の利益も考えていなかった。適当にその場その場で状況にあわせて動いていただけだ」
「それもそうね。お陰で後始末に苦労したし」
「……酷い言い草だな、先輩方」
事実だけに言い返せないと、自分でも思えるところが情けない部分であった。
「ま、言いたい事は解ったわ。ようするに、アンタも漸くフツーのジェミナーの貴族をやるって事でしょ」
「それに頷くと今までが普通じゃないって認めるみたいで嫌なんですけど、概ね同意です。何時までも外様って訳にもいきませんからね」
肩を落としてげんなりとした顔をしているアマギリを見て、多少気が晴れたのか、リチアがニヤリと笑って言う。
「じゃあ、そろそろプライベートな部分に対する追求に移りましょうか」
「話しませんよ」
「本人はこう仰ってますが、ユキネ先輩?」
「……割と、簡単なこと」
「ちょっとユキネ!?」
リチアに追従して笑うアウラ。それに応じて、楚々とした表情で口を開くユキネ。焦るアマギリ。
―――その日の生徒会長執務室は、日が暮れるまで姦しい声で溢れていたそうな。
※ 登場キャラの中で真っ先にデレ期を迎えるのが主人公ってどうなんだ……