・Sceane 20-5・
カンと言う音に続いて、何か堅いものが空気を切り裂くような音が満ち、それが背後の砂地に突き刺さったのに気付いて、アマギリは両手を上げて降参の姿勢を見せた。
「お見事」
「……いえ」
アマギリ本人としては本気の―――しかし言われてる側から見ると何か含みをもたれているようにしか思えない賞賛の言葉に、彼の訓練の相手を務めていたキャイア・フランは視線を逸らしながら気まずげな表情で答えるのだった。
ハヴォニワ王城、軍用施設の一角にある、訓練場。
たまたま暇な時間のかち合ったアマギリとキャイアは、キャイアの主であるラシャラの提案―――思いつきとも言う―――により、こうして木剣を打ち合わせる事となった。
結果は、いうまでも無い。
学院での授業で幾度か有ったとおりに、キャイアが勝利を収めた。
「フム。地を這ったかと思えば高く飛び上がって見せたり、剣戟の訓練だと言うのに脚ばかり振り回しておったり。―――何やら目新しくはあったが、その新しさの割には強くないの、従兄殿」
訓練場の砂地の端でリクライニングチェアに寝そべり二人の訓練を観賞していたラシャラが、何か理解しがたい前衛的な舞台でも見てしまったかのような微妙な顔で言った。
地に突き立った―――突き立てられた自身の獲物を拾い上げながら、アマギリは肩を竦めて苦笑した。
「始める前に言ったでしょう? 平地で正面からぶつかるなんて悪条件が重なった段階で、僕に勝ち目なんて無いって」
「剣戟の訓練であるなら、割と当然の条件ではないかのそれは……。その辺り、試合ってみた者としてどう見る、キャイア?」
ラシャラはコイツは何を言っているんだという顔をアマギリに向けながら、無言のまま傍に寄ってきたキャイアに尋ねた。
「ハイ、あ、いえ……その。アマギリ―――殿下の動きは、何と言うかちょっと、独特ですから」
「独特か。そういえば、メザイア教諭にも言われたっけそれ」
「えっと、ハイ。その……そう、でしょうね」
快活なキャイアらしくも無い、常に無い堅い態度を見せるキャイアの言葉にアマギリが乗っかってみると、彼女はより一層硬い態度を示した。
「う~む」
ラシャラは自身の従者のそんな態度をみて、困ったとばかりに首を捻っていた―――その顔は、苦笑しているとしか表現しようがなかったが。
アマギリも同様に、あさっての方向を見て頬を引き攣らせていた。
まぁ、キャイアの気持ちも解るわな。
余りにもぞんざいな、しかしそれが二人の共通見解だった。
挽回しようの無い白けた空気が、三人しか居ない訓練場を満たしそうになったので、アマギリは気分を切り替えて自ら口を開いた。
「まぁ、横壁も天井も無い、つまり足場に出来る場所が無い状況だと、学院で習う動きの方が断然有効でしょうしね。闘士の技は、僕の技量程度だと得意と苦手がはっきり別れすぎちゃいますよやっぱ。もっと鍛えれば、この動きでも普通にこの状況下でも戦えるんですけど。いえ、いっそ有利なくらいに」
「それが解っていながら、御主の場合そこから先を目指そうと言う気配が全く見えんの」
アマギリの言葉を聞いて、ラシャラは解りやすくため息を吐いてみせた。軽く自らを貶めてまで話題を作り出そうとする辺り、紳士的と言ってもいいかもしれないなと考えている。ヘタレとも言うが。
そんなラシャラの半眼の視線に気付いているのかどうか、アマギリは苦笑交じりに肩を竦める。
「生身で闘うのは専門外って弁えてますから。無駄な時間は使わずに、その分の時間を趣味にでも当てたほうが良いじゃないですか。ラシャラ皇女だって、自分で剣を振り回そうとか考えないでしょ?」
答える前にラシャラはため息を吐いた。紳士撤回。他人を巻き込んで場を纏めようとする、只のヘタレだった。
「おお、そうじゃの。それにそのためにこそキャイアがおるのじゃ。のう、キャイア」
「は、……あ、ハイっ! も、勿論です」
「……」
「う~む……」
相変わらず硬い態度で、主の言葉にすら一拍遅れてしまう心此処にあらずと言う態度。
戯れ事に付き合わせるには酷な精神状態に見えた。
ラシャラは、大きく一つため息を吐いた後で、ガバリと腕を組んで堂々と言ってのけた。
「キャイアよ。妾はこれより従兄殿と気の置けぬ話しをせねばならん。―――少し、席を外してくれぬか」
「―――あ、ハイ。かしこまりました。……では、失礼します」
ラシャラの言葉に疑う素振りも見せず、キャイアはおざなりな礼を二人に向けた後で、訓練場を後にした。
足早に、見送る二人には、逃げるようにしか見えないだろう足取りで。
「なんともはや」
「……いや、素直なのは美徳だと思うよ」
首を鳴らして疲れたように呟くラシャラに、アマギリは彼女の隣に用意されていた椅子に腰掛けながら肩を竦めた。人目も無いので、口調は適当なものになっている。
ラシャラもその言葉に頷く。
「そうじゃの。アレがあのものの美点じゃからの……いや、しかし」
そこまで言って言葉を切ったラシャラは、にやりと口の端を吊り上げてアマギリをねめつけた。
「従兄殿よ。お主相当あの者に嫌われておるようじゃの―――」
アマギリは厭味たらしいその言葉に、逆ににやりと笑いながら返した。
「何を仰りますか従妹殿。恋と仕事に板ばさみなんて可哀相な状況を作っているのは、貴女ではありませんか」
「ほぉう、言いよるの従兄殿。あやつの想い人が蛇蝎の如く嫌っておるお主の口から、抜け抜けとよくも。―――恥知らずはナナダンの血かの」
「それこそ、真実ナナダンの血も混ざってる従妹殿には言われたくない言葉ですね」
彼ら以外存在しない訓練場に、寒々しい空気が満ちる。
誰もその光景を見ていないことが、余計に寒々しい―――早い話が、滑稽だった。
「……止めようか」
「ウム。気分の入れ替えにはなったしの」
やってられんとばかりに同じタイミングでため息を吐いた後、アマギリは同でもよさげに言った。
「やっぱ嫌われてますね、僕。―――まぁ本当に、仕方ないんだけど」
「どうであろうな。先の態度、どちらかといえば嫌悪よりも戸惑っていた風ではあったが。―――と言うか主ら、学院でも同じクラスと聞くが、普段もあんな感じか?」
先ほどの気まずいと言うにも温い微妙な空気を思い出して、キャイアは尋ねた。
「どうかなぁ。一学期の初め―――いや、初日―――と言うか、自己紹介が終わる寸前までかなぁ、気楽に会話出来たのって。―――まぁ、とにかく。あの学校、女子と男子が親しげに話すとかそもそも有り得ないから、ダグマイアの件を差し置いても、余り話した事無いんだよ」
聖地学院―――と言うより、男性聖機師と女性聖機師の間に流れる空気など、何処も変わらない。
シトレイユの王城での記憶を思い出して、頷くラシャラに、アマギリは続ける。
「多分、まだお姉さんの方が多く話しているんじゃないかな。あっちは教師だし」
「姉? ―――おお、メザイアのことか。あの者も新任で戦技指導と言う大任を背負い気苦労も多かろう。どうじゃ、息災じゃったか?」
ラシャラは古くから知る友人の如き気安さで、メザイアの事を問うた。
「うん、放課後によく、女性徒を私室に連れ込んで宜しくやってるみたいだよ」
「―――一あやつは」
当意即妙と朗らかに答えてくるアマギリに、ラシャラは呻いて顔をしかめた。
「ウム……なんじゃ。まぁ確かに、昔からキャイアにベタベタ引っ付いていたのを見かけた記憶もあるが」
要するに、その方面に趣味思考を働かせてしまったのだろうか。
同性として、そうであるが故に理解できなかったから、ラシャラは背筋に妙な汗を感じた。
そんなラシャラの態度に、アマギリの言葉はあっさりしたものだった。
「そんなに深く悩むような事でもないでしょ。双方同意の上みたいだし、遊びの範疇じゃない」
「それを遊びと言い切れてしまうのもどうかと思うが」
「聖機師の爛れ具合なんて、得てしてそう言うものじゃないかな」
「聖機師だから仕方ないと言えば、何でも納得できるものではなかろうて」
それでも納得がいかないと言う風に首を捻るラシャラに、アマギリは案外潔癖な部分があるのだろうかと思った。
その後で、よく考えたらこの少女はまだ十歳かそこらだったのだと思い出した。
そんな年齢から、アブノーマルな性癖に理解を示されても、それはそれで困る。
「あまり、深く考えても仕方ない話題なんじゃないかな」
ここだけは年長者としての態度で話題を変えようとするアマギリに、ラシャラも頷きつつ、それでもやはり理解できぬと言った風に呟いた。
「一体アヤツは、聖地で何を教えるつもりなんじゃ……」
恋の何たるかを未だ知らない少女そのままの意見に、アマギリは苦笑して答えた。
「そうだねぇ。男を必要としない生き方、なんてのはどう?」
聖機師同士で恋に落ちれば、待っているのは不幸ばかり。
ならばいっその事、と考えてしまうのも道理と言えば道理であろうが。
「流石にそれは、穿ちすぎというものじゃろ。それにきっと、メザイアの性格からしてきっと只の趣味じゃぞ」
上手いこと言ったつもりかと、ラシャラは苦笑しながら応じた。
それにそれが真実だとすれば、真っ先に妹にそれを伝えるだろうと、最後にそう付け加えて。
・Sceane 20:End・
※ 三部は基本雑談タイムなので色々思いついたネタ片っ端から放り込んでる感が強いんですが、コレなんか特に。
なんとかキャイアさんが絡まんかなぁと思ってやってみましたけど、やっぱ剣士君にデレるまでは絡みようが無いですね。