・Sceane 16-3・
「とりあえず言い訳して御覧なさい」
「いきなりですね。もっとこう、まずは療養明けの後輩に暖かい言葉とか……」
「あら、言い訳をさせる程度の時間は上げてるんだから、充分暖かいでしょう?」
開口一番、出会い頭。
生徒会長執務室に呼び出されたアマギリは、その部屋の主であるリチア・ポ・チーナから、ぞんざいな言葉を投げつけられた。
因みに現在放課後の生徒会長執務室の中にはリチアとアマギリ以外にもユキネとアウラの姿があったが、彼女らは一緒にソファに座って何かの映像―――何であるかなど考えるまでも無いが―――を見ていたので、アマギリたちに何の反応も示す事はなかった。
むしろユキネなどは、積極的に無視に走っているように見える。どうやら、無茶を繰り返したアマギリにお灸をすえるのに丁度言いと考えているらしかった。
年上の美人三人に囲まれているって普通に考えれば幸せな状況の筈なのだが、むしろ悲惨な状況に思えるのは何故だろうか。
そんな、くだらない事を考えてため息をひとつ吐いた後、アマギリは目の前の怖い女性に向かって口を開いた。
「えー。そうですね、公式発表が只の遭難と言う不慮の事故である以上、強制参加させられただけのワタシには何の責任も無かったと思います」
「―――抜け抜けと言い切るわね、アンタ」
「事実ですし。―――むしろ、リチア先輩の生徒会長としての監督責任が問われる部分でしょう? 生徒が危険にさらされるような行事を強行したってのは」
いっそ突き放すように言うアマギリに、リチアは眉をしかめて視線を逸らした。
言外に、状況へ至る経緯を知ってもそれに乗ったのは貴女も同じだろうと言われていると気付いたからだ。
アマギリの言葉は更に芝居がかって留まるところを知らない。
「生徒会に在籍している生徒は全員上流階級。―――何処かしらの国家勢力に所属してる、言わば紐付きですから、ねぇ。あの見え見えの仕込みに誰も反対しなかったのは、ようするに―――」
「解った、解ったから。もう良いわ」
リチアが降参とばかりに手をひらひらと振った。背後でため息を吐いているユキネの気配を感じたが、アマギリは礼儀正しく気にしない事にした。
「実際、今回の一見に関しては誰も彼もに問題があり過ぎて、一概に責任を押し付けられても困るとしか言えませんよ。―――いや、僕は僕で好き勝手やってる事は否定しませんけど、他人のフリして知らぬ存ぜぬ装って興味津々の顔してた皆様方に責められる謂れは無いですよ」
「―――そうでしょうよ。全く、普通ならアンタの立場に立つ人間が頭下げれば終わりだってのに、どうしてそこで反骨精神を示してるのよ」
やりにくいったらありゃしないわと面倒そうに肩を落とすリチアに、アマギリは気楽な笑みを見せる。
「踊る阿呆に見る阿呆。同じ阿呆ならまとめて全部躍らせてしまえって―――まぁ、昔誰かに言われた気がしたんでね。観客気分の人とか見てると、苛々してくるじゃないですか」
「―――ようするに、どうしようもないほどフローラ様の息子なのね、アンタは」
リチアの言葉に合わせるように、また背後でユキネがため息を吐いているように感じた。
「そろそろ良いか?」
全く何も解決していないのは解っているのだろうが、どう頑張ってもこれ以上の解決が発生する事は無いと解っていたのだろう。今まで黙ってモニターに映った映像を眺めていたアウラがアマギリたちに声を掛けた。
アマギリがリチアに確認の視線を送ると、リチアは視線も合わせずに、犬を追い払うようにアマギリに向かって手を払った。そのまま机の脇に束になっていた書類を広げ始める。
「良いみたいですよ、アウラ王女」
アマギリは肩を竦めてアウラとユキネの向かいのソファに座る。ユキネが半眼で睨んでいたが、怖いので見ないことにしていた。どの道、屋敷では二人きりである。嫌な事は基本的に先延ばしにする主義の男だった。
アウラは隣に座るユキネの横顔をチラリと見て、息を吐いた後でアマギリに言った。
「いや、全く良くは無いと思うが、まぁ、良い。―――うむ、良いか。黙殺したと言う部分では私も―――いや、シュリフォンも同じ事だからな」
「ま、その辺はどっちもどっちですよ、さっきも言いましたけど」
「そうだな。そうだろうが―――ああ、そういえばコレを返しておくのを忘れていた」
微苦笑を浮かべて肩を竦めるアマギリに、アウラは思い出したとばかりにスカートの物入れに入っていた属性付加クリスタルを取り出し、差し出した。
「ああ、このまま受け取って貰ってても良かったのに」
受け取ったそれを首にかけながらも、アマギリはそんな風に言う。
「そんな物、私が持っていても何の使い道も無いだろう。大体、使ってやらないと製作者が泣くぞ」
「まぁ、夏休み近いですし、用意してくれた人にそろそろ会わなくちゃいけないから、ちょっと怖いってのはありますね実際」
「……未だに一度も連絡をとろうとしないから、そうなるんだと思う」
遠くハヴォニワに居る誰かの姿を思い浮かべて冷や汗を浮かべるアマギリに、ユキネが冷めた口調で合いの手を入れた。二人とも、実際の製作者の涙については特に意見も無かった。
「お前は本当に内面を見せようとしないな。……まぁ良い、話を戻すが、と言うか、私が聞きたい事は理解できているんだろうな」
「そりゃあ、そんなものを見ているんなら、ね」
何処か疲れたように額を押さえながらいうアウラに、アマギリは苦笑して頷いた。
「女神の翼」
「あら、アルトワース・フレイの偽造碑文なんて珍しいものを知ってるわね」
一言で答えたアマギリの言葉に反応したのは、書類に何かを書き込んでいたリチアだった。
「偽造?」
「ええ、大分昔に教会管理の遺跡から発掘された石碑に記された文章よ。発見、及び解読者の名前を取ってアルトワースの偽造碑文なんて呼ばれているわ。……同年代に分類される石碑に類似性のある文章が発見できなかった事と、そもそも文章の記されていた石碑の経過年数を測定した時に有り得ない数値が出たことから、現在では真実性が失われているとされているのよ」
首をかしげて問い返すアマギリに、リチアは顔を上げずに説明した。教会現教皇の孫娘として、古代文明の遺物の知識に過不足は無いらしい。
「でも、そうね。アンタがこの間出したアレが女神の翼だというのなら、偽典は真実だったと言う事になるのかしら」
「確かに。女神の翼を賜った龍など、そのもの過ぎて出来すぎているものな」
面白そうに哂うリチアに、アウラもなるほどと頷くが、アマギリだけは微妙な顔をしていた。
モニターに映された、森の中から発光し、そして広がっていく光り輝く三枚の光板のような翼を見ながら、眉根を寄せている。
淡い日の光を思わせるような生命的な輝き。前後の状況から繋がりの想像つかない、超常的な力の発露。
「……コレ、本当に僕がやったんですかね」
それがアマギリには、人間に出来るものだとは思えなかった。
ぽつりと、確信的な口調で呟いたアマギリに、室内に居た女三人が、一斉に奇妙な顔をした。
「何言ってるのよアンタ」
「お前以外に誰が出来るんだ」
「……それがあったから、無茶をしたんじゃないの?」
最後のユキネの言葉に、アウラとリチアも頷いている。
この”女神の翼”こそがアマギリの無駄に自信に溢れていた秘密だと誰もが思っていたのだ。
だが、アマギリはそれこそ有り得ないと否定の言葉を言う。
「コレが僕の任意で使える力だって言うんなら、僕だったら絶対こんな場面では使いませんよ。―――この状況だったら、骨の一本か二本でも折っちゃった方が、後の展開が有利でしたし……スイマセン、冗談です。怪我しないのは良い事だと思います」
合理性のみを追い求めたアマギリの言葉は、ユキネの真剣に咎めるような視線に封殺された。
ゴホン、と咳払いをして気分を正す。年上の女性の苛めには耐性があったが、真摯に心配する態度には非常に弱い男だった。
「この光、そもそも何なんですか? 防御障壁? 粒子集合力場? それとも光波変動でも起こしてこう見えているだけなのか……。今回僕が―――ああ、”僕が”ともうはっきり言いますけど、僕が許したのは龍機人の映像の撮影だけです。こんな正体不明の力―――只のカメラじゃ何のデータも得られないような物の映像だけを撮らせるなんて無意味な行為はするつもりはありませんでした」
「突然失踪したと思ったら森をぶち抜いて聖機人に乗って飛び出してくるという、無事を心配していた人間を虚仮にしているような真似を意図的に行っている事実について非常に突っ込みを入れたい所だが―――まぁ、良い。つまりコレは、お前の意図しない部分で発生したモノと言う解釈で良いのか?」
「ああ―――心配かけてましたか」
「荷物を落として足跡が崖下へ向かっていっているのを見つけたら、普通心配する」
事情を知っていても、とユキネが咎めるように言うと、アウラも頷いていた。ダークエルフの能力として、森が戦闘のざわめきを発しているのを感じていたらしい。
「それに関してはまぁ、先方の不意打ちとかでやばくなった時に発見を早めてもらうために保険って意味もありましたから仕方ないんだけどね。まぁ、不意打ちは不意打ちでも、中々予想外な出来事が最後に待ってましたが。―――とにかく。この翼は僕が意識してやった訳ではないですし、そもそも人間個人が発生させられるものとも思えませんよ」
「―――なるほどな。事情を知らないものたちを山狩りに巻き込んで逃げ場を確保するという事か。抜け目が無いと言うか狡賢いと言うか……。しかし、言われれば確かに、爆発と落下の中から人間一人を無傷で救い出すなど、人間業を超えているようにも感じるな」
「アウラ先輩は確か、現場に一番乗りでしたっけ」
「―――仕掛けた連中には負けるだろうがな。たどり着けば森は焼け焦げ木々はへし折れ、金属片やら液体やらが飛び散り、しかし機体の回収だけは既に終わっていたせいか、それがいっそ不気味な雰囲気だった。そして、唯一残っていたコア以外の全てが爆散していた聖機人の中に―――」
「無傷の、アマギリ様。―――コアの内部すら損傷していたのに、アマギリ様だけは着ていた服にも傷が無かった。その後のメディカルチェックでも、正常。完全な健康体だった」
アウラの言葉を受けて、ユキネも言う。
救急隊とハヴォニワ所属の人員を要請して現場に辿りついたユキネが見たものが、それだった。
生きている事は何故か確信できていたけれど、無傷であるとは流石に予想がつかなかった。
そんな風に自身の気の失っていた現場のことを語るアウラたちに、アマギリは首をひねった。
「それ、おかしいですよ。あの時は中も火花とかパネルが飛び散って肌が痛かったのを覚えてますから。煙も大分吸った記憶がありますし。―――それが、本当に無傷? と言うことは、あの場所で直ったって事か?」
「何とも、益々現実離れしてきたな。傷を癒しながら身を守るなど、我らダークエルフのダークフィールドでも不可能だぞ」
ダークフィールド。ダークエルフの有する負の領域の力の発露である。効果範囲内から他者―――人、物に限らず―――を拒絶、排除する異能の事だ。
うーん、と映像を眺めながら三人で頭を抱えていると、リチアが誤魔化されるつもりは無いとばかりに、アマギリに対して鋭い言葉を加えてきた。
「無茶も過ぎれば道理も下がるとは言うけど―――流石にやり過ぎよね。で、結局何処から出したのこの光る翼は」
その言葉を、アマギリは苦いものを口にしたかのような顔で否定する。
「無茶言わないで下さい。こんなの、人間個人で出来る訳無いじゃないですか」
「……随分、それを強調するわね」
意外なものを見たという口調で、リチアは首を捻る。
何時も表面的な言葉で他者を煙に巻き、本心を見せないようにしている男が、何故かこの翼の事に関しては強い口調で否定している。それが理論的ではなく感情的な部分から出ているというのも、何処かこの男らしくないとリチアには感じられた。
リチアは教会教皇の祖父を持つ事からして、当然のことながらアマギリ・ナナダンの経歴の真実を理解している。
一種教義を揺るがしかねない人物でもあったから、慎重にその素性を見極めろと祖父からも言い渡されていたから、事前に知りえた情報は全て頭の中に入っていた。
アマギリ・ナナダン。本名不明。
ハヴォニワが極秘に入手した、異世界人。
言動から推察する出身世界は、コレまでに召喚されたどの異世界人とも違う。極めて高度な文明からの来訪者らしい。
加えて、他の誰にも―――他のどの異世界人にすら―――不可能な、聖機人の形状変化と言う異能すら発揮する事が可能。その聖機人の能力は極めて強大。限定的とは言え、補助装備の無い聖機人単独での喫水外戦闘行動を行う事が出来るのだ。
そして、その異世界人はどうやって、誰が召喚したかも不明なのである。十数年前まで遡った星辰の配列から調べても、異世界人の召喚と言う行為は不可能であると結論付けられている。
正体不明の存在。今回のこの翼すらも、その能力の一部ではないのかと教会は考えているのだが、何故かアマギリ本人がそれを否定している。
リチアには意味が解らなかった。
嘘をついている顔色ではない。もとより表情を読みにくい男だったが、意識的に嘘をついている時とは雰囲気も違う。
常のような、持って回った言い回しでの言い逃れとも思えないから、尚更だ。
「……ひょっとして、アンタにとっても拙い物なのコレ? 忌諱すべき―――無意識ですら否定してしまいたいほどに」
完璧に探る態度のリチアの言葉に、アマギリは首を捻って考える。
「……否定、ですか? そう……ですね。いえ、コレ自体には特に……でも」
言われて初めて気付いた、とばかりにアマギリも自身の言葉を思い返した。
否定。
理由も解らずにとりあえず否定なんて、自分らしくも無い。確かにそう思う。
だが、あの”翼”が人間個人に造れるわけがないと、何処かで確信している自分が居るのだ。
自分には、無理だ。
映像からでも感覚的に理解できる事がある。それは、この力は”普通”ではないと言う事。人には不可能な、何か高次元的な力に見える。
この人知を超えた力の存在を否定する気は無いし、自身が助かったのはきっとこの力のお陰だろう。
それが何故、こんな場末の初期段階文明しか存在しない未開惑星に―――胸に手を当ててみても、答えなんか見えない。
見える場所にはきっと、答えは無いのだろうと、アマギリに解るのはそれだけだった。
「まぁ、聖地ですし、何処かの女神の気まぐれに感謝って言うしかないですかね」
故に、いっそさばさばとした物言いで、アマギリは話を終わらせる事にした。言葉は誤魔化しにもならないが、それで押し通す腹積もりだった。
部屋に居た他の人間達も、アマギリの態度に聞くべきことではないらしいとだけは理解できたようだ。
不審は当然各々抱いているだろうが、今はここら辺で終わらせるべき話だろうと暗黙の了解が完成する。
「アンタの気まぐれに振り回された結果がコレなんだから、少し文句を言う権利くらいあるでしょうよ」
「誰も彼もが責任があったとは認めるが、今回の一件、些か無茶が過ぎたのは事実だからな」
「……他人が悪いからって、自分も悪いことしていいって訳じゃないと思う」
何処か空虚な言葉の応酬は、それぞれの不安の裏返しかもしれなかった。
解らないのだ。結局。考えてみても。
それゆえに、解らない不安を感じたくは無いから、自分すら誤魔化せない嘘をつく。
人に、翼は生えていない。ダークエルフですら、空を飛ぶ事は出来ないのだ。
あの光の翼。そして、それが消えた後で、無傷のまま気を失っていたアマギリ・ナナダン。
因果関係が無い筈が無い―――しかしだからこそ、原因と結果が繋がらない。
ただ、アマギリは生きていて、自身ですら解らないと嘯きながらも、少しもその事を不審がって居ない。
助かった事実が当たり前だと。あの人知を超えた力すらも、まるで当然のものとして受け入れているように他者には見えた。
そして誰もが同時に思う。
何れまた、同じような時が来れば。
その時にこそ解るのだろうかと。
・Sceane 16:End・
※ コレで反省会は終了かなー。何か、何処ももやもやしてる感じでしょうか。
次回は久しぶりに、第二部らしくダグマイア様苛めか。