・Sceane 16-2・
「私のやり方には何の問題も無かった!! 叔父上の用意した手駒がヘマをしなければ確実にヤツを仕留める事が出来た!」
私室に訪れ、苦言を述べる叔父に対して、ダグマイアは激昂した感情をそのまま暴発させた。
そういう態度でありながら、視線だけは叔父ユライトから外されているのは、彼自身にも今が拙い状況であると理解できているからかもしれない。
「聖機人を破壊するために必要な爆薬量を見余る程度の人材しか用意できなかった、叔父上にこそ責任があるでしょう!」
「……なるほど。与えられた人材の能力査定も自身で行わなかったとは考えもしなかった私に責があると。―――それも一つのものの見方といえるでしょうね」
「私を侮辱するか、叔父上……っ!」
幾つになっても変わらない、否さか、年々酷くなってきているきらいのある我侭な物言いに、ユライトも思わず皮肉気な言葉を漏らしてしまった。当然だが、ダグマイア・メストは歯を軋ませていきり立った。
ユライトはしまったと思いつつもそれは顔に出さずに、何も見ていないかのように薄く笑って首を振る。
「私は別に貴方に阿るつもりも批難するつもりもありません。現実の問題に対処する方法を提示したいだけです」
「対処……対処だと? そんなものは一つしかあり得ないでしょう。事、此処に至ってしまえば速やかにアマギリ・ナナダンを始末するしかない」
ダグマイア・メストの意見として、それは正しいといえた。
爆破工作。自身による犯行声明。
そして、事前の状況策定から始まる一連の流れを追いかけていけば、アマギリ・ナナダンがダグマイアに対して報復行動をとる事は確実と言えたからだ。
自らを殺すためにこれほど大規模な計画を仕掛けてきたのだと、その主犯がダグマイアであると、信じない筈が無いからだ。
ダグマイアは、アマギリ・ナナダンに対して強い警戒感を抱いていた。それ故の、叔父や父から先走ってまでアマギリを殺そうとしていたのだ。目障りなほどに巨大でありながら、外へ向けて何かを仕掛ける事もしない不気味な存在。目的を持ってこの場に存在するダグマイアにとっては、目障りこの上ない人物と言えた。
例えどのような力を有していても、どれほどのカリスマがあろうとも、死んでしまえばどうとでもなる。どうとでもできる権力が自分には―――自分の家には―――あるのだと、ダグマイアはそう信じて、そして仕掛けた。
確実な勝利の宣言と共に、それを果たした―――筈だったのに。
アマギリは、生きていた。
内部から爆発し高高度から落下していく聖機人の中から、無傷のままで生還したのだ。
ダグマイア個人としてはアマギリが油断しきっていた必殺のタイミングで仕掛けたと言うのに、それでも生き残った。抜け目の無過ぎる男、それがアマギリ・ナナダンだ。
ヤツは必ず報復してくるだろうと、こういう状況になってしまえばダグマイアも流石に焦りもする。
「最早日を選んでいる猶予すらない、速やかに兵をヤツの屋敷に派遣し、そして殺す。叔父上、構わないでしょうね!」
「構うに決まっているでしょう」
拳を握り宣言するように言うダグマイアを嗜めるように、ユライトは首を横に振った。
「これ以上彼―――アマギリ殿下に干渉するのは禁止します。これは、本国の兄上からもよく言い含められていますから」
「なっ―――父上が!?」
叔父の存在を自身より下に見ているダグマイアと言えど、父に対しては恐れを払わずに居られなかった。
優れた政治手腕と聖機工としての技術力、そして圧倒的な威圧感を有する偉大なる父。他のあらゆる者達と並び立つ事などありえないであろう、ダグマイアにとっては超えられぬ壁とも言えた。
「一時的な冷却期間が必要であろうとの見識です。元々アマギリ殿下の特異性は我々以外の勢力も興味を示していました。その中で、先日我々は一歩先に出る形で殿下当人に仕掛けてみたのですが―――上手く返されましたね。殿下の特異性は殿下ご自身の差配により衆目の下に晒されて、さらに拙い事は、我々が殿下に対して興味を持っているとの印象を諸勢力に与えてしまったと言う事実です」
山間行軍訓練の企画からなる一連の出来事を状況証拠とすれば、どれほど程度の低い勢力であってもメスト家がアマギリ・ナナダンに何か思うところがあると考えが至るのは当然と言える。
事実がどうかと言う問題ではなく、それら勢力がそう考える事によって、メスト家の動きに注目してしまうということが問題なのである。
本命の計画に、大きく差し障る可能性があるからだ。
「もとよりアマギリ殿下は、我々の思惑にある程度気付いていて、そうでありながらそれに乗ってきたのです。最後は、現場の人間の意見としては裏切られたと見る向きもありますが、大局的な意味では殿下の取った手段に異を唱える訳にもいきません。ただ、我々の取り分が多少減ったと言った程度でしたから、手打ちにするには充分でした……いえ、充分だった筈なのです。殿下ご自身の目的も達せられたのですから、あの場限りのご無礼容赦、痛み訳と言ったところで纏まっていた話だったのですよ。ですが」
それを、最後に台無しに仕掛けたのは―――その場だけでは終わらせられない状況にしたのは、誰か。
ユライトは滔々と語りながらも、最後だけ少し力を込めてダグマイアに投げかけた。
ダグマイアはそれを受けて忌々しげに顔を背けて眉根を寄せた。
「……私の判断は間違っていなかった。あの場で殺せれば、全てが解決した問題だ」
呻くように、自らの判断ミスを決して認めないと宣言する。
決してミスを認めず、後ろを振り返ろうとしない。それがダグマイア・メストの強さであり弱さであった。
個人としてはそういう態度もありかもしれないが、咎める側のユライトにとってはどうしようもないほど面倒な少年である。言い含めるのに他者の名を利用せねばならないなど、常識的な大人であるユライトにとっては恥を覚えるところもあったからだ。
「残念ですが、その判断をするのは貴方ではありません。兄上です」
「それは、だが―――っ!」
父の名を出されて一瞬怯んだダグマイアだったが、だからとってそこで引く訳にもいかない理由が彼にもあった。
自らが巻き起こしてしまった事態であるが故に、より一層、収拾を―――自分に有利な形で、つけなければならないと考えたからだ。
だが、ユライトはダグマイアを遮って辛抱強く言葉を続ける。
「殿下がこちらの策に乗ってくれたのは、それがあの方にとってもメリットがあったからです。現在は結果論として殿下はご存命で、かつ我々もある程度の目的は達成していますから―――貴方の先走りもあの場限りの事と手打ちにしてもらえる可能性が高い。しかし、此処から先はそうは行かない。貴方がやろうとしていることは貴方以外の人間には何のメリットも無い。私にも、兄上にも、勿論アマギリ殿下にも。そういった行為を、あの殿下は好まぬでしょう。そして好みでは無いものには、何の容赦もなく―――、通じませんよ、あの方には。実行犯は自分ではないなどと言う言葉は。今度失敗すれば―――ねぇ」
そう言いながらもユライト自身、それはどうだろうと自分の考えを疑う部分があった。
アマギリ・ナナダンは龍。人の尺度で測れる存在ではない。
過去についてヒトと同じような追想を行う保証は、まるで無いのだ。
瑣末ごとと受け取ってくれれば御の字だし、ユライトはそう判断するのだが、果たしてその逆、重大事と受け取っている可能性も否定できない。
いや、あえてあの時のように重大事と受け取ろうとする可能性もあった。
それは、避けたい。
仕方ない犠牲と受け入れるしかなかったが、むざむざと死を量産して平然と出来るような気概は、ユライトには無かったから。
「私は失敗などしない! それに、我らの背後に控えるものの巨大さが理解出来ないヤツでは無いでしょう! 我らは何時でもヤツを始末する事が出来る。それを知らぬヤツではあるまい」
「我々は殿下を何時でも始末できる―――なるほど、方法を問わなければ」
「そうだっ! そうだと言うのに叔父上、貴方が中途半端に様子見などを選ぶからこんな状況になる。今からでも遅くは無い―――」
なるほどと肯定して見せたユライトに、ダグマイアはここぞとばかりに自身の言葉に力を込めて押し込もうとする。
しかし、ユライトはそれを手を示して遮った。
「我々は、殿下を何時でも始末出来る」
ゆっくりと、幼子に言い聞かせるように、ユライトは一度言葉を切った。
ダグマイアは日頃滅多に無いユライトの威圧的な態度に、戸惑ったように後ずさった。
ユライトはダグマイアの顔色を見ながら、ゆったりと微笑んで言葉を続ける。
「ですが、それと同様にこうも言えます。―――殿下は何時でも、我々を始末する事が出来るのだと」
「なっ―――!?」
そんな馬鹿なと、そんな可能性すら考えていなかったと言う風に驚愕の声をもらすダグマイアに、ユライトは肩を竦めた。
「有り得ない話ではないでしょう? 殿下自身の狂気―――いえ、才気。そして殿下の背後に控えている者達。それらを組み合わせれば、例え我々と言えど抗いようがありません。―――勿論、殿下の刃が本国の兄上に届く事は無いでしょうが、殿下にとってはそれで充分でしょう。貴方も気付いている通り、殿下にとって相手と見なせるのは私や貴方ではなく兄上―――シトレイユ皇国宰相・ババルン・メスト只一人なのですから。今回の件に対して警告の意味を込めて、我々の命を刈り取りに掛かる―――その可能性を、どうして有り得ないと言えるのです」
「それ、は―――」
暗い瞳で語る叔父の言葉は、ダグマイアの瞳の奥を恐怖で揺らした。
ダグマイアは思い出していた。残務整理時に立ち会った、秘密裏に行われた破損した聖機人の回収現場。そこで目にしたのは、破壊、その残滓。
撃ち貫かれたコアユニット―――その内側に飛び散った。
胃液が逆流するような饐えた匂いが鼻の中に満ちるのを、ダグマイアは必死で食い留めようと努力した。
切るでも、叩くでもなく、潰す。踏み潰し叩き潰し―――握り潰す。
あの無残を、平気で実行できる精神を想像すれば、恐怖を顔に出さずにはいられない。
ましてや、それが自分に向くかもしれないなどと。
ダグマイアの肩は本人にも気付かぬ間に細かく震えていた。
それをしっかりと確認したユライトは、顔を背けたダグマイアに気付かれぬように息を一つ吐いた。
これで良い。―――良い筈だ。
アマギリは今の自分の有り様に完全に満足している。無理に変化を望んでいない。それがユライトにはよく解っていた。
今回は、こちらが土足で踏み込んだから牙をむいてきただけ。だったら、これ以上近づかなければ彼自身からは何の反応も無いだろう―――無いと、思いたい。
むしろ注意すべきは、彼を利用して勢力の拡大を狙っているハヴォニワの女王フローラである。
今回の―――ダグマイアが最後に起こした失態を肴に、ババルンの勢いを削ってくる事は必定だった。
だが、それもババルンが対処すべき話であり、ユライトたちは何もする必要は無い。
それ故に、ユライトは甥っ子が迂闊な行動を取らない為にこれほどの脅しを仕掛けているのだった。
「大事の前の小事とも言えます。目先の事に囚われず、大望に至るためにどうするべきか―――くれぐれも、よく考える事です」
「叔父上に言われるまでも無い……っ」
悔しそうな、それでも暫くは迂闊を起こさないと思える言葉を聞いて、ユライトは漸く安堵の微笑を浮かべた。
ユライトにとっては、ダグマイアもアマギリと変わらぬ、状況の変化を呼び込むための重要な要素だったからだ。
※ 誰も反省なんてしない……っ!
いや、このタイミングで自重を覚えられても困るんですが。