・Sceane 14-3・
夜も更け、そろそろ寝ようかと考えていた時のこと。
寝室の森に面したバルコニーに続く窓を、カーテンの向こうから叩く音にアマギリは気付いた。
西塔の最上階にあるこの寝室に侵入できる人間など限られているから、アマギリはさして警戒もせずに寝巻きの上から上着を羽織って、カーテンを開いた。
「アウラ王女」
「夜分遅くに済まんな。邪魔をするぞ」
私服姿のダークエルフの美女が、そこには居た。窓の鍵を開けてみれば、アマギリが開く前に外から窓を開けて寝室に踏み込んでくる。
「……男の一人暮らしの寝室に堂々と踏み込んでくるとは、覚悟はできてるんだろうなーとか言う場面ですかね?」
寝室内に備え付けられたティーセットを勝手に用意しているアウラに、アマギリは興味なさ気に問いかけた。
「この屋敷には使用人もユキネ先輩もいらっしゃるだろう。……と言うよりも、彼女の頼みみたいなものだからな。少し時間が遅くなってしまったのは否定せんが」
「ユキネに、頼まれた?」
サイドテーブルに腰掛、アマギリに向かってティーカップを手渡しながら、アウラは頷く。
「あまり先輩に心配を掛けすぎるな。短い付き合いだが、お前はどうにも行動が無防備すぎて危なっかしい」
「自分としては頭を使って動いてるつもりなんですけどね」
「ならば頭を使った後で、他人に気を使う事を覚えるべきだな」
アウラの言葉はにべも無い。完全に年上の態度でアマギリを責める姿勢だった。
ため息を吐いて、アマギリはアウラの向かいに腰掛けた。
「で、ご用件は? 一応明日からしばらく歩き詰めって事になっているんで、早めに休みたいなと思ってたんですが」
「そのものズバリ、明日の件だよ」
「色気が無いなぁ」
一応礼儀と思ってぼやいて見せたら、なら努力する事だと鼻で笑われてしまった。
「明日の行軍訓練だが―――」
「ええ、病欠不可みたいですね。いやまさか、事前にドクターチェックまで入れてくる手の込みようだとは思いませんでした。……それが何か?」
アウラの真剣な声を遮って、アマギリはなんて事の無い風に答えた。
「とぼけるな。私は入学式前夜の一件も知っているんだぞ。それに、会議でお前は一人だけ反対していた」
「―――会議のときは、ホラ。僕、言いましたけど運動とか好きじゃないんで」
視線を逸らして窓の向こうを見やりながらアマギリは言う。そんな態度をアウラは目を細めて追求する。
「反対したのはそんな理由ではあるまい」
「……解ってるくせに」
逆に嗜虐感たっぷりの笑顔で返されて、アウラはアマギリより視線を逸らすより無かった。
「―――そうだな、反対するのが当然だ」
「ええ、ですから貴女は本当は、何故お前は結局賛成したのかと聞くのが正しいでしょう」
「そんな恥知らずな真似、出来るはずも無いだろう」
いっそ気楽にも聞こえるアマギリの言葉に、アウラは苦渋の表情を浮かべる。
見た目どおりに清廉潔白を重んじる人であろうから、腹芸を交えた立ち回りは好かない―――出来ない訳では無い、決して―――のだろうなと、アマギリは思った。
アマギリとしては別に、アウラが状況を認識した上で賛成した事を解っていたからといって、ソレを責めるつもりも無かった。
立場上、仕方の無い事は幾らでもある。友情よりも優先せねばならない事の方が、むしろ多いだろうと思っていたからだ。
「そういう言われ方すると、何だか僕が悪いみたいに思えてきますね。まぁ、悪いと思ってくれてるんなら、貸し一つって事にしても良いですけど」
アウラのためも思って恩着せがましく言って見せたが、流石にそれは伝わってしまったらしい。
アウラは、苦笑いを浮かべて困ったように返してきた。
「こう言ってはなんだがな、アマギリ。お前、抜群に性格悪いな。ダグマイア・メストが正直哀れに思えてくる。―――尤も、フローラ様の息子だといわれれば納得するしかないが」
短い付き合いの人間の本質をあっさりと言い切ったアウラに、アマギリとしても笑うしかない。
「生憎、血が繋がっている訳では―――、あ」
「ほう?」
マズった。
失言に、アマギリの思考は急速に冷えてきた。微苦笑が消えて、朴訥な普段の顔には似つかわしくない、無表情が出来上がる様を、アウラはまざまざと見た。
見るものが底冷えするような冷めた瞳は、それこそ、本人が否定した筈の母親の顔に似ていた。
「―――今の、オフレコでお願いします」
カチャリと、普段ならぬ音を立てながらティーカップを手に取り口に含んで、アウラは息を入れ替えた。
困ったように、笑う。
「構わんさ。心配せずとも初めから解っていた事だ。―――いや、違うな。有る程度の力があれば、誰にでも解る。フローラ王女はお前に関する情報隠蔽は、ワザとその程度のレベルでやっていたらしい」
「うわ、それはまた性格悪いこと」
アウラノ言葉に、アマギリは無表情を崩して笑った。アウラも、お前の親だからなと肩をすくめて息を吐く。
その後でアウラは、もう一度真剣な表情を作り直して、問いかけた。
「―――で、だ。つまりそのあたりの事情も、今回の件に関係しているんだろう? ―――ハヴォニワの龍よ」
「知ってましたか。……まぁ、そりゃあそうですよね」
頭を掻きながら言うアマギリに、アウラも頷く。
「それゆえの、”見極めろ”と言う父上の言葉だからな。事前にリークされた映像資料から、お前の聖機人の事は認識している。私以外にも恐らく、それなりの人間がお前に興味を示しているだろう」
「……友達が増えないのは、それが原因か」
通りで遠巻きに見られている事が多いと思ったと嘯くアマギリに、それは性格が悪いからだとアウラはさらりと言いきった。
「因みに、生徒会長も?」
「リチアか? 当然だろう。彼女は現教皇の孫娘。教会の中枢に関わる事のできる立場の人間だぞ。―――そんなリチアが、教会の信仰を根本から揺るがしかねないお前の存在を、知っていない訳が無いだろう」
淡々と答えるアウラに、アマギリは肩を竦めた。
あらゆる古代文明の遺産と各国の最高戦力である聖機人を管理する組織に属する人間だから、当然だった。
元々予想済みの事態であるし、何より生徒会室での彼女の態度がソレを裏付けていた。
それと同時に、そこまで衆目を引きすぎてしまう事だろうかと感じる部分もあったので、その辺りに探りを入れてみることにした。
「コレでも僕は、神の実在を信じてる方だと思うんですけど。―――そんなに拙いですかね。たかが龍一匹、何ができると言うほどでも無いでしょう」
輝く翼を背負った神の姿を思い浮かべながら言うアマギリに、アウラはゆっくりと首を横に振った。
「龍と言う生き物は、神話や伝承において、破壊や暴力を司る存在として記されている。そして、その存在の出現が記述される時は、決まってその時代の文明の末期、崩壊寸前の時期だと相場が決まっている。―――教会が、大崩壊以降のこの世界の法理を作り上げてから数百年以上、大国間の水面下での鍔迫り合いは、最早隠しきれぬ現実の争いに発展しかねない規模になってきている。何かの拍子に、教会の手綱を食いちぎって当事者ですら止めようが無い大騒乱に発展しかねないのが、今のジェミナーの現状だ。一度世界を巻き込んだ騒乱が始まれば、最早次の新たな秩序を築き上げるまで止まる事は無いだろう。そんな、世界情勢に於いて―――」
「―――龍、ですか」
暗い声で洩れた呟きに、アウラはしっかりと頷いた。
「そう、お前と言う存在が、現代秩序の崩壊の呼び水だとでも言わんばかりに、この世界に現れた。秩序の一端を担う、我々の父母達の立場からしてみれば、無視できる筈も無いさ。尤も今回の件は、他の誰もが抜け駆けする事甚だしいと考えるだろうがな」
「―――なるほど、ね」
締めくくりに誰かへの批判を滲ませているアウラの言葉を最後まで聞いて、アマギリは頷いた。
龍。伝承。神話。
馬鹿馬鹿しいと思わないでもないが、初期段階文明、それも古代文明の遺産が残る星系では、迂闊に笑い飛ばせないのも事実。その末端に、望まぬとは言え巻き込まれてしまっているのだ。
姿かたちの見えないものは、誰にだって不安を覚える。それが、何か良くないものと結びついていると言われれば、尚更。誰かが―――いや、今正に。良からぬ事を考えている輩は、既に居るのだ。
対策は。簡単だ、知られない事。
では、既に知られている場合はどうする。
単純だ、知っていても意味が無い事だと、理解させる。その情報の貴重性を、失わせる事が必要だ。
「アマギリ?」
無言で口元を抑えて考え出したアマギリに、アウラが心配げに声を掛ける。
心配してきたのか、脅しにきたのか解らない自身の物言いに、今更気付いていた。
だが、アウラの心配を他所に、アマギリは納得したとばかりに気軽な態度で頷いた。
「うん、返って衆目を引いてしまった方が、そこら中で牽制しあって、僕が自由に動きやすいって事だよね。数少ない知ってる人同士で、背後でコソコソ動かれるから面倒に感じるんだし、これからしばらくこの場所で過さなきゃいけないんだから、ここはやっぱり打って出て主導権を握りに行く部分だろう」
独り言とも誰に対する宣言ともつかぬ言葉を言いながら、アマギリは椅子から立ち上がり、首元に手をやった。
属性付加クリスタル。寝る時以外は首に下げっぱなしのそれを、無造作に外す。
「アウラ王女」
「な、なんだ?」
突然の呼びかけに戸惑うアウラに、アマギリはにっこりと笑いながら手にしたものを―――今、自身の首から外したばかりのものを―――アウラに、差し出した。
「お近付のしるしに、僕からのプレゼントです」
・Sceane14:End・
※ 自分でミスって自分でキレてみるとか、割とたち悪いなぁとか思わないでもない。
そしてきっと、ワウが草葉の影で泣いているとみた。
用意したは良いけど、今の所ギミックとして使い道が見つからなくてなぁ。
この学院、実機での演習とかやってるんですかね?