・Sceane 14-2・
「危険すぎる」
石造りの薄暗いガレージを見下ろす、天井を走るクレーン等を調査するモニター室。
そこから見渡せる広大なガレージ内の風景は、王侯貴族の通う聖地学院の中とは思えない無骨で雑多な様相を示していた。幾つものコンテナが積み上げられ、クレーンには何がしかの巨大な機械部品が吊り下げられている。
聖地学院の下層部分には、上層部の様式美優先の構造配置とは真逆の、このような機能性を最大限重視した空間となっている。
ユキネの咎めるような声は、その中の一角―――ある人物の個人的な研究施設の中で発せられていた。
室内に人影は三人。ユキネに咎められているのは、当然の如く彼女の現在の主であるアマギリ・ナナダンであった。
何時もの如く、反省のカケラもなく平然としている。
護衛として相応しい主の身を案じる言葉に対して、さも当然とばかりに腕を組んで頷いてみせる。
「だよねぇ」
ユキネの眉が釣上がった。この野郎、最近だいぶ羽目を外すようになってきたなと考えている。
「断固反対、休むべき」
ユキネは、むずがる幼児に言い聞かせるように繰り返す。でも、どうせ聞きはしないんだろうなと、内心思っているのも事実だった。
その考えを肯定するように、やはりアマギリは苦笑して肩を竦めるのだった。
「そうしたいのは山々だけどさ。それはそれで、向こうさんが攻めてくるような理由になりそうじゃない。お祭りの最中で人気も薄くなってるだろうし、ね。……確か参加者、景品で釣るようにしたんでしょ」
「だからと言って虎の巣に土足で踏み込むような真似はするべきじゃない」
「向こうから虎が近寄ってきたんだから、仕方ないじゃない。まぁ、猟銃一本持ち込めない辺り、向こうさんが上手だったのを認めるしかないかな」
ポン、と作業机の上に投げ出しておいたプリント束を叩く。
その表紙に記されているタイトルは、最早言うまでも無いだろう。
『山間行軍訓練・改定案:決定稿』
「一般生徒は順位景品で参加者募って、生徒会役員は模範として原則全員出場。ついでに、高等学部の生徒に対しては力量差が初等部生徒と大きすぎるため、不参加。……外堀埋められた感じで、隙が無いよ。これで僕だけ参加見合わせたら、恥ずかしくて翌日から外歩けないって」
「アマギリ様の鈍感さなら、人の視線なんて気にしないと思う」
「……最近言動がきついよね、ユキネ」
余りの言い分にポツリと呟いたら、誰のせいだと睨まれた。
そも、ユキネにしてみればこの主の行動は大胆と言うよりは杜撰に過ぎた。落ち着いて周囲を見渡しているように見えて、笑いながら足元の穴に落ちていく―――しかも、穴の中でまだ笑っているような、投げやりな生き方をしている、そう見えた。
そんな危なっかしい生き方をしていれば、何時痛い目に合うか解った物ではない。
だからユキネは、主をいさめるための言葉に、容赦と言う文字を使う事を放棄していた。
数日を要する密林地帯での単独行動。
対立者による提案、運営とくれば何かを仕掛けてくるのは当然と言えて、そこに仕方が無いからなどと言う理由で飛び込もうとするアマギリの行動は、ユキネには阿呆とすら思える。
危機を楽しむ事に平気で命を掛ける、いかにもナナダン王家の人間らしいと言えば、それまでなのだが。
彼の母親も、別に必要も無いのに反乱討伐の最前線に出張って陣頭指揮を取っていた。そんな所まで遺伝しなくてもよかろうに……と、そこまで考えて気付いた。フローラとアマギリは何の血のつながりも無い他人だった。
ふぅ、と一息ついて詮無い思考を追い払った後で、改めてユキネはアマギリに告げた。
「学院内の方が防衛がし易い。襲撃が予想されるのなら、尚更」
「そぉ? 大掛かりな破壊工作をしてこない以上、むしろより厄介なやり方で攻めて来ると思うけど。何せ、向こうさんの最終目的は、僕に”コレ”を外させながら聖機人に乗せる事なんだから。学院に残った時のパターンも色々考えてみたけど、取り得る手段が複雑になりすぎて、返って予測が立てられなくて動きづらい」
当然、と言う口調で反対の意を唱えるユキネに対し、しかしアマギリは思いのほか真っ当な意見で切り替えしてきた。首に下げた属性付加クリスタルを弄んでいる。
「考えられるのは分断して退路の制御とか、いっそ屋敷の人員を人質にとって脅迫してくるか。仕掛けに手が込みすぎていて、僕の領分だけで事を収めるには難しくなる」
「あのぉ~、ちょっと良いですか?」
主従がそれぞれ、それぞれなりの理屈で相手を丸め込もうとしているところに、第三者からの声が掛かった。
「何? 今結構大切な話をしてるんだけど。……主に僕の命的な意味で」
「いえ、また何かトラブル起こしているのかとか思わないでも無いですけど、今回はあたし無関係ですし。あたしが聞きたいのはですね。……何で、あたしの工房でそんな内緒話をするんでしょうかと言うことなんですが」
このモニター室に集った最後の一人―――ワウアンリーは、頬を引き攣らせながらアマギリに言った。
元々この工房は、ワウアンリーが個人的な研究をするために教会から借り受けた彼女個人専用の工房である。
決して、ハヴォニワ王家の秘密会議所では無い。
「……関係者、だから?」
「違いますからユキネ先輩! あたしバリバリに無関係です!!」
首を捻って答えるユキネに、ワウアンリーが即座に突っ込みを入れる。ユキネの言葉に、アマギリは苦笑した。
「やー、ホラ。屋敷で話すと子供の喧嘩に容赦なく首を突っ込んでくる怖い人の耳に入るからね」
「良いじゃないですか、フローラ様に全部お任せしちゃえば」
アマギリがあえて名前を出さなかったのに、ワウアンリーはあっさりと個人名を口にしてしまった。
誰も聞いてないよなぁと回りを見渡しながら、アマギリは肩を竦める。
「本当に良いの? かすり傷一つを領土割譲交渉に発展させるような人に任せても、―――本当に、良いの?」
「幾らなんでもそこまで酷い事は……しますよね、多分」
「……する。確実に」
国家間のバランスが崩れて、血と硝煙の香りが待つ未来を思い浮かべてしまい、三人でため息を吐いてしまった。
「とにかくそう言う訳だから、僕は出来れば自分の管理できる範疇で事態を収拾したいんだよね」
気分を変えるために一つ咳払いを入れた後、アマギリは言った。
「有る程度自分の事くらい自分の手元に置いておかないと拙いってことは、この前の事件の収拾を人任せにしちゃった時の事からも理解できたからね」
「……この前のって、オデットに弾を撃ち込まれたときのヤツですよね。アレ、解決したんですか?」
「いんや。解決して無いから二度目が来たんだけど」
「ああ、なるほどー……って」
当事者の一人としての当然の疑問に言葉を返すアマギリに、ワウアンリーは理解したと頷く。
そして一瞬考えて、碌でもない事実に気付いた。
「それって、ひょっとしなくても先日の事件にダグマイア・メストが関わっているって事になりません?」
恐る恐る、といった風にワウアンリーはダグマイアの名前を出した。否定して欲しかったその言葉をしかし、アマギリはあっさり肯定する。
「うん。―――って言っても、正確にはダグマイア・メストを動かせる人間が犯人なんだけどね。さて、シュトレイユ皇国宰相子息殿下をアゴで使えるような人物とは、一体誰でしょうか?」
「それは……」
当然。
出てくる名前は、一般庶民のワウアンリーには想像したい者ではなかった。名前を出したが最後、洒落で済ませられる問題ではないと、ワウアンリーは肩を震わせる。アマギリはそんなワウアンリーをみて薄く笑った。
「な? 子供の喧嘩で済ませちゃった方が、良いだろ?」
「そう、ですね……」
ワウアンリーは聞くんじゃなかったと、がっくりと項垂れた。
「ブックメーカーが収集したオッズを見ると、僕とダグマイア・メストのどっちが勝つか、皆楽しみにしているらしいじゃない。こうもあからさまに挑発されちゃうと、それを蹴った時の反応が怖いよ」
だから、とアマギリは隙の無い笑顔に表情を変えて、ユキネに自らの考えを宣言した。
「ユキネは当日は監視船で待機。―――ヤバそうな時は、頼むよ」
「―――監視船、で?」
アマギリの言葉にユキネは目を細めた。
監視船。つまり上空、人に囲まれた状態で待機しろと言うことは、事が起こったときに何もするなと言っているのと同義だ。
そんな事は認められない―――と、言おうとして、アマギリの異論を認めないという視線に押し黙る。
一つ大きく、ユキネは息を吐いた。
「……危なくなったら、ちゃんと、逃げないと駄目」
「―――前向きに善処します」
ユキネの言葉に、アマギリは曖昧とした顔で笑って頷いた。
いざ”これだ”と決めてしまえば、後は誰がどれほど言葉を重ねても、聞き入れてはくれない。
そういう意味で、アマギリはまさしくナナダン王家の人間だった。
※ ユキネさんはスタッフサービスに早く電話するべき。
ワウは……ブラック企業が似合うから、良いか。