・Sceane 13-3・
「失礼します、メザイア姉……、メザイア先生。頼まれていたアンケートの提出に……あれ?」
その日の放課後、午前の講義の終わりに配布された今後の講義に対する要望を記入するアンケートをクラス分纏めて提出するために、キャイア・フランは教師、メザイア・フランの教員室へと訪れていた。
キャイアにとってはメザイアはズボラな部分の多い困った姉であったから、例えそれが学院職員の手によるものだとしても、その部屋が整理整頓され、書類一枚床に落ちていないのを見ると、不思議な気分になってしまう。
鍵のかかっていなかったドアを開いてキャイアが踏み込んでみても、メザイアの姿は見えなかった。仕事机にも、来客用ソファにも人影は無く、キャイアが部屋を見渡してみると、メザイアの私室に続いている筈の扉が少し開いているのに気づいた。
その奥から、何か金属が軋み合うような音が漏れている。
「姉さん、入るわよ―――、姉さん?」
姉妹であるが故の気安さで、キャイアはメザイアの私室に踏み込んだ。
「あら、キャイアちゃん。来てたのね」
「来てたのって、姉さんが来るように言ったんじゃない。私を直々に指名して……」
姉の姿は直ぐに見つかった。
メザイアは、リクライニングチェアにだらしない体勢で腰掛けて、膝の上に乗せた小型の携帯用映像モニターで何かを見ていた。
彼女を尊敬する女生徒達には絶対見せられないしどけない姿だなとため息を吐きながら、キャイアは姉の方に近づく。
「一体、何を見てるのよ。だいたい姉さん、まだ仕事中の時間でしょ?」
「あら、仕事中と思うならちゃんと”メザイア先生”って呼んでくれなくちゃ」
「下着一丁で寝転がっている姉を先生なんて呼ぶ気が起きる訳ないでしょう……」
「だってぇ、この方が楽なんだもん」
誰に見せるつもりなのかさっぱり理解できないシースルーのアダルティックな下着姿を惜しげもなく披露している姉に、キャイアは額を押さえてため息を吐いた。
「それで、一体何を見てるの?」
「キャイアちゃんにも関係あるものよ~」
疑問顔の妹に答えるように、メザイアは膝の上のモニターをキャイアにも見えるようにずらしてやる。
姉の肩越しにモニターに流れる映像を覗き込んだキャイアは、そこに映された映像に見覚えがあることに気づいた。
屋外の訓練場で、背中にケーブルのついた巨大な甲冑のようなものが、二機で組み合っている姿。
「動甲冑の……これ、ひょっとして今日の授業のヤツじゃ」
キャイアには組み合う甲冑の内一機の動きには見覚えがあった。何故見覚えがあったかといえば、それはその日に丁度生で見ていたから、と言うわけではなく、日頃から”その動き”を目で追っていたからである。
「ダグマイア……」
胸の底が焦がれるようなその名前を、キャイアは我知らず呟いていた。
メザイアはそんな妹の態度に視線を送るだけで何も言わず、言葉を続ける。
「そう、今日の授業の時の記録映像。映っているのは、ダグマイア君と……もう一人は、解るかしら」
「へっ、あ……えっと」
問われて、キャイアはダグマイアの事しか見ていなかった事に気づいて焦る。慌ててもう一人の動きを良く見てみると―――見てみて、よく考えたら自分は直にこの戦闘訓練を見ていたのだと思い出した。
今日の授業でのダグマイアの対戦相手は、忘れる筈もない。
「アマギリ・ナナダン王子」
膝を折り曲げて身体を大きく逸らした人間では有り得ない状態で突進しているかと思えば、片膝だけに機体の全重量を掛けて、駒のように高速回転して斬撃を繰り出す。およそ、まともな戦闘訓練を受けている人間には有り得ないその行動は、キャイアを含めてその授業に参加していた全ての生徒の度肝を抜いていた。
「剣戟の訓練の時はちょっと変わってるけど理に適った動きをしていたのに、動甲冑を動かした途端にコレだもの」
動甲冑と言うのは、聖機師が聖機人の訓練用に用いる、大型の亜法機械である。その姿は名前どおりの、巨大な人型、フルプレートの全身甲冑のような姿をしており、腹の位置に聖機師が搭乗する事により操作する事となる。
聖機人ほど反応は良くないが、二本のアームレバーと両足に供えられたフットペダルを利用して、搭乗者の意のままに動かす事が可能である。
動甲冑の武装は聖機人と同じく、模擬訓練刀を使用しているから、聖機師は生身で鍛え上げた技を、ほぼそのまま動甲冑に搭乗して使用する事が出来る。……というか、普通ならそういう観点から動かす。
いかにもこんな、機械然とした動きなど、させる筈が無い。
アマギリ・ナナダンの動甲冑の動かし方は、中に聖機師が入っているとは思えないほど、異質なものだった。
人間的な動きとは程遠い、機能然とした機動。
そも、動甲冑はエナの圧縮力場を利用して浮遊して起動しているから、二本の脚に実はそれほど意味は無い。
それ自体は事実であり、だがだからと言って、人間の思考を受け取って動くシステムである動甲冑に、人間的とは言えない動きをさせる事を普通は考えない。
そんな事をしようと思えば、普段自らの身体に刻み込んだ技を放棄してしまうようなものだ。
自身の体の延長線上として動甲冑、聖機人があると指導されている聖機師達にとって、考えようも無い思考方向と言えるだろう。
だが、アマギリ・ナナダンは当たり前のように人の動きを放棄している。
動甲冑と言う機械には、人間的な動きよりも相応しい動きがあるんだと、他の誰もを嘲笑うかのように、そういう動きを求めている、少なくともキャイアにはそう見える。
それ故に、モニターに映された戦闘風景では、奇怪な動きをするアマギリの動甲冑に、セオリー通り対応が全く通じないと戸惑いが見られるダグマイアの機体、と言う構図が浮かんでいた。
「でもコレ、ダグマイアの勝ちなのよね」
アマギリの動甲冑の理解不能な動きに戸惑っているキャイアに、メザイアはあっさりと肩をすくめた。
実際その通りなのだ。
動甲冑は手にした模擬刀が敵機に接触すると、亜法反応によりその部分が変色し、稼動不能になるように作られている。
事実メザイアの言葉どおりに、アマギリの機体は胴体部分以外ほぼ全身が変色しており、今では脚部での機動を放棄して尻を突いて足を投げ出したままの姿勢でダグマイアの攻撃を避け続けていた。
対してダグマイアの機体には、全く変色は見られない。
結果だけを見ればダグマイアの圧勝と言えて、それ故にアマギリが遊んでいたのではないかと、見ていた生徒達は考えていた。ダグマイアがその事実を考えて、酷く不機嫌そうな表情をしていた事をキャイアは覚えていた。
アマギリが、敗北していたと言うのに笑っていたと言う事実も含めて。
キャイアにとって、アマギリ・ナナダンと言うハヴォニワの新しい王子は、あまり好きになれそうにない人物だった。
穏やかで誰に対しても人当たりの良いダグマイアに対して、アマギリは常に何処か超然とした態度を崩さない。
キャイアにはそう見えていた。
即ちアマギリの豪そうな―――実際偉い訳だが―――態度こそが、実直なダグマイアとの不和の原因になっていると、そう考えている。
それは単純に、惚れた弱みと言うもので、当分先まで、解決する事の無い問題だった。
「訓練をなんだと思っているのかしら、アマギリ王子」
「”訓練”と思っているのよ。訓練なら、死ぬ訳が無いもの」
思わずと言った風に漏れていたキャイアの言葉に、姉は淡々と答えた。その言葉に、キャイアは眉をひそめる。
「死ぬ訳が無いから遊んでも平気ってこと?」
「もう、キャイアちゃんたら。―――訓練だから、死ぬ訳が無いから勝つ必要が無いって思ってるのよ、この王子様は」
「―――勝つ必要が、無い?」
微苦笑を浮かべる姉の言葉に、キャイアは首をひねった。
言葉の意味に悩む妹に、姉は解らないか、と困った風に笑った。メザイア自身も、実はこうして何度も映像を見直さないと理解できない事だったのだ。
「ちょっと見て」
メザイアはモニターを操作して、映像を巻き戻してキャイアに示す。
「ホラ、ダメージを受けてるのは王子様の機体ばかりなのに、こうして見ると王子様の機体も結構攻撃してるでしょ?」
「そういえば……でも、ぜんぜん当たって無いわね」
アマギリの機体が放つ攻撃は、脚を脚として活用していないが故の刺突が主で、結構な数を打ち込んでいるように見えるのだが、現実にはダグマイアの機体は全く変色を起こしていなかった。
「それに対して、ダグマイアの攻撃は一撃で王子様の機体を大きく染め上げている」
メザイアの言葉に従うように、ダグマイアの放った斬撃はアマギリの機体を削り落とすように赤く染めた。
その事が、何かおかしいとキャイアは思った。
ダグマイアの斬撃は修錬の賜物と言える鋭い物で、キャイアとて避けるのは至難の業だろう。だが、仮にキャイアがそれを受けたとして―――あんな、一撃で下腕が真っ赤に染まるようなダメージを負うだろうか。
「腕で、受け流しているのよ」
キャイアの黙考を肯定する姉の言葉が漏れる。
ダグマイアの攻撃がヒットする瞬間、アマギリはその攻撃の威力を削るように、装甲表面で滑らせるように攻撃を受けている。
「動甲冑のシステムとして、ああ言う受け方をしてしまえば変色してその部分は稼動不能になるけど、実戦であれば装甲が少し削れるだけで、内部機構には一切ダメージはいかないわ」
「そんな、偶然じゃ……」
「そんな事はないわよ。その証拠に見なさい。腕で受け流した後、王子様の機体が戸惑ったような挙動を見せているでしょう。……本人はちゃんと受け流しているつもりなのに、機体のシステムがダメージ判定を出しちゃったから、唖然としてるのね」
事実、最初の一撃を食らった後は、更に機体の動きが人間離れしていっている。それは、この訓練の勝敗に価値がないと見切りをつけたからだとメザイアは言った。
「攻撃の方も、全部ダメージ判定の無い”実戦であれば有効な”間接部分と装甲の継ぎ目を狙った物ばかりに終始してるのよ。整備員に確かめてみたけど、ダグマイアの機体は間接部分の損傷が酷くてオーバーホールの必要があるって言ってたしね」
メザイアの言葉にキャイアが呆然としている間も映像は続き、ダメージ判定が限界地を迎えたアマギリの機体が、稼動停止する。
その後、苦渋の表情で期待から這い出してきたダグマイアと、何て事がないように身体を伸ばして平然としているアマギリの姿が見える。
どちらが勝利者なのだろうか。この部分だけを見ていたら、誤解してしまいそうだ。
「何よりも他人の評価を追い求めている人間と、他人の評価にまるで興味が無い人間。立場は似通っているのに、思考が正反対だと、―――はぁ、キャイアちゃん、このクラスきっと大変よ?」
「そ、……れは―――」
アマギリ・ナナダンの態度に問題があるからだ。
今までだったらはっきりとそう言い切れた筈なのに、今のキャイアには、それが出来そうも無かった。
ダグマイアは、正しい。
真剣に講義と向き合い、鍛えた技を正しく振るっていた。
だが―――アマギリが、”正しくない”とは、キャイアには言えないのだ。
曲がりなりにも親衛隊の一員として自らを鍛え上げる事に余念の無いキャイアにとって、色眼鏡を外して見ると、アマギリの行動には一応の理解を払うより無かった。
この人間は、行動の成果を自分の理解でのみ得られれば由として、他人からどのような評価を受けようがまるで頓着しない。傍から見ればそれは、人を食ったような態度で、超然として豪そうで―――だが現実は、物事に真摯に向き合っているだけだ。
物事に、真摯に向き合っているのはダグマイアも同じ筈なのに。
何故、何故だろう。 何故この二人の間には不和が流れるのか。
今のキャイアには、それを理解する術をもたなかった。
・Sceane 13:End・
※ こういうヤツに限ってテストの点数は良くて、教師に嫌われたりするんですよね。