・Sceane 13-1・
全身のバネを利用した低い位置から掬い上げるような打ち込み―――かと思えば、肘から先だけを使った打ち下ろしを加えてきて、崩れた体勢のまま、足首の力だけで全身を跳ね上げる。
屋外に開かれた石畳の訓練場。
アマギリは舞台中央で待ち構える形の、メザイア・フラン教師に対して、自らの動きを確認するかのようにバリエーション溢れる攻撃を加えていく。
いよいよ本格化してきた聖地学院での講義の毎日。午前のこの時間は、剣戟の第一回目の講義だった。
体技系の講義を受け持つメザイアは、去年聖地学院を卒業したばかりの新任であり、講義初日である今日は、まず生徒達の出来具合を確かめるためにと、順番に剣を打ち合わせてみると言う形になった。
因みに、同学年との合同授業の中、アマギリの順番は最後である。興味津々と言う目ばかりの他の生徒達の前で、それを気負った風も無く、アマギリは自身の技を打ち込んでいく。
速度を上げても、重い一撃を入れてみても、メザイアの表情に崩れは見えないから、アマギリは単純に、自身の技量はその程度なのだろうと判断していた。そもそも、同じ学生であるユキネにすら敵わないレベルなのだから、当然だろうと思っている。
ひゅっ、と横凪に打ち込んだ一閃が脇の位置でメザイアの木刀にさえぎられたところで、アマギリはバックステップで距離をとった。
「―――ここまで」
時間にして二分弱。メザイアが終了を宣言した。
「少し動きが独特過ぎる気がしますが、体の動かし方―――基礎自体はしっかり出来てますね」
メザイアの講評に、そういえばユキネも似たような事を言っていたなと思い出しながら、アマギリは微苦笑を浮かべる。
「殿下ほど自分の型がはっきり出来てしまいますと、後はもうそれを繰り返して研ぎ澄ませて行くしかありませんから、私から特に指導できる事はありません」
頑張って自習してくださいと言う遠まわしの言い方に、アマギリの頬が引きつる。
「微妙に、職務放棄になってませんかメザイア先生」
「そうは言うけど……殿下が叩きのめされても良いというなら、私も全力で正統派の動きが出来るように矯正して差し上げますが」
「遠慮します」
サドっぽい笑みを浮かべながら言うメザイアに、アマギリはあさっての方向を見て笑いながら拒否を宣言する。
メザイアは、あら残念と苦笑しながら次の言葉を続けた。
「―――現実問題、殿下のお立場もありますし、あまり傷を付ける訳にもいけませんから、無理なんだけどね」
「ああ。……男性聖機師に危ない事はさせられないってヤツですか」
男性聖機師の役目は、戦う事ではない。最低限の護身が出来ればそれで充分で、だからこそある程度の動きが出来るアマギリには、メザイアは無理に指導する事が無かったのである。
「そう言う訳ですから、後は向こうの子達と一緒に寛いでなさいな」
握った木刀の剣柄で遠くを指し示しながら、メザイアは言う。
そこには、日除け傘の下にティーテーブルを設置した場所で寛ぐ、同級生男子たちの姿があった。
学院職員の給仕たちに甲斐甲斐しく世話をされながら、リクライニングの効いたガーデンチェアに背を預ける若い男たち。視線を反対方向に向けると、運動着姿の同年代の女子たちが、真剣な表情で木刀を素振りしている。
これこそまさに社会の縮図だなと、アマギリは苦笑いを浮かべた。
「―――なんか、僕自身が社会主義かぶれになりそうだ」
いつか冗談で自分が言った事を思い出しつつ石畳の舞台を降り、アマギリはやれやれと肩をすくめた。
聖地学園にきて早一週間と少し。この学園の空気と言うものを、そろそろ理解し始めていた。
「お疲れ様でした、殿下」
「ん? ああ、ダグマイア君こそお疲れ様」
男性聖機師達の待つテーブルまで向かうと、アマギリの存在に気づいた少年たちが一斉に立ち上がり礼をしてきた。その全員に楽にしていいよと片手を振りながら、アマギリは一人声を掛けてきたダグマイアの言葉に答えた。
「如何でしたか、剣戟の授業は」
「初日だからあんなものじゃないかな。ダグマイア君こそ、どう?」
会話の流れからダグマイアの隣に腰掛けねばならなくなったアマギリは、親しげに尋ねてくるダグマイアに、逆に言葉を返した。
「アマギリ殿下の動きを見て、自身の未熟を恥じていたところです」
「男の中じゃダグマイア君が一番動けてたと思ったけど、勉強熱心だねぇ」
ダグマイアのあからさまなおべっかに否定も肯定もせず、アマギリはあっさりとダグマイアの技量を認めた。
実際、開けた場所で正面からぶつかった場合は、自分はダグマイアには敵わないだろうなとアマギリは考えている。暢気に堕落をむさぼっている他の男性聖機師達に比べて見事な技だったから、見えない部分で本人の努力があるのだろう。直情的な部分があるし、案外努力家なのかもしれないとアマギリは思った。
「―――ま、僕の場合はもともと身体を使って働くのって好みじゃないから、あんなもんで限界だと思うよ。だいたい、これ以上鍛えたところで、使い道が無いだろうしね」
給仕の差し出してきた紅茶を受け取りながら肩をすくめて言うアマギリに、ダグマイアは眉をひそめた。
不機嫌そのもの。受け入れがたい言葉だったらしい。
ダグマイアの解りやすい表情の変化に笑いつつも、アマギリはなんてことも無いと言った風に、石舞台の方を指し示した。
二人一組になって打ち込みの練習をしている女子生徒たちを、メザイアが真剣な顔で見て回りながら、一人一人に対して丁寧に構えから腕の振りまで指導している姿があった。
「見なよ。僕よりも伸びしろが無さそうな子にまで、メザイア先生は僕たちに教えるときには無かった真剣さで指導している。何故か、と言えば答えは簡単で―――」
「あの者達は戦場に立つ可能性が高いからですか」
アマギリの言葉に、ダグマイアは苦々しげな声で返した。アマギリは表情をゆがめているダグマイアを横目で見つつ、言葉を続ける。
「そう言う事。僕らなんて、遺伝子レベルの問題が根本的に解決しない限り、一生戦場に立つことは無いからね。だからメザイア先生も、無駄な時間を僕らに割くような真似はしない。こうして、隔離して手厚く扱って―――真綿で首を絞めるように、とはよく言ったものだよ」
「アマギリ殿下は―――それに、ご不満がおありで?」
苦渋のうめき声のようだった筈のダグマイアの声質が、変化したように感じられた。
あからさまに探るような響きを秘めたその言葉に、アマギリは少しだけ眉をひそめた。
少しけん制してみる必要があるかと、言葉を少なくしてダグマイアの様子を見てみることにした。
「いや、別に」
「何?」
「何って―――何が何?」
当てが外れたと言う事なのだろう、ダグマイアは本音の驚きを示してしまっていた。それから、探っていた筈が逆に探られている形になっていることに気づいた。
自分から振った話しだから、ダグマイアとしては答えないわけには行かない。至極自然な口調を心がけながら、ダグマイアは口を開いた。
「いえ、―――自身をないがしろにされて、才の無いものたちばかりが世に憚ろうと言うこの現状に、殿下はご不満なのではないかと」
言い回しの妙、自身が不満であるとは明言を避けた形だったが、現実にはあからさまだった。
アマギリはダグマイアという人間をまた一つ理解した。同時に、革命論者など居ないといっていたワウアンリーの嘘つきめ、などとどうでも良い事を考えている。
少し、踏み込んでみて今後の対応を考えようかと思い立ち、アマギリは口を開いた。
「もし不満があったとして―――」
「はい?」
疑問の呟きをもらすダグマイアの表情も確認せずに、アマギリは言葉を続ける。
「知っての通り僕は王家に組み込まれてまだ日が浅い。だから、男性聖機師の不満と言うものの真実を、はっきり理解して居ないのかもしれないな。―――どうだろう、ダグマイア君。先達として、僕にその辺りの事じょ―――っ!?」
キャア、と甲高い悲鳴が石舞台の方向から響いた。
視界の端、何か硬質の物体が、アマギリに達の席に向かって、飛来してくるのが映った。
危険。危機に際して脳が高速で起動し、感覚が何倍にも引き伸ばされているようにアマギリは感じられた。
ガタンと、ダグマイアが機敏な動作で席を離れ前へ踏み出そうとしていたのを、見ても居ないのに気づいた。
否、飛来する、女子たちの悲鳴が上がるより、ダグマイアの動きの方が先だった。その理由を確かめる間もなく、飛来してくる物体を、アマギリの脳は認識する。木刀の先端部。回転しながら、高速で。
アマギリに直撃するコース、当たり所が悪ければ、軽症ではすまないだろう。
どうする?
思考の片隅では悩んでいると言うのに、アマギリの身体は、きちんと最善の行動を目指して動いていた。
テーブルの片隅に立てかけておいた木刀を手に取る。
逆手でそれを振り上げ、顔を守るように持ち上げる。
瞬間、乾いた響き。衝撃を手首で往なして運動エネルギーを相殺する。
一瞬の出来事だった。はじけ飛んできた木刀の破片を、アマギリは拾い上げた自身の木刀ではじき落とした。
その事実に誰よりも驚いていたのは、実はアマギリ自身だったと気づいているものは居ない。
反射神経だけで動いていた体の緊張を解いて、アマギリは大きく息を吐いた。
「―――そう言えば昔、攻めるのが下手ならせめて危機回避能力だけは鍛えなさいって、誰かに肉体言語で叩き込まれた気がする……」
「殿下……ご無事で?」
アマギリがゆらりと腰を落としたことで周囲の空気も動き出した。
ダグマイアが、心配したと言うよりは、いっそはっきりと”避けられた事実”に驚いた風に、言葉を掛けてきた。アマギリは苦笑を浮かべて応じた。
「―――まぁ、ね。ダグマイア君が離れてくれていたから、動きやすかったよ」
普通に聞けばなんてことの無い言葉だっただろうに、ダグマイアの反応は劇的なものだった。目を見開き、焦点を揺るがす。
「その、突然の事ゆえ―――申し訳ありません」
「? 何で謝るのさ」
赤子をあやす様なアマギリの言葉に、ダグマイアはますます返事に窮していく。
「それは、その―――エメラ! アマギリ殿下になんと言う無礼を!!」
ダグマイアはアマギリの視線を振り切るように女子の一団に向かって叫んだ。
騒然としてこちらを見ていた女子たちの一団から進み出てくる、先端の折れた木刀を持った少女の姿があった。
どうやら、彼女が打ち付けた木刀がアマギリの眼前まで飛来したらしい。
「知り合い?」
「申し訳ありません殿下。私の従者です」
「隣のクラスの子か。ふーん……、それにしてもダグマイア君、こんな遠目からあの集団の中で、良くあの子がミスったんだって解ったね」
向かってくるエメラと呼ばれた三つ編みの少女と、メザイアを見ながら、アマギリは楽しそうに笑った。
ダグマイアの肩がはっきりと揺れたのが、視界の隅で見えた。
「それは、その―――」
落ちた破片に視線を落とす。へし折れてささくれ立ってるのは片面だけで、断面の半分近くは、何故か平らになっていた。
さて、ぶつけて何をするつもりだったのか。今のダグマイアの動きからして、守ってくれてマッチポンプ狙いと言ったところか、それとも事故死狙いか。
「いやいや、さっきの言葉訂正だね」
「は?」
アマギリは困惑した態度のダグマイアに顔を向ける事も無く、椅子からのんびりとした態度で立ち上がった。
「こういういざって時のために、僕らも身体を動かしておく必要はありそうだって事」
向かってくるエメラとメザイアに問題ないと手を振りながら、アマギリは言った。
その背中を、ダグマイアがにらみつけている事に、果たして気づいているのか、居ないのか―――。
※ 野郎二人で間合いの計りあい御座るの回。
多分一番迷惑被ってるのはクラスの人たち。
ギスギスしてて嫌な教室だろうなきっと……