・Sceane 12-2・
深い森の、その獣道を抜けた先、天然の大木を利用する形で、その屋敷は存在している。
入り口を守るように立っていた屈強なダークエルフの戦士をを横目に、アマギリとユキネはアウラの招待に従うままに、屋敷の中に招かれた。
円筒形の、樹木の温かさが感じられそうな広い居間。繊細な刺繍の入った絨毯の上に敷かれた円座に腰掛けて、アマギリは改めてアウラと向き合う形になった。
「さて、なにぶん急な事なので凝った趣向とはいかないが、歓迎するよアマギリ。―――ユキネ先輩も、よろしければこちらにどうぞ」
アウラはアマギリに話しかけながら、お茶を組み入れて壁際に寄っていたダークエルフの従者と並んで控えていたユキネを招く。
ユキネはアウラの言葉に一瞬戸惑ってアマギリを見るが、アマギリはあっさりとそれに同意した。
「ああ、構わないよユキネ。―――助かります、アウラ王女」
「助かる?」
アマギリの心からの謝辞に、アウラは首をかしげた。
「助かるとはまた、変わっているな。従者にまで平等に扱ってみせるのは不快に思うと言うのが大抵だと思っていたが」
「そういうの、あるでしょうね。―――とは言え、僕は王子暦半年足らずの半端者ですから。外では国の面子もありますし気を使うようにしてますけど、まぁ、やっぱり女の子を背後に立たせて一人で椅子にふんぞり返ってるってのばかりだと、肩が懲りますから」
試すような探るようなアウラの言葉に、隣の円座に正座するユキネに視線を移しながら、アマギリは肩をすくめて見せた。
アウラはアマギリの言葉に、感心したかのように、ほぅ、と言葉を漏らす。
「半年、か。先ほどの挨拶と言い今の従者に対する明確な態度と言い、とてもそうは見えないがな。―――まるで生まれついての王族のような振る舞いだが、ハヴォニワ王城に来る前は、どのような暮らしをしていたんだ?」
アウラの言葉に、アマギリは頷いた。ユキネの前にお茶を差し出す侍従に目礼をしながら、さらりと言葉を滑らせる。
「―――わざわざ屋敷にお招き頂いた理由は、そこですか」
さしずめ美人局ってところかなぁと、特に気分を損ねることなく呟いているアマギリに、アウラも心痛める風も無く、頷き返した。ユキネは礼儀正しく何も言わなかった。
「お前がフローラ女王に言われているように、私も父王から言伝を授かっている」
「シュリフォン国王陛下からですか。―――聞くまでも無い気がしますが、どのような?」
「見極めろ、と」
アウラはアマギリの顔をまっすぐに見つめて、言葉を放った。
「見極めろ、見極めろ。……見極めろ、ね」
アマギリはアウラの言葉をかみ締めるように数度繰り返す。
現シュリフォン王は娘であるアウラを、目に入れても痛くも無いほどに可愛がっていると聞いている。
その娘に火中の栗を拾わせようとする現実は、自身が判断する材料が欲しいだけなのか、それとも、自身の判断すら人任せな凡愚の王なのか。内心判断に迷うところだった。無論、そう思っている事は眉一本動かすことなく、悟らせないが。
アマギリの沈黙を受けて、アウラが一息ついたあとに言葉を続ける。
「ついで言えば、聖地近隣で戦闘行為を行っておきながら、我がシュリフォンの巡回警備隊に一切連絡が無かった事も、父上の不審を強める要因でもある」
「ああ、入り口の人の目が厳しかったのってひょっとして?」
アマギリはこの屋敷の門兵のようだったダークエルフの刺すような視線を思い出してアウラに尋ねた。
「警備隊に所属している。―――私は、まだ聖機師としての資格を持っていないから、未配属なのだがな」
アウラは今年聖地学院四年。聖機師として認められるのは、いくらその実力が見合っていても、来年以降だった。
「でも、理屈の上では警備隊の巡回範囲外―――聖地の管轄外の地域ですから、報告義務は無いですよね」
「理屈の上ではそうだな。だが、感情面ではそうは行かないのはお前ほど頭の回転が速ければ理解できない訳が無いだろう? ああもあからさまな戦闘痕まで残しておきながら、何事も無かったかのように振舞っているのだ。邪推してくれと言っているようなものだぞ」
飄々とした態度を崩さないアマギリに、アウラは眉をひそめて苦言を呈す。嫌悪していると言うよりは、迂闊な行動を咎めているような親しげな態度だった。
だから、アマギリも苦笑を浮かべて受け流すのだった。
「いらない邪推を受けるのは、確かに困りますね。アウラ王女とは、くれぐれも仲良くなるように申し付かっていますから」
「仲良く、な」
アマギリの言葉に、アウラが居住まい悪げな口調で言葉を漏らす。
「その意味を―――アマギリ、きみはちゃんと理解しているのだろうな?」
「え? ああ、アウラ王女と見合いをして来いって事ですよね」
ゴフッっと、聞きなれぬ音がアマギリの横から響いた。視線を移すと、ユキネが器官に入ったお茶に咽ていた。
「―――大丈夫?」
「ッ、……大丈夫なわけ、無い。……そんな話し、私聞いていない」
ユキネは口元を押さえながらも、アマギリを恨めしげにねめつける。
「いやでも、外交関係を深めたい国の王女様を名指しして、仲良くなって来いって言われたら、ようするにそういう事を求められてるんだって理解しますよね?」
ハンカチをユキネに差し出しながら、アマギリはアウラにも視線を送る。アウラも流石に明言は避けたいのか、頬を赤らめて視線をそらした。
「……マリア様も、きっと聞いてない」
「ああ、ばれたら怖いだろうね、きっと。……どうしました、アウラ王女」
怒りに拳を震わすであろう妹の顔を思い浮かべて苦笑していると、なんとも微妙な表情をしたアウラが目に入った。
「いや。―――あっさりと考えたくない事を言ってくれると思ってな」
アウラの困ったような態度に、アマギリの笑みの質が変わった。目を細めて、試すような態度。
「あれ、僕じゃご不満ですか」
「不満を持つほど、私はきみのことを理解していないよ。―――それも含めて、父上は見極めろと言ったのだろうが」
自分のことなのに到ってどうでもよさそうな酷薄な笑みを浮かべるアマギリを不審に思いつつも、アウラは答えを捻り出した。何とか話題を逸らせないかと考えている。
「つまり、シュリフォン王はこの縁談にそれほど乗り気じゃないって事ですか」
しかしアマギリは、アウラの退路をふさぐかのように、あえて”縁談”とはっきり明言してしまう。
「ウチは、聖地を走っている鉄道とウチの鉄道網の連結計画がかかってるから、結構乗り気なんですけどね」
「―――お前は。……少しは本音を隠す努力をするつもりは無いのか?」
流石に嫌そうな表情を浮かべだしたアウラに、アマギリはそれを肯定するかのように言葉を重ねる。
「隠してもあまり意味が無いですから。だいたい、王族同士の婚姻なんて、政治の一環以上のものにはならないでしょう?」
「違う」
「へ?」
「ユキネ?」
アマギリの言葉に激昂しかかったアウラを押し留めたのは、ポツリと呟かれたユキネの言葉だった。
予想外のところから出た否の言に、アマギリも目を瞬かせる。
ユキネはアマギリの視線は無視して、アウラだけを見つめて自身の言葉を続ける。
「アマギリ様は外向きの事情を並べて自分の本心からアウラ様を遠ざけようとしてるだけ。―――破談になったとして、アウラ様のお心が傷つかないように、公的な部分だけで場を纏めようとしている」
「いやちょっと、ユキネ、さん?」
「―――ほぉう?」
ユキネの言葉に、アマギリの慌てる態度に、アウラは目を細める。
「私から―――つまり、相手から断るように仕向ければ、母親に対していちいち言い訳する必要もなく、しかも自分でそう仕向けたのだから、お前の心も痛むはずが無い」
「ああ、いや、あの。アウラ王女?」
「なるほど、言葉の裏側に相手を縛る縄を潜ませ、気づかれぬうちに場の支配権を奪おうとする。―――父上が見見極めろと言った理由がこれか」
「……やり口が、フローラ様にそっくり」
アウラがよく解ったといった風に深く頷く傍で、ユキネが言葉を添える。
「あまりに俗な理由過ぎて、私も乗り気ではなかったが、なるほど。こうまで虚仮にされれば、アマギリ・ナナダンという人間に興味も沸く」
「いや、ちょっと待った……」
「―――話してみると、もっとよく解らなくって面白い」
「きみ、そんな風に僕の事思ってたの!?」
ぽっと飛び出したユキネの本音に、アマギリが目をむく。
アウラは楽しそうにその光景を笑いながら、大きく頷いた。
「では、私も楽しませてもらう事にしましょう。外交上の問題が無いということは、近くで親しくしながら干渉しても構わないと言う事だからな」
アウラの言葉に、ユキネが頷いた。
アマギリは、年上の女性二人の結託しあう姿に、大きくため息を吐いた。
「干渉も、観賞も勘弁して欲しいんですけど……」
・Sceane12:End・
※ 主人公が妙にカリカリしてたり、五、六話くらい纏めて書いているので割と書いてる時の精神状態にキャラが引っ張られてますよね。
因みに、このパートを書いている時はよほどアウラ様をヒロインにしたかったようです。
今は流動的になっちゃってますがねー。