・Seane 11-3・
「……そう言う訳なので、アマギリ・ナナダン。貴方には生徒会執行部へ入部してもらいます」
高圧的、と言うほど威圧感は無いが、さりとて威厳が無いとは決して言えない態度で、眼鏡を掛けたその少女はアマギリに言った。
「……はぁ」
「あら、何か不満でもあるの?」
目を細めて聞いてくるその態度は、どうしようもなく反抗は許さないと言っているようなものだった。
ユキネが手ずから入れてくれたハーブティーを受け取りながら、アマギリは微妙な笑顔で窓の向こうに視線をそらした。
学院本塔最上階に位置する、生徒会長執務室。その隅に設置された来賓用のテーブルを囲んで、革張りのソファに腰掛けながら、格子窓の向こうのたなびく雲の流れを眼で追いかける。
状況としては単純な話である。
ダグマイア・メストの売りつけた喧嘩を安値で買叩いた後、食堂の個室で昼食を済ませていたら、生徒会執行部に所属すると言う上級生から言付けを受けた。
曰く、アマギリ・ナナダンは速やかに生徒会長執務室に出頭すべし、との事。
思わずユキネと顔を見合わせると、ユキネのほうは特別驚いている風でもなかったから、拒否は出来ないのだろうなとアマギリはそれを受け入れた。
そして、この状況である。
リチア・ポ・チーナと名乗った一目見て気の強そうだとわかる生徒会長は、アマギリに対して生徒会執行部への入部を厳命して来た。
こういうとき、フローラだったら思いっきり遊び心を働かせて断るとか言うんだろうなぁと思いつつ、元来空気を読みすぎて逆に空気が読めないところのあるアマギリではそうはいかない。
みつめる、と言うよりテーブルを挟んで睨み付けてくる視線に、曖昧に笑って頷いた。
「了解しました、生徒会長」
アマギリが生徒会へ入る事をあっさりと頷いてしまった事は、やはり別の意味で空気が読めない行為だったらしい。リチアはつまらなそうに鼻を鳴らした。
「もっと反対すると思ったんだけど、案外あっさり頷くのね」
「……いや、反対する理由も無いですから。ってか、生徒会長反対を許すつもりもありませんよね?」
アマギリがやっぱりこういう性格かと思いつつ尋ねると、リチアは当然じゃないという顔をしていた。
「そもそも、貴方の身分がそうである以上、生徒会に入らないと言うのは許されないもの」
身分。それが理由だとあっさり言い切られて、アマギリは逆に納得した。
「参考までに、他の生徒会のメンバーの名前をお教えいただけると嬉しいですね」
アマギリが尋ねると、リチアが瞬きした後で何人かの名前を告げた。出てきた名前を頭の中で照らし合わせてみれば、それらは全て、王族、もしくは高位貴族の子女に他ならなかった。
「富裕層向け高級サロンの、V.I.P専用ルームへの会員証って処ですか」
生まれ持ったものが全てで、厳格な身分の差を適用し、これほど努力と言う言葉が介在する余地の無い学校も珍しいだろうとアマギリが苦笑していると、やはり、リチーナはどこかつまらなそうだった。
「噂には聞いていたけど、本当にそうやって何でも解った風な口の聴き方をするのね貴方。そういうの、年上には嫌われる態度よ」
ねぇ、とリチアは従者としての態度でアマギリの背後に控えていたユキネに声を掛けるが、ユキネも流石に言葉に詰まっていた。
いやそれ、単純に虐めっ子気質のあんたの好みじゃないってだけじゃないのかと、アマギリはストレートに突っ込みを入れたい衝動に駆られる。なんだか、この生徒会長にはアマギリ好みの行間を読むような言葉を重ねるのは意味ないような気がしていた。
と、そこまで考えてアマギリはふと気づいた。そして、リチアが眉をひそめるくらいに、思わず笑ってしまった。
「ああ、すいません先輩。―――なんていうか、よく考えたら人から命令口調で何かを言われるのって、随分久しぶりだなと思いまして」
学院に着てからは生徒達は元より、教師たちも含めて目上の人を扱う態度だったし、無理な敬語は使わなくなったがユキネとてそれは同様だった。
ハヴォニワの王城でマリアとフローラ達と暮らしていた時ですら、彼女たちの言葉はアマギリを尊重した上での要請という形だったから、上から直接的な言葉で行動を指定してくるリチーナの態度は、アマギリにとっては実に久しぶりの経験だった。
その辺りを説明してみると、リチアはつまらなそうに笑った。
「当然よ。貴方の事だからどうせ、私がどういう立場の人間か解っているでしょう?」
「それはもう。次期教皇聖下と目されていらっしゃるリチア・ポ・チーナ生徒会長」
「ただ祖父が教皇の立場にあるだけで、私が偉いわけじゃないわよ。―――その辺り、私と貴方は同格って事」
アマギリの言葉を悪い冗談とでも言う風に手で払いながら、リチアは言った。
二人の会話に出たとおり、リチアの祖父は教会の現教皇の地位についている。リチアが初等部三年でありながら、生徒会長という立場についているのも当然そのあたりの事情が汲まれているのだ。
教会は各国に対して中立であり、強い影響力を秘めているから、その後ろ盾のあるリチアにとっては、アマギリはその立場に敬意は払うが、彼個人を敬うほど重大事ではない、と言い切れてしまうのである。
「だいたい生徒会に所属しているのは貴方がさっき確認したとおり、誰も彼もが何処かの王子王女かそれに近い立場の生徒しか居ないわ。はっきりと序列をつけるほうが帰って面倒だし、みんな平等に扱ったほうが後が楽なのよ。……それに、みんな幼い頃から顔見知りみたいなものだしね」
「―――顔見知りって……ああ、そうか」
国家要人クラスの子女達であれば、当然その付き合いの範囲も限られるだろう。であれば、他国の同格の人間たちとの付き合いが幾度か訪れていてもおかしくない。
「ってことは、僕だけ外様ですか」
アマギリは国内国外問わず、国家要人との会合を持ったことは幾度かあるが、生憎と同世代の人間とそういった場を持つ機会は、半年の間では訪れなかった。恐らく、フローラがその方が面白いからとか適当に考えていたのだろうとは思うが。
「そう思われたくないのなら、せいぜい溶け込めるように努力しなさい。―――ダグマイア・メストに喧嘩を売るなんて派手な事をしていたら、難しいでしょうけどね」
「―――ッ、ゲッホ!」
酷薄な顔で笑みを浮かべるリチアの言葉に、アマギリは口に含んでいたハーブティーを喉に詰まらせてしまう。
「な、なんで知ってるんですか」
「此処に暮らす女は大抵話題に飢えてるもの。貴方がダグマイアを教室の真ん中で罵倒したなんて噂、一時間もあれば全校中に広まるわよ」
「……いや、そんな事実は存在しないんですが」
だからこそ、噂なのだが。大抵は百倍大げさに伝わるものである。
「特に、ダグマイア・メストは今まで同性の男性聖機師も含めて学院中の憧れを一身に集めていた超エリート、貴公子みたいな存在だったもの。普通、喧嘩売られたって買うような真似するヤツは居ないわよ」
事情はおおむね察しているらしく、リチアはむしろ楽しそうに笑いながら、アマギリに忠告染みた事を言っていた。大国の宰相の息子で、かつ男性聖機師でもあるダグマイアだから、当然生徒会に所属しており、だからこそリチアは彼の人となりを知っているのだろう。
「新旧王子様対決って、学院中大盛り上がりよ。ブックメーカーまで登場してるって聞くわ」
早ぇよ、とは流石に言えず、アマギリは顔をしかめるだけに留めた。
「顔と容姿だけは、間違いなく向こうが圧勝かと思いますがね」
「あら、そうでもないわよ。ああいういかにも貴族然とした美形は、聖地学院だと見慣れすぎて食傷気味なところがあるもの。貴方みたいに、ちょっと田舎者っぽい方が、かえって受けは良いんじゃないかしら」
ストレートに過ぎるリチアの言葉に、そういえば同級生男子もそんな感じのヤツばっかりだったなと思い出しつつ、アマギリにとっては全く嬉しくない事実だった。
「たまの粗食が美味しく感じるとか、美人は三日で飽きるとか、そういうヤツですか? ……これ以上、年上の女性の玩具になる気は無いんですが」
ただでさえ、現状がフローラの玩具そのものだから、アマギリにとっては勘弁して欲しい事態である。
しかしそんな願いもむなしく、リチアは笑って首を振った。
「それは無理よ。だって此処へ集められた男子に課せられた役目なんて、貴方もよく理解してるでしょう。―――聖機師なんだから」
男性聖機師に求められている事は、戦場に立って雄雄しく戦う事などでは、断じてない。
彼らの役目は、必要な時、速やかに女性聖機師を孕ませる事。それ以外の要素は求められる事は無いのだ。
なぜなら、聖機師としての能力は全て遺伝で決まる。
聖機人に搭乗する上で最も重要な亜法耐性は、生まれ持ったもので全て決定付けられ、訓練による上達など存在し得ないから、男性聖機師は自らを鍛える必要すら生まれない。
彼らに求められる事は、ただ女性聖機師が一夜身を委ねるに足る、偶像である事。それだけである。
女性聖機師にとって感情的に望まぬまぐわいは、義務として決定付けられている事だから、せめてそれが楽しめる、他者に誇れるものであって欲しいと思うから、彼女たちは男性聖機師たちを祭り上げる。
自分たちが選んだ―――自分たちが認めた、崇拝にたる偶像と閨を共にするという行為に、真実望まぬはずのそれを誤魔化すため。
「貴方には不服でしょうけど、生徒達にとって誰が尤もアイドル足りえるかと言うのは此処で生活するうえで重要な要素なのよ。せいぜい、これからの一挙手一投足、常にダグマイアと比較され続けられる生活を覚悟する事ね」
「―――いい、迷惑です」
グイ、とカップに残ったハーブティーを飲み干しながら、アマギリは吐き捨てた。
実力を己で見極めて、便利に使ってくれるなら嫌とは言わない。だが、期待されるのは好きではない。
どうにも不機嫌収まらない気分の中で、とりわけアマギリの気分を害する事は、唯一つ。
ダグマイア如きと同列に並べられるなど、アマギリには屈辱の極みだった。
後になって考えれば、このリチアとの会話こそが、アマギリのダグマイアに対する態度を決定付けたのかもしれない。
そのことにアマギリは、当然、その場に居たユキネもリチアすらも、まだ気づいていなかった。
・Sceane 11:End・
※ 何故かリチア先輩をひたすらリチーナと書きつづけてたっぽいです。
一応全部直したつもりだけど、直ってなかったらホント御免。てかリチーナって何だ本当に……