・Sceane 1-4・
「頼むからちゃんと避けてくれよ、バカァッ!」
今まさに攻撃を仕掛けてきた三機目の巨人の腕をひねり上げて、視界の端に見えた藍色の一機に叩きつけながら、彼はコックピットで一人喚いていた。
激突した二体は彼がどんな思いをしているかを知ることも無く、凄まじい金属音を響かせながら、地面へと落下していく。
まずい。まず過ぎる。まったく持ってこの状況は拙い。
機体の過敏すぎる反応と有り余る出力に振り回されて、彼は望んでも居ないのに無双の強さを発揮していた。
囲みを食い破って逃げたほうがよさそうだ。
幸い、喫水外で活動可能な”仕様”になっているのはこの機体だけの様だし。
何故彼を囲っていた機体が、戸惑うようなしぐさを見せていたのかも知らぬまま、彼は自らの安全のためにそんなことを考えていた。
機体のデータベースから判断するに、自らを囲っている巨人達は敵側。
ならば銃を向けてくるのも納得できるし、だからこそ撃たれる前に逃げ出そう、そう思っていただけのことである。
因みにだが、自分の乗っているものはさておいて、周りに居るのが聖機人と呼ばれるものであろう事だけは、彼も理解していた。
戦争代理人と言う割には”案外弱いな”とか思いながらも、さっさと遠くへ逃げてこの”由来の解らない”機動兵器を乗り捨てたほうがいい、彼はそんな風に考えている。
だから、そう。
包囲網の一角を食い破ろうと思っていただけなのだ。
ただ機体が、彼の意思を過剰に反応してしまっただけで。
彼にはまったく悪気がなかったのだ。圧倒的な暴力で茜色の機体の両腕を叩き折り、褐色の機体を鯖折りにして、藍色の機体と紫の機体を錐揉み上に地に叩き伏せながらも、彼には本当に、悪気は、無かった。
無論、だからこそ性質が悪いとも言える。
気づけば四機も打ち倒している。もう一機落とせばそれこそトップガンの仲間入りだったりする事実に、彼は気づいていない。
残りは四機。四方を囲むように、彼の機体の周囲を旋回している。
彼は―――傍目には次の獲物を狙うかのように―――完全に困った体で左右を見回していた。
「―――この際だから、目撃者は全部消してしまえとか思っちゃったほうが楽だったり……?」
戦場の狂気に囚われたわけでは決して無いはずだが、どうしようもないほど投げやりで物騒な考えが彼の思考の端で首をもたげていた。
『それは出来れば、やめて欲しいのだけれど……』
少し妙なテンションに走りそうになっていた彼を押しとどめたのは、突然コックピット内に響いた、ノイズ交じりの通信音声だった。
腰元に位置する半円周状に設置されたコンソールパネルの端で、通信を知らせるインジゲーターが明滅していた。
『もしもぉ~し、聞こえているかしら~?』
間延びした、能天気に思えるような声が彼しか居ないコックピット内で反響する。
サウンド・オンリー。
一瞬喉を鳴らして眉をしかめた後、彼はコンソールに指を走らせ、双方向映像通信回線を開いた。
全面モニターの端に、通信用のウィンドウが開く。
そこに映っていたのは、なぜか無意味に豪奢な丁度で設えられた、おそらく管制室と思われる施設の全景だった。
彼を―――恐らく彼が映っているであろうモニターを呆然とした表情で見ている、幾人もの女性たち。
その奥に、一段高い場所に椅子を置いて座っていたのは、艶やかなドレス姿の女性だった。
頑張れば微笑んでいると言えなくも無い表情に見えないことも無い物を作っていなくも無いその女性もやはり、彼を見て少し驚いているように見える。
オトコ?
ウィンドウの向こうで、誰かがつぶやいたのが聞こえた。
オトコ。……男。驚かれることも無い、彼は男性だった。それが彼の認識で、だがその事実はウィンドウの向こう側の人々にとっては、衝撃の事実だった。
『―――確認したいのだけれど』
そう、硬質の響きを持って彼に問いかけてきたのは、扇子を広げたドレス姿の女性だった。
高貴な身の上だと、一目でわかるその姿に、辺境の底辺者に過ぎない彼も自然に居住まいを正していた。
「……はい」
ゆっくりと頷くと、それに答えるように―――拡大し、その美貌をはっきりと映し出したウィンドウの向こうの女性も、満足そうに頷いていた。
そして、一言。
『その脚の無い聖機人は、貴方が動かしていると言うことで良いのかしら?』
「は?」
問われた意味が解らず、彼は恐らく間抜けな顔を浮かべてしまったのだろうが、しかしウィンドウの向こうの女性は静かに微笑むだけで、それ以上言葉を繋げてくることは無かった。
慌てて左右を見渡し―――しかしそこに、答えがあるはずも無く、彼は大慌てで女性の質問の意味を考えた。
脚の無い、聖機人。―――聖機人?
脚の無い聖機人など、目に見える範囲には居ない。と言うか、やはり彼の周りを飛翔している巨人たちは聖機人と判断して良いらしい。
脚が無いといえば、彼が操縦しているこの機動兵器にこそ相応しい指定だと思うが―――なるほど、つまり。
聖機人。国家守護の象徴。選ばれた一握りの聖機師なる者たちだけが操ることを許される、国家最高戦力。
「―――コレ、聖機人なんですか?」
『ええ。我がハヴォニワ王国に所属する聖機人よ。―――まぁちょっと、賊軍に無断拝借されていたのだけど』
震える声で問う彼に、ウィンドウの向こうの女性は、目を細めて楽しそうに頷いた。
どうしようもないほど真実に、この機動兵器は聖機人、らしい。世界全体で厳然と管理されているそれの一つに、今彼は、気づかぬままに搭乗していたらしい。
「……でも、脚が無いですよ、コレ」
ちょっと洒落にならないくらい認めたくないその事実に、彼が細い声で反論して見せると、女性は閉じた扇子をあごに当て、悩むように頷いていた。
『そうなのよねぇ、脚は何処へいっちゃったのかしら。……貴方、何でか解る?』
「……なんででしょうね」
心底困った風に、戦闘指揮所の壁面モニターに大写しされている少年が首をひねっていた。
一人楽しそうに正体不明の年若い少年と会話を続けるフローラを余所に、指揮所に集った一堂は混乱すること仕切りだった。
脚の無い聖機人。
男性聖機師。ただし、本人は理解していない。
じゃあなんで突然戦場へ向かって飛翔を開始したんだと言えば、本人的には逃げようとしていたらしいなど、常人の理解のほかである。
落ち着いて彼の服装を観察してみれば、あまり裕福ではない辺境集落にでも住んでいそうな人々が来ていそうなくたびれた装い。腰に巻きつけてあるベルトに刺されているものが剣ではなく鉈やロープ、藁袋なのだから、それこそこのまま山の中で狩りでも始められそうな―――実際、狩人らしい。現在戦場となっているこの演習場の一つ山向こう、国境線ギリギリの辺りに山小屋を構えて一人暮らしをしているとか、なんとか。
モニターに映る少年は、特に隠すことも無く言葉を続けている。
「つまり……、なんとなーくコクーンに触れてみたら聖機人が起動してしまった、と言う事かしら」
『ええと、待機状態だったコレがコクーンって言うんであれば、それであっていると思います』
「特に公爵軍に協力していると言うことも?」
『すいません、そのあたりの事情がさっぱりわからないんですけど。とりあえずその、貴女は……?』
一体何を言っているんだこいつは。
朴訥な顔でこちらに問いかける少年の顔を見ながら、オペレーター達の心は、そんな気持ちで一致していた。
ちらりと、その中の一人が問われた女王陛下の顔色を伺い、慌てて視線をそらした。
獲物を前に、舌なめずり。
そう表現するしかない顔で、女王陛下は微笑んでいた。
「私はフローラ・ナナダンと言うの。よければ貴方の名前を聞かせてくれないかしら。ついでに、モニター越しではなく、直接お話したいわ」
泡吹いて倒れるな、私ならとオペレーター達の誰もが思うほどに緊迫した空気の向こうで、少年は困ったように微笑んだ後に、自身の名前を告げた。
・Sceane 1 :End・
※ 因みに、原作にならってすっごいローペースで行く予定なので、そのところはご了承ください。
二十回分くらいまでストックあるけど、原作に突入する気配が無いからな!