・Sceane 11-1・
聖地学院の始業式が、その通う者達の地位に比較して簡素な者だった理由は、その後に続く式典こそが重要なイベントだったからに他ならない。
外周をすり鉢上に客席で覆われた円筒形にくり貫かれた舞台。石柱の林立する巨大な、聖機人ようの闘技場のなかで、その儀式は行われていた。 学院校舎を仰ぐ事が出来る側に式典用の台座が組まれ、そこには首のもがれた巨人のような鋼のオブジェが祭られていた。
今年度の新たな聖機師を叙勲するその式典は、そのオブジェの前で今尚続いている。
今年から聖地学院高等部へと進学する生徒達が、聖機師の正装に身を包み学院長の前にひざまずき一人づつ額に冠を被らされていく。
式典用の儀杖を片手に持つ生徒達の顔は何れも誇らしげで、今日、正式な聖機師資格を得たこの日の事を心底から喜んでいる事が伝わってくる。
何せ、整列する聖機師たちの最前列に立つユキネですら、普段の彼女の慎ましやかな姿とは思えないような笑みを浮かべているのだから、その心のうちも知れようと言うものだ。
客席で見る初等部生徒達の顔も同様に笑みに満ちている。何れそこに立つ自分達に重ね合わせているのか、憧れの先輩達の晴れ姿に胸をときめかせているのか、何れも頬が高潮し、誇らしげな顔をしている。
「……やっぱ僕は、異世界人で確定だな」
その式典の様を、各国ごとに個別に用意された貴賓席の一角で一人眺めながら、アマギリはうめき声を上げた。
率直に言って眼下の光景はシュールすぎる。
誰が仕掛けたのかは知らないが、アマギリ自身が理解する一般常識において、眼下の光景は性質の悪い悪戯以外の何物でもなかった。
だが、眼下の何れの―――周囲の彼と同様の立場に居るであろう賓客と遇される生徒たちでも―――人々も、それを感動的なものとして受け入れているのだから、それはつまり、アマギリの常識が歪んでいるのである。
この気持ちを誰かに話したら、恐らく逆に、普通感動するだろ? と言い返されるだろう。
それ故にアマギリは、自身が異なる常識を有する異世界人なのだと、再確認していた。
と言うか、そんな今更な事実を再確認でもしていないと正気を保てそうになかった。
ファーつきの分厚いビロードのマントをつけたハイレグレオタード姿の歳若い女子が整列し、穏やかな顔をした老婆に次々と猫耳をつけてもらいながら、先端に肉球をあしらった杖を掲げて笑顔を振りまいている。
実は全員解っててアマギリを嵌めようとしているんじゃないかと疑いたくなるくらい、それはシュールな光景だった。
「如何ですか式典は。中々、見応えが有るでしょう?」
アマギリが額に手を当て悩んでいると、背後からテノールが響いた。
「ユライト先生」
何時の間に教員席を離れたのか、ユライト・メストが背後に立っていた。彼はごく自然な態度でアマギリの傍に近寄り、手すり越しに眼下の光景を見下ろしながら言葉を続けた。
「毎年この光景を見るのが、教師としての楽しみでね。いやいや、壮観と言えませんか」
「壮観と言うか……まぁ、コレを仕掛けた人はきっとあの世で大喜びしているでしょうね」
ユライトの言葉に何処か皮肉ったものが混じっていたため、アマギリも素直に言葉を返した。
ユライト・メスト。教会で歴史や古代文明史の研究をしている筈だったから、”現実の事情”を理解しているのだろう。
「殿下もご承知の通り、この光景の発端となったのは異世界人の気まぐれです。……この学院はそういった部分が他にも沢山ありますから、殿下の如き嗜好をお持ちの方には、中々居辛い物になるかもしれませんね」
「……人里離れた田舎暮らしが長かったものでね、世間の常識に戸惑う事も多いですよ」
明らかにアマギリの事情を探っているであろうユライトの言葉に、嘘とも本当ともつかない言葉で答える。
ユライトも言質が取れるとは思って居なかったのだろう、あっさりと頷くと、式典の祭壇を示して言葉を続けた。
「そう言えば殿下は、王族として表舞台に立ってまだ日が浅いのでしたね。―――では、あの聖機神を見るのも、初めてでしょうか」
「聖機神って……ああ、あの御神像みたいなのがそうだったんですか」
祭壇の上に安置された、後輪を背負う鋼のオブジェ。
名前だけは知っていて、実際見るのは、確かにアマギリにとって初めてのことだった。
聖機神。物言わぬ鋼の骸。
失われた古代文明の遺産。全ての聖機人の雛形とも言える存在であり、それは力の象徴として信仰される存在でも有る。
だが決して、その存在は最早秘めたる力を発揮する事は不可能な、只の骸に他ならぬのだと、ユライトはそんな風に言葉を続けた。
「動かない……ですか」
「ええ。結界工房の聖機工たちがどれほど弄り回してみても、結局最後までうんともすんとも、腕一本上がる事無く終わったと聞いています。その時の研究結果を元に開発されたのが、聖機人となる訳ですね」
ユライトの説明を聞き流しながら、アマギリは聖機神を視界に納める。
動かない。腕を投げ出して片足をもがれて腰を落としたその姿は、最早動き出すことなど在り得るとは思えない。
だが、どうだろうか。
何故かアマギリには、その姿が動かないと言う言葉とは違うのではないかと思えた。
死んでいる。―――違う。
眠っている。―――違う。
待っている。―――違う。
物言わぬ鋼の巨人は、その胸の内の真実は―――。
「呼んでいるんだな」
「は?」
ポツリと呟いたアマギリの言葉に、ユライトが目を瞬かせた。アマギリは言葉を返さない。
動かない。当然だ。アレはそう言う物であり、呼ばれ、そしてその呼び声に答えた者でなければ、動かせる筈が無い。故にアレは、そこに留まったまま、何れ訪れる何者かを呼び続けている。
同種の存在ともいえるアマギリには、それが理解できた。
「―――下、アマギリ殿下?」
「―――? あれ、どうしました先生」
「どうしたも何も、少しぼうっとしていらしたようですが」
アマギリが聖機神から顔を離すと、ユライトが不思議そうな顔をしていた。アマギリはもう一度聖機神に視線を移した後、首を捻る。
―――はて、あの鉄の塊を前に何を考えていたっけ?
「あまりこういった場には慣れていないんで、疲れたのかもしれません」
特に、下で繰り広げているが如きシュールな光景に対応するような事態には。
二三度首を振って、アマギリは視線を闘技場内から遠い方へやる。
高い岸壁がくり貫かれて、教会の信仰する女神の姿が掘り出されていた。
確固たる姿が、名前すらも判らぬがゆえの極端にデフォルメされた人型が、光輪を背に羽衣を纏ったような姿。 「―――女神にはこう言った伝承があることはご存知ですか?」
アマギリの視線の先に有る物に気付いたのだろうか、ユライトがそんな風に口を開いた。
「女神の纏う羽衣―――その翼は、既に失われているのだと」
「失われている?」
唐突に飛び出した話に、アマギリは首を捻った。王宮の書庫に有る本で読んだ教会の布教している神話には、そんな筋書きは存在していなかった。
それが、教会に属する人間の口から話されたのだから、混乱もする。ユライトもそれを解っているのか一つ頷いて先を続けた。
「ええ。最新の学説では否定されている部分なんですが、ごく少数の遺跡に刻まれた伝承に、確かにそのような記述が存在したのです」
―――かの地に舞い降りし龍、女神より翼を賜りて闇を払い、天へ帰る。租は女神の翼を戴きし龍。星海の果てへ、扉を開く者也。
「―――龍」
「その伝承が刻まれた碑文には、幾つも破損により読みとれない部分があり、現在ではこの解釈は否定されています。同様の記述が他のどの遺跡でも発見できなかったと言うこともありますが。ですが私はこれを興味深いと感じている」
眉を顰めるアマギリに、ユライトはしかし歌うように言葉を紡いでいく。
「何処から現れたのかすら解らない、そもそも姿かたちすら記されていない存在。非常に曖昧なものだというのに、しかしその帰る場所と、為し得た事だけは明確に記述されています。―――珍しいのですよ、他の女神の伝承においてこのような明確な記述は存在しないと言う事も含めて」
それ故に私は真実だと思っているのだと、ユライトは続けた。
「龍。どのような姿をしていたのでしょう。私はね、殿下。貴方がその答えを教えてくれるような気がしてならないのです」
「―――!?」
余りにも直接的な言葉に、アマギリは絶句してしまった。アマギリ自身にも、もしかしたらと考えてしまう事実があったからだ。 龍機人。彼だけが作り出せるその姿がそれだ。
しかし、ユライトはアマギリの態度にまるで気付かぬ風に言葉を続ける。
「貴方はハヴォニワに、いえ、このジェミナーに忽然と現れた存在。龍の如き、その存在の見えぬお方です。それが遂にこの女神の聖地に訪れて―――此処で、どのような翼を掴むのか。個人としても一教師としても、私にはとても興味深い事です」
ユライトの言葉は、そんな比喩的な表現の中で終わった。
それをそのままの意味で受け取るか―――現実を念頭において深読みしてみるべきかは、今のアマギリには判断材料が足りなすぎた。
ため息を吐いて、アマギリはユライトから視線を外した。
「生憎、僕は龍じゃない」
「龍では、無いと。では、何ものになるのかを楽しみにさせて貰いましょう」
はき捨てるようなアマギリの言葉にユライトは笑顔で頷いたらしい。そのことを一層忌々しく思いながら、アマギリは遠く何処かへと続く自然林の向こうへと視線を飛ばした。
龍では、無い。言うなれば僕は、僕たちはあの森に根ざす大樹の如き―――。
胸の奥の何かが、最後にそんな風に囁いた気がした。
※ 進んでるような、そうでもないような。まぁまだ原作も始まってないしなー。
ところで感想板で指摘があるとおり、最近どうにも誤字と言うか用法違いが目立ってしょうがないですね。
本当に申し訳ありません。一応気をつけてはいるのですが、気をつけ切れていないトコが反省点として、気をつけて行こうかと思います。
……誤字に関しては、気をつけてもでちゃうのがねー。