・Sceane 10-2・
「アマギリ様」
「何? ……と言うか、やっぱり慣れないよねぇ、年長の人に名前に様付けで呼ばれるって」
「私も慣れない。でも、慣れるべき……です」
オデットを聖地学院内の発着港に寄港させ、稼動桟橋に乗り換え今正に、学園に足を踏み降ろそうとしていたアマギリの耳に、ユキネが囁くのが聞こえた。
アマギリの感性で言うとユキネは自身の主であるフローラの娘のマリアの直臣、と言う見え方がしていたので、むしろ王家に飼われているに過ぎない自身の方が敬語を使うのが正しいと考えている。
ユキネにそれを話せば、アマギリは自身の主であるマリアとフローラに”買われて”いる目上の人間なのだから、そのように遇するのが当然と答えるだろう。
では何故ユキネまで硬くなっているかといえば、単純に彼女は口下手な部分があるからだった。目上の男性の下に直接付き従うと言うのが初めてだったというのも、あるようだ。
「何かこのままだと、かえって周りに舐められそうじゃない?」
「だからこそ努力するべき……です」
「何ていうか……端から見てる側から言わせて貰うと、微笑ましくて見ていられないんですけどぉ」
主にご馳走様と言う意味で、とでも付け足しそうな口調で、共に稼動桟橋に乗っていたワウアンリーが苦笑していた。
視線が生暖かすぎる。アマギリは意味も無く首元を弄りながらあさっての方向を見上げた。
「……まぁ、その辺は後でゆっくり考えるとして」
「逃げましたね、殿下」
「……まぁ、ワウの研究予算の削減については後で即決で判断するとして」
「ちょっと殿下ぁっ!?」
涙目で叫ぶワウアンリーに無意味に暴君として君臨しながら、アマギリは稼動桟橋から港に降り立った後にユキネのほうに振り返った。
ユキネの頬が赤そうに見えたが、礼儀正しく気にしない事にしている。
「何かな?」
「? ……あ」
問われてユキネは目を瞬かせた後で、一番初めに自分が尋ねた事についての話題だと気付いた。
アマギリに続き、古代の神殿の回廊を思わせる港湾部に降りながら、口を開く。
「昨晩の事、本当に良かった……ですか?」
「結構今更聞くね」
アマギリはユキネの言葉に拍子抜けしてしまった。
昨晩、と言えば問題となった物は一つしかなく、それは聖機人に乗る何ものかによる襲撃を受けた事だろう。
少し羽目を外してみよう―――と言う自身の言葉を有限実行するように、珍しく能動的に、かつ後先をあまり考えずに動いたアマギリは、まんまと襲撃者達を嵌めきった最後に、もう飽きたとばかりに完全勝利を手放してしまった。
「あのまま全員拘束する事も可能だった……でした」
断崖絶壁の上に築かれた港湾の中を進む中、背後に続くユキネの言葉に、アマギリはそうだねと頷く。
その言葉自体、昨晩その時に言われていた事だった。
「昨日は納得してたのに、何か思うところでもあった?」
「あの時アマギリ様は”絶対駄目”だと言いました。……断定的表現で相手の行動を縛るのは、初めてみたから」
「その理由を、考えていたと」
なるほどね、と学院校内へと続く長大な階段を見上げながらアマギリは頷いた。
「まぁ確かに、そんな風に言ったような気がするけど……そんなに変だったかなぁ?」
自分では必要だと思う措置をとったに過ぎなかったのだが、他人にとってはどうだっただろうかと思い、アマギリは同じ言葉を聞いていたであろう、絶賛いじけ中のワウアンリーに話を振ってみる。
「はぇ? ……あ、えーっとぉ。あたしの個人的な感想ですけど、確かにアマギリ殿下がああしろこうしろって人に言うの、見たこと無いですからね。そのくせ、人から与えられる物は平然と受け取ってますから、その辺やっぱりちょっと、変わってるかなぁ~と、思ったりなんかしちゃって」
本気で予算を減らされたら―――無論、アマギリにそんな権限は無いのだが―――たまらないのか、恐る恐ると言った口調でワウアンリーが答えた。
アマギリは自分では良く解らない部分だとユキネのほうに視線を送ってみるが、彼女もやはり同感だとばかりに頷いていた。
「明確な理由があると思って頷いた。……けど、一晩考えたけど、良く解ら……解り、ませんでした」
「やっぱ慣れない口調はやめた方が良いんじゃないかな? ―――逆に聞くけど、何がそんなに問題だったの?」
必要の無いことに突っ込みを入れながらも、アマギリは自身の考えは変える気が無いという口調でユキネに尋ねた。
ユキネは頭の言葉に頬を赤らめつつも、いっそ生真面目な顔で語る。
「私は、アマギリ様の護衛役」
「そうだね」
「だから……そう。危険となる要素は、なるべく排除しておきたい」
自分の言葉を自分で確認しているかのようなユキネの言葉で、アマギリは大体の意味を察した。
ようするに、アマギリを守ると言う自分の仕事を真面目にやっているのである、ユキネは。それを守られる側の人間が守られにくくなるような事を言ったのだから、扱いに困っているのだろう。
「昨日みたいな短絡的な人間は、恥をかかされたと感じればさらに短慮に走るようになると思う…・・・思い、ます。機能の話しの通りに、もし上が止めても、ああいうのは動きたいときには、きっと勝手に動く」
「その辺はねぇ。……まぁ確かに、ユキネの言う事も一理あるかな」
「あれ、認めちゃうんですか」
アマギリが頷いた事に、ワウアンリーが驚いたような顔をした。
彼女にとってアマギリは自分の意見に絶対的な自信を持っている人間に見えるのだろう。
「認めちゃうんだよ。あの場合何をやってもベストな答えは無かったからね。あの青い機体が堪えしょうがなかったせいで、もう何事も無くって訳にはいかなかったから」
ため息を吐きながら、アマギリは続ける。
「考えてもみなよ、あのまま何もしないで黙ってみていたら、女王陛下から預かっているオデットの宮殿部が完全に破壊されてた可能性が高いだろう。見送った場合はどうか。これはユキネの言ったとおり。しばらく背中を気をつけなきゃいけない生活を送る羽目になるだろうね。そこは聖地の治安維持能力に期待、だけど。……じゃあ、あそこで連中を拘束したらどうなるか。その後は安全に過せるかな?」
掌を返す仕草で言葉を提示され、ユキネは言葉に詰まった。彼女は今まで捕まえなかったリスクの方を主題に考えていたので、捕まえた場合のリスクには考えが及ばなかった。
下手人を拘束する。
拘束したとして、相手は背後関係を話すだろうか。……その辺りはきっと、オデットに同乗していたフローラ配下の者が上手く聞きだすとしよう。
聞き出して……その後は? アマギリは背後にはハヴォニワ国外の大物が居るのだろうと予想していたから、個人的な外交能力の無い彼にはそれ以上の手は出せない。やはりフローラにお任せ、と言うカタチだ。
とすると、当然のことながら下手人たちもフローラに引き渡す事になり、その後は彼女の裁量に任せて、アマギリは彼女が望まぬ限り情報を聞くことも出来なくなる。
フローラが上手くやれば由。……本当に、由と言えるのか?
「女王陛下の事だからどうせ、貸し一つ、とでも言いながら下手人たちを枡箱にでも詰めて黒幕さんに送り返して手打ちにするだろうね。で、女王陛下に喧嘩を売ろうなんて豪胆な御方もそれを鷹揚と受け入れて、さぁ、下手人たちはどうなるかな。そこで切っちゃってくれれば、助かるんだけど……そういう人って往々にして、その辺の手間を面倒がってゴミ箱にポイだけで済ませる気がするんだよね」
……そうすると、下手人たちはどう動くだろうか。
「逆恨みで、アマギリ様を……?」
「飛躍しすぎだと言われれば、それはその通りなんだけどね」
考え込むようなユキネの言葉に、だからベストは無理なんだとアマギリは肩を竦める。
あの青い機体の聖機師に思慮分別が備わっていれば、変わった事があったけど、それだけでしたで済まされたのだが、最早どうしても”しこり”が残らざるを得ない。
それ故に、アマギリはベストとはいえないが自分の好みの―――自分の裁量に近い部分の―――答えを選んだと言う訳だ。
「アタマ良い人はアタマ良い人なりに、面倒な苦労を背負い込むものなんですね……」
昨晩から幾らでも沸いてくる推測の未来像の連続に、堅実な既存技術の改良を研究主目的にしているワウアンリーがうめき声を上げる。アマギリのフローラに似た思考の飛躍は、あまり、付き合いきれない領域だと考えていた。スポンサー一家である関係上、縁切り出来ないのが残念な未来像だったが。
「ま、そういう部分も含めての、これから宜しくって事だったんだけどね」
「―――解った」
投げやりな口調で微苦笑を浮かべるアマギリに、ユキネが神妙な顔で頷く。主が主なりに筋の通った行動をしているとあらば、臣下としては否応は無い。自らの務めを果たすのみである。
そんな生真面目なユキネの態度に、アマギリは確信的な顔で頷いた。
「とりあえず、今のところユキネが気をつけるべきなのは一つだけかな」
「それは?」
多少の不安が残っているのは理解していたから、ユキネは真剣な顔でアマギリの言葉を待つ。
「―――無理な敬語は諦めて、普通に話そうって事」
※ 敬語(書いてる人が)一回で挫折。
いや、いまいちユキネさんの敬語ってイメージが作りきれなかっただけなんですが。
暫くこの二人の掛け合いがメインになるから、書き易い言い回しじゃないと持たないんですよね……