・Sceane 9-3・
「どういうことだ、怯えて震えているとでも言うのか……?」
ダグマイアにとって意外だったのは―――何時まで経っても飛空宮殿オデットが迎撃のための行動を取ろうとしないことだった。
戦場に於いて絶対的な存在である聖機人と向かい合ったならば、対抗する手段はやはり聖機人を用いる事でしか成し得ない。
オデットの内部には最低でも一機―――聖地学院学年主席であるユキネ・メアの聖機人が存在しているはずだ。
ダグマイアの考えた作戦は単純で、迎撃に出てきたユキネの聖機人を撃破、拘束。それを人質として、用意されているであろうアマギリ・ナナダンの聖機人を引きずり出そうと言う魂胆だった。
残念な事に、ダグマイアはオデットの戦力はユキネとアマギリの聖機人二機しか存在しないのだと考えていた。
そして、ユキネの機体一機だけが出てきたのならば、自分は無傷でそれを拘束出来るのだという、現実感の無い驕りが存在していた。父ババルンが、彼に対して今ひとつ信用を置かないところが、そう言った自己認識の甘い部分なのだろう事に、彼は気づいていない。
ダグマイアには、根本的に自分以外の存在を見下してしまう悪癖があったのだ。
そしてそれは、受動的であるが故に、物事を俯瞰的に見る癖のあるアマギリと対した時、最悪の相性と成り得るのだった。
理解したからこそ、拒絶したものと、理解して尚、受け入れたもの。
元より根本的なスタンスの違いが、今後数年以上の長きにわたる彼らの対立を、決定付けた。
決着の時は、未だ知れず。しかし、今日、今晩このときを持って、彼らの対立は始まったのかもしれない。
艦首に備わった東屋の、ドーム作りの屋根を破壊し、挑発的に艦首の中空で剣を突きつけて見せても、未だオデットは何の対応を示そうともしない。
オデットは機関を停止しようともせずに巡航速度を保っているから、聖地巡回警備の警戒網に突入するまでもう幾許の時間も無い。
まるでこちらの思惑が読み取られているかのようで、ダグマイアの顔が恥辱に歪む。
このまま、何の成果も示さずに父ババルンに報告してみれば―――父の事だ、興味の一つも示さずに、そうかと一つ、頷くだけだろう。
それこそが、肯定も否定もせずにまるで初めから何の期待していないかのようなその態度が、ダグマイアにとって尤も我慢ならぬものだった。内に秘めた野望、それを実現するに足る器の大きさを持つ父ババルン。その器を引き継ぐに相応しい跡取りであるダグマイアを、まるで路肩に転がっていた石のような目で眺めているような、時にそんな戦慄に囚われそうになる。
それだけは、耐えられない。ダグマイア・メストは、誇るべき、他者を圧倒する存在なのだから。
「黙ったままで居るのならば―――次は寝所を両断してくれる!―――っ!?」
激情に任せ踏み込もうとしたダグマイアの眼前で、オデットの首部分の中腹の地面が分かれ内部に続くハッチが開く。
地下施設へ続く深い穴から、フットライトで中央を照らした昇降機が競りあがってきた。
その昇降機の中心には。
焦げた煉瓦の様な色の髪。特徴の無い、朴訥そうな―――しかし纏っている優雅な服が、首から下げたハヴォニワ王家の紋章を象った銀細工が、その人物が何者かを、告げていた。
昇降機の四隅から光るライトに照らされた、その人物はダグマイアの聖機人を前に、生身のままで余裕たっぷりに両手を背で組んでいる。
「アマギリ・ナナダン……っ!!」
圧倒的な聖機人の威容を前に、生身のままで堂々と、それこそ王族の傲慢を体現するように、アマギリは一人ダグマイアの前に姿を現した。
そして光に照らされたアマギリは、ゆっくりと口を開いた。スピーカーを用いているのだろう、オデット艦内から声が反響していく。
『ハヴォニワ王国王子、アマギリ・ナナダンが無知蒙昧たる賊軍に告げる』
「―――何っ!?」
突然の罵倒から始まったアマギリの言葉に、ダグマイアが目を見開く。
なんだ、こいつはいきなり、何を言いだすつもりなのか。予想外の自体に混乱するダグマイアを余所に、アマギリの言葉は続いた。
『愚劣きわまる諸君らの拙速な愚かしい行動は、我が偉大なるハヴォニワ国内は元より、ひいては国際社会に対して不和の目を植えつける、粗暴で卑しい、下劣なる暴力の行使に過ぎない! 短慮を嘲笑されて然るべき不貞の輩よ、我が、アマギリの名を持って下される、天意に等しき万状一片たる慈悲を地に付して受けるが良い。汝らに投降の意思あらば、我が名で持って保障しよう。我自らが慈悲の刃を持って汝らの介錯を仕り、汝らに来世での平穏を願う権利を保障すると!! さぁ、己が涙滴に頬を濡らしながら、伏して懺悔の言葉とともに投降を願い出るが良い!!』
「なん……何っ!?」
広大な大樹海に響き渡るかのように堂々と宣言するアマギリの言葉は、常軌を逸していると言って過言ではなかった。
ダグマイアには、彼が何を言っているのかさっぱり理解できなかった。
処刑してやるから、投降しろ?
聖機人を目の前に、頭が狂っているのだろうか、この男は。
「それともこの期に及んで、よもや切られまいと思っているんではなかろうな……!!」
その状況を読まぬ暴虐な物言いに、ダグマイアの顔が怒りに染まる。
激昂は思考の停止を促し、本能が短慮に走る事を、とめる術はなかった。
思念操作により、ダグマイアの思推を完全に受け取って、聖機人がその手に握った長剣を、昇降機の壇上で立ち尽くすアマギリに向かって振り下ろした。
避ける術もなく、避けられるはずも無い。しかし、避けようとも見えぬ、ライトで照らされたアマギリは、振り下ろされた長剣に、両断され―――その瞬間、姿を、泡のように消した。
ギン、と。鋼鉄製の昇降機に振り下ろした剣を食い込ませながら、ダグマイアは目を瞬かせる。
肉片を飛び散らして然るべき存在が、消えた。
消えた、いや―――違う。打ち付けられた剣に両断されたまま、先ほどまでと同様に、そこに立っている。
四方から光で照らされ、剣に両断されて、その姿がゆらりとブレながらも。
それは、つまり―――。
「立体映像か!!」
『あったりぃぃーーー!!』
ダグマイアのもらしたうめき声に堪えるように、何処からか軽快な少女の声が響く。次の瞬間、背後に大きな衝撃。聖機人の背中に、鋼鉄の何かが叩きつけられた事に気づいた。
直撃を食らっていればそれで終わっていただろうが、気配を感じた瞬間前へ一歩踏み出していた事がダグマイアの聖機人を救った。振り下ろされたらしい鉄棍の、致死の一撃をギリギリで回避する。
夜陰に紛れるダークグリーンのその姿。鉄板を張り合わせたような角ばった装甲を持つその聖機人は、ダグマイアも幾度か見知った事のあるそれだった。
「結界工房のワウアンリー・シュメか!? 工房の聖機人が、何故……っ!」
情報に無かった、と言うよりはダグマイアが詳しく調べようとしなかったと言うだけの事なのだが、予期せぬ戦力の登場に、ダグマイアは焦燥に駆られた。
『あー、あー。青い聖機人の聖機師に告げる。そろそろ他の観客の目に届きそうな位置ですし、手打ちにするならここら辺が妥当じゃないかなーと思うんですが』
「何っ……!?」
相変わらず表示されたままの立体映像のアマギリ・ナナダンが、あまりにも気楽な風にダグマイアに告げる。
当然だが、不意をつかれプライドを痛く傷つけられたダグマイアにとって、アマギリのその言葉は憎悪を掻き立てるものだ。
意味が無いとわかっていても、ダグマイアは昇降機の中央に表示されたアマギリの立体映像を踏みつけていた。
『引かない? ああ、引く気無しですか。でも、貴方このままだと三対一だよ?』
映像を踏み消しても、余裕の態度を崩すことなくアマギリの言葉は続く。
三対一、何を言っているのかとダグマイアが叫び声を上げようとすると、機内の通信装置から声が漏れる。
『ダグマイアさ……あぁあっ!?』
「何……!? 上だと、何時の間に!?」
悲鳴のように漏れ聞こえたのは上方から警戒していた配下の機体のものだった。喫水線ぎりぎりの位置で旋回飛行を行っていたはずの二機が、ダグマイアにも見覚えのあるユキネ・メアの聖機人と、もう一機、見覚えの無い小豆色の機体に襲われている。
『何時の間にって言うか、割と簡単な話だけどね。―――お宅ら、上からしか警戒してないみたいだから、結界炉の反応が出ないようにコクーンのまま下方から排出して、索敵圏外で起動させた後、強襲を掛けたっていう単純な仕掛けです』
尾の生えた二機は連携してダグマイア配下の機体を追い詰めていく。
しかし、圧倒的に優勢に見えるのに倒そうとする気配が無い事に、ダグマイアは気づいた。
遊んでいるのか。一体、何のつもりで―――。
そう考えたであろうダグマイアの心情を読み取ったかのように、アマギリの声が聖機人のコアの中にに響く。
『明日から学院生活も始まるし、入学初日から事情聴取で潰れるなんて面倒な事この上ないんで、ホント、そろそろ引き上げてもらえませんかね?』
圧倒的勝者であるが故の優越と言うものだろう。轟然とした事実を叩きつけられて、ダグマイアはやり場の無い怒りを叩きつける場所すら見つからなかった。
配下の二機は、敵がその気になれば、落とされるのも容易いだろう。
援護に向かおうとすれば、ワウアンリーの機体にダグマイアが襲われる。
敵は尻尾付きが三機。アマギリ・ナナダンの龍の機体らしきものの姿はそこに無い。
完全なる、ダグマイアの敗北だった。
「叔父上が、初めから三機以上居ると伝えていれば……っ!」
俯き歯軋りをしながら、誰に言うでもない言い訳としか取れぬ言葉を呟いて、ダグマイアは配下の機体に撤収を指示した。
ユキネの機体も、長槍を持つ小豆色の機体も、逃走を開始したダグマイア配下の機体を追撃しようとはしなかった。ワウアンリーの機体も同様に、ダグマイアの背を狙おうとしない。
屈辱にまみれたまま、樹海に紛れて逃亡するダグマイアの耳に、オデットからの全周波通信が届いた。
『お宅らのスポンサーにはどうぞ宜しくお伝えください。見たいならば、ウチの女王陛下の前で跪いた方が手っ取り早いですよって』
後日の事であるが。
ダグマイアの聖機人の通信音声を消去しようとしたユライトが、そこに残されたアマギリの言葉を見つけて、ババルン・メストに聞かせたところ、ババルンは、息子の失敗には眉一つ動かさなかったと言うのに、アマギリの暴言には喉を鳴らせて楽しげに笑ったと言う。
・Sceane 9-3:End・
・ まぁ、前哨戦なので尻切れトンボ的な終わり方に。
ドSの人とドMの人のDQNな戦いみたいになってしまったのは如何ともしがたいような気もします。
でもこの二人はずっとこんな感じだよなぁ。味方になる訳にもいかんし。