・Last scene 5・
高速で激突、離れ際に歪な形状の羽の中ほどを抉り取った感触があったのだが、離れて振り返った時には既に修復されていた。
「強度が増しているか?」
「ですね―――っ、それに、パワーも、スピードまでっ」
コントロールコア内で言葉を交し合っている最中にも、ガイアの攻撃、そして龍機人の攻撃も続く。
「向こうは喰らっても回復するってのに、コッチは一度喰らったらアウトって辺りが、もう良い感じに駄目だわ―――なっ、ぁぁあっ!!」
苦い顔で歯を食いしばり、虚空に三枚の花びらを開く。
途端、目前まで迫っていた光線は訳も無く弾けて散らされ、飛散する粒子を物ともせずに接近してくるガイアの姿が透過装甲越しに大写しになる。
「よるんじゃねぇっての、この、トカゲがっ!!」
両腕に仕込んだ圧縮弾で応射しながら、ガイアの圧力をたたき返す。
『無駄、無駄無駄無駄無駄無駄だァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!』
「知るかっての!」
異世界人の亜法波を持って、超高密度に圧縮された圧縮弾の威力にすら物ともせず、ガイアは嘲笑の叫びを上げながら尚も高速で飛翔する龍機人に追い縋る。
「―――これっ!? お兄様、速度、負けてきてます!!」
マリアの悲鳴のような叫びをあげると、流石の凛音も眉間に深い皺を寄せざるを得なかった。
「ヤロウ、加速性に力点置き始めやがったな!? 通りで、さっきからデカい顔が大写しになってるかと思えば……っ、なろ!」
接近して殴り合い、離れれば撃ち合う。
これほどの超速度で以って戦闘が展開されていれば、多少の速度差など余り意味の無い物になる。
並んで速度を競う訳ではないのだから、相手が早いのならば、相手の速さに併せて戦い方を選べば良い訳だ。
―――だが。
「ヤロウ、コッチの狙い悟ってやがるな?」
「矢張り、先ほどから下を取られがちなのは……っ!」
凛音たちは必勝を期す為に戦闘行為を限定しなければならない。
光鷹翼の攻撃的運用による過剰な力は、確かにガイアを破壊して余りあるだろうが、それ故に、下手な射角で放てばジェミナーの大地―――どころか、その下、地殻すらも危険な事となるだろう。
故に、なるべくなら真下から。
最低でも相手よりも低い位置から上に向けて放たなければならない。
「動きを止めようにも、ああも回復が早いとな……」
「こちらも、火力自体は限界まで上げていますからね……」
「殴り合いするにしたって、地面使っちゃいけないって段階でできる事限られる」
ああ厄介だと、どうにも千日手の様相を呈してきた情況に、凛音は息を吐く。
ついでに言えば、光鷹翼を使うたびに頭がふらついてくるのだから堪らない。
『どうした異世界人よ! 威勢が衰えてきたではないか!?』
「アンタみたいに朝早くからテンション高い年寄りと違って、夜型のインドア派なんだよコッチは!」
「もう昼過ぎなんですからやる気出してくださいっ!」
ガイアの頭部が開口し、放たれた粒子砲を光鷹翼を一瞬展開する事によって角度を逸らして避ける。
そして距離を取り、一旦静止して再び向かい合う。
『―――厄介なものだな、女神の翼と言う物は』
「アンタみたいな紛い物で作り物の神と違って、本物の霊験あらたかな力だからな」
『紛い物、―――紛い物、か。ックク。なるほど確かに、真に神を名乗るとあらば、神すらも殺して見せねば真なるとは言えぬか』
ガイアは凛音の言葉に、首を擡げて空気を震わすような声を漏らす。
『確かに我は人に造られし模造の神―――だがそれ故、我はその製造目的の達成に於いては、最早神の如く抜かりは無い』
「―――……?」
不吉な予感を感じさせる声に、凛音は眉根を寄せる。
『我が滅ぼすは神。我が滅ぼすは世界。我が滅ぼすは―――造物主たる、人間よっ!!』
ガッと、ガイアが突然体の向きを変える。
思い切り龍機人に横面を晒して、何の意味があるのか。
「お兄様っ、あの角度は!!」
「―――っ!?」
オペレーター席に座っていたマリアの悲鳴に、凛音はハンマーで頭を叩かれたような衝撃を受けた。
角度。
斜めに、渓谷の岩盤へと向かって。見上げるように首を持ち上げ。
直線で、なぞれば。
ガイアの光線は、苦も無く岩盤なんて撃ち貫くのだ―――!
「ざけんなっ!!」
ガイアの頭部ユニットが変形し、粒子が収束していくその間際に、凛音は龍機人を高速で突っ込ませる。
横合いから殴りつけるにしても、粒子砲の発射には最早間に合わないだろう。
ならば、とばかりにガイアの正面に堂々と機体を晒す。
「お兄様―――っ!?」
「平気、だぁぁああああっっ!!」
妹の声に返すも早い、凛音は気合一声と共に、龍機人の正面に、自らの真の力を解放する。
激突。膨大なエネルギーの波と、それを塞き止める光輝の翼。
光鷹翼の力を持ってすれば、ガイアの放つ粒子の渦など止められぬ筈が無い。
止められぬ筈が無い。
如何ほどの圧力で圧し掛かられようとも。
如何ほどの時を重ねようとも。
「―――クソ親父がぁあっ!!」
喉奥からこみ上げてくる鉄臭い液体を強引に嚥下して、凛音は罵るように吐き捨てた。
『クァーッハッハッハッハ!! 素晴らしいな女神の翼!! 恐れ入るほどの力だ!! 平伏したくなって来るわ!! ―――だがその神の力も、何時まで持つかなぁ!?』
ガイアの放つ粒子砲が―――否、ガイアの”放ち続ける”粒子砲が、何時果てる事無く、光鷹翼に降り注ぐ。
「お兄様、このままだとっ……!」
「ちょっと楽しくなくなってきたな、クソッ!」
光鷹翼を展開したまま、機体の位置をずらしてしまえば避ける事は容易い。
だがそれだと、龍機人は無事だろう。
しかし、射線上―――曲がりくねった渓谷の先に居るであろう、オディールに座するフローラ達が死ぬ。
避けられない。
反射上に光鷹翼を展開し―――しかし、一度凌げても、ガイアだって放射を続けながら射線をずらしてくるだろう。
それも不可能。
直接、弾き返すとしたら。
意味はあるまい。延々と続く粒子砲と同等の威力でしかないのだから、現状と何も変わらない。
攻撃を―――角度が、拙い。
「頭、使ってやがるな……っ!」
解決策は単純だ、早いところフローラ達が渓谷を抜けて、何処なりと逃げてくれれば良いのだが、それは何時の事か。
聖地へと続く渓谷は、それなりの距離があるのだ。今はまだ、道半ば。
彼女等が脱出するまで防御し続けられれば―――だが、恐らくそれは。
「ェッフ!?」
「お兄様―――血がっ!?」
空気が抜けるような音を漏らした兄に、思わず振り向いてしまったマリアが、悲鳴を上げる。
凛音の口元から、うっすらと朱色の液体が滲んでいた。
「平気だ―――っ!」
「何処がですか! このままではっ!?」
マリアは龍機人を守る無敵の防御壁が、兄自身の力によって出来ている事を確りと理解している。
そしてその力は、兄の手には余るものだという事も。
「一応、―――ああもうっ! この前よりは楽になってるんだけど、なぁっ……」
「そんな事はどうでも良いですから、今は―――」
軽口を叩こうとする兄に言葉を返そうとして、しかし、何を言うべきかが見つからなかった。
避ける訳には行かないのだ。
此処で龍機人が避ければ、母が死ぬ。ユキネも、当然。
しかしこのままでは、兄が―――兄が。
「どうすれば、どう―――っ」
焦って取り乱しても、答えは何も見つからず、悪戯に焦燥ばかりが重なっていく。
『ックッハッハッハッハッハァァッッ! どうしたっ! 何やら女神の翼が撓んでおるぞ! 絶対足る神の力が、何てザマだ!! ハッハッハ! ハァァーッハッハッハァ!!』
「黙れってんだよ、クソがっ……!」
使い続ければ使い続けるほど、光鷹翼は凛音の気力―――生命力を奪う。
しかし、ガイアの粒子砲は、ガイア自身が膨大なエナの集合体であるからして、限界が無い。
「くっそ……」
漏らした言葉は、自分ですら弱音に聞こえて、凛音はくじけそうになった。
こんな古典的なやり方に引っかかるなど、余りにも自分が間抜けすぎたのだ。
「このまま突っ込んじまうか? いや、駄目だな。離れられて終りか。―――ああくそ、どうしたもんかなコレ……!!」
『こうします!!』
―――厳。
銅鑼の音の様に。
全ての空気を塗り替えるように、沈痛な空気を払いつくすように。
鮮烈な叫びと共に、その姿は現れた。
白い姿。
振り被った白刃は、その型しか有り得ないと言う鋭さで、一直線に振り下ろされる。
『グォアアアァァアアァァァッ!!?』
背後からの完全なる奇襲に、ガイア大地に、否、それを突き破って縦穴に再び叩き落された。
粒子砲が止む。光鷹翼を閉じ、そしてその姿を見れば。
「―――剣士殿!」
『はい!』
正しく、”本物”。
直刀一本捧げもつ姿が、何と頼もしい事か。
柾木剣士の白い聖機人が、其処には在った。
「でも、何で……っ!?」
マリアの疑問も尤もだ。
剣士は今、結界工房に居た筈なのだから。
ユキネのように回り全てを出し抜くような真似をするはずも―――理由も―――無いだろうに、この場所へ、このタイミングでの出現は、余りにも出来すぎていた。
『あ、それなんですけど……』
ウィンドウが開き聖機人のコントロールコアに居る剣士の映像が映る。
何やら、腰の―――ポケットの辺りをごそごそとしていた。
何かを取り出す。紙の切れ端だった。
剣士は何かを理解したかのように、其処に、恐らくは書かれているのだろう文面を見て、一つ頷いてモニター越しに凛音たちを見る。
そして。
『こんなこともあろうかと―――だ、そうです』
※ ヒーローは 遅れた頃に やってくる
字、余らず。