・Last scene 55-3・
輝く三枚の光の翼が一瞬だけ大きく広がり、それが弧を描いて一点に集う。
力の集約。ナノミクロン以下の小さな光球へと圧縮されたそれはしかし、地に太陽を抱いたが如き鮮烈な輝きを持ち、地底遺跡を照らしつくした。
そして、地獄の底のような暗闇を割いて、極光が奔る。
大地を割って天へと向かって伸びる茎の如く、それは光の御柱となって地下遺跡の天井を容易く裂いた。
光鷹翼の攻撃的運用。
力を一点に集約し、指向性を持って撃ち放つその威力は、天体クラスの攻撃衛星の最大出力すら凌いで余りある威力を有している。
無論、大気圏内で使うには過剰に過ぎる威力であるから、此処で放たれたその一撃は最低出力のものに過ぎない。
だが、威力は絶大だ。
過剰な装飾もいらぬ、強力に過ぎたと表現するだけで充分な成果を示して見せた。
「空が……」
迸る極光が天へと消え去り、次の瞬間にマリアが目撃したものは―――青い空。
掛かっていた厚い雲すら切り裂いて、地の底を太陽の光で照らし上げる。
「威力は充分……充分すぎるな、ちょっと」
全身に圧し掛かるような疲労感を覚えながら、凛音は自らの起こした結果をそう評した。
かつて聖地と呼ばれていた巨大な卓状地、しかし今や爛れて崩れた瓦礫の山―――その固い岩盤すら苦も無く貫いて、天へと向かう真円を描く大穴をこの地下遺跡にまで結んでいた。
「やっぱり下から上に撃たないと駄目だな」
「―――と、言いますと?」
結果著しくなかったテストの講評でもするかのごとき気安さで呟く凛音に、マリアは冷や汗交じりに尋ねる。
「いやね、下手な射角で撃ったら、やっぱり地殻まで貫いちゃいそうで」
失敗したら大災害の発生だよと、凛音は物騒な発言と共に肩を竦める。
「ガイアよりよほど破壊神とでも呼ぶに相応しそうですわね、それは」
「だろ? ―――と言うわけで」
妹の呆れ声に気楽に返して、チラ、と視線を呆然と大穴を見上げているガイアに移す。
ジェミナーに於ける最高の破壊者たる自身のお株を奪うようなその威容に、恐れでもなしているのだろうか。
どの道、凛音にとっては良いチャンスに決まっている。
片手に抱えたメザイア・フランの上に、被せるように天に掲げていたもう片手を重ねた。
そして。
『なに―――っ!?』
「それでは、おさらば!!」
驚愕するガイアを放ったまま、凛音は龍機人をぶち抜いた大穴へと飛翔させる。
空高く、地の底から地上を目指すのだ。
『待てっ!?』
その機動力を生かして凄まじい速度で飛翔していく龍機人に追い縋るように、異形の姿に変貌したガイアもまた、地を蹴った。歪な様相の羽根を広げてのガイアの跳躍に、固い金属性の床板が、ガイア大きく抉れて拉げる。
「―――速度はギリギリコッチが勝ってる……か?」
「……どうでしょう? ガイア―――ババルン自身が、それほど優れた聖機師では無いというだけかもしれません。何にしても結界炉七基搭載は伊達ではないとも言えますか」
次第に引き離されていくガイアを見下ろしながら、兄妹は確認するように言葉を交わす。
「上へ出て―――何処かへ、隠しますか?」
勿論、未だ意識を失ったままのメザイアの事である。
「いや、まさか。意識不明の女性を戦闘領域に置き去りなんて、―――っとぉ!?」
気障ったらしい言葉を妹に返そうとして、凛音は慌てて龍機人の身を逸らして壁際に寄せた。
その刹那、地の底より迸る粒子砲。
単純出力で言えば光鷹翼に勝る筈も無いのだが、聖機人の装甲を破壊するには充分な威力を秘めている。
「しかも向こうは、―――弾切れの心配も、無し―――って、なぁぁらぁっ!?」
射角をずらして連射されるガイアの破壊光線を、ひらりひらりと慣性を無視した動きで龍機人は避けていく。
その最中、下方向、斜めの角度で撃ち上げられた一撃が、岩盤を抉った。
何度と無く反応弾の威力に震わされ、次いで超常の一撃に抉られて、更にはガイアの砲撃である。
重苦しい振動が、縦穴に鳴り響いた。
「お、お兄様、これ―――崩れるんじゃ!?」
いかな強固な岩盤と言えども、ましてや地表に近くなれば、爆破の衝撃も大きく、地盤も不安定だろう。
パラパラと粉塵が舞い、それなりの大きさの岩石が壁を転がっているのが見えた。
「―――へぇ、良い具合になってきたじゃないか」
慌てる妹とは対照的に、凛音は何処か楽しそうな顔をしている。
先頭民族としての血が騒いでいる―――等ということは欠片も無く、ようするに、何か悪戯を思いついた顔だ。
「マリア、フィールドを尾部に集中!」
再び壁際に龍機人の身を寄せ、凛音は前席のマリアに指示を出す。
「え?」
「早く!」
「は、はい!!」
戸惑う妹をコレでもかと急かして、龍機人の下半身に防御フィールドを集中させた。
「お兄様、何を―――……」
マリアには嫌な予感しかしなかった。
接近してくるガイアに対して、こちらは空中で静止しているのだ。
暗闇の底から迫る紅い二つの眼。光線の発射口は鋭い牙の並んだ顎を思わせ、赤熱化してさらにその威容を増していた。
捕まれば、最後。
本能的な危機感が湧き上がるのだが―――しかし、凛音は笑みを崩さない。
「鬼さんこちら……」
ゆらりと、龍機人の尾を揺する。振り子のように、先端をになるほど大きく。
「地獄へ―――帰れ!!」
怒轟。
叫ぶ声の威力のままに、強固なフィールドに包まれた尾を、鈍い振動を続ける岩盤へとたたきつける。
既に緩み、崩れ始めていたそれに、更なる一撃を加えれば―――答えは、明白。
「崩れ、いや、崩し―――っ!?」
ズ、ズと大地と大地が擦り合わさるような、本能的な恐怖を掻き抱かせるような音と共に、次第に、岩が、穴が、狭まってくる―――崩れ落ちてくる。
「三十六系逃げるに如かずってな! 出力最大、突っ切るぞ」
言いながら既に機体を閉じつつある穴の出口へと向けて龍機人を飛ばす。
『待てっ! まぁてぇぇぇぇぇぇぇっ!!』
地の底に居るガイアもまた、凛音の成したことの意味を悟り、慌てて飛翔しようとするが―――。
「そう簡単に逃がす訳無いだろ、バァ~~カ」
聞くものに苛立ちと怒りしか呼び起こさない声音と共に、龍機人は天を見上げたまま、しかし両手首に備わった圧縮弾の砲口をガイアへと向けた。
穴が狭くなれば必然、飛行エリアも狭まってくる。狙い打つのも容易かった。
鉄と鉄がぶつかり合う。
『グッ、グォオッ!? ヌグァッ!?』
「剣士殿特製の圧縮弾の威力、とくと味わえってんだよっ!」
口径に見合わぬ大質量を叩き込まれて、一瞬押し戻されるガイアに、凛音はオマケとばかりに壁に尾をたたきつけて岩石の雨を降らせる。
巨大な岩を次々とその身にくらい、姿勢制御ままならずに地の其処に押し戻されていくガイア。
凛音は知ったことかと鼻を鳴らして、悠々と崩れゆく岩盤をすり抜けて地上を目指した。
「―――どっちが鬼何だか……」
一々エグいやり方に、マリアは場も弁えずに呟いてしまった。
正しいやり方であるのは解っているのだが、余りにも兄が楽しそうで、若干引き気味になる。
妹がどうでもいい思考に囚われかかっている間に、遂に龍機人は聖地の岩盤を貫いて、地上へと上がる。
緑溢れた二つの大地の亀裂の狭間に、かつて存在していた聖地であった場所。
駄目押し気味に圧縮弾を連射して岩盤を砕き穴を塞ぎながら、凛音は周囲の様子を伺う。
聖地襲撃―――その後の凛音たちによる人質となった学院生徒たちの救出作戦以降は、反応弾の一撃によって瓦礫の中に沈んだガイアの再発掘のためにシトレイユ軍に完全に制圧されていた場所である。
だが、今は―――。
「あの、お兄様?」
「何も言わないでくれると嬉しいかなーと」
声を引き攣らせる妹に、凛音もまた、眼下の光景を眺めながら、半笑いの言葉を返す。
当然だが、シトレイユの軍団の姿は無かった。
深い谷底に幾艘もの空中船が沈没しているのが見えていたから、初めは確かにいたのだろう。
内何隻かは焼けて抉られたようにも見えている。恐らくそれらは、二度目の反応弾による空爆にやられたに違いない。
だが、瓦礫の山より遠い―――即ち、聖地へと通ずる南北二つの関に近い位置に沈没している船であればあるほど、明らかに砲撃や聖機人の斬撃によってやられたのだろう事が見て取れる損傷がある。
どの船も艦首を関に向けていたから、当然、シトレイユ軍の本営となった旧聖地の防衛のための戦闘行動を行ったのだろう。
ならば現在、瓦礫の山の周辺を取り囲んでいるのは、艦隊を撃滅した何者かであるのかといえば―――。
「なんで、一隻なんだよ。―――ああ、いや。居ても邪魔になるから、足の速い一隻で充分なんだけど……」
シトレイユ方面の関のある位置を塞ぐように、一隻の船―――否、三つの岩塊を組み合わせた、特殊な形状をした宮殿が浮遊していた。
「あれは……」
マリアとしても、最早、笑うしかない。
ハヴォニワが―――ナナダン王家が保有する空中宮殿オディール、現在の女王座乗艦であるその姿が、堂々と存在していたのだから。
※ 因みにあの換気扇はオーロラインテークファンって言う超カッコイイ名前が付いてたりします。
さておき。最終決戦も、これで折り返しです。―――と書くと、つまり……と言うわけです。