・Scene 54-3・
「亜法結界炉最大出力。―――転位装置かっこかり、起動しまーす」
結界工房地下施設内。
聖機神のコクーンを固定する台座に似た、しかし独立して亜法結界炉と何か高度な技術によって作成されたらしき機材が固定されている装置の上に、稼動状態の聖機人が膝を付いて待機していた。
装置は四機。一機に付き一体の聖機人が待機しており、その色はそれぞれ―――。
「白、赤、緑、水色、黄色と……毎度思うけど、カラフルだよな」
「まぁ、ホラ。元々ショービジネスが発展して出来たものですし。見た目わかりやすく、派手ってのが大切なんじゃないですか?」
「個性の主張ってヤツかなぁ。―――そういえば、ウチの船も二つと同じデザインが無かったか」
取り分け、”自分自身”こそが一番得意な形状の外装だろうなと、凛音は声に出さず苦笑した。
「それより、座標固定も完了しましたし、後はスイッチ一つで本当に転位しちゃいますけど」
何か言わないんですかと、ワウアンリーは隣に腰掛けてモニターに表示されたグラフを見るとも無く見ていた主に視線を送る。
「と、言われてもねぇ……」
装置内部の結界炉と、更に連結された結界工房の大出力結界炉が鈍い振動を響かせながら稼動しているのが解る。
その莫大なエネルギーを以って、装置の上に待機している聖機人達を、中身ごと、一片の劣化すらなく、瞬時に指定の場所へと転位させるのだ。
転位場所は、勿論。
そこにたどり着けば決死の作戦に挑まねばならない事は確定していた。
甘木凛音と言う人間であれば、そんな場所へと少女たちを送り込むのであれば、幾らでも言葉を書けるであろう事は当然だというのに―――しかし、何もしない。
「まぁ、ラシャラちゃんがやってるみたいだし、良いんで無い?」
凛音は、端末脇の外部との通信状況を示すインジゲーターが明滅している事実を示しながら、投げやりに言った。
因みに、装置の運転を管理するために程近い場所に端末を設置して居座っている凛音たちと違い、ラシャラはマリアとともに、外の映像を確認する事が可能なスワン内部に残っている。
彼女は今や王ではなく、ましてや聖機師でも無いただの少女であるため、出来る事は限られていた。
待つ事。それ以外に何も無い。
それ故に、立ち向かう彼らに言葉を送る役目を賜るとするならば、凛音のように無理やりハブられて居るような人間ではなく、ラシャラのような少女の方が相応しかろう。
持って回った言い回しで、そんな風に凛音は語る。
「―――本音は?」
しかし、従者にとって見れば誤魔化しているのが直ぐにわかるような体たらくだった。
半眼で睨みつけられて、凛音は観念したかのように視線を横に逸らして呟く。
「―――その、怖いなぁと。色々とね」
「何も言わないままで済ましたほうが、絶対後が怖いですよ」
駄目だコイツとでも言いたげな態度で、ワウアンリーは大きくため息を吐いた。
「嫌な事は後回しが僕の信条なんだよ」
「割りと最低な事言ってますよ!」
堂々と言ってのけた主に、ワウアンリーは大げさに突っ込む。それに凛音は肩を竦めて返しながら、装置の方を見ようともせずに、始動のスイッチを押した。
「あ、ちょっと!」
「そら、発進発進。―――後がつっかえてるんだからさ」
前フリの無い突然の動作に慌てるワウアンリーを追い払うように凛音は言ってのけた。
ワウアンリーは一瞬顔をしかめた後で、大きく息を吐いて傍にあったマイクを引っつかみ聖機人に搭乗しているであろう少女たちに声を掛ける。
「―――ああ、もう。皆! 出るからね! ―――頑張って!」
円形の装置の外周を走るように、エナの燐光が巻き起こり、オーロラーのようなカーテンを作り出していく。
光のカーテンはその光度を増して行き、やがて中に鎮座している筈の聖機人の姿すら視認不可能なほどの規模に発展していく。
「―――今更ですけど、この距離でアレを間近にしながら、亜法酔いが無いって凄いですよね」
足元から発せられる、より凄まじくなった振動に冷や汗を垂らしながら、ワウアンリーはポツリと言った。
「まぁ、僕の周囲ってオートで環境安定力場が作用しているらしいからねぇ。亜法振動の生理的に不快な部分は常時カットとかなんとか」
「そういえば、殿下が亜法酔いになってる所って、見た事無いですね」
「酔おうと思えば酔えるんだろうけど、酔う意味ないしなぁ。お酒とかと違うし」
「いえ、酒に酔うのも出来れば控えて欲しいんですけど、従者的には」
因みに、普通の航宙船なら、よほど小型で無い限り、必ずといって良いほど内部に張り巡らされている、極一般的な技術である。
凛音の生体強化―――と言うか、改造を行った人間は、皇家の樹との完全な同調と言う難しい課題はじっくりと取り組むとして、比較的簡易に施術可能な技術を先に設定したらしい。
お陰で、機能不全の間ですら、当たり前のように起動していた。凛音の聖機人搭乗時の亜法波耐性が極端に高いのはこの力場のお陰である。修正パッチが当たった現在では、任意にカットできるようになっているのだが、この亜法文明の発達したジェミナーでは予想外に便利な機能であったため、コレまでどおり常駐起動していた。
燃費の良さ―――内部循環による半永久的なもの―――を考えれば、正直な話、光鷹翼よりもよほど役に立っている。
「便利で良いなぁ、宇宙技術」
「未開惑星で商売するには都合の良い知識ではあるわな。―――ああ、因みに亜法振動の無効化技術ってのはこっちでも探せば出てくると思うんだけど」
「そうなんですか?」
そんな技術、あれば直ぐに広まっているだろうとワウアンリーは思うのだが、生憎今まで一度もそんな話は聞いた覚えが無い。
若かりし頃は彼女自身も似たような事について考えた事があったが、資料集めの段階で理論的に不可能と記されていたため挫折している。
先達にその件で話してみたら、聖機工なら誰でも一度は考える夢見事だと同士の笑みを向けられた。
「でもホレ、近づくと頭が痛くなる装置なんてものを日常的に使用しようと思うなら、普通に対策を考えるだろ? ましてや、その技術のみで極限まで―――勿論、単一星系上において、と言う基準だけど―――発達した文明だったなら」
「つまり、先史文明の遺跡を巡れば、亜法振動を無効にする技術が存在してもおかしくない?」
それも、割り合い話に上る事なんだがとワウアンリーは言う。笑い話にもならない世迷言だと。
「どうだかね。でもちょっとした宇宙技術を使えば簡単に対策で切るような問題なんだし? そう考えるとそういう技術オンリーの社会でソレが発達しない方がおかしい気がするんだけど―――と言うか、現行の亜法オンリーでも、力技でもいいなら案外どうとでもなりそうだけど」
「―――因みに、具体的には?」
興味津々と身を乗り出してくる従者に、しかし凛音は冷めた目で応じた。
「言ったら捕まるから、言わない」
「―――あ、やっぱり?」
物騒な言葉に、ワウアンリーはも冷めた言葉で返した。驚きなど欠片も無い。
「いやさ、聖機人から民政品に至るまで、亜法技術を管理しているのはご存知教会だろ? そんな連中に”聖機人の稼働時間を延長する画期的な手段を見つけました”何ていってみろよ。翌日には川に浮いてるって、絶対」
「あー、つまり、教会が隠匿しているかも、と」
またその展開かと若干疲れた態度を見せるワウアンリーに、凛音は肩を竦める。
「と言うか、してたみたいだね。ナウア・フランとチャットしてた時に嫌がらせ交じりに突っついてみたんだけど、その辺の話になると言葉を濁して曖昧な表現になってたし」
「っていうか、年長者を苛めるのは止めましょうよ……。ナウア師にはお立場もあるんですから」
「僕もそのときに同レベルの追及を受けてるしなぁ。―――まぁ、その辺は良いとして。結局、便利になり過ぎないように技術レベルを抑えてるんだろうな。発達しすぎてえらい事になったらまずいし」
「今みたいに?」
「今みたいに。―――と言うか、先史文明の頃みたいに、なのかな」
厭味混じりの従者の言葉に、凛音も苦笑気味に同意した。
「でも、聖機神とかにそういう便利機能が付いていたってデータは無いですけど。―――その辺もまさか、発掘される度に一々隠匿されてるんですか?」
「いや、まさか。聖機神の機能を考えれば、そういう便利装置は初めからついて無いって考えるほうが妥当でしょ」
「えーっと、つまり?」
「さっき自分で言ってたろ。聖機神てのはショービジネス用の舞台装置だって。制限時間でもつけておいたほうが、スリリングで盛り上がるじゃないか」
「―――ああ」
ワザと不便にしているのだという身も蓋も無い意見に、思わず素で頷いてしまう。
「その辺りのシステムまでコピーしている聖機人が、同様に時間制限付きってのも当然ですか」
「戦争の過激化も防げるし、な。―――お」
やれやれとため息を吐いた後で、凛音は正面で展開されている光景に変化が訪れた事に気付いた。
輝きが失せ、カーテンが解けるように消えていく。
丸い円座のような装置の上には、聖機人の姿は無かった。
「―――まぁ、剣士殿がいれば、平気だよな」
「心配なら声を掛けておけば良かったじゃないですか」
「どうせヘタレだよ、僕は」
口を尖らせる従者に自虐の篭った言葉で応じながら、凛音はゆっくりと立ち上がった。
端末から進み出ていく凛音に、背後から声がかかる。
「本音は?」
「―――決心が、鈍りそうじゃない」
肩を竦めて、全く男らしくない事をのたまう主に、ワウアンリーは呆れ声を投げつけた。尖った口調で。
「でも、あたしには言うんですね」
「キミはそれが仕事」
「やだなぁ、ブラック企業って」
グテっとだらしなく突っ伏すワウアンリーを、凛音は鼻で笑う。
「その割には、自分から入社を希望したじゃないか」
「仕方ないじゃないですか。今更辞めたって、あたしを身請けしてくれる人なんてぜーったい何処にも居ませんし」
「皆見る目が無いよな、こんな美人が安く雇えるってのに。能力的には不安があっても、目の保養にはぴったりじゃないか」
「え? 能力じゃなくて容姿目当てだったの!?」
「希望としては後十センチくらい背が高いと嬉しいね」
「本気で言ってるよこの人……」
じゃあ今度からヒールでも履きますと面倒そうに言いながら、ワウアンリーはだらしの無い姿勢のまま器用に端末を操作していく。
すると、広い施設の片隅に、未使用の転位装置が搬入されてきた。
同時に自動操縦の運搬車両が、コクーンを乗せて装置へと近づいていく。
「一応確認ですけど、やっぱ行くんですよねー」
冗談のような気軽さで、声音にしかし、本音の否定が見え隠れするワウアンリーの声。
しかし凛音は振り返らずに、一つだけ息を吐いて応じた。
「ソレを何も言われていないのに、ちゃんと理解してくれるからこそ、ワウアンリー。キミを選んだ価値が在った」
珍しくも色気のある声に、一瞬頬を赤らめつつも、女の意地だという気分で尖った声を崩さなかった。
「―――上手く使われているだけみたいで、あんまり嬉しくないですよ」
「ソレは残念。伝わらない想いほど悲しいものは無いや」
凛音は何時ものように肩を竦めて、ワウアンリーは何時ものように諦めの混じった溜め息を吐く。
事、状況が此処に至っても、彼らは常に何時もどおりの姿勢を崩さない。
「剣士達は外。アウラ様もリチア様もユキネさんもキャイアも皆―――、邪魔な人はもう、一人も居ない」
「そう、そしてユライト・メストまで剣士殿たちの傍にいるんだから、ソレこそ本当に、もう邪魔者は居ない」
唐突に発せられた従者の言葉に、凛音は深々と頷いて続ける。
「復讐するは、我に有り―――いやはや、此処まで上手く状況が完成してくれるとは」
「ババルン・メストも、案外その気があったんじゃないですかね」
「かも知れないね。あのオッサンも何気に演出って物に拘ってるからなぁ」
「―――って、本当にそうだと、ガイアもう、完全復活していません?」
「してるんじゃない。―――まぁ、してようがしてまいが、此処まで着たらやる事は変わらないさ」
そこまで言った所で、凛音は漸くワウアンリーのほうへと向き直った。
「ガイアを倒す。―――二度目の聖地攻めだ」
「転位装置、座標設定とっくの昔に終わってます。マーカーも、向こうにありますし」
ワウアンリーは端的な言葉で主の言葉に同意した。
そのために、一人主の元を離れて、今まで準備を続けてきたのだから。
彼が彼自身の手でガイアを倒す。その目的のためだけに。効率性など度外視で。
今のような状況―――ユライトの出現という好条件が発生しなかった場合は、凛音の転位装置以外の転位座標を別の場所にずらすつもりすらあった。
「―――後で絶対怒られますよね、あたし」
「今のうちに白旗の準備でもしておけよ。燃やされるだろうけど」
「死ぬ時は絶対一緒ですからね」
「生憎、タイミング的に君が先に死ぬのが確実だ」
女性聖機師のように特別な戦闘衣が無い関係上、着の身着のままで聖機人に乗り込んでしまえば、それでもう済む問題である。
それ故に、最後の最後までグダグダと会話を続けられる。
装置の上にコクーンが固定され、結界炉が稼動し、エナが内部で加速し続ける間も。
「面白そうな話をしていらっしゃいますね、お二方」
そして何時もの如く、その余裕が裏目に出るのだ。
※ ギャルゲ的な意味で言えば、所謂、最終分岐イベントって所でしょうか。
一番好感度の高いキャラが現れるのでしょうが、まぁ生憎、このSSはトゥルーエンドルート以外存在しないのである。
思えば遠くへ来たものだっと……