・Scene 54-2・
『それで、行儀悪く人前で喧嘩している間に全部決められていた、と』
「いやぁ、どうしてもああいう”お前の存在こそが害悪”みたいな目で見られると気が収まらなくって」
『そこで抑えきれずに相手と同レベルの対応を取っちゃう当たりが、貴方の器の小ささよねぇ』
暗い部屋、深夜の狭い通信室のモニター越し。
向かい合って苦笑交じりに語り合うその内容は、説教染みたものとも思えるし、さりとて、甘い響きが混じっている事は否定できない事実だった。
「どうせみみっちさにしか定評が無い男ですよ、僕は」
『そこで拗ねるから、何時まで経っても誰からも尻に敷かれ続けるのよ。―――尤も貴方の場合、それを望んで、ワザと情け無い態度を取っているのかもしれないけど』
流し目を向けられ、背筋に何か妙な感覚が流れるのを感じつつも、凛音は得てして気楽な姿勢で肩を竦める。
「黙秘します」
『許可します』
即答された言葉に、凛音は噴出してしまった。
「……さすが、器が大きい事で」
『今、年の功とか思ったでしょう?』
今度は間違いなく、背筋に冷たいものが走った。
「黙秘します」
『却下……と言いたいところだけど、良いわ。何せ器の大きい女ですもの。それに私としては、どちらかと言うと別の事に興味があるし』
フローラは、視線を逸らして冷や汗をたらすヘタレた男に嫣然とした笑みを向ける。
「―――別の?」
恐る恐るとした言葉に、フローラは楽しそうに微笑んで頷いた。
『ええ。―――一体どうしてまた、貴方があの娘達の無茶に素直に許可を出したのか』
「そんなに無茶だと思います?」
『自己犠牲の精神は立派と言えば立派だけど、時と場所と立場を考えるべきだと思うわ』
明らかに相手の出方を探るような質問に、しかし帰って来た答えは今ひとつ掴みかねるものだった。
「でも、成功確率は高い方だと思いますよ」
『”高い方”と言うだけで、貴方普通だったら問題にするでしょう?』
「何かそう言う言われ方すると、自分が器の小さい男に思えてくるんですが」
『小さいじゃない』
フローラの言葉はにべも無かった。
『転位装置を用いて背後を取って、特攻。ぶっつけ本番、片道切符で。―――こんな無茶をあの娘達だけでやらせることを許可するなんて、貴方の日頃の言動から考えて、ありえないでしょ?』
転位装置。
正式名称不明の、先史文明の遺跡の一つである。
教会が発見し秘匿、複製して自分たちだけで有効活用している装置であり、そして現在はそれが仇となって、ガイアの侵略行為―――と言う名の時間稼ぎ―――のために有効活用されてしまっている状態だ。
”入り口”と”出口”を用意して、聖機人大の無機物、有機物問わず完全な形で、自在に転送することが出来る―――勿論、エナが充満している所で無いと使用不可能だが。
尚、出口の方は正確な座標指定のために必要なだけで、無くても転位自体は可能らしい。勿論その場合は、指定エリアに性格に転位できるかは不明となるのだが。それに何より、転位地点にあった物体に”めり込む”危険性が発生してしまうので、矢張り出口も必要といえる。
そして現在、”たまたま”結界工房の近くに動作テスト用の出口―――教会施設より装置を接収した凛音たちが言うところの、”マーカー”―――が設置されており、コレを用いれば、工房外周の平野に距離を取って居座っているユライト・メストの聖機人を奇襲できるのではないかと言うことで話が進んでいる。
と言うか、ようするに凛音が口を挟む間もなく、勝手に話を進められてしまった。
「まぁ、事実無茶が過ぎるんですけど、正直な所僕はこの件に関してはあんまりやる気が出ないんで、頑張ってくれる人が居るなら任せちゃいたい気分でもあるんですよね」
何処かくたびれた口調で言う凛音の顔を、フローラは探るようにねめつける。
『本気で言ってるの?』
「何度か命を狙ってきた人を、命懸けで助けるのって、ねぇ」
そればかりは事実であるから、フローラには追求する事は出来ない―――筈であったが。
『その、何度か命を狙ってきたような人を救うために、あの娘達を死地に向かわせる気?』
「―――いえ、それはホラ、成功確率は非常に高いですし」
『今、目を逸らしたわよね?』
「ハハハ、まさか」
笑いながら、凛音は本気で視線を逸らした。
此処に来て、フローラの不審は最高潮に達した。
フローラぐらいにしか解らないだろうが、凛音の顔には確かに、”拙い事を聞かれた”と言う色が浮かんでいる。
何を企んでいるのか。
決まっている、碌でもない事だ。
それはフローラとしては構わない。幾らか面白いことをしてくれるなら―――ついで言えば、自分をそれに巻き込んでくれるならば最高だ。いや、巻き込もうとしてくれないからこそ、探りたくなっているのだが。
『そう、か』
”巻き込もうとしてくれない”。
取っ掛かりさえ見つかれば、思考飛躍は早かった。血も繋がっていないのに本当に親子に見えてくる、と周りからウワサされるとおりに、凛音と同レベルでフローラはそれを行えるのだ。
そう、凛音と同視点で。
実の娘であるマリアが必死で足を縺れさせながらたどり着こうとしているその地点に、フローラは初めから立っていた。
で、有れば彼の思惑を察するのは非常に容易い。
『ブレてるようで、案外一貫してるわよね、貴方の生き方も』
「は?」
唐突な言葉に、凛音は目を丸くした。
一貫性の在る生き方をしている等と、不審気な瞳が、突然肯定的なものに変わってしまえば、居心地の悪さが先に立つ。
それに。
「―――ここに来てからは、何だかだいぶ、流されて生きているように思えるんですが」
かつて樹雷にあった時のような、一貫した強い執着心という物が―――忘れていたとは言え―――どうにも薄いように感じられる。
『そんな事は無いでしょう。だって貴方、”女の子の前で格好付ける”って事だけには、常に抜かりが無いじゃない』
「褒め言葉って受け取っても良いんですか、それ」
顔をしかめる凛音に、フローラはしかし、隙の無い笑みで答えた。
『解りやすく、別の女に色目使ってるんじゃないわよこのヘタレ、とでも言ってあげましょうか?』
「丁重に御辞退申し上げます―――と言うか、この前男の甲斐性がどーのとか言ってませんでしたか?」
意味も無く腰の前にあったコンソールパネルに手を付いて頭を下げながらも、一応と言う気分で凛音は尋ねる。
『自分で言うのは駄目なのよ。男が下がるから』
「僕には難易度が高すぎますよ、それは」
『ああ、でも何も言わないで何でもしちゃうのも問題だと思うけど』
「―――――――――」
惚けたような視線も、だれた空気も、一瞬で掻き消えた。
他の者たちがこの場に居たならば、それこそ背筋を冷やすような気分を味わう事になるであろう、一瞬で、この二人にはそういう空間を作れる才能があった。
互い笑みを向け合い、そしてその実、その顔かたちは笑みに見えるはずも無い。
「拙い、ですかね?」
返答が自分の望む以外のものだったら許さないとでも言いそうな態度で、凛音は言った。
フローラはその男のその顔こそが一番の好みだと言わんばかりの満面の笑みで、応じる。
『どうかしら。わざわざこうして連絡を取ってくれたことは、一応評価してあげなくも無いけど―――そう言えば、良く考えたら貴方も誰にも言ってない訳じゃないのか』
「あの子は本当に使えますよ。―――今更ですけど、本当にあの時は無理を聞いてくれて助かりました」
『良いのよ、別に。貴方が欲しがらなくても、何れ私が引き抜いていたと思うし』
先ほどの演技染みたやり方ではない、ただの目礼に過ぎないそれは、しかしフローラの満足する心の篭ったものだったらしい。気分良く受け入れてくれた。
『でもあの子も、押すだけで引き止めることはしてくれないのがねぇ。―――貴方にとっては、それが良かったんでしょうけど』
「ええ。求めていたのは何も言わなくても完璧にサポートしてくれる人材ですから」
否定の言葉なんて一々聞く気が無いし、言わせる気も無かったと凛音は恥知らずにも言ってのける。
『態度の大きさだけは一人前よね、貴方も。コソコソと隠れている時点でそれも台無しだけど』
「どうせ、虚勢張って生きてるだけですからね、僕は。こうやってたまに、大人の意見も聞いてみないと、生きていくのも怖くて仕方が無いんですよ本当は」
溜め息混じりの言葉には、矢張り微苦笑を浮かべながら。
「―――反対しますか?」
笑顔が消えた。何処からも。
『されたら?』
最早怒気に満ちているともいえた。
「―――されても」
空気の密度に、殺気が満ち始めていた。暫しの間。そして、唐突に空気の重石が取り除かれる。
『ヘタレの癖に格好付けるわねぇ』
そうして、漸く、笑顔が戻ってきたのだった。
「初志貫徹、ってヤツかもしれません。―――今更ですけど、自分で言ったんですよね」
凛音は深い笑みを湛えて、言う。
「必ず殺すって。―――手段はもう手元にある。一々段取りを踏む暇は、もう終わりですね」
『男の子らしく元気があるのは結構だけど―――あの娘達は良いの?』
物騒な言葉に笑顔で返しながらも、迂闊な返答は許さないという態度がその言葉にはある。だが、凛音は気楽に肩を竦めるだけだった。
「―――ホラ、剣士殿が居ますし」
『ある意味、最高に説得力が在る言葉よね、ソレ』
ああ、と素に戻って頷いてしまうくらいに、納得の出来る理由だった。
「あの方が居れば、例えどんな状況だろうが確実且つ完璧に勝ちますからね。―――ぶっちゃけ、あの方一人を適当に特攻させたほうがよっぽど勝率高い気がするのも困りモノなんですけど……」
『まぁ、今回はこの世界の人間だけで可能なやり方で、がコンセプトですもの。そこは仕方ないわよ』
馬鹿馬鹿しい話だとため息を吐く凛音に、フローラも苦笑を禁じえなかった。
『そういえば、結局の所、具体的にはどうするつもりなの?』
その後で、思い出したかのように、ソレこそどうでも良いからついでにと言う気分で、フローラは尋ねる。
元々”可能”といっている以上は”可能”なんだから、過程なんてどうでも良いと言う信頼感もあったのだが。
凛音も、そういえばと、今更思いだした体で応じる。
「ああ、爆弾ですか。押しても退いても駄目なら、潰してしまえば良いじゃない―――って事で、囲んで圧縮だそうです。ユライトの方は流石に失敗できないんで、剣士殿が一人で頑張るらしいですけど」
『―――こう言っては何だけど、本当に力押しよね』
「力押しで物事解決できるなら、ソレがシンプルで一番良いですよ。戦いは数と火力です」
『そうね、貴方、爆発物好きだったものね』
お陰でちょっとした問題が発生してしまった訳だがとは、フローラもこのタイミングでわざわざ言う事はしなかった。少しだけ微苦笑を浮かべて、それで終わりにする。
『出来ると言うなら止めないわ。―――”有限実行”。最後までやりきりなさいな』
通信モニターが、黒く落ちる。
凛音は、暫くモニターを見つめたままで居た後、思い切り背もたれに身体を預けて、両腕を後ろ頭に組んで天井を見上げた。
「有言実行、か。―――うん。やって見せるさ」
それは、誰に対する宣言だったのか。
そして、同時刻、何処か。
「では、問答無用の一本勝負―――と、ぬ? 一人足りなくないか?」
「声を掛けませんでしたが、何か問題でも?」
「確かに、アイツは凛音の側だから、問題ない……か?」
「あやつもアレで、結構な忠犬じゃからの。事が露見するよりマシじゃろ」
「―――と言うか、本当にそんな風になるの? 流石にそこまでの無茶をしそうには思えないんだけど……」
「違いますよ、あの方、その程度の事は無茶だと思っていないのです」
「一人で充分、むしろ余計な邪魔入らないと言った所か。―――フン、此処まで来て、良い度胸じゃないか」
「―――声が怖いぞ、お主」
「前から思っていましたけど、一番あの方と親しいのって……」
「生憎、黙秘するとしか答えられんぞ」
「否定の言葉が無いのが問題なんだと思う」
「そういう貴女も……」
「お姉ちゃんだから」
「何の説明にもなってませんよ、それ」
「まぁ、何気に昔からじゃし―――と言うか、そろそろ始めんか? と言っても、妾は見届けに過ぎぬが」
「別に参加しても宜しくてよ?」
「未練じゃよ、それは」
「一番若いのに、妙に達観してるわね……」
「人間、得るものが多ければ、また失うものも小さくないと言った所じゃろうよ。―――さて、良いな?」
「ええ」
「文句なしの」
「一発勝負」
「異世界人から伝わる由緒正しい決着のつけ方……」
「じゃーんけーん」
「ぽんっ!」
そして、夜が明ける。
※ モイ。USBがクラッシュしてデータが吹っ飛びました。
前日にバックアップとって無かったらと思うと、久しぶりに本気で肝が冷えたぜ……。
ラストも近いのに、勘弁して欲しいもんです、ホント。