・Scene 54-1・
「それでは闇黒生徒会を開催したいと思います」
場所を、外部カメラの映像を受信可能にしたスワンの会議室に移動した一向は、長机を囲んでモニター横目に、じっくりと会議の姿勢へと移っていた。
上座―――と言うか、壁面の巨大モニターの真下には、当然のようにリチアが座り、席順もようするに、両サイドをアウラと凛音が固める何時もの体制だった。尚、アウラの隣に居る筈の少年が不在のため、礼儀正しく席が空いていたりする。
ナウア・フランは結界工房の管制室から、通信越しでの参加となった。
「議題は当然、現在直面中の危機である、仮称・結界炉爆弾に対処する方法について。―――尚、何処かの男性の反則能力は今回は使用禁止です」
宜しいでしょうかと、片手で眼鏡を押し上げながらリチアは会議室に集った全員に確認の言葉を掛ける。
すると。
「―――キャイア?」
ユキネ、剣士と並び末席に座していたキャイア・フランが挙手をしていた。リチアが手の仕草で発言を許可すると、キャイアは躊躇いがちに声を上げた。
「とりあえず……なんですけど。―――こんなにのんびり話し合ってて、平気なんですか?」
尤もすぎる意見に、リチアは視線をついと右へ逸らす。
「そこのところどうなの、書記」
「え、僕書記なの?」
「アンタ、何時も会議の内容一字一句把握してるじゃない」
初めて聞いた役職に目を丸くする凛音に、リチアは鼻を鳴らす。因みに実際の生徒会においては、議事録等の庶務に関しては下働きの学院職員が行う。
「記憶してると言うかログ取ってるだけなんですけどね。対応機材無いから出力できませんし。―――にしても、書記だったのか。てっきり副会長辺りだと思ってた……」
「いや、それは一応私だ。―――と言うか、そこなのか、疑問に思うのは」
どうでもいい事をぼやく凛音の向かいから、アウラが口を挟む。嗜めるような苦笑を受けて、凛音は肩を竦めてキャイアの質問に答える事にした。
「”俺とお前とどっちが上か”ってのは、世の中でも割と馬鹿にならない真理だからね。その判断を殴り合いでつける人種にはなりたくないけど。―――いや、今更遅いか。で、キャイアさんの質問の答えだけど……まぁ、見たまんまだからね」
凛音はそう言って、モニターに視線を移した。
再設置された監視カメラが映し出す、結界工房近くの岩肌の映像。
二機のコクーンと、それから、一人の聖機師の姿があった。
「完全に、持久戦だね」
肩を竦めて言い切る凛音に、キャイアはでも、と続ける。
「今のうちに、一気に攻めるとか……」
「位置が悪い。僕らは穴の中に居て、そして敵は穴を見張っているだけで良い。どれだけ頑張って奇襲を掛けようとしても、出るのを見つかった瞬間に奇襲は失敗だよ」
「よくよく状況を思い出せば、向こうは時間を稼いでいればそれで良いのだからな。こちらがこうして閉じこもらざるを得ない状況になるのも、計算づくなのか」
「あのオッサンも、嫌がらせのやり方が一々ねちっこいよねぇ」
真剣な顔のアウラに、凛音も苦い顔で吐き出す。
ガイアは、ガイア本体が復活さえしてしまえば、それで全てが解決する。
その過程に何があったところで、復活後に一々斟酌する必要は無い。
「対してこちらは、時間制限アリ、要救助者アリ、ついでにリーダーはヘタレ」
「オイ」
思わず低い声で、どうでも良い部分に突っ込みを入れてしまった。しかし。
「放っておくと、ユライトは見捨てろとか言い出しそうじゃしのぅ、このヘタレ」
「完全勝利より確実な六分勝ちが座右の銘ですから、そのヘタレ」
「まさにヘタレだね……」
「―――なぁ、僕はそんなにキミ等に怒られるような事をしてたか?」
頬を引き攣らせる凛音に、代表して口火を切ったラシャラが余裕たっぷりに応じる。
「つまりは、ユライトを見捨てるのは無しじゃぞ」
「目指せ完全勝利」
小さな手持ちの旗でも振っていそうなノリで、ぞんざいな応援をしてくるユキネに、凛音はぶすくれた顔で返すしかなかった。
「いや、自分から両手を縛っておいて完全勝利を目指せって言われてもなぁ……」
「使うなと言っておいてなんだが、確かに女神の翼が使えないのが痛いな」
「後、ワープが欲しいですよね、ワープ。アレ使えば一発で終わりますよ」
ため息を吐くアウラに、ワウアンリーもぼやく。従者の乱雑な意見に、凛音も苦笑いを浮かべた。
「確かにね。座標指定でユライトの後ろまで飛んで無力化。ついでに、あの爆弾付きもノシつけて聖地の真上にでも飛ばしてやれば、問題は一瞬で解決するんだけどさ。問題は質量だな。デカくなるとエネルギーの消費も大きくなる。―――ガイアを丸ごと転位させようなんて思ったら、一体どれだけ出力掛ければいいのやら」
「殿下の吐血量が心配ですよね、実際。―――と言うわけで、それは却下です、却下」
右から左に避けるように、ワウアンリーは自分の意見を自分で切り捨てる。むしろ、それは駄目だと周りに言い聞かせるためにわざわざ発言したかのような態度だった。
「夜陰に乗じてこっそりとか……」
「赤外線探知でもされるんじゃないか?」
「横穴を掘って」
「振動探知機くらい持ってきてるだろ。と言うか、何時間掛かるんだそれ」
発言が一つ出るたびに、ズバっと反対意見が飛び出す。どれもこれも無理がありすぎて、いい加減手詰まり感が会議室に満ち始めていた。
皆が押し黙る中で、ワウアンリーが凛音に真剣な目を向ける。
「……アレ、使いますか?」
「―――アレか」
「どれじゃ?」
意味が解らないと尋ねてくるラシャラに凛音は肩を竦めて言葉を返さなかった。
視線を何処か遠くに置いたまま、ワウアンリーに質問する。
「座標指定出来るのか?」
「いえ。相変わらずマーカーの無いところでは使えませんけど」
「駄目じゃん」
「そこでアレですよ、”こんな事もあろうかと”ってヤツです。これ見てください。機動テストのために使ったマーカーの位置が……」
手元の端末を操作して、簡易地形図を示すワウアンリー。
「こりゃまた、都合が良いと言うか何と言うか。―――この距離なら、行けるか?」
「ただ、相変わらず音はでかいですし、発生する亜法波も甚大ですから。速攻でばれるのは確実ですよ」
恐らくは高速で思考を飛躍させているであろう主の手助けをするために、ワウアンリーは言葉を続ける。
「まぁ、その辺はなぁ……何機ある?」
「えーっとぉ……六、ああいえ、四かな、いえ、やっぱり五です」
「六、だな。―――それじゃ、後のために残しておくとしても、五機は行けるか。……丁度じゃないか」
「五って言ったのに……って言うか、あたし、外されてる?」
「お前には他に仕事がある―――解るだろ?」
「解りたくないですけど、あたしもサラリーマンですしねー」
小声で、なるべく回りに聞こえないように。
しょうがあるまいと、一応の納得をつけて主従は頷きあった。
「―――それで、そろそろ説明が欲しいのですが?」
放置しっ放しだった周りの視線が非常に痛々しい。
「アレだな。お前本当にワウが一人居れば充分なんだな」
何時だか惚気ていた通りかと呆れるアウラに続き、マリアも然りと頷く。
「お久しぶりですのでいちゃつきたいと言う気持ちも理解して差し上げられない事も無いことも無いですが、―――少し、自重なさい」
「お前にだけは言われたくないと思うぞ、マリアよ」
「だまらっしゃい! ―――それで、お兄様?」
微妙に頬を赤らめながらも兄に棘のような視線を送る事は止めなかった。
凛音は、それは微妙に八つ当たりじゃないかなと思いつつも、肩を竦めて妹の言葉に応じる。
「まぁ、早い話がアレだよ。ワープ」
解りやすいSF用語の登場に、場は一瞬で静まり返った。
言い切った凛音と、それに頷くワウアンリーの態度に。アウラがため息を吐いて口を開いた。
「言って良いか」
「うん、インチキ臭いけどさ」
「―――解ってるならもうちょっとこう、なんだ?」
「言葉選びなさいよ、たまには」
「ああ、リチア様。至言ですね」
言い繋いだリチアの言葉に、マリアが感嘆する。ついで、貴方に言っているのですよと凛音を半眼で睨みつける。
「でも、本当にワープなんだよ。もうちょっと言うとしても、目には目をって感じか?」
「目には……ああ、そういう意味か。そう言えば、お前が珍しく部下に怒鳴りつけていたな」
「ハハ、あの時は見苦しいものを見せたね」
アウラの納得の視線に、凛音は苦笑する。
何時ぞやの晩―――ある意味、”終わって””始まった”その日。
座った目つきで方々駆け回り、人を集めては怒鳴りつけ、そして蹴飛ばすように散らしていく。
そんな姿をアウラは見るともなしに見ていた。
「転送装置。教会施設に設置されていると言われているものだな」
アウラの言葉に、マリアは目を丸くして頷いた。
「それで、目には目を、ですか。―――ウチも、それで王都が焼かれましたからね」
「それを言ったら、教会の本庁すら丸焼きよ? ―――でも、転位装置なんてモノ用意―――って、ああ、そうか。ここ、結界工房だものね」
「あ、違いますリチア様」
自分の言葉に自分で回答を得て納得したリチアを、ワウアンリーが否定する。その横で、凛音が薄く笑った。
「一応確認してみたけど、工房に在る転位装置は、転位先指定用のマーカーも含めて、ガイアの復活が確認された段階で全ては帰されたらしいですよ」
ね、とモニターの向こうで会議の様子を伺っていたナウアに視線を送る。
『―――ええ。ガイアに工房施設を占拠させる訳にもいきませんでしたから』
「なら、工房そのものを破壊すればよかったのに、やってることは隔絶結界を張って引きこもりじゃないか。―――正直、自分らだけ助かろうとか考えていると思われても、仕方ないでしょう」
『工房の技術は、今後将来のためにも、欠かせないもので―――』
「その将来が無くなるかも知れない瀬戸際が、今じゃないか。万が一の幸運で台風一過で生き残れたとして、その残った技術は誰が誰のために使うんだよ」
「……喧嘩腰の男は放っておくとして、実際どうなんだ?」
モニターと向き合って―――位置的に、挟まれる形になったリチアは泣きそうだったが―――言い争いを始めた凛音を放って、アウラはワウアンリーに問いかけた。
「あの晩に教会から接収したものであっているよな」
「あの晩、とは?」
「聖地襲撃前夜です。通信封鎖が掛けられた晩に、殿下は大急ぎでハヴォニワ西部の教会施設を接収しましたから」
そのお陰で、シトレイユ軍が通常侵攻してくると言う事態が発生したともいえるけどと、ワウアンリーはラシャラに答えた。
「お兄様の伝言、首都に居る私たちには届かなかったんですよね」
「と言うか、無線機器が軒並み使用不可能で、空中船に乗っていらっしゃるマリア様たちの位置が把握し切れませんでしたからね。―――で、ですね。最後の締めに使うために、接収したものを此処に運び込んで、整備してたんですよ。丁度起動実験もしようと思って、近場に転位先を指定するマーカーも埋めてあったり」
「好都合と言えば好都合……か。とりあえずは、近づく手段は確保できた訳だし」
「じゃあ後問題は……」
「近づいた後で、どうするかじゃな」
「押して駄目なら引いてみろ―――引いちゃ、駄目なのよね」
「なんだリチア、そんなこそ泥の様に」
「いやぁ、仕方無いんじゃないですか、この状況じゃ」
「―――まだやってるの、父さんまで……」
「外界から閉ざされた空間に閉じ込められ続けるのって、周りが思ってる割に、精神が疲弊しますからねー」 「まぁ、ストレス発散にでもなれば……余計なストレス、溜め込まなければ宜しいですけど」
少女たちの会話は続く。
当然の如く、凛音とナウアの愚かな言い争い―――責任の押し付け合いも。
しかし気付いているだろうか。
先行きの切欠を作り出した少女が、安堵の息を漏らしている事に。
※ モイ。
どうも抜けがあるらしく、実際の所はコレが二百辺りでしょうか。
まぁ、何にせよ。いよいよ佳境かなぁ。その割にはサブタイからしてアレですが。
こころナビの方が好きだよ!