・Scene 53-6・
「聖機神用……む!?」
聖機神用の亜法結界炉。
端末の小型モニターに表示された静止画像。
そこに映し出されている三機の聖機人の背部に備わった、大型の結界炉を指して、苦い顔でそう呼んだナウアの言葉の意味を凛音が詳しく問い質そうとしたその時、リアルタイムの映像に変化が訪れた。
「一機突っ込んでくるぞ!」
アウラの表現は単純で明確だった。
ユライト・メストが駆る黒い聖機人の背後にあった無人の二機のうちの一機が、方向を転換して飛行速度を加速、真っ直ぐに結界工房目指して接近を開始したのだ。
「迎撃―――」
そんな事をわざわざ言う必要もなく、工房の地下施設の上層域に展開されている自動迎撃システムは、既に稼動状態にある。
工房内に一ミリでも機体を沈めようとしたのなら、施設外周に沿って配置されている迎撃レーザーの餌食になる事は間違いなかった。
当然のことながら、元々は対ガイアに関しての防衛網として作成された迎撃システムであるから、ただの現代の聖機人一機を打ち落とすには過剰に過ぎる武装である。
だが凛音は、この場の最上位者として形式どおりに”迎撃開始”と端的に告げることにすら躊躇いを覚えていた。
相対している敵は、恐らく自分以上にこの結界工房の施設に関して詳しいに違いなかったのだ。
何しろユライト・メストは元々は教会側の人間だし、そして彼を操っているガイアもまた、自身に対する防御で在るならばその威力を承知していて当然である。現世、ババルンとしての立場は聖機工でもあったから、尚更だろう。
ならば、迎撃システムの堅牢さも当然理解している筈。
「―――接近中の聖機人の亜法波増大! ……って、コレやばいんじゃ!?」
一体何を考えていると凛音が思考の深みに嵌っていると、端末を操作するワウアンリーの切羽詰った声が聞こえた。
「亜法波……増大?」
「いや、待て。導火線の役割を持つ”人間の聖機師”が乗っていない無人機で、どうやってこれ以上出力上げるんだよ!?」
モニターに表示された接近中の敵機の出力―――戦闘機動が取れそうなほどに増加したそれを見て、凛音は驚く。
「擬似生体コアでアレが出来るんだったら、有人機いらないじゃないか。―――それとも、聖機神用の結界炉はそんなに増幅性に優れているのか?」
「いや、そんなはずは無いですし、多分何か無茶な事をしているんだと思うんですけど―――またっ、爆発的に出力が!?」
ワウアンリーも意味が解らないと首を捻るが、次の瞬間には目を疑っていた。
一度出力を上げてから一定位置で安定していた敵機の出力が、再び跳ね上がったのだ。
「―――ひょっとして、圧縮したエナを開放して無理やり底上げしているのか?」
凛音が唖然と言葉を漏らすと、ワウアンリーも眉根を寄せた。
「かも、知れません。―――無茶な事するなぁ。そんな突然突然に無理繰りブースト掛けてたら、ただでさえ聖機人とはマッチングの悪いあの結界炉じゃ……って、そうか!」
何かに気付いたかのように声を上げるワウアンリー。
「まずいですよ殿下、あれ―――……っ!!」
「皆まで言わんでも良い! 迎撃中止!!」
焦って振り返ってくるワウアンリーを遮って、凛音は咄嗟の判断でそう命令を下した。
自動迎撃命令を撤回しろと。
「凛音、一体―――?」
「機体とマッチングの悪い―――つまり、機体側へのエネルギー供給が上手く行かずに内部で滞留していたエネルギーが膿のようになっている所に、無理やり更にエネルギーを加速させれば……」
「説明してる場合じゃないですよ殿下! 迎撃システム、停止命令受け付けません!」
アウラの疑問に推測を語り出す凛音を、ワウアンリーの厳しい声が遮る。
「んだとっ!? つまり何か、カメラ潰すんじゃなくて、そっちが本命かよ!」
「みたいです……ああもう、攻撃命令だけは聞いててくれたから気付かなかった―――っ!?」
「気付けよそれくらい! お前、絶対給料下げるからな!!」
「元々出来高払いの上、二年前から振り込み滞ってますよ!」
「じゃれあってる所スマンが、結局どうなるんだ……っ!?」
「余裕あるんだか慌ててるんだか、正直ちょっと解らないわよ?」
リチアとアウラが揃って眉根を寄せる横で、マリアが何処から用意したのやら、ティーカップを口元に寄せて楚々とした態度で言った。。
「つまり、余裕があるから慌ててるのでは?」
「―――おぬしは落ち着きすぎじゃろう?」
「いえ、ラシャラ様も同類ですが」
「お姫様たちは居残り組みらしいから、きっと良いんだよ」
大概従者勢も観戦ムードだったりする辺り、場の空気に救いが足りなかった。剣士が頬を引き攣らせて、遠巻きに唖然と状況を見守っていたナウアに視線を送る。
「―――あの、俺出てきましょうか?」
「私としてはそうしてもらいたいのだが……生憎、私に指揮権は無くて、なぁ」
本来ならば対ガイアの中心の一角を占める筈だった結界工房主幹研究員の、それは何処か投げやりな言葉だった。
「隔壁―――じゃ、間に合わないし、結界は今更展開できないし……」
お手上げ、と本当に諸手を上げて端末の操作を投げ出したワウアンリーに、凛音は肩を竦めて応じる。
「じゃ、出番か」
「出番って、お前……」
飄々としたその態度こそ、碌でもない展開への布石だろうと、アウラたちには既に身に染みていた。
「そう言えば、装甲列車の時もそんな態度じゃったのお主」
「もうハニーとは呼べないのが残念だけどねー」
「呼ばんで良いわ」
凛音の戯言に、ラシャラは嫌そうな顔で応じる。主に、周りの視線が嫌だった的な意味で。
「それは残念……って、冗談は兎も角さ、状況的に僕がやるしかないでしょう?」
「いや、それ以前に何が起こるんだ?」
疑問符を浮かべるアウラに、凛音は一つ頷いて。
「そりゃあ……」
モニターの一角に映った防衛システムが、遂に起動した事に気付いた。
充填されるエネルギー。
解き放たれるレーザー光線は、音も無く工房施設の領域内に侵入した無人機を直撃し。
凛音はおもむろに片腕を上げた。
モニターが真っ白に焼け付く。
振動が地下施設を揺るがす。パラパラと、掃除では決して掃えない埃が天上から落ちる。
だが、振動を感じた、それだけで目に見える被害は無い。
白い光が天井を焼き尽くし衝撃波が管制室内の機材をなぎ倒しスタッフを蹴倒し、押しつぶし―――などと言うことは、一つも起こり得ない。
それは即ち―――。
振動が収まり、白に染まったモニターも元の映像に戻ろうと―――しかし、殆どは白に変わってノイズが流れ続けるだけだった。
先ほどの振動を引き起こした何かに、カメラはどうやら潰されたらしい。
下層域に近いカメラが地上を映し出す映像が、それを確かに映し出していた。
きっと、天へ向かって腕を掲げている少年の見上げる、その真上にあるのだろう。
「女神の翼か!」
丁度、中層域以降の施設を守るように広がり、覆いつくした、光り輝く三枚の翼が。
上層部は施設の外周構造どころか固い岩盤までも破壊し、その直径を無理やり広げているかのような酷い有様が広がっていたが、平面的に広がった翼が守るその下、中層域から先には傷一つ付いていない。通常通りの結界工房の姿が存在していた。
「これは、凄いですね。―――隔絶結界以上……いや、破壊と言う概念自体を消去している?」
恐れすら覚えるかのように呟くナウア。
初めて実際に―――モニター越しではあるが―――目撃するその光輝は、人の手によるものとは思えない高貴な力の発露に思えた。
「ちょっと、アマギリ。それ―――いえ、アレ? えっと、平気なの?」
しかし、その力が示した先にどんなものが待ち受けていたかを既に知っている少女たちにとってはそうそう感心ばかりをしていられない。モニターと凛音の間で視線を行ったり来たりさせているリチアの態度も、当然だろう。
「―――お兄様?」
黙って天井を見上げたままの凛音に、マリアも焦れたように問いかける。
「うん」
凛音は一つ頷いて、漸く掲げていて腕を下ろした。
同時に、―――そこに因果関係を見つけるのは難しかったが―――当たり前のようにモニターに映し出されていた輝く翼が消える。音も無く、初めから無かったかのように。
凛音は一身に受ける視線のどれ一つにも目を合わせる事無く、降ろした手のひらをじっと見つめながら呟く。
「座標指定、出力制御共に問題なし。―――いけるね、うん。制御と言うか、段階的なリミッターを掛けられたようなものだけど、何時でもオーバースロットル状態よりはよっぽどマシだよ。」
―――ただ。
フラと、体が傾いた。
「ちょ、おい!?」
「お兄様!」
慌てて支えに来てくれたアウラとマリアに、凛音は苦笑を漏らす。
「問題は、最小出力に絞っても、僕には手に余るって事かなぁ」
「過保護にして正解だったな、アウラ」
ラシャラは、吐血が無かっただけ幸運かもしれんと、安堵の息を漏らす。その言葉に、アウラは一瞬嫌そうな顔を浮かべつつも、厳しい視線を凛音に向けた。
「―――無理して、我慢なんぞして無いだろうな?」
「ああ、いや。本当に貧血みたいなものだから、平気みたい。突貫作業的にとは言え、各部のバイパスが正常に結ばれるようになってるから、殆ど身体には負担が無いんだ」
「身体”には”ってところが、凄く不安なんだけど」
「それはホラ、頭痛が痛いですってヤツ」
「もう良いから黙って座っていろ、お前……」
アウラは呆れた声で切り捨てて、ワウアンリーが立ち上がったオペレータ席に凛音の身体を押し込む。
「それが出来れば楽なんだけど、―――まぁ、状況が、ホラ」
凛音は肩を竦めて苦笑しながら、モニターを示す。
地上近くのカメラは全て潰されているため、中層以下の低い位置からの映像しか入らないため、工房の外周から遠巻きに飛行している筈の敵聖機人の姿は見えなかった。
「さっきのアレは……」
「破壊された結界炉が爆発した、と言う解釈で良いんですよね? ―――それにしては、随分と大きな爆発でしたけど」
「大きな、と単純に言って良いものか、アレ。―――凛音殿お得意の”バクダン”と同レベルの威力じゃぞ?」
小首を捻るマリアの言葉に、ラシャラは反応弾の破壊の爪あとを思い出して眉根を寄せる。
熱エネルギーによって焼け爛れた地表近くの光景は、溶けて崩れた瓦礫の山へと変わった聖地の姿と、確かに似ていた。
「殿下がポンポンポンポン簡単に大量破壊兵器ばっかり使うから、敵も真似し出すんですよ」
「うん、流石に少し反省した」
ジト目で睨んでくる忠臣に、凛音も口をへの字に曲げて応じる。
「これ、本当に帰ったら死刑なんじゃないかなぁ……」
「帰ったら、と言う妄言は後で聞くとして、何がそれほど問題なのですか? お兄様がご自身の知識で好き勝手にやってきて居たのは、これまでも指して変わらなかったと思うのですが」
今更罪状の一つや二つ増えても同じだろうと、ある意味バッサリとした割り切り方をしている妹に若干引きつつ、凛音は答える。
「今、何が起こったか解る?」
「……聖機神用の亜法結界炉とやらを暴走させて破壊兵器に転用したのだろう?」
「精製するエネルギーがアホみたいにデカいですからね、オリジナルの結界炉は。―――で、ちょっと不安定にするとああなっちゃうから封印する事になったんですけど」
アウラの返事に続いて、ワウアンリーも簡単な解説を入れる。凛音はご尤もと頷いた。
「うん、つまりホラ、結界炉を暴走させて爆弾として使ったわけだね」
「―――それは、妾が先に言ったじゃろうて」
「うん、言った」
ラシャラの言葉に、凛音は更に頷く。
「―――結界炉は、爆破兵器として転用できる」
緊張した面持ちのリチアの声に、誰もが言葉を失った。
「そう。これまでには無かった発想だけど、確かにそれは可能なんだ。中規模以上の結界炉は大量破壊兵器として転用可能だ。出力を上げた後でワザと内部循環に”ダマ”を作って暴発を促せば、聖機人以上に安価で大威力の兵器が完成してしまう。推進装置でもつけちゃえば、もうミサイル兵器だね」
「拙いですよね、殿下」
「拙い」
額を押さえて尋ねる従者に、凛音も即答した。
「今の一件が他に知られれば、それを再現しようと考える輩は絶対出てくる。―――しかも今は戦争中で、敵は圧され気味で後が無い状態だ。そんな時に、安価で強力な新兵器でも出来たなら―――」
「使うじゃろうな。―――ウム。時代の変革を促す龍たるお主の、面目躍如といった所か」
「上手いこと言ってる場合じゃないでしょう! そんなの、許されるわけが無い!」
やれやれと頷くラシャラを、リチアが怒鳴る。
「そのような安易な考えを持たないように、教会と言う組織があったのですが……」
「何? それを今更持ち出すのか。―――まぁ、確かに僕の過失だけどさ」
苦虫を噛み潰したようなナウアの声に、凛音も刺々しい言葉を返した。悪くなりかける空気に、ワウアンリーが殊更軽い口調で割って入る。
「大丈夫ですってナウア様。ウチの駄目亭主もこういう状況なら流石に真面目に働きますから」
「―――色々と、突っ込みたいところはありますが、概ねその通りでしょう。ええ、お兄様も基本的には周りの苦労を弁える方ですので」
「……なんで散々に言われてるんだ、僕」
自分で過失を認めておきながらも、酷い扱いを受ければへこむのもやむ無しともいえるが、生憎と誰も同情してくれなかった。
「日頃の行いじゃろ」
「と言うか、二撃目が怖いから、いい加減対策を立てないか?」
空気を読まずに―――ある意味空気を呼んで先を促すアウラに、凛音は頭を掻きながら頷く。
「そうね。―――まぁようするに、結界炉爆弾が役に立つ兵器だって思われちゃうと大変なんだよ。それなら、対策は簡単だ」
凛音は解るでしょうと、周りを見回しながら言った。
「現代ジェミナーの兵器だけで、無事アレを無力化してみましょう」
予め対策が確立してしまっていれば、何も怖くは無いと―――事は、シンプルだった。
・Scene 53:End・
※ あんまり無敵モードに制約が無さ過ぎるとロボット必要無くなっちゃうのがねぇ。
後、気付くともう二百話越えてるんですね。
スレッドを分割するタイミングをかなり昔に逸しているので、締めまでこのまま進みます。