・Seane 7-3・
「……小豆色?」
「尻尾は、付いたままですけど……」
『脚、ちゃんと二本付いてますね』
春も近く、けれど冬の寒さがまだいくばくか残る三月の末ごろ。
「うう、父さん、フラン師。……ワウはついにやりました……っ!!」
目の下に酷い隈を浮かべた少女の魂を揺るがすような言葉が、聖機人格納庫に響いた。
端末を握り締め涙を流すワウアンリーが見上げる先には、魚の胸鰭のような角が張り出した頭部を持った小豆色の聖機人が、その姿を顕現していた。
透過装甲を用いているコアユニットの内側に、胸元に不可思議な光源を有したアマギリの姿が見える。
アマギリは自身の機体の具合を確かめるようにその場で足踏みして見せる。
『……大丈夫、見たいですね。動き出した瞬間尻尾に戻るとかも無いですし』
「……それはそれで、ちょっと見てみたい」
「勘弁してくださいよ、ユキネせんぱぁ~い」
ワウアンリーの傍で同様にアマギリの聖機人を見上げるユキネの口から漏れたぼんやりとした言葉に、ワウアンリーが悲鳴を上げる。
「まぁ、5機も機体を駄目にしておいてそんな状況になったら目も当てられませんからね」
一人だけ何処から持ち込んだのか、椅子に座って見物していたマリアが、ため息混じりにそう付け足した。
「ええ……ホント、新しいものをゼロから作るのがどれだけ大変か、充分に味わいましたから……」
「……頑張った」
およそ二月半ほどの苦労を思い出してさめざめと泣くワウアンリーの頭を、ユキネが労わるようになでる。
「確かに、気づけばもう春休み。まさかユキネが戻ってきてもまだ完成していないとは思いませんでした」
「……これでまた、留年」
「良いんですよぉもう。慣れて、ますから……」
厳然たる事実を告げるユキネに、ワウアンリーがぶすくれながら呟く。
属性付加クリスタルの調整には、案の定と言うべきか、難航した。
それはまず、ランダムと思われていたアマギリの放つ特殊な波長を完璧にトレースして拾い上げることから始まり、次いでそれをごく一般的な聖機師の放つ波長に変換させる必要があった。
そしてさらに、変換した波長を、アマギリの放つもう一つの―――つまり、通常の聖機師と同様の方の波と同調し、更にそれを両方同様に変調させる、と言う複雑な工程を隔てる事となった。
データ上での試行錯誤は数知れず。
試作品を作成しての実機テストでも失敗する事数度。
二月半の歳月と、5機もの聖機人の消費を持って、ようやくアマギリ専用に調律された属性付加クリスタルは完成を見たのだった。
「にしても、コレちょっと首にかけてたら目立ちすぎじゃないですか?」
聖機人をコクーンに戻し―――形質劣化は現れなかった―――マリアたちの傍まで歩み寄りながら、アマギリは自身の胸元を見ながら言った。
そこには三つの宝玉を銀細工でつなぎ合わせた属性付加クリスタルが掛かっている。
手のひら大の表面積を有するそれは、その不思議なデザイン性も合わせて、首に掛かっていればまず人目を引くものであった。
「……制服の上にそれだと、きっと凄い目立つ」
「なんていうか、こんな派手な首飾りつけてたら、それこそ素性も解らぬ成金みたいですよね」
聖地学院の上下黒の制服を思い浮かべながら言うユキネに、アマギリも苦笑しながら頷いた。
「何を言ってるんですか貴方は。アマギリさん、自分がハヴォニワの王子―――正真正銘のお金持ちってちゃんと理解してるんでしょうね?」
どうしたものかと笑うアマギリに、マリアがさめた口調で言った。
「っていうか、聖地学院に通うのって、基本お金持ちしかいませんからねー。まぁ一応、表面に偽装加工は施せますけど。ナナダン王家の家紋辺りにでもしておけば良いんじゃないですか?」
「……それ、良いですわね。アマギリさん、先王陛下の忘れ形見って言う設定ですし、形見として所持していたものとでもしておけば良いんじゃないですか」
「設定ってあの……マリア様? あたし、他国の人間なんですけどぉ~?」
「……大丈夫。偽装工作に関わっている以上、もう関係者」
冷や汗を浮かべながら言うワウアンリーに、ユキネがその肩を叩きながら、首を振った。
「良いですけどね。どうせスポンサー様には逆らえませんから……。あ、でも。構造上大きくカタチを弄る事は不可能ですから、見る人が見れば解っちゃうと思いますよ」
特に、聖地学院は教会の敷地内にあると言う関係上、専門的な知識の持ち主が多く出入りしていると言うところがあるからと告げるワウアンリーに、アマギリが首をひねって答える。
「その辺りは、フローラ様の裏工作に期待するしかないのかなぁ」
「……でしょうね。お母様の事ですから、事前に一部の方には龍機人のデータを提供する事でしょう。どの道何時までも隠しきれるものではありませんし、単純に、学内でいらぬ騒ぎを引き起こしたくないと言うだけの事ですから」
「その一部が、どの辺りまでになるかがちょっと怖いですよね。……背中の心配をしながら学園生活を送るって言うのも、ぞっとしないは無いですし」
「……大丈夫、私がちゃんと守る」
苦笑いを浮かべるアマギリに、ユキネがはっきりとした口調で微笑みながら言った。その言葉に、マリアが当然とばかりに付け足す。
「聖地学院での生活に於いては、ユキネをお兄様の近侍としてつけます。身の回りの世話を担当する侍従たちは城からそのまま連れて行くことになるでしょうが、護衛要員としてはユキネがいますから、平気でしょう」
「聖地への侵入は、その立地上の性質を利用して作られた要塞級の防備体性を突破しなければ不可能ですから、並みの賊では不可能でしょうしねー」
「学院内部に居るのは教師と下働きの者たち、それに未熟な生徒たちだけです。ご安心なさい、ユキネは既に世界でも有数の実力のある聖機師です。ただの学生如きが何かをたくらんだところで、後れを取る事はありません」
マリアは我が事のように―――実際、本来的な意味では彼女の直属なのだから、我が事と同義なのだろう―――兄に対してユキネを自慢をする。当のユキネ本人は顔が真っ赤だった。
アマギリは得意げな妹の言葉に聞き捨てなら無い物を見つけて、顔をしかめた。
「何かを企むって……なに、何か過激な学生運動をしているような人たちとかが居るんですかひょっとして」
何せ、学生時代というのは明日の食事の心配を自分でする必要の無い暇な時間だ。
それに加えて聖地学院にかよう学生たちは、世間から甘やかされて育ったボンボンたちの集まりである。
暇にかまけてろくでもない思想でも広めていても何もおかしくは無いと思えた。
「いやいやいや、そんな社会主義かぶれの革命思想の大学生なんて、聖地学院には居ませんから……」
飛びすぎたアマギリの想像を、ワウアンリーが笑って否定する。
「むしろ、恋と夢に溺れ切った、夢想気味の貴族子女たちの集団って言った方が早いですからねー」
「前にも言いませんでしたっけ。アマギリさんは、売り手市場だと」
「聖機師で、王子様。……きっと大人気。入学初日から、アイドル扱い」
年頃の女子三人から次から次へと放たれる明け透けな言葉に、アマギリは苦笑いしか出来ない。
「特に、聖地学院は全寮制で外界から隔離された場所ですしねー。似たような思考をしている女所帯に暮らしていると、自然、考え方が暴走気味になりますから」
「……きっと、大変。覚悟は決めるべき」
「今から、城下の商業大学辺りに進路変更を」
「出来るわけが無いでしょうが」
アマギリの逃げの口上を、マリアがばっさりと切って捨てた。
「ですから、それらへの対処も含めて、ユキネの護衛です。ユキネは見ての通り、傍から見れば一種近寄りがたい風体に見えるらしいですから、虫除けには丁度良いでしょう」
「マリア様、それ事実だろうけど本人の前で言うものじゃないかと」
「……良い。慣れてる」
妹のあまりの傍若無人な言い様にアマギリが突っ込みをいれると、ユキネが何てことが無いという風に首を振った。
その様子を笑って見ていたワウアンリーが、でも、と言って話し出す。
「ユキネ先輩はちょっと近寄りがたい中性的な美貌の持ち主として下級生の間では人気がありますから、庶民感覚が抜けない王子様って言う設定のアマギリ殿下と並べると、かえって変な人気が出るかもしれませんよ」
あたしには庶民だったって事が信じられませんけどと言いつつ未来予想図を語るワウアンリーにアマギリは苦笑を浮かべる。
「同姓同士の恋愛って言うのも……まぁ、閉鎖された環境だと珍しく無いのかなぁ」
「不健全、と言わざるを得ませんね。……尤も、聖機師はその立場上恋愛に関しては享楽的なものに拠ってしまう部分がありますから、仕方ないのかもしれませんけど」
「恋愛感情持ってる相手と、結婚できるわけじゃ無いですからねー」
「……そればかりは、きっと仕方ない」
聖機師三人、ついでに自由恋愛の資格を持たない王女も含めて、揃って大きなため息を吐いた。
まったく若々しさの欠けた、それは聖地学院へと向かうほんの数日前のある日の出来事だった。
・Seane 7:End・
※ と、言う訳で次回で第一部完的な感じになるかと思います。
完になると何が変わるかというと、単純にマリア様の出番がブツっと減ると言う、実際それだけのような。
……まぁ、次の次から学院が舞台だし。仕方ないよね。