・Sceane 1-3・
彼の知識は自身で集めた、偏ったものでしかない。
彼は誤解している。
聖機人の搭乗者―――聖機師は”女性しか戦場に立たない”つまり”女性以外になることはできない、女性以外聖機人と言う兵器には搭乗不可能”と理解していた。
そして、こればかりはジェミナーに暮らす一般人の常識として、聖機人はその名を示すとおり巨大な人型―――すなわち、彼が今搭乗しているような”非人間型の機動兵器”などではないと解釈している。そもそも、飛行可能であるとすら理解していなかった。
彼は、男性の聖機人搭乗者が希少であり、それゆえに戦場に出ないという事実すら、知らなかった。
ともに暮らし始めて二年目の冬に病をこじらせて死んだ、山小屋の主、狩人の老人の教えに従って、彼はなるべく人とは接触しないように生きていたから。
さて、状況は―――大きく間違っているが―――理解できた。
遠くで鳴り響いているのは明らかに戦闘音。出ては閉じを繰り返す小型ウィンドウのそれぞれにも、そうと示すデータが、映像が表示されている。どうやら軍事的行動だったらしく、この機動兵器の所属している部隊を示すマーカーは、この機体を残して真っ赤。すなわち全機ロストを意味していた。
いや、所属部隊だけではない、この機体の本来の自軍のほとんどが赤信号、戦域図はほぼ敵軍に制圧されている。
負け戦の最中に、負けてる側の軍隊の兵器に偶然乗り込んでしまった自分。
どう考えても危険な状況以外の何物でもない。
頭をめぐらせあたりを見渡しながら、彼はどうしたものかと頭をひねった。
この機動兵器、見たところ結構”イイモノ”だと言うことが解る。思考トレースのレスポンスがちょっと普通ではないほど早く、これならかなり精密な動作も可能だろう。
安くはあるまい。いつぞや世話になったことがある鉱山にでも持ち込めば、それなりの値段で売れるかもしれない。
いや、勝ってる側に持ち込んで、売りつけると言うのもありだ。そもそもどういう状況で戦闘中なのかは知らないが。
一度乗り込んでしまった手前、乗り捨てて見なかったことにするにも少し惜しい。
どうしたものか。悩む彼の視界の端に、何かが接近してくると表示されているウィンドウが入った。
表示切替、機体が捕らえたリアルタイム映像。
森の木々の上を飛行してくる、銃を構えた人型の機影。それが四機二小隊で編隊飛行で接近してきている。
もとい、”接敵”してきている。
データウィンドウが矢次接ぎに表示され、近づいてくる”敵”の搭乗者から出力数値等まで正確なものが映し出されている。
「何で敵の詳細情報何か解る……って、そういう場合じゃないよね、これ」
どの機体も、両腕で抱えている銃の銃口を彼の搭乗する機動兵器に向けている。
拙い。
彼がそう考えた瞬間に、思考操作により動く機動兵器は、反応していた。
蛇がのたうつように半身を蠢かせ、急浮上。接近してくる人型より距離をとるように、空を滑る。
「ちょっ、マズ……っ!?」
思考操作機による弊害、望まぬときに、無意識に考えてしまった指示のままに動いてしまうことがある。今の彼の状況がまさにそれだ。
操作盤に手を置いたままだったのが災いして、”危ない・離れなければ”と咄嗟に考えてしまった彼の思考を機体が忠実にトレースしたのだ。
さて当たり前の話だが、近づいて逃げられた側からすれば、逃げられたからこそ追いかけるのが当然だろう。
編隊を組んでいた二小隊は分散し、挟み撃ちを仕掛けるような軌道をとって彼の操る機体に接近を仕掛ける。
指揮官機二機を除く計六機の聖機人が、左右からクロスするように威嚇射撃を放つ。
それは威嚇と言うからには当然中らないように放たれたものなのだが、撃たれた側―――自身の操るそれが何であるかすら理解していない彼にしてみれば、撃ち落されるような攻撃をされていると同義だ。
恐怖を覚える彼に機体は過敏に反応し、飛翔するその速度をさらに増し、―――あろう事か、”戦場中央に向かって”逃亡を開始した。
体をくゆらせエナの喫水線すれすれを泳ぐように飛翔するそれは、その姿は、威嚇射撃を行った側からしてみれば、自分たちを振り切って戦場へと駆けつけようとしている姿にしか、見えなかっただろう。
指揮官達の判断は早い。
全機が蛇を模した正体不明機を囲うような陣形へと移行して、一斉射撃―――今度は、撃墜するつもりで。
八方向からタイミングをずらしながら放たれ来る圧縮弾の群れを、喫水線ぎりぎり―――すなわち聖機人の活動可能範囲内ぎりぎりを飛翔していた彼の機体は、避け切ることなど出来る筈がない。
なぜなら、聖機人を動かす亜法結界炉は、エナの海の中でしか―――大気中にエナが満ちる海抜約500メートル前後の内でしか、起動することが出来ないから。
海抜500メートル以上、すなわちエナの喫水線を超えてさらに上空に出てしまえば、聖機人を動かす亜法結界炉は停止し、聖機人はコクーンに戻ってしまう。
それ故に、彼に攻撃を避ける術はない。下へ行けば、前も後ろも、左右その何れからも、攻撃は飛来しているから、避けようとするなら、それは上空へ避けるしかないだろう。
しかし喫水外である上空では活動不可能。
哀れ状況を理解していない彼には、銃弾で機体をえぐられのた打ち回りながら森の中へ落下していく以外に未来はない。
ない筈だ。
そう、誰もが思った。
「――――――え?」
戦闘指揮所内に居た、誰の呟きだっただろうか。あるいはそれは、フローラ自身が漏らしたものだったかもしれない。
突如として戦場へ高速飛翔を開始した正体不明機に対して、接近していた二小隊が攻撃を開始。喫水線ぎりぎりを飛翔していた正体不明機は、当然のごとく蜂の巣にされるはずだった。
無傷で手に入れたかったが、あまりにもイレギュラーすぎるそれを戦場に入れるわけにもいかないから、仕方がなかろう。
フローラはつまらなそうに鼻を鳴らして―――その後、我が目を疑った。
正体不明機。蛇の下半身を持つ機体が、回避行動をとった。
体を持ち上げ、丁度、飛魚が海面を飛翔するかのごとく。
それはエナの喫水より上へ、自身の体を飛翔させたのだ。
「……そんな」
観測モニターを注視していた若いオペレーターの呟きだったが、おそらくそれは、戦闘指揮所に居たすべての人間の言葉を代弁していただろう。
あり得ない。
あり得るはずが無い。
聖機人が、亜法結界炉を用いて稼動する機体が、エナの喫水線を超えて活動しているなど、あり得る現実のはずが無い。
だがしかし眼前の、大写しになったモニターに表示されている映像は、確かにそれを成し遂げた図を見せている。
喫水外で、聖機人が。不細工な外部ユニットから伸びる動力パイプを繋げることも無く。
当然のように、自在に宙を舞っているのだ。
「尻尾ね」
混乱する現実を前に、一番は役に立ち直ったのはフローラだった。
え、と振り向くオペレーター達に、手にした扇子を指し示す。
尻尾。言われて注視してみれば、誰もが理解できた。蛇腹上の下半身装甲がスライドしてさらに伸張し、かつ尾の先端に付いていた分銅のような衝角が上下二つに分かれ、その内部に存在していたらしい亜法結界炉が高速回転している。
そしてその尾の先端は、エナの喫水に浮かんだままだ。
身の丈の二倍はあった蛇の半身をさらに倍近い長さに伸ばしたその機体は、両腕に備えていた亜法結界炉を停止させながらも、しかし尾の先端に備えたもう一つの炉をエナの海に沈めたまま動かすことによってエナの喫水外での活動を可能にしていたのだ。
あたかも、自前で外部動力炉を用意したかのごとく。
そんな機能、本来の聖機人には無い。いやそもそも、尾と言う事で納得してしまっていたが、あれは元は脚部だったのではないのか?
聖機人の脚部に亜法結界炉が搭載されていたなど聞いたことは無い。
新型だろうか。いやまて、反乱軍の機体も元はと言えばハヴォニワに所属していた聖機人。教会から配備された聖機人の中に、そんな、何か特殊な調整を施された機体があったと言う話など聞いたことは無い。
一体どうなっている。そもそも照合不明なあの機体には、一体誰が乗っているのだ。
戦闘指揮所に集ったすべての人間が、もはや混乱で思考を放棄し、殿上に座する主君に答えを求めていた。
その現実を、後悔したもの、多数。
主君たるフローラ・ナナダンの美貌は、それはそれは、とても楽しそうに歪んでいた。
肘掛をきつく握り締め、目元を震わせ、扇子で覆い隠された口元など、想像したくも無い。
誰か今すぐ王都に行ってマリア皇女殿下を連れて来い。
口に出さず、誰もがそう考えた。
そのまましばし、時が止まる。そしてそれを動かしたのはやはり、フローラ自身だった。
パチン、と音を鳴らして扇子を閉じると、にっこりと微笑んで通信管制担当の顔を見やる。
びくりと、その若いオペレーターは身を震わせ、周りの人間はいっせいに目をそらした。
「通信、そろそろ繋がらないかしら?」
「はっ、はひぃ、ただ今!」
震える体を隠すことなく、通信管制担当は無線封鎖解除のための作業を急ぐ。
「アイちゃんたちは攻撃を続行させてね?」
「り、……了解」
話を振られた戦域管制官がアイちゃんと名指しされた予備部隊の指揮官に攻撃続行の指示を送る。
呆然と喫水外の空を舞っていた所属不明機に対して、砲撃を開始した様がモニターに表示された。
それをやはり、当たり前のように。
所属不明機は機体をくゆらせながら、その身を喫水外に置いたまま、自在に回避してみせる。
「……やっぱり尻尾ね」
上下左右に軽やかに身をかわしながらも、やはり尾の先端の亜法結界炉だけは喫水外に出ることは無い。
「言ってみれば本当に、自前で外部動力炉を用意しているだけなんだけど―――」
そのアドバンテージは圧倒的だ。
本来稼動不可能な空間から、その気になれば一方的な攻撃が出来る。
つまらない小悪党の狩りに出向いてみれば、面白い獲物が見つかったとフローラは一人唇を歪める。あれが特殊な機体なのか、それとも、内部に居る何者かによる仕業なのか。
多少無理をしてでも確かめてみる理由としては十分だろう。
「て、……敵機、メアリー・アンの機体に接近!」
オペレーターの一人が鋭い声で叫ぶ。見れば、ひらひらと砲撃を避けることに専念していた鉛色の機体が、喫水線ぎりぎりまで接近していた茜色の機体に突進をかけていた。
直角の急降下、そう思わせておいて、大きく体をたゆませてのサイドからのL字特攻。
喫水付近での接敵行為という事態に、茜色の聖機人の聖機師は咄嗟の判断を誤った。
跳躍回避―――不可能。そこから上は、喫水外。活動不能域なのだから。
一瞬の判断ミスが彼女の運命を絶った。
猛然と突撃してきた鉛色の化け物は、その両腕から張り出した鰭のような突起で、抱えた銃ごと、茜色の聖機人の腕を切断した。切断と同時に、幹のように太い尾の中程をコアユニットに叩き付けて、森の中に突き落とす。
その反動すらを利用して、化け物は再び喫水外へ浮かび上がる。
「―――早いっ!」
その動作すべてが、実に数瞬の間のことである。予備部隊は女王直轄の近衛部隊であるから、その精強さも国内随一であったのだが、それが街路を開くために切り倒された樹木の如く、簡単に打ち破られてしまった。
味方がやられてしまえば、それこそ本気になるより無い。
予備部隊のより一層苛烈になった攻撃に対しても、やはり鉛色の化け物は、それを全て避けてみせる。
空間の利、そしてそれを生かす機動力のたまものだろう。
また一機が、今度は下半身を切り破られて地に叩き落されるの見て騒然となる戦闘指揮所の中で、フローラは一人微笑んで――― 一体誰が、それを微笑みと理解できるかは解らないが―――いた。
―――欲しい。
とてもとても、アレが欲しい。
※ 思いのほか知ってる人が多くて安心した……っ!!
そのまんまパイオニアの90年代のアニメを現代の技術で作ってる感じで、面白いんですけどね、元ネタ。
いかんせん、見るのに手間が掛かるのが、何ともねぇ。DVD買うかアニマックスだけってのは、どうにかならんのか本当に。