・Scene 53-4・
凛音たちは移動用車両を降り、円周上の壁面一杯に大型モニターが張り巡らされた管制室内に踏み込んだ。
「絵は出ないの?」
施設内部の循環図なのだろうか、未だに幾何学的な曲線図を映し出している大型モニターもみやりながら、誰にともなく尋ねる。
「―――システムにクラックかけられてますね。現在解除中です」
「嫌がらせも堂に入ってきたなぁ、オイ。―――にしても姉さん、居ないと思ったらコッチに来てたのか」
ワウアンリーの座る管制席を後ろから覗き込んでいたユキネが応じてきた事に、凛音は少しの驚きを覚えていた。
「新入社員にだけ任せて置けないから」
「え!? あたしの方が新人!?」
「私、役員」
「いや、むしろ姉さん株主だし」
ついでに書類上の保証人だったりもする。
研究機材を取り寄せるために、個人よりも法人として手続きをした方が早かったので立ち上げた会社だったりもするので、近場に居た適当な人間を集めて会社扱いとかしている適当なノリだった。
「まぁ、一番新入社員って僕なんだけどな」
「社長、死にましたからね」
遺産は凛音が受け継いだと言う、ようするにグダグダな話である。
「で、まだ外の絵は出せないの?」
「正直、亜法関連の技術は工房よりガイアの方が数段上ですから。本気出しても手に負えません」
周囲で端末にかじりついて、自身と同様にシステムの復旧を試みている管制官達を見回しながら、ワウアンリーはぼやく。
「出力上げて強引にブチ破っちまえよ」
「いやあの、殿下のご命令を果たすためにエネルギー回してますから、情報処理にこれ以上リソース掛けられないんですけど」
「そういう時に”こんな事もあろうかと”って言えてこそ、一流の哲学……じゃないか、聖機工だろうに」
「知りませんよ!」
無茶苦茶言ってくれる現在進行形で上司の男に怒鳴り返しながらも、ワウアンリーは良く訓練された聖機工と呼ぶに相応しい滑らかな動作で、”こんな事もあろうかと”用意されていた予備動力の機動を開始し、中枢システムの処理速度を倍増させて行く。
「銀河文明の蓄積技術を現地文明に譲渡。―――バレたら死刑だな、確実に」
足元で鈍い音を立てながら稼動し始めた小型の反応炉の姿を思い浮かべて、凛音は半笑いだ。ユキネが言葉の意味を理解して眉根を寄せる。
「死刑は……怖いね」
「怖いからね、暫く実家には帰りたくないよ」
ヘラヘラと笑いながらおどけるように言うと、ユキネは不機嫌そうに頬を膨らませた。
「帰っても、きっとこっちが怖い事になるよ」
「行くも地獄、引くも地獄ってヤツかね」
「ははは、でも、お陰さまで今は助かってますけどねー」
素早くコンソールに指を走らせながら、ワウアンリーは笑う。
実際の所、亜法に頼らずに亜法機関並みの高出力が実現できる動力炉があるというのは、敵対勢力が同様の技術を使用していると言う現在の状況から言えば、助かっていた。
「亜法の演算装置は、エネルギー流せば流すだけ処理能力が上がるとか言う反則極まるインチキ装置だからなぁ。オーバークロックで熱暴走とかの心配も、殆ど無いし」
アホらしい限りだと、技術屋としての常識の観点から凛音は呻く。
「まぁ、お陰さまでエナが無いと活用できませんがね」
「―――使えてるよね、今」
「ああ、回路を巡ってるエナの運動量を加速させているだけだから。直で動力として使ったら、ウンともスンとも言わないと思うよ」
小首を傾げるユキネに、凛音は簡単に説明した。
その後で、こういう発想をしてしまうから、簡単に高度文明の技術を開示しては拙いのだと肩を竦める。
「死刑は嫌だから帰るのは”止める”と、いい加減断言できんものなのか?」
作業片手間に雑談を進めていた三人の背後から、アウラの呆れ声が掛かった。
「こればっかりは僕の意思ではどうにもならないからねぇ」
チラと、遠くでナウアの周りを囲っているマリアとリチアの方へ視線を送りながら、凛音は小声で言った。
どうやら二人は、ラピス、そしてフローラ達に連絡を取ろうとしているらしかった。
「―――どうにも、ならないのか?」
「これでも人間国家機密なんで」
「この間、遂に人間止めたとか言ってませんでしたっけ?」
「だからこその、国家機密なのさ」
やれやれと、諦観交じりにソレを口にした後で、凛音は周りの人間を見回して、丁度良いかと頷いた。
「そんな訳で、ここから先はオフレコだけど」
「待て、聞きたくないぞ私は」
アウラが被せるように言うが、凛音の言葉は止まらなかった。
「何か、近いうちに強制帰国させられる気がする」
「……マジ?」
「冗談で、こんな嫌な事は言わない」
端末に視線を置いたままのワウアンリーの言葉に、凛音は淡々と返す。
「強制帰国」
「うん」
「―――なんで今頃? 凛君、こっちに来たのって五年位前でしょう? その、ご実家もソレは把握していた―――よね」
ユキネの言葉は、戸惑っているように聞こえて、その実、冷静に核心を突いているものだった。
さすが姉さん、頼りになると凛音は頷く。
「うん。僕の上司はこれで情報処理に関しては銀河のトップを直走る人でね。あの人が知らない事なんてこの銀河の中に存在しないと言っても良い―――と、少なくとも僕はそう理解しているし、僕の周りの大人も大多数がそんな風に感じていた」
「つまり、解っていて放置されていたと言う訳だよな?」
「そんな所。―――まぁ、お上が何を考えているのか知らないけど、今まではそれで良かったみたいなんだよねぇ。一応最低限のプロテクトも掛かってたし、それにウチは、基本的には可愛かろうが可愛くなかろうが、とりあえず旅をさせろとか言う冒険心溢れる家風が持ち味だから」
アウラの確認の言葉に、何処かを思い出して懐かしむような口調で、凛音は応じる。
「それは……また、何と言うか」
「ジェミナーにあっても驚かない、ヘンテコ国家ですねぇ」
「銀河随一の戦闘民族の国家ですから」
「何で胸で聖印切ってるんですか!?」
慌てるワウアンリーを鼻で笑った後で、凛音は暗いモニターを何とはなしに眺めながら言う。
「放置されていた。プロテクト付きで―――でも、先日その枷も解かれた。まぁ、前から限定的に解けかけてたんだけども。兎も角、今や僕は単独でこの宙域を粉砕して余りある過剰な力を有している訳で」
「―――そういえば言っていたな、”修正パッチ”とやらが手に入ったと」
天地岩で剣士を復活させてから、皆喜び合いながらスワン艦内に戻り、その後の予定を確認していた所で、凛音はおもむろにそう宣言していた事を、アウラは思い出した。
”修正パッチ”の回収に成功した。―――これで、勝てる。
確かにそれが目的で剣士を目覚めさせた訳だが―――しかし、道すがら何かやり取りをしているようにも見えなかったので、”どうやって? ”と少女たちが尋ねたくなるのも当然だろう。
しかし、凛音は額に青筋を浮かべて遠くを見上げるだけで、何も答えようとしない。
何か非常に憤っている事は理解できるのだが、滅多に見せる態度では無いため妙な怖さも感じられて、誰もそれ以上深く突っ込めなかった。
「まぁ、そう。お陰さまで本当に、ガイア吹き飛ばすくらいなら割と問題ない状態なんだけども―――ちょっとね」
「解らんな、つまり何だ」
言いたい事がさっぱり理解できないと眉根を寄せるアウラに、凛音は半笑いを浮かべた。
「その過程で、ヤバイ機密に触れちゃったかも知れない」
「ヤバイ……こういう言い方も何だが、お前よりも?」
「うん」
凛音はしみじみと頷く。
皇家の樹の生える大地。
地球と言う名の惑星。
人とも神ともつかない神秘的な女性―――”砂沙美”なる、何でもとっても聞き覚えの在る名前らしい。
「絶対、木端分家の子倅如きが知って良い無いようじゃないわ……」
興味深そうに辺りの機材に手を伸ばしては、その度にキャイアに頭をはたかれている剣士を遠くに見ながら、凛音は言った。
どうしてこんな事になってしまったかなぁと、ため息を吐くしかない状況だった。
「そんな訳でさ、多分近いうちに諸々の説明と言うか口止め名目で、引き戻されると思うんだよね」
「ああ、殿下ご自身の問題とは、関係ないんですね」
「そういう事。下手に逆らって即刻処分とかは、流石に嫌だからさ」
相変わらず視線を合わそうとしないワウアンリーに、凛音は殊更あっさりとした口調で応じる。モニターに反射して見えるワウアンリーの表情が、少し怖かった。
「それで帰る、か。止め方が全く思い浮かばないのが、嫌だな」
「スケールが大きすぎると言うか、スケールが把握し切れないと言うか……」
アウラの言葉に、ユキネも頭を悩ませる。
凛音の実家の事に関しては、色々と言葉の端々に聞いていたが、実際の所は良く解らない。
位置から順序立てて説明があったことは無いので、明確な形がイメージできないのだった。
「いざとなったら、宇宙船作って迎えにいきますってしか、言えませんねあたしは」
ワウアンリーが場の空気を断ち切るようにそう言い切った。
ある種情熱的とも取れる物言いに、アウラたちが反応しようとする前に、ワウアンリーは一気に端末を操作して敵対者の情報欺瞞を排除した。
モニターが明滅し、外部カメラが動作復旧を果たす。
「艦隊に囲まれているとしたら厄介だと思ったが……」
アウラも、先ほどまでの会話は無かった事にするかのようにそう呟いてモニターを見た。
「―――居ない、ね」
見渡す限りの山がちの地形。岩肌がむき出しになって、些か寒々しさがある。
「聖機神が三機並んでいると、シュリフォンの一件を思い出すねぇ」
凛音も、流すように言他の者達の空気に追従した。
岩肌がむき出しの地形を、三機の聖機人が編隊を組み飛行していた。
他のカメラが写す景色を見ても、敵影は他に見受けられない。
つまりは、敵は聖機人三機だけで攻めてきたのである。
「―――確かに、似ているな。尤も……」
映像を拡大されたモニターを見て、アウラが忌々しげに眉根を寄せる。
「黒いのは、一機だけだが」
※ 嫁度の差なのかなぁ。