・Scene 53-2・
「……上の次は、下か」
「下、と言うかもう解りやすく、”穴”ですわね」
ブリッジから続くテラスへと出た少女たちは、スワンが進路を向ける眼下に存在する巨大な縦穴を見て、唖然と言葉を漏らしていく。
平原にぽっかりと、大型船舶が何艘も並べて沈めることが可能であろう程の、巨大な地下に伸びていく、大穴。
その壁面は人工的な構造物で覆われており、牧歌的な風景の中に、そこだけ時代考証を無視した近未来的な光景を作り出していた。
尤も、この地下構造体は遺跡が発端であるから、近未来と言うか遥か古代の遺物だったりするのだが。
現代ジェミナーにおいて、この規模の設備を独力で作り上げる技術基盤は存在していない。
地底深くまで届く、真っ黒い穴。
その奥底には、先史文明期に培われてきたあらゆる技術が残されている―――と、言われている。
少なくとも、先史文明期の遺跡の中で、この地下施設だけが、技術蓄積のために能動的に用意されて物であることは確からしい。
他の遺跡は全て、運良く現代まで残っていて、それが更に幸運なことに稼動しているに過ぎないという状態であるから、その差は歴然であろう。
結界工房。
今はその名で呼ばれている。
古代の遺物をサルベージして、リファインするしかしないのに、”工房”なんて名乗るのもどうなんだろうとは、どこぞの異世界人の弁である。
「こういう下に伸ばす構造物は、そんなに珍しくないから、あんまりインパクトが無いなぁ」
感心する少女たちの中で、一人凛音だけがつまらなそうに言った。
「―――さすが、SFの国の人」
「まぁ、人が作った巨大な施設ってのは見慣れてるからね」
妙な感心の仕方をするユキネに、凛音も苦笑交じりに頷く。暗に、場の空気を冷やす詰まらない事を言わないようにと言いたいのだと気付いたからだ。
「これ以上巨大となると……もう、余り想像がつきませんね」
「GPの衛星基地とか見てみると、凄いよ? 星ひとつが丸ごと人工物だもの。地表構造物だと機動エレベーターとかも中々だし、地下に伸ばすとしたら……そうだねぇ、惑星核にまで穴を掘って、直接エネルギーを抽出する惑星プラントとか」
「じいぴいって……ご実家の事じゃないよね?」
「ウチは天然素材趣味みたいな所があるからねぇ。―――宇宙船も木造だし」
「あ、姉ちゃんの船みたいなヤツですね」
楽しそうに縦穴を覗き込んでいた剣士が、凛音たちの会話に口を挟む。
凛音は、その姉ちゃんとやらが誰を指しているのかはあえて考えないようにしながら、そんな感じだとだけ頷いて肩を竦めた。
「そんな訳で、同じく天然モノが好きな僕としては、天地岩のほうがよっぽど有り難味があるかなぁ。天然の一枚岩だよ、アレ」
「あー、凄かったですね、アレ。―――そういえばあの岩、兄ちゃんと同じ名前なんですよ」
「……天然、モノ?」
何気ない剣士の言葉に、作為的な意味しか感じられない自分に泣きたくなった。
「何、黄昏八兵衛みたいな顔してアンニュイに耽ってるんですか? 似合いませんよ」
「黙れ社員一号。僕だってあんまり深く考えたく無いけど、実物見ちゃった以上考えないわけにはいかないんだよ畜生」
最下層部を外界より隔てる隔絶結界の解除を確認し、内部へと誘導されながら降下したスワンを出迎えたのは、少女たちにとって見知った顔だった。
「―――相変わらず、仲の宜しい事で結構ですわね、ワウもお兄様も」
「と言うか、社員一号って何じゃ……?」
「アマギリ重工業株式会社。―――社長と社員若干名」
「どうせ株式は全部、フローラ女王が持っているとか言うオチなんでしょ」
「夢の一戸建てとか思ったら、実家に尻尾を握られているような物か」
今更気を使う関係でもあるまいと、周りの工房の聖機工達の目も気にせずに言いたい放題言い続ける少女たちの横で、剣士だけが一人、礼儀正しく胸で十字を切っていた。
一歩間違えば自分がああやって弄られる立場だったのかなぁと、最近気付き始めているらしい。
「―――そろそろ、宜しいでしょうか皆様方」
広い空間には、足音も響く。
大型船舶を収容可能なドッグの片隅で雑談の方向へと流れようとしていた少女たちの背後から、苦笑混じりの声が掛けられた。
「お主……」
「お父様!」
ラシャラが反応するよりも早く、キャイアがそう叫んで踏み出していた。
穏やかな顔をした白衣を纏った中年男性。深い笑みを湛えて、駆け込んできたキャイアを抱きとめている。
「ナウア・フランか。久しいの」
結界工房主幹研究員、そしてキャイアの実の父でも在るナウア・フランに、ラシャラは鷹揚に声を掛けた。
互いの立場もあって、以前からそれなりの付き合いがあったのだ。ナウアはキャイアの肩に手を置いたまま、ラシャラにもクレイを送る。
「真に。―――お久しぶりです、ラシャラ陛下」
「陛下は止せ。生憎もう廃位されておるでの。―――今の名目上のシトレイユ王は、ホレ」
背後で、こちらの会話を全く気にせずに(元)従者から手渡された資料を速読している男を指し示す。
男は視線は資料の上に落としたままで、片眉をピクリと上げた。
「ん? ―――ああ、そう言えば、僕か。シトレイユに関して全権を持ってるのは。王様扱いするのもどうかと思うけど」
「え、そうだったんですか!?」
少し前まで寝ていた関係上、少しカルチャーショック気味の剣士が、驚いて声を上げた。凛音は薄く笑う。
「ハハハ、剣士殿が誰かと結婚する時に、引き出物として譲ってあげるよ」
「何故コッチを見ておるのか……」
意味深な目線に、ラシャラが頬を剥れさせる。
「そんな二束三文の扱いをされてるって知ったら、住んでる人たち泣きますよ……」
ワウアンリーが主のあんまりな物言いに、苦笑交じりに口を挟んだ。しかし、主は相変わらず全く微塵も動じなかったりする。
「今も現在進行形で泣いてるだろうから、別に良いんじゃない」
「うわ、笑えませんって、それは」
「だから、泣いてるんだろ?」
うげー、とこれでもかと言うほど癒そうな顔を浮かべるワウアンリーに、凛音は鼻を鳴らす。
そのまま、手にした資料をワウアンリーの胸に押し付けた。
「合格」
「もうちょっと何かこう、甘い言葉とかないんでせうか?」
一応久しぶりの再会なんだしと額に汗を垂らすワウアンリーに、凛音はしかし笑顔で首を横に振った。
「手当て無しの長期出張なんて、社会人ならザラだしなぁ」
「何処のブラック企業ですか! っていうか、お手当てつかないんですか!? 割と危険をかいくぐって単独で此処までやってきたのに!」
「いやむしろ、半ば勝手行動みたいなものだから、無断欠勤扱いで減給かな……」
「それ以前にあたし、今月のお給料ちゃんと振り込まれるんですよね? 雇い主死んだらしいですけど」
隔絶結界の中で外界と隔離されていた割りに、ワウアンリーは外の事情に詳しかった。
”アマギリ・ナナダン”死亡の報を、既に聞き及んでいるらしい。
「今更だけど、仕えている主人を死なして自分だけ生き残るって、凄い不名誉な烙印押されるよな?」
「ええ、勿論。もうこの先絶対、聖機師は廃業確定ですよ。―――なんでハヴォニワ人って、皆あたしに厳しいんでしょうか」
今更気付いたんですか、とジトめで問いかけるワウアンリーに、凛音は流石に、曖昧な顔で視線を逸らす。
「生憎僕は、ホラ。ハヴォニワとは無縁の異世界人だから」
「後で酷いですからね。突然唐突に理由も関係も縁も無く外部から抜擢された二代目の社長さん……」
「上司の無茶を聞くのも仕事のうちだよ。―――つー訳でホラ、仕事しれ」
渡された資料を抱えなおして不貞腐れるワウアンリーを、もう行けと手で追い払ってから、凛音はナウアたちのほうに向き直った。
「アマギリ様とワウって、本当に仲良いですよね」
「僕は仲良くしたいと常々思ってるんだけどね、こいつには中々伝わらないらしいよ」
はー、と感心する剣士に、適当な言葉を返す。
「何ていうんでしたっけそう言うの。ツンデレ?」
「―――因みに、それはどっちの事を指してるんだい剣士殿」
頬を引き攣らせる凛音に、しかし剣士は苦笑したまま答えなかった。後ろ足でラシャラの背後にまで退避している。凛音は肩を竦めて、剣士から視線を外した。
一度下を見て、息を大きく吐く。
その後は、些かの油断も無い顔がそこにはあった。
「そういえば、直接お会いするのは初めてでしたか?」
今初めて存在に気付きました、と言うような態度で、年長の人間に話しかける。
「そうですね。ワウアンリーからも色々聞いていますが、―――勿論、ネットワーク越しには」
凛音に声を掛けられたナウアは、周りの人間が目を丸くするくらいの気安さで応じた。
「最近は忙しくってご無沙汰でしたねぇ」
「結界を展開していましたからね。―――いえ、殿下ならば空間の狭間越しにでもアプローチできるのでしょうが」
「理論上は可能だけど、生憎機材が無いから。それに、そこまでして見るべきデータも無いですし」
「これは……いやはや、耳が痛い」
肩を竦める凛音に、ナウアは苦笑いを浮かべる。
その親しげな様子に、アウラが額に手を当てながら呻いた。
「―――つまり、凛音。お前はナウア師とは知り合いだという事か?」
「ああ、メッセ……って言っても若い子は知らんか。原始的な文章データのやり取りなら、暇な時にね」
「アマギリ殿下は不定期に、結界工房のシステム内に侵入してきますからね。工房スタッフ総力を上げて迎撃を行うのですが―――そもそも、侵入されている事にすら気付かない有様でして」
お恥ずかしい限りと頭をかくナウア。
「まぁ、万年単位の技術格差だからね」
「そこで自慢げになられても。―――”侵入”って、聞くからに犯罪ですわよね?」
「証拠の残らない犯罪は、犯罪にはならないんだよ」
「それ、思いっきり犯罪者の思考よ」
リチアの言葉は容赦の欠片もなかった。凛音にも反省の欠片もなかったが。
「それにしても、本当にお父様と凛音って知り合いだったりした訳ね」
「世間は狭いと言うか……いや、人の縁など奇なる物と言うヤツか?」
やれやれと首をふるキャイアとラシャラに、しかし凛音はあっさりと肩を竦めた。
「いや、皆が思っているほど親しくは無いぞ」
「そうなのですか?」
「むしろ、敵対関係だな」
マリアの言葉に、凛音は頷く。ナウアがその横で、苦笑いを浮かべた。
「そうですな、概ね、その通りです」
「お父様まで……」
「考えてもみなよ、キャイアさん。僕とナウア師が親しかったなら、そもそもガイアが復活するなんてありえないだろ?」
見も蓋も無い言葉だったがゆえに、誰もが言葉を濁した。
「ま、お互い牽制し合いながら、相手の思惑を察しようとか無駄に月日を重ねた訳だね。そのお陰で、最終的にお互いが”コイツの事は信用できない”って事に落ち着いたんだけど」
「殿下は我々にとっては全くのイレギュラー。そして殿下にとって我々は、暗くも無い背中を探ってくる厄介者といった扱いだったのでしょう」
ナウアも、それに関しては恥じる必要が無いと確信しているが故に、淡々とした態度だった。その態度に、キャイアが驚いている。娘には見せる事がなかった、仕事をする上での態度だという事だろう。
「実力無いくせに、うろちょろされると、流石にね。―――まぁ、お陰であの子を手元に置けたんだから、結果としてはイーブンってとこか」
ワウアンリーが消えて言った通路の向こうを見やって、凛音は言った。そして、大きく息を吐いた後に、続ける。
「遊んでいられた時間に、お互い少し遊びすぎたって事で―――そろそろ、遊んでいられない今の話をしようか」
酷く面倒そうな口調で凛音が言うのと、赤色灯が点り警報が鳴り響いたのは、同時だった。
※ このオッサンは何で原作だと何もしなかった人なのかと言う……。
まぁ、大人連中は基本的にそんなんばっかしでしたが。主人公全部乗せが基本でしたしね!