・Seane 7-2・
「……今度は、赤ですわね」
「角は、ゴウトホーンね。さっきは一本ヅノだったのに」
管制室から窓越しに聖機人を見下ろしながら、マリアとフローラは観劇に飽きた観客のような口調で呟いた。
わざわざ持ち込んだクッションの効いた椅子に腰掛けて聖機人の様子を見物している王家親子の傍で、つなぎ姿で立っていたワウアンリーの顔は、微妙に引きつっていた。
「や、やー……ほら、装甲の形状もちゃんと変わってますし、何と言いますか。見ての通り、属性付加には成功しているんじゃないかとぉ~あは、あははははは……」
むなしい空笑いが薄暗い管制室に響き渡ったが、マリアもフローラもピクリとも視線を窓の向こうから動かす事は無かった。のぞき窓の上に設置されたモニターに広がる通信ウィンドウの中では、一人の少年が微苦笑を浮かべている。
『……でも、脚は無いままですよね』
半透明のコントロールコアから直接自機の様子を覗き込んだまま、居心地悪そうにアマギリは呟いた。
モニター越しにも見えるアマギリの胸元には、鎖に吊るされた球状に加工された結晶体が首から下げられているのが見えた。格子のような金属飾りで色違いの三色が繋ぎあわされている。
微細に振動しながら発光するそれは、属性付加クリスタルと呼ばれるものだった。
「……コレで失敗三度目、ですわね」
「あのねぇワウちゃん。試作品を試すたびに、予備の機体が形質劣化するのは困るんだけどぉ」
「いやいやいやいや、ちょ、ちょっと待ってくださいフローラ様! 一番初めに私が乗って試してみた時には、ちゃんと成功していたじゃないですか! つまり……そう、あの状態はホラ、アマギリ殿下の特殊な才能によるもので亜法波の波長……属性とは何も関係ないものなんですよ!」
微妙に剣呑なものが混じっていくスポンサーたちの言葉に、ワウアンリーも慌てて反論する。
「だ、大体いくらあたしだって、属性付加クリスタルなんていうご禁制品を弄るのは初めてなんですから、それと今まで見た事も無い異常な形態に変化さえる亜法波長を有するパイロットを混ぜ合わせた時何が起こるかなんて、予想も付きませんし……!」
『……何気に、酷い言われ方されてませんか、僕』
「ああ、今度はこっちまで怖い声をぉ!」
額に青筋を浮かべたまま苦笑しているアマギリを視界に納め、ワウアンリーが悲鳴を上げる。
王族三人に囲まれて無駄にプレッシャーのかかる、最悪な職場環境だった。
属性付加クリスタル。
亜法結界炉と同調する形で放たれている聖機師自身の放つ亜法波長を変質させ、聖機人の外観を搭乗者固有の姿から変更させる特殊なアイテムである。
素材となる特殊な結晶体は非常に希少価値の高いものだが、モノさえ用意できれば周囲に結晶を反応させるための亜法式を刻み込むだけなので、製造する事は容易である。ただ、望んだとおりの外観変化を成し遂げるためには微細な調整が必要となるので、製作者の力量が問われる事となる。
もっとも使用用途がそもそも外観の偽装と言う後ろ暗い部分が多聞にかかわる事柄なので、好んで用いる者たちの素性も知れる、と言うものだ。
言ってしまえば匪賊山賊御用達のアイテムであり―――これらを生業にしているものたちは、見た目をごまかすと言う最低限の役目さえ果たせてくれれば、細かいところを求めようとはしない。
使われる用途が犯罪方面に限定されてしまう関係上、各国ではその使用が硬く禁じられており、その理由もあってか、属性付加クリスタルの現物を見た事のあるもの自体が非常に少ない。
その辺りの事情を突いて―――息子の困った”癖”の矯正に利用できないかと考えたのが、ハヴォニワ国王女フローラ・ナナダンである。
彼女の息子アマギリが形作る蛇の半身を有する龍機人、その構成理由とされているのが、彼の放つ特殊な亜法波によるものだとは既に判明していた。
ならば、亜法波を変質させる属性付加クリスタルを用いれば、龍への形態変化を防ぐ事が出来るのではないかと、フローラは考えたのだった。
昨年暮に発生した反乱勢力の征伐の折に接収した素材となる特殊結晶体を、優秀な聖機工であるワウアンリーに加工させて、アマギリの亜法波特性を覆い隠そうと言う狙いだ。
「僕が言うのもどうかと思うんですけど……諦めるのが一番なんじゃないですか?」
機体を待機状態に戻して―――例によって、形質劣化して使い物にならなくなった―――フローラ達の居る管制室にまで足を運んできたアマギリは、妹が手ずから入れてくれた紅茶を受け取りながら、ワウアンリーに提案してみた。
「駄目です。このまま訳もわからず引き下がったら、技術屋としてのあたしのプライドに関わりますから!」
しかし、アマギリの手から属性付加クリスタルを受け取って早速機材を繋いで検分しているワウアンリーには、諦めを認める境地には程遠かったらしい。道が困難なほど盛り上がると言う、見上げた技術屋魂と言えなくも無いかもしれない。
「まぁ、ワウちゃんの研究予算が減額されるのはどうでも良い事だけど、このままだとアマギリちゃんが聖地学院に通えないものね~」
「げ、減額は確定なんですか!?」
「学院ではもちろん聖機人の実機演習もあるし、今のままだと流石に目立っちゃうからぁ」
悲鳴を上げるワウアンリーを無視しつつ、フローラは言った。
「聖地学院に行っても聖機人に乗らない……と言うか、そもそも聖地学院に通わずに済ますって訳には行かないんですか?」
「行きませんわ。各国に対して、既にアマギリさんが聖機師であることは公表されていますし、それ故に当然教会もハヴォニワがアマギリさんを学院に寄越すものだろうと考えています。……聖機師適正を有する王族。聖地学院に通うべくして生まれたかのような人物を聖地学院に通わせないなどとなったら、各国や教会に無用の不審を抱かせますから」
あたし、無理やり仕事を押し付けられただけなのにと呟くワウアンリーを無視して尋ねたアマギリに、マリアがすまし顔で答える。
「人様の見栄に付き合ってやるってのも、面倒くさい話ですね」
「あら、王族なんて見え張ってナンボよぉ。だから、アマギリちゃんには聖地学院には通ってもらわないと困るの」
「限られた一握りのものしか通えない聖地学院に入学していたと言うのは、外交上に於いても高いステータスになりますものね」
やれやれと、夢を忘れた大人のような顔で首を振る妹に、アマギリは微苦笑を浮かべた。
それからようやく、部屋の片隅でいじけているワウアンリーに声をかける。
「それでワウさん、原因は解ったんですか? いや、火竜になったり水竜になったりしたのは実に面白い経験だったんですけど」
アマギリの問いに、ワウアンリーは半分なみだ目の顔を振り向かせながら答えた。
「やっぱ、若い男の子は優しいですね……じゃなくてっ! ―――えっとですね、殿下が仰った様に色と見た目が変わったと言う事は属性付加自体は本当に成功しているんです。だから、龍型への変形は、変形の原因を取り除かない事には何とも……」
「原因など、例のお兄様がランダムに放っている亜法結界炉の波長に近い亜法波にあるに違いないのではないですか?」
ワウアンリーの考え込むような声に、マリアが面白くもなさそうな声で言う。ワウアンリーもその言葉に、眉根を寄せながら頷きながらも、今ひとつ腑に落ちない風だった。
「そう、なんですよねぇ。属性付加クリスタルって言うのはつまり、人間の放つ亜法波をクリスタルの共振波を利用して変調させるものなんです。理論上、共振状態のクリスタルが存在する限り、人間から放たれる亜法波は全て変調しているはずですから、アマギリ殿下だけが放つ特殊な波長も、当然変調している筈なんですけど……」
その方法では、龍への変化が収まらない。
つまり、龍への変化はその波長は関係ないのではないだろうかとワウアンリーは考察してみせた。
「どうですかね」
しかし、その結論にアマギリ自身が待ったをかけた。
「聖機人の形状に搭乗者が影響を与える事が出来るのは、搭乗者が放つ亜法波によるものでしょう? なら、僕の内側から出ている波におかしなものが混じっているなら、それが変形に影響を与えていると考えるのが普通でしょう」
「それはそうですけど。でも、変質させても龍化が収まらないって事は……」
「関係ない、からではなくて波長を消してしまわなければいけないから、では無いんですか」
「消す、ですか」
アマギリの意見に、ワウアンリーが考え込むような姿勢を見せる。
「消すのが無理なら、別の波長に紛れ込ませるか。それとも、そっちの波長専用に属性付加クリスタルを用意して、波長を”通常の波長と同じように”変調させるとか、どうです?」
「―――なるほど、それなら……あ、でも」
木を隠すなら森の中とでも言うべきアマギリの意見に、ワウアンリーはそれならいけるかと頷いた後で、不味い物を口にしてしまったかのような声を出した。
「いやぁその、二つの異なる波を、同一の波長に調律するのって、すっっっっっごい手間がかかって、難しいんじゃないかなーって、思いまして……」
「……ワウちゃん?」
額に汗浮かべ苦笑いを浮かべるワウアンリーに、フローラはにっこりと微笑みかけた。
「徹夜で作業するのと研究予算減額されるの、どっちが良いかしらぁ?」
アマギリ・ナナダンの、四月の新学期からの聖地での学院生活が、こうして決定したのだった。
※ 第一部があと二回くらいで終わりで、その次は新年明けからって感じですかねー。
もうクリスマスも終わりましたし、今年も終わるだけですしね。