・Scene 51-2・
あからさまな挑発染みた言葉に、ダグマイアの眉間に皺がよった。
「それを私が成すメリットが何処にある?」
「さぁ? 少なくとも、自分の居場所くらいは確保できるんじゃないかな」
「―――居場所?」
意味が理解できずに首を捻るダグマイアに、凛音はいっそ冷徹極まりない視線を送った。
「あのさ、忘れてると思うけどキミ、あのババルン・メストの息子なんだよ? 今や世界滅亡を企む大悪党の息子で―――しかも、ほんの少し前まではその覇業に加担する立場だったんだ。いや、親父がアレだったから、実務面は殆どキミが取り仕切っていたようなもの―――ああ、勿論叔父上殿に関しては、教会の方がその面子にかけて必死で悪行をもみ消す予定だから、何の心配もしなくて良い。つまるところキミは、戦後には、現在の立場上大変都合の良い、この戦いの最大最悪の戦犯として新たな世界に向かうための”贄”となってもらう未来しか残されていない」
現状では、確実に。
言い切った凛音の言葉に、ダグマイアは目を見開いた。
「そんな、馬鹿なことが―――っ」
「馬鹿なものか。そもそもキミ、考えた事無いのか? ”なんで僕が、キミを未だに此処に置いてやっているのか”を」
呆れを隠さないその言葉に、ダグマイアは今度こそ言葉を失った。
チェス盤に戻そうとした駒が、震えて零れ落ち、盤上を乱す。
千路に乱れてゲームとしての体を喪失した盤面に、だが、全く構うことなく凛音の言葉は続く。
「新たな世界、人の総意によって成るその世界であるなら、それは集合的無意識論に於ける、神と呼ぶに相応しいだろう。ダグマイア君。キミはそこへと捧げられる生贄だ。そして、神に捧げられる贄であるならば―――肥えて太らせた方が、その役目には相応しかろう?」
何もせずに飼い殺されていた己の立場を、いい加減弁えたかと、凛音は色の無い瞳でそう告げた。
手が震え、頬に汗が伝った。
目の前の男は、やると言えば最後まで必ずやりきる男だったから、言葉のスケールの大きさに反して、その意味は限りなく現実味を感じさせている。
戦争に負けた側の末路が悲惨なものであると、ダグマイアは良く知っていた。言葉だけの意味であったかもしれないけど、大筋で間違った解釈はしていないだろうと思っている。
瀟洒に都合が良いように、敗者は如何様にでも貶められる。
それこそ、大衆の目を引く解りやすい生贄を用意するなど、当たり前過ぎて考えるまでも無い話だった。
「だから、さ。いっちょここらで、”悪逆の父を諌めんがためにその身を晒す悲劇の公子”なんて物を演じてみては如何かなと僕は思うわけですよ。―――そりゃあね、キミの所の忠犬さんは非常に優秀なのは疑いようは無くて、戦争が終わる頃には誰にも知られずに隠遁する事だって可能でしょう。でも、キミは僕と違って、この星、この世界からは逃れる事は出来ない。世界中の国々が参加する戦いだから、世界中全ての人間が”キミの悪行”を知る事になるのは確実だ。つまり、世界の全てがキミの事を悪と断じて容赦なくなじる世界が待っている。―――さて、そんな世界でキミは、誰にも会わずに隠棲し続けて一生を終えるのを、良しと出来るのかな? 曲がり間違ってもダグマイア・メストともあろう男が、そんな屈辱を、本当に受け入れられるのかな?」
答えは、初めから決まっていた。
当然だろう。甘木凛音は無意味な行動は取らない。
話を持ち込んだ時点で此処までのレールを強いていたのも当然のことと言えた。
つまりは、彼との対話の機会を持ってしまった段階で、ダグマイアの命運は決していたのだ。
「まぁでも、頑張ってシトレイユを平定できたならば、恐らくそこはキミの領土になるだろう―――勿論、幾分狭くなっているだろうけど。誰に憚る事も無く、自分のために使える自分の居場所―――ホラ、君が求めていた場所が完成だ」
「―――良いだろう、後の世に乱を呼び起こす強大な国家の建設のための礎として、貴様の言に乗ってやる!!」
初めから負けが決まっていた戦いだったから、せめて気迫だけは拮抗するようにと、ダグマイアは震える手を握り締めて力のある声を張った。
凛音はそれに満足そうに頷く。
そして。
「モルガ殿、OKだそうです!」
庭園の茂みの向こうに向かって、朗らかな声で手を振った。
「あら、もう良いの?」
そんな言葉と共に、ダグマイアの背後の、独特の形状に切り揃えられた庭木がガサリと揺れて、女性が一人、這い出してきた。
豊かなプロポーションの持ち主が、何か人間代の物体を小脇に抱え、頭には木々の小枝や葉っぱを絡ませたまま仁王立ちしている姿は、中々衝撃的な光景だった。
存在を予見していなかった者にとっては、殊更だろう。
「―――モルガ……生徒、会長!?」
身を捻り背後を見やって、呻いたきり、そのまま絶句。
「久しぶりにその敬称で呼ばれたわ」
小脇に抱えていた物を肩に抱えなおして、モルガと呼ばれた女性は茂みの中から東屋の方へと踏み出してきた。
「ああ、エメラさんの気配がしないなと思ったら、そこに居たんですか」
何で極薄の戦闘衣じゃなくて普通に正装を纏っているだけなのに扇情的に見えるんだろうなと、どうでもいい事を考えつつ、凛音は納得するように頷いた。
「エメラ? ―――エメラッ!?」
凛音の言葉に出てきた名前に、ダグマイアは瞬きをして―――瞬時、その意味を理解して絶叫した。
「よっこいしょっと―――ええ、アマギリ殿下……では、ありませんでしたわね。凛音様。庭園の入り口辺りで少し殺気が漏れているのを感じたので、背後から、こう」
良い笑顔を浮かべながら、モルガは手のひらを立ててクイ、と振り下ろす動作を見せる。
空いていた椅子に座らされたエメラは、口と手、足を布で縛られていた。
何処から用意したのやらとモルガの姿を見てみると、マントの裾が少しだけ破れているのに凛音は気付いた。
随分と豪快な人らしい事を理解する。
「―――って、オイ、エメラ!?」
唐突に背後から昔見覚えのあった女性が出てきたと思ったら、その女性は何故か自身の唯一の従者を肩に担いでいる。
ついでにその従者の両手足が縛られ口を塞がれているのを見れば、ダグマイアでなくとも混乱して当然だろう。
因みに従者エメラは、普通に健常な意識を保っており、ただ拘束された無様な姿を主に見られた羞恥心に顔を伏せているだけだったりする。
モルガが乱暴な手つきで口元の布を外してやった後も、俯き黙ったままだった。
「エメラ、無事、……なの、か?」
ほぼ完璧な能力の持ち主である事を疑っていなかったこの従者が、縛られ抱え上げられているという異常事態を目撃してしまい、ダグマイアは柄にも無くエメラに対してそんな言葉を放っていた。
「その、ご心配をおかけして……」
しかしエメラとしてはその気使いこそが羞恥物に違いなかったから、益々椅子の上で縮こまるしかなかった。因みに、足を縛った布を解くのを忘れている。
「いや、なんだ? ―――その、無事なら良い……のか?」
「ええと、はい……いえ、本当に、無様な所を」
「あ、あぁ……いや、構わん。うむ、構わない、筈だが」
日頃見慣れぬその気弱な態度に、ダグマイアも慣れない物言いで言葉を濁すしかなかった。
「前の人の背中に集中しすぎて、自分の背中に意識が無さ過ぎるのよ」
「いや、エメラさんの周囲半径十メートル以内に近づいておいて、気配を探らせないモルガ殿が凄いのだと思いますが」
「そんな事無いわよ。―――と言うか凛音様? 私が近づく隙を作るために、貴方様はワザとエメラをダグ坊やに注視させるようにしてくれたのでしょう?」
「まぁ、わかりやすい弱点ですからね、完璧超人のエメラさんにしては」
モルガの楽しそうな流し目に、凛音は肩を竦めて頷く。
庭園の入り口付近、こちらの会話が届く辺りにエメラが居るであろう事は理解していたから、後は、彼女が嫌がる物言いをしてやれば釣れるであろう事は当然だった。
無論、本当に釣り上げて捕獲して持ってくる様な女性が居たことについては、完全に想定外だったが。
「おい待て、……いや、待て! おいアマギリ! 何故この女が此処に居る!?」
呑気に物騒な会話を続ける凛音たちに、漸く立ち直ったダグマイアが声を荒げた。
「あらダグ坊や。貴方、何時から人を”この女”なんて呼び方出来るようになったのかしら」
「―――っ、ぐ」
流し目から自然に据わった目つきに変貌したモルガにねめつけられて、ダグマイアはたじろいた。
「生徒会役員に推薦してあげた恩を、もう忘れちゃったのかしら」
「別に、あ、貴女の推薦なんて無くても―――」
弱みを握られた男そのままの情けなさで反論しようとするダグマイアを、モルガは艶のある笑みで粉砕する。
「席は確保できた? 本当に? あの頃は役員全席埋まりきっていて、わざわざ新入生から新役員を選ぶ理由も、本当は無かったのよ? ―――って、これ何度も言ったわね」
「ええ、聞きましたとも―――っ。何度も何度も、事ある毎に……」
「だってダグ坊やったら、事ある毎に不服そうな顔して頬を膨らませてるんですもの。それがおかしくて、つい」
「私は何もおかしい事は無い!!」
声を荒げても、ケラケラと哂って往なされるだけ。先輩と言う言葉の重みを、実感せざるを得ない状況だった。
凛音は他人事そのままの気楽さで、楽しそうに笑う。
「丁度僕の入学と入れ替わりに卒業だったらしいですね、モルガ殿は」
「ええ。凛音様がもう一年早く学院にご入学なされば、ご一緒出来たのですが。―――そう言えば、あの留年魔神を従者に迎え入れているらしいですね」
「留―――ああ、ワウですか。お陰さまで、便利使いしてますよ」
「さすが異世界人、やりますわ。―――これまでどんな男性聖機師の誘いにも乗った事の無いあのワウアンリー・シュメを、手篭めにするのですから」
ニンマリと笑うモルガに、凛音はさて、と鼻を鳴らすだけで済ませた。
「人の縁は奇なるもの、と言うヤツでしょう。―――いやしかし、モルガ殿が生徒会長だった時に入学できていれば、それはそれで、楽しそうな日々が送れたでしょうね」
「あら、リチアさんがいらっしゃるでしょうね、私にそんな事を言って宜しいのかしら?」
「それは、アレですか? この程度の事では僕らの信頼には皹が入ることは無い、とでも僕に言わせたいんですかね」
「そこは、信頼ではなく愛情と言いませんと」
柔らかく年長者の笑みを見せるモルガに、凛音はごもっとも、と頷いた。
「―――頼む、アマギリ。そろそろ説明してくれ……」
※ ダグマイア様は基本、シリアスの国の人だからギャグ漫画の国に放り込まれると困るタイプだよね。
まぁ、しかし、エメラさんと言いモルガさんと言い、苗字がなくて説明文を書く時に非常に表現に困る。
テキトーにつけるのもどうかと思うしなぁ。
特にエメラさんなんて、アレはダグマイア様の異母兄弟とか言われても何も驚かないし。