・Scene 49-6・
「さて皆様、”はじめまして”。甘木凛音です」
スワンの食堂に集った一同を前に、宣言する凛音。席は上座に一番近い長テーブルの一角である。
因みに上座は空白。本来ならば艦首であるラシャラが座るべきなのだろうが、アウラが何気なく凛音の向かいに座ってしまった段階で、生徒会会議の席順を思い起こさせてしまったため、席順は自然、それに近い物となった。アウラの隣にラシャラは腰掛け、その向かいに―――これは、従者の気分だからだろう、凛音の傍に控えると言う意味でユキネが座る。これまた従者としてラシャラの隣に座る形となったキャイアだけが、対面に座するものがおらず、あぶれる様な形となった。
尚、ダグマイアとエメラは共に、先日の戦闘中に受けた怪我により休養中で此処に居ない。
仮に健康体だったとしても、共に夕食を取ろうと言う気は起きなかったのだろうが。
「遠い異世界から、最近召喚されてきたばかりで右も左も解らぬような僕ですが―――えー……っと、アレだ。誠心誠意正義のために戦い抜く所存とかそんな感じなんで、まぁ、宜しくお願いします」
本人ですら自覚しているくらいの、余りにも白々しい凛音の態度を前に、少女たちは一瞬顔を見合わせる。
「とりあえず一つ良いか?」
代表して、アウラが手を上げた。
「何?」
「酒臭いぞお前」
「それはキミの親父さんの絡み酒のせいです」
時刻は既に夕食時である。昼間から飲み始め、夕刻過ぎまで男二人で飲み明かしていたのだから、大概だろう。
「お主、最近酒飲むか寝てるかばかりではないか? 若い身空でその怠惰はどうかと思うのじゃが……」
「半分キミ等のせいだけどな、それ」
特に、酒が入ることに関してはと、食前酒を口に運びながらラシャラに返す。
「時間があまり無いってのに、オッサンの酒の肴にされる側の気持ちも考えてくれよ」
「そう言う割りに、様子を見に行った時は随分と盛り上がっていたように思えたが。―――時間が無いという割には、くだらない内容で」
「それはホラ、たまには男同士で気の置けない会話も必要って事で」
ジト目を向けてくるアウラに、凛音は同性の少なさを嘆いてみせる。
「と言うか、あの。本当にこんなにのんびりしてて平気なの? 時間無いんじゃ……」
「ガイアのコアユニットも出てきちゃったしね」
またぞろくだらない内容に主たちの話が走り始めたところで、従者二名が口を挟んだ。
「とは言え、スワンはこれ以上の速度は出んからのう」
食堂の大窓の向こうを流れる夜空を見ながら、ラシャラは唸る。
「喫水線に近い位置では、結界炉も出力が出ないからな」
アウラも、緩やかな雲の流れに視線を移して、些かの焦燥感を含めた言葉を漏らした。
奪還した剣士が、大気に満ちるエナを介したガイアからの再干渉を受ける事を防ぐために、ハヴォニワ国領内へと向けて航行中のスワンの上層部は、喫水外へと浮上させている。
そして、エナを媒介にして稼動する亜法結界炉は、エナの密度の薄い喫水線に近くなるほど、その出力は落ちるのは当然だった。
一応可能な限りの全速運転をしている筈なのだが、航行速度は遊覧飛行のそれと大差無い、一級戦列艦と同等の出力を有する結界炉を二機搭載しているとは思えないのんびりとした速度だった。
「まぁ、まだ推定十日程度はあるしね。最短なら三日で天地岩にたどり着いて、その後二日かけて結界工房へ。その前に、色々下準備はあるし、まぁ予定通りにはいかないんだろうけど―――まぁ、ギリギリかなぁ」
無理やり楽しい気分にしようとしていた夕食の空気が、言い知れぬ焦燥感に包まれ始めたところで、凛音は殊更呑気に言い放った。と言うか、少女たちとは対照的に、彼独りだけは何処までも落ち着いた普段どおりの態度である。
「―――お前、落ち着きすぎじゃないか?」
「いや、ホラ。剣士殿を物理的に奪い返すって言う難業が片付いちゃってるから、後は消化試合みたいなものだし」
溜め息混じりのアウラの言葉に、凛音は肩を竦める。ラシャラが首を横に振った。
「良くあのガイアの力を目にして消化試合などと言い切れるの。異世界人の尺度は、理解に苦しむ」
「ガイアの方はホラ、実際の所手段を選ばなければ今すぐにでも滅ぼせるし」
「え!?」
あっさりと言い切られた言葉に、キャイアは目を剥いた。
大口を叩く事暫しの男だったが、実際凛音はそれなりの成果を示してきた事も事実である。
流石に不可能だろうと思うが、言い切ったからには本当にやってしまうんじゃないかと言う妙な信頼感もあった。
しかし凛音は、目を丸くしているキャイアに薄く笑ってみせる。
「言ったろ、”手段を選ばなければ”って。最低でも必要な犠牲として、キミのお姉さんは確実だよ」
「そんっ……そ、う……―――そう、よね」
条件反射で激昂しかかって、キャイアはそれを堪えきった。それを彼女の成長と見て取って、隣に座っていたラシャラが少しだけ微笑んだ。
「最小限の犠牲に抑えられるとあらば、それに越した事はあるまい。その準備を整える対価として必要な時間とあらば、良い、限界ギリギリまで許される限り、使い切るのじゃな」
「同感だな。―――何は無くとも聖地占拠事件以降、こちらが準備を整える暇が与えられた試がなかった。準備に万全を整えられる状況が漸く与えられたのだから、此処は最大限有効活用するべきだ」
ラシャラの言葉に、アウラも然りと頷いた。そのまま瞳を閉じて、準備不足の作戦で労した犠牲達を脳裏で思い浮かべる。
「今回も実際の所、それほど時間がある訳でも無いんだよねぇ。剣士殿の治療に多国籍軍の取りまとめに、ハヴォニワにいたってはまず、敵軍を国外へと追い出さなければいけないしなぁ」
「複数の国家を束ねその全軍を指揮する立場に立つなど、男子一生の本懐と言うヤツであろ。成功すれば末代までの誉れとなるじゃろうて」
「失敗したら、全責任を押し付けられるんだけどね、ソレ。―――大体僕、軍功とか興味ない学術の徒だし」
「アンタの場合、学者って言うかただのマッドサイエンティストじゃない? 私、アンタの発明で爆発物以外のものって見た事無いんだけど」
「先進的な技術ってのは、凡俗からは奇異の目で見られるものだよね、悲しい事に」
「十日って、随分と具体的に出てきたけど―――どうして?」
やれやれと語る凛音の横から、ユキネがそういえばと口を挟んだ。
皆が一様に顔を見合わせて、”確かに”と頷きあう。
これまで彼女等が焦燥感を覚えていた理由の一つが、ガイアが何時完全に復活してしまうか解らなかったからである。
ともすれば、明日にでも聖機神の修復が完了し、聖地から飛び立ってきてしまうのではないかと、そんな当然の不安を覚えていたのだ。
「まぁ、アレだよ。―――関係者からの垂れ込みってヤツで」
「関係者―――まさか、ユライト・メストか!?」
片目を閉じて冗談めかした言葉を言った凛音を、アウラは目を細めて問い質した。
先日のシュリフォン王都襲撃の一件で、ユライト・メストが完全にガイアの支配下にあることは確定していたので、その彼が語ったのであれば、信用できる筈がなかった。
「いや、あんな蝙蝠の言う事なんて、もう誰も信用しないってば。―――リチアさんも事実を知って衝撃を受けた後はプンプンしてたし」
「……私は、お前がいつの間にかリチアと連絡を取っていた事実に衝撃を受けたよ、たった今」
「やる時はやる男なんだよ、僕は」
「―――その言葉、使う場所間違ってるわよ、絶対」
キャイアから見れば、恋人(?)と連絡も取らずに別の女と―――と言うか、自分の主人と、婚約まがいの事を平然とやってしまう男であるから、無駄に偉ぶられても、呆れるよりなかった。
対照的に、婚約まがいの事をしてしまった側のアウラは、微妙に頬を引き攣らせていた。
「……何か、言っていたか?」
「流石のリチアさんも、状況は弁えてるって。でも、”そう”の一言で終わった辺り―――後が怖いのは、事実だけどさ」
「前々から思っていたが、お主、案外とリチアに対する扱いが酷いな」
苦笑交じりにアウラに答える凛音に、ラシャラが不思議そうに問いかけた。
「そう見える?」
「妾には、お主はリチアの事を外へ外へと押しやろうとしているように見える。情を交わした―――のかは、聞かぬが、ともかく。それなりの仲の、それなりの立場同士の女に対して、お主らしくも無い。妾やアウラの事は平気で利用しておるのに」
「ああ、確かに。どうも消極的に蔑ろにしているようにも見えるな」
首を捻るラシャラに、アウラも頷いた。二人の少女にどうなんだ、とねめつけられては、凛音は困った風に笑うしかない。
「いや、君等の事も割りと、本当に利用したくは無いんだけどね、ホント。ただまぁ、状況が状況だし、仕方ないって思ってるんだけど―――それでも、リチアさんに関しては」
「しては?」
言いづらそうに言葉を切ると、キャイアが完全にゴシップな気分で先を促してきた。凛音は一つ嘆息した。
その後で、ゆっくりと躊躇いがちに口を開いた。
「どうも、あの娘の事は、自分より幼く見えてるのかもなぁ……」
「―――マリア様と、同じだ」
どうとも取りようがある凛音の言葉に、ユキネが仕方ないな、と微苦笑を浮かべる。凛音も、困った風に息を吐いて、頷いた。
「かもねぇ。どうもガキの頃にひたすら年長の人間に甘えてた記憶があるから、無意識に年下の子には甘えさせるだけにしなきゃって思ってるのかも」
「フェミニストと言うか、それただ女性を下に置こうとしてるだけじゃない?」
「遂にキャイアさんまでそう言うか。―――何か最近、そんな感じのことばっかり皆から突っ込まれてる気がするよ」
「事実じゃからの」
ラシャラの言葉に、少女たちは一斉に頷いた。
給仕役のラシャラの侍従たちまで頷いているのだから、凛音としては立つ瀬がなかった。
「でも本当に、リチアさんて”出来ない”無理を無理やりやりきっちゃうタイプに思えてならなくてさ。あんまり無理させたくないんだよ」
「典型的な男の独りよがりな我侭じゃの。そんなに心配ならば傍に居て籠にでも閉じ込めておけばよいのじゃ。こんな所で酒など飲んでおらずに」
「尤も、リチアならば恐らく、籠に閉じ込められたら自力で脱出すると思うが」
「そうですか? リチア様って、アマギ―――えと、凛音? が傍に居たなら、喜んで籠の中に入ってそうな気がするんですけど」
「リチア様、乙女だもんね……」
キャイアの言葉に、ユキネも同意のうなずきを示した。
人の考えを散々に言ってくれる割に、自分たちも結構酷い事を言っているなと、凛音は少女たちの姦しい理不尽さに男の純情が崩されそうだった。
「―――それで、正式な日数を教えてくれたのは、やっぱりワウ?」
雑談の方向へと流れに流れた空気を引き戻したのは、ユキネの何気ない一言だった。
「解ってたんなら最初からそう聞いてよ」
凛音は憮然とした態度で頷く。食堂マナーにあるまじき仕草で後ろ手に頭を掻きながら、続ける。
「アイツも道草をやめて漸く結界工房までたどり着いたみたいだからさ。いの一番に調べさせた。―――知らない筈が、無いからね」
「と、言うと?」
「聖地で野ざらしにしてあった鉄屑―――聖機神は、公式には”絶対に動かない”となっていた。けれど、先史文明の遺産であるガイアや人造人間などの現存を確認してあったのなら、鉄屑を再稼動する方法だって調べていない筈が無い」
首を傾げるアウラに、凛音はあっさりと答える。
「確かに、現実として聖地の地下において聖機神の修復は進められている訳じゃしの。工房の聖機工たちであれば、その修復に使うための機材に関して知っていてもおかしくないか」
「そもそも、元々境界の予定では剣士殿に聖機神を使ってもらってガイアを破壊する予定だったんだから、尚更修復方法に関しては知っていなきゃ嘘なんだよ。―――だから、調べさせたら案の定ってね」
聖機神の完全な修復に掛かる、具体的な日数が明らかになった。
「それで、十日か」
「うん、ババルンが聖地を占拠した日から逆算して、最短の日にちがね。分刻みって言うほど忙しくは無いけど、それなりの緊張感を持ってくれれば、まぁ、不可能じゃないよ」
アウラの言葉に頷いた後で、凛音は少女たち全員に言った。
「まずは、剣士の復活ね」
「うむ。必ず成功させねばならん」
ラシャラとキャイアの主従は頷き合い、アウラたちもまた、真剣な面持ちをしている。
凛音はそれらを満足そうに見渡した後で―――諦念混じりの吐息を漏らした。
「そのためにもまず、ハヴォニワに入らなきゃならないんだよなぁ」
「……なんじゃ、突然テンション下げおって」
「いやさ、ホラ。天地岩って現在シトレイユ軍に抑えられている西部辺境にあるじゃない」
眉根を寄せるラシャラに、凛音はやれやれと疲れたように続ける。
「西部辺境―――しかも喫水に近い高山地帯に侵入するには、どうしてもシトレイユ軍が陣を引く主要街道から入って行かなきゃ、遠回りになるんだよ」
「あの辺りは航路が狭まりすぎていて、物流も滞っているものね」
ユキネの言葉に、しみじみと頷く。
「列車も抑えられちゃってるとね、ホントに僻地だから。―――そんな訳だから、どうしてもシトレイユ軍を排除しなければならない」
「―――すれば、良いではないか。軍の再集成は滞りなく進んでおるのじゃろ?」
二週間ぶりに目覚めた瞬間から、精力的にハヴォニワの軍事面の統率を行っていたのだから、スワンの進撃の活路を開くための軍事行動くらいは、起こせるのではないかとラシャラは考えていた。
しかし、凛音は苦笑交じりに首を左右に振る。
「そう上手く行かないのが、世の中ってもんでね」
「―――ハヴォニワ軍は、それほど損耗しているのか?」
アウラは慎重な口調で尋ねた。ハヴォニワには今後、シトレイユ軍をたたき出した後にシトレイユ側の聖地関所へと向けて侵攻して貰う予定だと事前に聞いていたため、予定が崩れてはたまらないのだ。
しかし凛音はその不安を一蹴する。
「いや、軍の再編に関しては割と順調に進んでいる。元々攻撃を受けているのは西部地域だけで、中東部一帯は王都を除いてほぼ健在だったからね。これまでは指導者が居なくて纏まりを欠いていたけど、フローラ様が表に復帰した以上、趨勢自体は既に引き戻しつつあるといっても良い位だ」
「ならば、何が上手く行かないのだ?」
「ひょっとして……」
ユキネが、何かに気付いたように呟いた。
そして主―――”かつては主であって、今は違う”少年へと視線を向ける。
凛音はその瞳に込められた意味を誤解する事無く、困った風に笑って頷いた。
「忘れてるかもしれないけど、僕は甘木凛音って異世界人なんだよね」
「―――それが?」
「だからさ、ホラ。王子じゃない唯の異世界人には、ハヴォニワの軍事に関する指揮権がある訳じゃ無いんだよ。―――勿論、要望する事は出来るけど、聞き入れてくれるかは……ハァ」
本気で疲れたように、凛音はため息を吐いた。ユキネが微苦笑交じりに尋ねた。
「……フローラ様、なんだって?」
「"そういう大切な事は、直接顔を見ながら話すべき”―――だってさ」
それで、少女たちは納得した。
ろくに連絡を取らないツケが回ってきたのだと。
「ハヴォニワの女王様に直接対面してお伺いを立てなきゃ、だよ。―――天地岩の前に、一苦労だ」
・Scene 49:End・
※ と言うわけで、ハヴォニワ。
頑張って差し込もうと悩んでいたんですけど、やっぱりメテオフォールは出ないっぽいです。
ロマンは感じるんですけどね、あの兵器。でもアレに尺を使ってる状況でも無くてなぁ。
山賊? ああ、うん。御免無理。