・Scene 49-5・
「今回は災難だったなアマギリ王子……いや、甘木凛音殿と呼ぶべきか?」
「今回ってのが何処から何処までを指しているのか今ひとつ判断に悩みますけど、まぁ、概ね何時もの事ですよ。思った通りに行かないのは」
「それはまた、達観していると言うべきか、悪い老成の仕方をしていると言うか」
歳若い少年の手にしたグラスに果実酒を注いでやりながら、シュリフォン王は苦笑いを浮かべた。
少年は、何処までもやる気の感じられない態度で肩を竦める。一国の国主と向かい合っているとはとても思えない、だらしない態度であった。
「娘にも娘なりの言い分が在った訳だろうからな。余り怒らないでやってくれ」
「どっちかと言うと、アレだけ大見得切っておいてあっさり熨されてダウンしている僕が怒られる場面の気がしますけど」
「……結果が、ああだったからかね?」
並々と果実酒が注がれた杯を口元に運びながら、投げやりに言う少年に、シュリフォン王は目を細めて尋ねた。
少年は、グラスを口元に当てたまま動きを止め、暫し瞠目した後で言った。
「ガイアのコアユニットが既に再発掘されていた、と言うのは流石に予想し切れませんでしたが故。人的被害は予測どおりだったのはさて置いて、物的被害があれほどになるとは。些か見積もりが甘かったですかね」
「慰める積もりは微塵も無いが、仕方があるまいと言う他あるまい。一撃で中隊規模の聖機人と―――それを操る歴戦の聖機師達が、”消滅”。塵一つ残さずに、王宮の四半分事吹き飛んだわ。失われた聖機人は当然修理など出来ぬし、骨も残さず消えた我が勇士達もまた、二度と帰ってくることは無い。―――こんな状況を予想せよと言うほうが無茶であろう」
深い溜め息とともに重い口調でシュリフォン王は言った。居なくなった者達の事を、悼んでいるかのような遠い目をしている。
「一応僕は、一度喰らって身に染みてるんですがね。警戒程度なら出来ていた筈なんですが、怠ったのは矢張り怠惰と言うヤツでしょうよ。ガイア本体―――ババルンですけど、アレが自在に瞬間移動出来る様子からして、ガイアのコアユニットのほうも自在に好きな場所へと転位できる可能性なんかも、当然予想できたはずなんですから」
少年は自嘲気味に笑って言う。
そうしないととてもではないが動けない、と言うのは在ったが、些か悪条件を放棄して物事を組み立てすぎたと言うのは、悔やんでも悔やみきれない失態だったのだ。
「だが、それもキミが居たのならば防げた―――だろう?」
硝子の杯をきつく握り締めて眦を寄せる少年に、シュリフォン王は苦い笑みをかけた。
「あの子がキミを差し置こうなどと考えなければ、例えどれほどの危機的状況が発生しようとも、キミの力で少なくとも人的被害は最小限に抑えられた」
「お宅の娘さんも責任感の強い女性でしたからね。ああいう手段に出る事は予想できて然るべきだったんですよ、僕は。―――それなりにお互い、長い付き合いのつもりだったんですから」
何も解っていなかったのかと、だらりと背もたれに身体を押し付けながら言う少年に、シュリフォン王は唇の端を吊り上げる。
「―――夜を共に寝室で過すような関係だったから、か?」
「睦言くらい交わせたのなら、本音が聞けたのかもしれませんがね」
「それは、父親の前で言う台詞ではあるまい」
漸くといった風に微苦笑を浮かべた少年と同様に、シュリフォン王も笑みを作って冗談交じりの言葉を返す。
間接的に、少年が娘に対して指一本触れていないことを宣誓しているようなものだった事に、安堵を覚えると共に、若干の不満を覚えた事が、自分でもおかしかった。
少年は、曖昧な形に歪んだ口元に、シュリフォン王が何を思っていたのか正確に見て取ったらしい。茶目っ気のある笑みを浮かべて言う。
「―――ああ、娘さんは充分に魅力的な方ですよ。確実に僕の手には余りますが」
「喜べばいいのやら、嘆けばいいのやら、だなその言葉は。―――言ってみればそれは、その程度の言葉を平然といえる程度には、キミは私の娘と親しい間柄と言うことになってしまう」
「それこそ、夜に共に寝室で過すような関係ではありますから。―――先日も、今のようにこうやって向かい合って昼間から酒を飲んでいました」
唇の端を引き攣らせるシュリフォン王の言葉を軽くいなしながら、少年は窓の向こうの青空を見上げた。
シュリフォンの王城。
天守の一角にあるシュリフォン王の私室の一つ。窓の向こうのバルコニー越しに見える、破壊の爪あとの色濃く残る王都を見るともなしに見る。
尤もにぎわうであろう王城から続く中央の大通りから幾本か逸れた居住区の大筋。中央通りと水平に並ぶその道が、両脇の細い小道も併せて二区画分近く―――抉られ、土砂の山へと成り果てていた。
ガイアの大出力の粒子砲の威力の凄まじさを物語っている光景と言える。
しかし、その見るにおぞましい景観の中にも、既に復旧せんが為の手が入り始めているのだから、人間と言うのは逞しいものだと思わされた。
「悔やみすぎず、さりとて、投げ出すのは論外―――と言った所でしょうか」
「そうだな。一つの結果として既に成立してしまった事に、何時までも囚われているのは良くない。特に、生き残った我等のような立場のものは、事後の方策を建てる為にも誰よりも働き続けねばならん」
ポツリと、自分に言い聞かせるように呟いた少年に、シュリフォン王も深く頷く。
「……とは言え、僕はもう、王子様廃業なんですけどね」
「フローラ女王も思い切りの良い事だな。私が女王の立場であれば、キミを手放すのは些か惜しくあるだろう」
「光栄の至り、ですね。―――ああ、そんな訳ですので、僕のことは凛音とおよび下さい。甘木は家名ですし」
シニカルな笑みを見せる凛音に、シュリフォン王は深く頷いて答えた。
「フム。では、凛音殿と呼ばせてもらおうか。―――しかし、このタイミングでのキミの”死亡”の発表。正しく我等シュリフォンにとっては空手形を切らされた、といった所かな?」
「一応手元で囲っている人間が、皆この後も付いて来てくれるらしいので、先日の約束の件に関しては、その筋を利用してハヴォニワ本国と交渉、実行させる予定です。―――まぁ、確約できる訳ではないですから、本当に空手形になってしまいますが。それをお認めにならない、と言うのであれば僕の有する幾つかの先進技術の割譲で手を打ってもらいたいのですが」
そちらは直ぐに用意できますからと、凛音は言う。
尤も、それは口調の軽さに反して、実際は苦渋の決断だったりするが。
先進的―――と言うか、技術体系が全く違う世界から持ち込んだ技術なので、迂闊に広めすぎて、自身の管理できなくなるような状態になっても困るなと思っていた。
「どちらも要らんよ。既に言ったと思うが、私はただ、娘の願いを聞き入れただけに過ぎない。―――そもそも、公的には此処に存在しない事になってしまったキミとの約束など、最早無効だろう」
異世界人・甘木凛音は、教会の保有する遺跡の一角で召喚されたばかりなのだからと、シュリフォン王はニヤリと笑いながら言った。
凛音はそれを聞いて、当然に憮然とした表情に成る。
「勝手に人を、教会所有なんかにしないで欲しかったんですけどね……」
「それこそ仕方あるまい。対ガイア戦において、恐らくは最高戦力として用いられるであろうキミがハヴォニワの王子のままとあっては、戦後国際社会において彼の国の力が強力となりすぎる。最早キミは、一国の所有で居られる立場では無いだろうよ」
「こうして表舞台に立てとか言われる立場になると、親の脛の有り難味ってのが解りますよねぇ……」
好き勝手やってきたツケが回ってきたのかもと、諦念交じりに凛音は天を仰いだ。
”アマギリ・ナナダン王子死亡”。
ガイア出現、聖地占領事件に於いて、その残された聖地学院の生徒たちの救出作戦の陣頭指揮を取っていたアマギリ王子は、自ら特殊部隊を率いて聖地内に侵入、人質となっていた生徒たち全てを無事に救出することに成功した。
発生した犠牲は、唯一つ。
アマギリ王子当人の、作戦中に負った怪我の悪化による死亡と言う結果のみである。
聖地での救出作戦と同時期に、王宮を強襲されて逃亡を余儀なくされていたハヴォニワの女王フローラは、後日知った息子の死に涙を流し、そして怒りを覚えたのだ。
ガイア、許すまじ。
王都を焼かれ国土をあらされ、更には王家の血すら流させたとあっては、最早捨て置くことなど不可能。
かくなる上はハヴォニワ全戦力を用いて直ちに国土を荒らす賊軍を駆逐し、聖地に立て篭もる怨敵ガイアへ向けて侵攻すべし。
まだ侵攻を受けていない東部天領に仮の玉座を設け、内外に健在を示したフローラ女王は、賊軍をたたき返した後は外征よりも国内の安定こそが第一と述べる貴族たちを一喝し、ハヴォニワ全国民に対してそう宣言した。
「―――まぁ、ようするに、総力戦の出汁にされた訳ですよね、僕。そうでもしなければ、都市ごとに独自性の強すぎるハヴォニワの国論を一まとめになんて、出来なかったんでしょうけど」
「此処で対ガイア戦に参加しなければ、不利益を被るとフローラ女王は見たわけだな?」
「ええ。王族の聖機師の種なんて、迂闊に売り歩くことも出来ませんから実際はそれほど利益も出ないでしょうし、それならいっそ、使えるときに景気よく使い切って、後々の利益を考えた方がマシだったのでしょう。何しろ、ガイアさえ滅ぼせば後は各国によるシトレイユの切り取り合戦が待っていますから。声高に対ガイアを唱えて戦線の主導権を握れば、その時有利になる―――そんな感じですかね」
探るようなシュリフォン王の言葉に、凛音はいっそ正直すぎるほどのハヴォニワ側の意見を答えた。
内に秘めておくべき類の言葉だろうにと、言われたシュリフォン王のほうが落ち着かない気分になる。
「……そうも正直に、良いのかね?」
「だって僕、もうハヴォニワの人間じゃありませんし」
だから、多少ハヴォニワに不利益が掛かった所で、知らんと凛音は言い切った。その後で微苦笑を浮かべる。
「ついでに言えば、僕の死亡云々の話は、僕がまた別の形で表舞台に立つ以上、内実を知ってしまえる人が多数でしょうからね。あの人もそこまで阿漕なことはしないと思いますよ。―――むしろ、駒一つを献上したのだから、その分くらいは譲れ、程度の気持ちじゃないですか?」
「キミを見つけて表舞台に押し上げたのは、フローラ女王だからな。占有権を手放すとあらば、他国も一定の譲歩をしようと思うか。なるほどな。―――それにしても、キミはあの女王の事を、矢張りよく理解しているのだな」
余り自身の好みではない類の話に嫌気がさしたのか、些か冗談めかしてシュリフォン王が問いかけた。
凛音は軽く肩を竦めて頷いてみせる。
「そりゃあ、寝室で夜を共に過す様な間柄ですので」
「……私は、何も聞いていない」
凛音の放った言葉の意味をかみ締めた後で、シュリフォン王は思い口調で呟いた。シリアスに過ぎる顔が、いっそシュールな空気を生み出していた。
「自分で言うのもなんですけど、割と有名な話だと思いますよ」
「―――あっさりとフローラ女王がキミを手放すことを決意したのは、その、つまりその辺りの件も考慮したうえで、と言うことかな?」
シュリフォン王らしからぬ曖昧な物言いに、凛音は微苦笑を返す。
「さて、僕には何とも。―――自意識過剰と取られるのも、恥ずかしいですし」
「閨を同じくした女の事柄に、その答えは些か無責任といわないか?」
「いや、昼間っから真面目な顔して公称母親との関係を語るのも拙いでしょう」
果実酒の杯を傾けながらの会話であったからか、人払いをして男同士二人での会話であったからか、その内容は些か下世話なものになりかかっていた。
「キミが取り替え引替え女性を連れまわして歩くのを好む性質だというのは、娘から聞いているがな。―――無論、同じ男として、そう言った事を好む気分も解らないではないが」
「いや、解らなくて良いですから。―――と言うかそれ、娘さんの高尚なジョークってヤツですから、とっとと忘れてください」
「だが、キミも異世界人と言う立場で表舞台に立つ以上、今後はその辺りのことには少し気を使うべきだろうな」
「聞けよ!」
倍近く歳の離れた中年に、凛音は思いっきり突っ込む。無論、酔いが回り始めた男が人の話を聞くはずもなかったが。
「聞いているとは思うが、キミは今後、ガイアを脅威と見て教会の手によって召喚された”救世の異世界人”甘木凛音として、対ガイア国際連合軍を率いる立場となる。―――男性聖機師、異世界人、加えて見事ガイア打倒を果たせたとあらば、輝かしき武功も添えられることとなる。それがどういう結果を生むかは、当然」
「種付け相手には困らなそうで何よりでしょうね、それは」
シュリフォン王の言葉を、凛音は面倒そうに切って捨てた。
意識的に考えないようにしている類の話題を降られて、気分を損ねたらしい少年に、シュリフォン王は困った風に笑って続けた。
「そう邪険にするものでも在るまい。王家王族の淑女達からも、縁談の誘いも出よう」
「それこそ、充分に魅力的だけど、確実に僕の手には負えない女性ばかりと縁が出来そうで、お先真っ暗と言う気分にしか」
どの道、苦労するであろう未来は変わらないじゃないかと嘆息する凛音を、シュリフォン王は楽しそうに笑って応じた。
※ 居酒屋トーク。
こういう男同士で馬鹿話ってノリは好きなんですけど、如何せんこの原作、男性キャラが少なすぎる。
―――数少ない男性キャラがアレだしなぁ。