・Seane 7-1・
「だから、ね? ワウちゃんほどの腕があれば、簡単でしょう?」
「いや、そのフローラ様。確かに素材さえあれば数字をいじくるだけですけど、あれは禁制品……」
薄暗い―――必要もないのに、何故か無意味に薄暗い、証明の落とされた格納庫の一角で、ワウアンリー・シュメはこのハヴォニワ国王女、フローラ・ナナダンに笑顔で無理難題を押し付けられていた。
「だったらなお更簡単じゃない。安心していいわよぉ、素材はね、実はもう用意できてるから」
「あんな希少な結晶構造どこで手に入れたんですか!? ハヴォニワ国内じゃ出土しないでしょうに……って言うかフローラ様。今回あたしを呼び寄せたのって、コレを作らせるのが目的ですよね」
「やぁねぇ、これ”も”目的なだけよぉ」
ワウアンリーが、新学期始まって早々に休校届けを出してまでこのハヴォニワ王城にまで訪れたのには、当然理由がある。
彼女自身が主導となって推し進めていたある研究のスポンサーである、ハヴォニワ国女王フローラから、個人通信を取られたからだ。現物の輸送を交えての紙面報告が殆どだったから、ワウアンリーとしても、もしやここまで開発を進めておいて予算の減額などと言い出すのではないかと緊張しきりだったのだが、フローラの告げる会話の内容は、まったく予想外の事だった。
ウチの子のことで、ちょっと相談があるのだけど。
それが子供の教育方針に関しての話であるなら、いくら90年以上の歳月を生きるとは言え、見た目は十台、加えてただの学生であるところのワウアンリーを頼るはずもない。
だいたいワウアンリーは、自身の研究にかまけてしょっちゅう休学と復学を繰り返しているため、単位の取得に失敗し未だに正式な聖機師の資格も取得していないありさまだ。何しろ十数年前の一時期、当時聖地学院に通っていたフローラと同級生だった事すらある。今の状況だと恐らく、フローラの娘であるマリアと同窓を構える事となるのは確実だと言えた。
それに、時期的に言って子供というのがマリアを指しているわけではないだろう事は予想が付いていた。
アマギリ・ナナダン。
ある日忽然とハヴォニワに現れた、新たな王子。
先王―――年齢的な意味ではワウアンリーにとっては同世代だったりする―――の最後の忘れ形見と言われるその少年は、何と聖機師ですらあるらしい。
王族であり、かつ男性聖機師というその存在が披露された時は、世界に対してセンセーショナルな話題を振りまく事となったのも新しい思い出だ。
王家の者で聖機師であるなら、その搭乗する聖機師も通常一般配備されている機体とは違い、特別なチューニングを施す事もあるかもしれない。
それならば、聖機工であるワウアンリーに相談するのも当然なのだが、むしろそのような理由があるならば、彼女を通さずに聖機人の製造元である聖機工房へと直接連絡を取った方が早いだろう。
ワウアンリーの聖機工としての師であるフラン師を紹介して欲しいのだろうかとも思ったが、フローラはそれを否定した。
じゃあ何のためにと問うワウアンリーに、フローラは映像通信機の表示映像を切り替えて、彼女の興味を引いて余りある映像データを表示してきた。
そこには、太い蛇の尾をもつ、脚の無い聖機人の姿が映されていた。
耐用年数間近の聖機人が、交換のために聖機工房へと運ばれていたのは、ワウアンリーも搬入を手伝った当事者の一人として知っていた。そしてその機体のうち、一部のものが極度に脚部に劣化現象がおきているのも確認している。今までにない形質劣化に、聖機工房がそこに至る経緯をハヴォニワ国に問いただしてみても、ただ不正地での全力戦闘に用いた結果だとしか答えが無かった。専門的な技術者集団である聖機工房の聖機工たちは、当然のことながらその嘘を見抜いていたが、生憎と着たい内部のデータにまで消去がかかっており、その劣化現象が何故起こったのかは全く知れなかった。
ただでさえハヴォニワは、ワウアンリーの研究に対しての投資に代表されるように聖機人のみに比重を置く戦術構造からの脱却を求めていたから、何か聖機人を用いてよからぬ研究をしていたのではないかとの噂も立っていた。
見習いとは言えその経緯をしっていたワウアンリーとしては、振って沸いたそれを知る幸運に、乗らないわけにはいかない。
かくて彼女は、聖地学院に最早数える事が愚かしいほどの回数目の休学届けを提出し、聖機人の交換機体とともに、ハヴォニワ国まで訪れる事となった。
「ええ……まぁ確かに。このアマギリ様、でしたっけ。この方がこの状態のままで聖地学院へ通うのは、些か無謀ではあると思いますが……」
壁面モニターに表示された機動状態へ移行する龍機人の映像を見ながら、ワウアンリーは言葉をひくつかせる。
波形グラフで表示されている数値はどれも常識知らずのアホらしいものだったし、脚部を捻じ曲げてのその”変形”は理外の他だった。
専門的な知識を持っているからこそ、余計に異常なものに思える。
正直、ワウアンリーに犯罪を働かせるためのブラフ、偽装映像ではないかという線も否定できなかったので、実際に機体を起動させるところを見せて欲しいとフローラに頼んだのだが、それは素気無く断られた。
機体を起動するたびに、その後使用不可能になるほどの形質劣化を引き起こすのだから、当然といえた。
「どぉしても、駄目ぇ?」
「猫なで声で言われても……私もホラ、これから先も人生長いですから迂闊に道を踏み外すのも」
「この映像を見ても?」
「見てるとむしろ、この殿下の方を解剖したくなってくるんですけど……」
フローラの示す映像は、龍機人が喫水外へと飛び出した時のものだった。尾部装甲がスライドして伸張し、先端の衝角が上下に分割され、内部の亜法結界炉が解放されている。
「無いパーツをゼロから作り出す能力とか、機体のデータよりもむしろアマギリ殿下の精密データが欲しいですよ」
「ワウちゃんみたいな子がウチの子に興味を持ってくれるなんて、私も親として鼻が高いけどぉ……残念だけど、それは駄ぁ~目♪ ―――だって、サンプルは今のところあの子一体しか無いんだもの。あの子を解剖しちゃったら追加データが集められないでしょう」
親の語る会話ではない内容を笑顔で語るフローラに、ワウアンリーは頬を引きつらせる。このフローラと言う女性は、稚気と酷薄さが同居する、最も恐ろしいタチの女性だった。
「あ、ワウちゃんが新しいサンプルを”作って”くれるなら、願っても無いことだけど」
「あの、流石に話したことも無い方と子作りと言うのは……」
そんな女性が笑顔で”お願い”してくるのだから、ワウアンリーとしては土下座してでも拒否したいところなのだが、生憎と此処はフローラのホームグラウンド。餌に釣られてのこのこ踏み込んできてしまったワウワンリーに、逃げ道は無かった。
あさっての方向に視線を彷徨わせながら逃げ道を探すワウアンリーの態度に何を思ったのか、フローラは一つため息を吐いて手に持っていた端末機を操作し始めた。
ワウアンリーが何事かと思っていると、モニターに表示されていた映像が消えて、ノイズ交じりの録音音声が壁際に設置されていたスピーカーから響いてくる。
『ようはこの星の人たちって、機動兵器に自分の可能な行動をトレースする事しかしないって話ですよね』
それは、歳若い少年の声だった。
「コレ……」
「ウチの子達の内緒話よ」
『ああ、えっと何て言うかな。聖機人は人に似てるけど……ああ、つまりそう。アレは単純に人型の機動兵器ではあるけど、人間ではないんですよ』
『聖機人は、人間じゃない。……人間じゃないから、人間と同じ形をしてても、人間の動きは……出来ない』
『そう、まさにそれです。聖機人って言うのはあくまで全長二十メートルの人の思考を汲み取って動く人型兵器ですけど、それだけなんです。極論になりますけど、人型をしているからと言って、人の動きをさせる必要もないんですよ』
『人の動きを完全に再現する事は不可能だけど、……だからこそ、人には実現不可能な動きも、出来る?』
『その通り。自在に飛行が可能なところとか正しくですよね。でも、あまりに自分の生身での行動にとらわれすぎちゃうと、逆に動作に縛りが出来ちゃうんですよ。ほら、剣戟を行う時とかって、大抵地面すれすれの場所で、脚をちゃんと地に向けて踏み込みを入れて斬撃を入れるでしょう?』
続けて流れてくる会話の内容は、技術者として優秀であるからこそ、ワウアンリーはとても異質な概念を秘めているのだと理解した。
普通、当たり前の教育を受けていれば、こういう発想には至らない。そんな考え方を、この、恐らくはアマギリ・ナナダン殿下なのであろう人物は、当たり前のことのように話している。
『……殿下は、聖機人を戦車やエアバイクの延長線上で扱っている?』
『アナログな動作反応をしてくれる思念操作タイプを使っていますけど、マシーンはマシーンですからね。ペダル操作と根本的な部分は変わりませんよ。僕はほら、辺境の生まれで、惑星開発キットについてる大型のメテオマッシャーとか深海探査艇とか短距離ワープも可能なスペースクルーザーとかを小さい頃から乗り回したりしてましたし、その辺の割り切った考えが染み付いているのかもしれません』
「どうかしら、ウチの子。とっても賢い子でしょう……?」
壁の向こうで買わされる秘め事に聞き入るかのように、スピーカーから漏れる音に集中していたワウアンリーの耳元で、フローラの天使のような囁きが聞こえる。
「この子とお話をしてみたら、最近行き詰っているワウちゃんの研究にも、新しいアプローチが与えられるんじゃないかしら」
「……フローラ様」
「ワウちゃんさえ良ければ、じっくりお話しする機会を用意してみても良いけど?」
それはとてもとても、ワウアンリーの如き技術者には魅力的な話で、だからこそ、声が震えそうになるのを隠しようが無かった。
にこりと、天使と悪魔を同居させた笑顔で、フローラはワウアンリーに微笑み、言った。
「そのかわり、ワウちゃんには是非作って欲しいものがあるの。―――そう、属性付加クリスタルを、ね?」
※ 札束で頬をビンタするノリで。
ワウの設定は今ひとつ画面からは要領を得ない感じなので、とりあえずこのSSではこんなで。
11話で結界工房が画面に出てくれば少しは解るかのぅ……