・Scene 49-4・
「―――思えば、こういう状況も久しぶりか?」
「三日とおかずに人の寝室に忍び込んでいる人が言う台詞じゃないね」
「いや、そうではなくてだな」
夜。スワンの宮殿内にある客間の一室において、例によって例の如く、凛音とアウラはテーブルを挟んで向かい合っていた。
因みに、アウラが持ち込んだ酒精類は丁重に冷蔵庫の中に封印される運びとなっていた。
「凛君、アウラ様、―――それから、私。リチア様が居れば、ちょっと前の生徒会室だね」
―――今晩は、保護者の監視の目が存在していたのである。
丸いテーブルを囲って丁度二等辺三角形の頂点の位置に座る形となっていたユキネの言葉に、なるほどと凛音は頷いた。
「そういえば、そうか。闇黒生徒会再び―――ラピスさんのお茶が、懐かしくなってくるね」
自身、手ずから入れたハーブティーを啜りながら呑気な言葉を吐く凛音に、アウラは呆れたように嘆息した。
「お前、そこはリチアの事を懐かしんでやる場面じゃないのか? と言うか、連絡くらいしてやれ」」
「―――凛君、”また”連絡してないの? そうやって、苦手な事を後回しばかりするのって良くないよ」
マリア様みたいに拗ねちゃうよと、ユキネが何気に主君に対して失礼な事を言いながら嗜める。
「いや、流石に三ヶ月放置とかはして無いけど。と言うか、三日前に通信したばっかりなような」
「……リチア様には連絡したのに、マリア様たちには連絡は取らないのね」
「家族とは心で通じ合ってるとかそんな感じの言い訳でお願いします」
口をとがらせ気味のユキネから視線を逸らしつつ、凛音は冷や汗を流しながら言った。
実際、予期せぬトラブルによって通信が繋がってしまわなければ、自分からマリア達に連絡を取ろうと言う意識がゼロだったから、迂闊な反論も出来なかった。
「と言うか、一騒動終わった後なのだから、報告くらいしてやったらどうだ。―――後で会った時に、等と考えているなら、リチアの頭痛の元が増えるだけだから止めた方がいい」
「―――それ、アウラさんが言うの?」
苦笑交じりに言ったアウラに、凛音はしかめっ面で応じた。
「何?」
「あのさぁ、リチアさんに諸々の事態を報告するって事は、”貴女の親友と婚約する事になりました”とか説明する事になるんだよ? ねぇ、婚約者さん」
「―――ああ」
気まずそうな声で漏らしながら、アウラは頷いた。
ユキネは無言のままお茶を啜っている。その静かな態度が、逆に空気に緊張感を持たせていた。
アウラは暫し無言で眉根を寄せていたあとで、言った。
「―――やはり、拙いか?」
周りの影響などを気にせずに、個人的な気分で事を進めてしまった事でもあるので、アウラとしては何とも言い難い話題だったのである。
と言うよりも、深く真面目に考えてしまうと、色々な意味でドツボにはまりそうな問題だったため、無意識に考える事を避けてきたとも言える。
因みにそれは、凛音も同様だった。ただし、彼の場合はかなり自覚的な部分があったため、意図的に避けていたと知られてしまえば、人として最低の部類に分類されてしまうだろうが。
「そりゃあ、ねぇ……」
ついでに言えば得意な方面の内容ではないため聞かれても直ぐに答えは思い浮かばない。
個人の感情の機微というものに関して疎いのはアウラも同じであるため、話している内容の青臭さに反して、場の空気は如何ともし難い間抜けな気分が漂っていた。
「拙いといえば、拙い……のかなぁ」
「拙い」
唐突に、鋭く。横合いからユキネが口を挟んだ。
アウラが思い切り口に運んでいたハーブティーを噴出す。凛音は思いっきりオーバーアクションで叫んだ。
「姉さん、そんなはっきり言わないでくれ!」
「因みにマリア様はご立腹」
「ホントやめて、背中が怖くなるから!!」
すまし顔で空恐ろしい未来を淡々と呟くユキネを横目にしながら、アウラは思った。
実はこの人はこの人で、凛音の連絡が滞ってた現実に怒ってたりするんじゃなかろうかと。
思い返してみれば、甘木凛音と言う男がハヴォニワに現れてから今まで、一番近い位置で常に共に居たのはユキネなのだから。
「―――どうかした?」
「……いいえ」
いつの間にか顔を向けられていたユキネから、アウラは視線を逸らして呟いた。
余り深く考えない方が良い話題らしい。なにしろ、藪を突付いたら出てくるのは蛇どころじゃすまないのは目に見えていたから。
「でも実際、リチアさんはさて置き、フローラ様たちにはお伺いを立てないと拙いかなぁ」
「リチアはさて置き、と言うところが色々と突っ込みたい所だが、まぁ、私は何も知らんし聞いていないとあえて言わせてもらおう。―――何故フローラ女王だけ?」
「いやさ、ホラ。天地岩へ行くには、ハヴォニワ西部を抑えているシトレイユ侵攻軍を散らかさないといけないからね」
言われた事の八割方は聞かなかった事にして、凛音は端的に答えた。アウラは難しい顔で頷く。
「天地岩、な」
「疑り深い声してるね」
「―――実際、どうなんだ? どれだけ聞いても、今ひとつ要領が得ないのだが」
苦笑交じりに尋ねる凛音に、アウラは眉根を寄せつつ返した。ユキネも横で頷いている。
「まぁ、実在する神の存在を見た事が無いとなると、そんな反応が普通か。皆、微妙に納得してない感じだったもんね」
「その物言いだと、お前は見た事があるとでも言う訳か」
「と言うか、ある意味僕そのものが―――なんて、どうでも良いか。宇宙は広いからね。居る所には神様ってのも居るものさ」
仕方ないとばかりに、凛音は肩を竦める。
「まぁ、それに関しては見てのお楽しみって事で」
「神の実在を目撃して楽しもうなどと考えていたら、神罰でも喰らいそうだが」
やりきれない気分で吐き出すアウラの言葉に、凛音は天井を見上げて呟いた。
「罰を喰らうのなんて、多分僕だけさ」
「……罰?」
不思議そうな顔で尋ねるユキネに、微苦笑を返す。
「奉仕労働くらいで勘弁してくれれば、ありがたいけど」
「と言うと?」
「剣士殿の代理でガイア退治で相殺、何て感じでどうだろね」
「世の大事も、お前からすれば結局は瑣末ごとか」
どう、と尋ねられても呆れるしかないと、アウラは諦念を込めたため息を吐いた。凛音は、心外だと言う風に肩を竦めて続ける。
「いやぁ、そうでもないよ? 絶対に回避不能な避けられない強制イベント程度には重大事さ」
「―――それ、避けられるなら絶対避ける程度の大事って事になるよね?」
「それは言わないお約束ですよ、姉さん。実際問題、ガイアのコアユニットも、再発掘されちゃったみたいだし、そろそろイベント発生も待ったなしって感じだからね」
ああ嫌だ面倒くさいと、凛音は眉根を寄せて吐き捨てる。
「一撃放っただけで逃げてくれたのは幸いだったな。理由は解らないが」
王都での戦いの最後の一幕―――放たれたガイアの粒子砲の威力を思い出して、アウラは身震いするように言った。
「聞き伝の人間の意見になるけど、多分、ユライトがガイアの亜法波に耐え切れなかったんじゃないの? 剣士殿を簡単に放り出した事と言い、やっぱ、身体も含めて本物の人造人間じゃないと扱えない代物なんでしょ」
「そうなると、やはり最後の一手でしてやられたと言った所か。メザイア先生の確保さえ出来ていれば、今頃勝負はこちらの勝ちだったと言うのに」
「それはそれで、オッサンをマジにさせるだけなんじゃないかな」
悔しそうに言うアウラに、凛音は否定の言葉を述べる。疑問の視線を浮かべるユキネに対して説明を行った。
「メザイアにガイアのコアに鉄屑―――修復中の聖機人。手元に三枚とも必要なカードが揃ってるから、オッサン安心してこっちの行動をお目こぼししてくれてるんだから。此処でメザイアを掠め取るなんて機嫌を損ねるような真似したら、直ぐにでも西と東からシトレイユ軍が突貫してくると思うよ。―――ついでに、ガイアのコアユニット装備したユライトの聖機人も」
「―――でも、それだともう、ガイアの復活は完全になっちゃうって事にならない? 聖機神の修復だって、何時までも掛かるものじゃないでしょう?」
「楽観視はしない方が良いってレベルで、ハイと頷くしかないかな」
「―――と言うと?」
「聖機神の修復が既に終わっているのなら、それこそこんな呑気にしてないでとっとと攻めてくるはずなんですよね。一々コアユニットだけ持ち出してくるなんて盗難の危険を考えれば怖くて出来ない。でも実際コアユニットを唯の聖機人に持たせて使っているんだから、まだ聖機神の修復が完了して無いってことなんですよ」
首を捻るアウラに、凛音は楽観視はするべきじゃないけどと繰り返しながら言った。
「後はついでに、僕の手駒に指示を出して、聖地大地下深度にある遺跡の施設を稼動させている亜法結界炉に対して外部からの妨害工作を指示してますけど―――あれも役に立つかどうか」
「外部から妨害って……一体どうやって」
「稼動中の先史文明の遺跡を有しているのは、オッサンだけじゃないって事さ」
「―――ひょっとして、ワウ?」
自信たっぷりにアウラの疑問に答える凛音に、ユキネは一人の少女の名前を出して尋ねた。
数日前、ハヴォニワ王城を脱出して、空中宮殿オディールでもって逃亡生活を送っていた時に、偶然航路上ですれ違った聖機人に乗っていたのが、現在絶対不可侵の隔離結界を展開中の結界工房を目指して飛行中だったワウアンリーであった。
オディールに招待という名の拉致監禁しておいたのだが、ユキネがこのシュリフォンへと移動を開始すると時を同じくして、どうやら逃亡したらしい。
長距離飛行ユニットで飛び立つ背後で、砲撃音が聞こえていたから間違いないだろう。
「結界工房の隔離結界は、結界工房所属の聖機工以外の侵入を拒むからね。―――今後のためもあるし、上手く中に渡りをつけてくれれば良いんだけど」
大丈夫かねと、揶揄するような物言いの癖に、その顔は個人をさして心配していると言うのがはっきりと見て取れた。
アウラの目が細まった。
「―――実は、お前他人が見てないところでワウとは定期的に連絡を取り合ってるだろう?」
「そんなプライベートに使うような暇な時間は無いって」
ユキネがジト目に変わる。
「ワウとは、仕事の付き合いとか言わない?」
「……黙秘権を行使しようかな」
少女二人の追及の視線を、凛音は微妙に頬を引き攣らせつつも避ける。
「話を大分戻すけど、その辺の妨害工作の件も含めて、一度フローラ様と連絡を取る必要がある」
「妨害……いや、待て。ハヴォニワの防衛網通過のための算段を整えるための連絡の筈だろう? 今はお隠れになっていらっしゃる筈のフローラ様に、一体何を」
ハヴォニワ国内から聖地へと繋がる道は、現在全てシトレイユ侵攻軍に抑えられている。そして東部のどの辺りかは知れぬが、潜伏中のフローラに聖地に対して妨害工作をかけろと言うのは中々無茶な話だと思うのも当然だった。
しかし、アウラの尤もな疑問にも、凛音はあっさりと言い切った。
「反応弾。持ってるみたいだから撃ってもらおうかなーって」
「反応段と言うと……アレか」
聖地を文字通り灰燼へと変えた凄まじい威力を誇る大量破壊兵器。何処か空想の産物とすら思えるガイアの脅威よりもよほど、あの黒ずんだきのこ雲を思い出せば現実的な脅威に見えてくるほどだった。
「危ないと思って凛君の工房から真っ先に運び出しておいたんだけど……使うの?」
ユキネの声も、若干硬いものに変わっていた。こちらは、事前に凛音から理論に関しての説明を受けていたが故に、その危険性に恐れを覚えていたのだ。
「ま、丁度長距離飛行ユニットはワウのお陰で完成したみたいだし、高高度からの爆撃で一つ派手に吹き飛ばしておこうかなって」
「聖地を吹き飛ばしておこうなどと―――実際今更な事だろうが、それこそそんな事をしたら、ガイアは本気にならないか?」
「いやぁ、どうせ大地下深度の遺跡はシールドされてるだろうから破壊できないだろうし、笑って見逃される程度だと思うよ」
「……では、何のためにやるんだ」
遠まわしに求めた意見の撤回を、身も蓋も無い言葉で根底から覆されれば、アウラの口調も厳しいものになる。
しかし凛音は相変わらず、気楽な風に言った。
「例えオッサンが笑っていてもさ、巻き添え食らったシトレイユの軍からすれば恐ろしい話さ。ぶっちゃけ、亜法のクリーンなエネルギーによる破壊しか行わないガイアなんかよりもよっぽど、反応弾の齎す破壊の光景は人に本能的な恐怖と嫌悪を沸き立たせるものだからね」
丁度、今のアウラさんみたいにと、厭な笑いを浮かべながら凛音は続ける。
「最終的には―――此処でまたフローラ様に繋がるんだけども、ハヴォニワとシュリフォン双方からシトレイユ軍を押しつぶして、聖地を南北の両関所から挟み撃ちにする形を取ることになるだろうし、次は自分たちの上にコワイ爆弾が降ってくるって怯えててくれた方が、こっちは戦争がやりやすいさ。―――唯でさえ、負けてる状態からのスタートなんだし、多少の無茶には目をつぶって欲しいね」
最後だけ、頭を下げる風に凛音は言い添えた。
二人の少女は、演技だなと見て悟った。どうせ止めてもやる時はやる男だとはっきりと理解していた。
「―――そう言う訳なんで、明日には早速フローラ様と連絡取らないと拙いか」
大変そうだなと天を仰ぐ凛音に、アウラは苦笑を浮かべた。
「お前が頼むのだから、フローラ女王ならあっさりと受け入れてくれそうなものだが」
「どうだか。その辺、政が絡めばシビアな人だよ、あの人も。血の繋がりも男女の情も、必要とあらば切って捨てられるからこそ、あの若さで一国を切り盛り出来ていたんだから」
「男女の情って、自分で言うか」
「言わない理由が見つからないって―――よく考えたら、婚約者の前で母親と男女の情が云々、なんて言う物じゃなかったか」
微苦笑交じりに言う凛音に、アウラは呆れたようにため息を吐くだけだった。
「―――あ」
そして、ユキネが唐突に一つ声を漏らした。
今の二人の会話で何かを思い出したというのか、目を丸くして、口元を押さえている。
「―――ユキネ?」
「伝え忘れてた事があった……」
凛音の問いかけに、ユキネは、非常に気まずそうに呟く。
狼狽の感情を顕にする、珍しい態度に、アウラも凛音も戸惑った。
「二人の、婚約だけど」
やがて躊躇いがちに、ユキネはそう切り出した。
「駄目になるかも―――ううん、駄目になってると思う」
「駄目に―――」
「”なってる”?」
反対意見が出た、どころでは済まない様な言い回しに、二人は顔を見合わせて首を捻った。
形式的な部分が多分に締め、結果としてそれが多方面に対して都合が良いだろうという了解があったから、反対意見があったとしても封殺されるだろうと言う意見で一致していたのだ。
どういう事かと問いかける視線に、ユキネは一つゆっくりと深呼吸した後で、言った。
「アマギリ・ナナダン王子は、聖地での決戦の怪我が祟って既に死亡してしまったから」
※ と言うわけで、180話近く主人公を勤めてくださった殿下が、真に残念ながらお亡くなりになりました。
次回からは新主人公で……と言うか、シュリフォンに入った段階からもう変わってましたが。
冗談はさて置き。気付くと180ですよ、180。半年おなじSS書き続けるとか、流石に予想してなかったなぁ。
まぁ何とか200話辺りには―――と考えているんですが、何かオーバーしそうな気配が……。
因みに今回辺りから、徐々に締めの展開へと入っていく感じです。何事も、終わらせるのが一番難しいと言いますし、
無事にゴールを迎えられるよう頑張りたい所です。