・Scene 48-3・
聖機人で森を一気に駆け抜けて、敵の後背より襲い掛かる。
地雷により分断された敵は、それぞれ予め指定してあった地点に誘導されており―――まず、ユライト・メストの機体は他の二機より尤も遠い位置へ。
ひたすら、可能な限りとの指示であり、遠くであるのならば戦闘領域を固定する必要が無いとされている。ある程度離れたら、待機させてあった空中戦艦を間に入れ込んで、他の二機とは完全に分断する寸法だ。
そして剣士の機体は、最も砲車の射線が集中するエリアへ。とにかく時間を稼ぎ、可能な限り消耗させる。弾雨の中で強敵と剣を合わせねばならないシュリフォンの勇者達には悲劇だろうが、耐えてもらうしかない。―――犠牲を、覚悟で。
そして最後の一機、ドール―――メザイアの機体である。
位置取りとしては剣士と同じ街路沿いまで押し込む事が肝心。”戦闘領域が剣士の目の届く範囲”にまで戦闘領域を移動させる事が重要なのである。
「―――そして目標地点まで到達したら、一気に私が姉さんに奇襲をかけて、剣士の行動を誘発する……」
『それから、私が剣士を止める―――限界稼働時間まで追い込み、亜法酔いにまで』
随伴するシュリフォンの近衛を引き連れて森の中を聖機人で疾駆しながら、キャイアとアウラは言葉を交わす。
『しかし、少しまずいな。―――メザイア先生を押し込みきれて居ない。完全に街路一つ分離れた位置で膠着してしまっている』
アウラが戦域モニターを見ているのだろう、苦い口調で呟く。
キャイアも同様に、正面に半円周上に広がったコンソールパネルに示された王都の戦域の情報を読み取る。
アウラの述べたとおり、王城至近の大通りで敵と対峙している剣士の位置と、そこから一本ずれた裏路地に入り込んでしまったメザイアの機体と言う位置関係は大いに拙いと言える。
―――メザイアを追い詰めようにも、剣士に見える位置で無いと意味が無いのだ。
『きっと通信が繋がっている筈だ何て、希望的観測は違っていたら笑えないからな』
「失敗したらやり直し出来ないんだから、尚更よね……」
とは言え、動き出してしまえばもう考えている猶予も無い。
『下手に間を空けすぎると撤退されてしまうからな』
事前に、それを懸念されていたから、何処かのタイミングで勝負を仕掛ける必要があったのだ。
ついでに言えば、こちらの戦力も無限にある訳でもないし、ましてや同じ聖機人である以上、永遠に動き続けられる筈もない。
作戦に参加している機体はアウラやキャイア、ついでに随伴機を除けば、残りは一般仕様の尾の付いていない―――つまり、稼働時間の短い、戦闘力に劣る機体ばかりだった。
『とは言え、これ以上の戦力投入は不可能だ。王都近隣の駐屯地から、動かせるだけ―――本来動かすのが拙い位の戦力を投入してしまっているのだからな』
これで国境守備軍がシトレイユに抜かれたら酷い事になると、アウラは呟く。
「―――なら、やるしかないでしょ」
勢い任せに言い切るキャイアに、アウラは苦笑を浮かべる。
『今更何を、と聞くつもりものないが……行けるのか?』
「行くしかないじゃない。―――私がこのまま奇襲をかけて、姉さんを剣士の前まで押し込んでみせるわ」
『なら、止めんがな。ヤツも、”キャイアなら絶対に平気”だと言っていたし……』
「……逆に不安になるからやめてくれる?」
ヤツ、とやらが誰だか考えるまでもなかったから、キャイアは顔をしかめずにはいられなかった。
アウラは微苦笑を浮かべて言う。
『実際、聖機師としては一番腕が良いのはお前だからな。―――頼むぞ』
「―――まかせて。森を抜けたら速度上げるから、援護宜しく!」
アウラの言葉に確りと頷き、そのまま、まだ森を抜けきっていないと言うのにキャイアはトップスピードで王都へと突っ込んでいく。
人気の無い郊外から続く街路には、複数を相手取りながら一歩も引かない大鎌を持った黒い聖機人。
「姉さぁぁぁぁああああああんっっ!!」
気勢を上げながらの、突貫。
剣を振り下ろした二機と組み合っていた黒い聖機人が、森の奥から突っ込んできたキャイアの姿に気付き、振り向く。
『―――キャイア! ……来たわね』
最初驚いた言葉に続いたのは、むしろ落ち着いた響きの呟きだった。
「うううっぁああああっ!!」
何かを抱く前に行動を、止まらずに勢いだけを重視してと考えているのが傍目にも解る様なキャイアの攻撃。
正面では二機とくみ合い、側面からの大上段の一撃とあらば黒い聖機人も易々とは避けられまい。
―――避けられない、筈だ。
『っ、―――ふぅっ!』
一瞬だけ圧しかかる二機に抗う力を緩めた後に、片足を軸に身体ごと反転。当然のこと、両腕で構えた大鎌がその流れに沿って並び立ちバランスを崩していた二機の聖機人に鈍い刃を走らせる。
力任せの斬線が、重たい響きを伴いながらシュリフォンの聖機人二機を一息で両断する。
振りぬいた鎌をそのまま、キャイアの斬撃に対する防御と成す。
凄まじい金属と金属の激突。火花が散って踏み込んだ、押し込まれた街路の石畳が陥没する。
「―――っ、くぅっ!」
必殺と思われた一撃が避けられ、あまつさえ味方が一刀両断されたとあってはキャイアも苦い顔を浮かべるしかない。
先ほどの二機と替わって、今度はキャイア自身が黒い聖機人と組み合う羽目に陥ってしまった。
「ならばっ!」
脚部に力を溜め込み、亜法結界炉の出力を上げてこのまま押し込んでしまえば。
『―――来ると思っていたわ、キャイア。奥に居るのはアウラよね。―――アマギリは?』
「―――え?」
余りにも落ち着きすぎていた姉の言葉に、キャイアは一瞬我を忘れた。
『はぁあっ!』
「―――っづぅ!?」
その一瞬の間隙が命取りと言うべきか。黒い聖機人は力が緩んだ瞬間を逃さずに大鎌を振りぬきキャイアの聖機人と距離を取る。
「しまった!?」
慌ててもう一度踏み込もうとして―――キャイアは、大鎌の石突を地面に付きたて、肩に担ぐ格好となった黒い聖機人を目撃した。
不思議なほどに、隙だらけの姿。
姿も声も変わっても、技の切れは見慣れぬ獲物を使っているとは言え姉のものと解るのに。あの黒い聖機人に乗っているのが姉メザイアであれば、戦場で気を抜く筈などありえないのに―――どう考えても、ただ武器を肩に担いで突っ立っているだけの姿は、やる気の一片も感じられない。
『いいえキャイア、大丈夫よ。―――まだ、もう少し剣士には時間が必要だから』
「何、を―――?」
混乱。
そう言い表すよりない精神状況に追い込まれる。
落ち着けと、むしろこちらを労わるような言葉は―――罠か。
『違うわよ』
「―――っ!?」
まるで聖機人越しにキャイアの思いを察したかのような態度は、正しくキャイアの知る何時もの姉の勘の良さに思えてしまう。
『アウラ! 出てきなさい。―――アマギリも居るならば!』
そしてキャイアが混乱している隙に、メザイア―――声は何時もと違うが―――は、キャイアの背後の森の中に潜んで様子を伺っている筈のアウラに聞こえるように声を響かせる。
「ちょっと姉さん、いきなり何を―――っ!?」
『何もかにも無いでしょう、キャイア。あなた達はユライトから情報が漏れているのを逆手にとって、剣士を奪還する手筈を整えていたんでしょ?』
「何で姉さんが、それを―――」
あっさりと言い切られればキャイアは驚愕するしかない。対する姉の言葉は、どこか呆れを含んだものだった。
『……キャイア、例え真実そうだったとしても、敵の言葉に迂闊に同意を示したらだめって授業でも教えたでしょ? ハッタリを仕掛けられていたらどうするのよ』
「う、―――……って、何で今この状況で姉さんにそんなこと言われなければならないの!?」
『―――もしや、”キャイアなら絶対平気”と言う凛……アマギリの言葉の真実は、こう言う事なのですか、メザイア先生』
ガサと、木々を掻き分ける音が響いて、アウラが森の中より進みだしてきた。無論、質問をしつつも武器を下ろすなどと言う油断は見えるはずも無いが。
『……そう、そんな事言ってたの。あの子やっぱり優秀ね』
アウラの疑問に、メザイアは肯定の響きを持って返した。当たり前のように話が通じ合っているアウラとメザイアの間に挟まれて、キャイアは訳が解らない。
「ちょ、ちょっと、一体どういうことよ。―――剣士は、だって。ユライト先生が操られて、それに姉さん―――、アマギリだって、何で? え?」
『私? 貴女の言葉を借りるなら、私はガイアに操られたままよ。―――とは言え』
「っ!? 姉、さん?」
含み笑いを響かせながら、メザイアは、妹が驚く姿を楽しそうに眺める。
―――聖機人のコアより、外に進み出でて。
腰元に寄せた手のひらに、黒いドレスを纏った童女の姿を晒す。
『どう言う事なのです。貴女は―――』
混乱しているのはキャイアだけではないらしい。黒い聖機人の手のひらの上で優雅に微笑むメザイアの筈の少女の姿に、アウラも驚きの声を隠せなかった。
「あら、アウラまで。アマギリに先に聞いていたんじゃないの?」
『……アレが、一々細部まで人に説明するタイプに見えますか?』
「見えないわよねぇ。見栄っ張りだし。―――そういえば、彼はどうしたの? まだ何処かに隠れてるとか?」
『いえ、その……私が、眠らせました。アレで一応、貴女との戦闘でかなり消耗している状態ですので』
キョロキョロと辺りを見回す仕草をするネイザイに、アウラが思わずと言った風に正直に答えてしまう。
その言葉に、ネイザイはクスリと微笑んだ。
「―――そう。あの常識を超越した異能はやはり……。ま、あの子には良い薬かもしれないわね。……じゃあ、時間もあるし少し説明しましょうか。―――あ、その前にアウラ。ネイザイ……ユライトに向けて攻勢をかける様に指示を出しなさい」
『はっ?』
小首を傾げた後に思い出したように言った、今は敵である筈の女性の言葉に、アウラは戸惑う。
「致命傷とは行かなくても、機体に損傷を与える事さえ出来ればユライトは撤退するわよ。―――貴方達もその方が都合が良いでしょ?」
『それは―――そう、ですが。いや、その……』
「ちょっと待ってよ、何で姉さんが!? 私達の特に―――いえ、自分達が不利になりそうな事を」
言葉に詰まるアウラに続いて、キャイアも混乱したまま言葉を重ねる。
二人の少女の戸惑う姿に、ネイザイは微苦笑を浮かべる。
「簡単な話よ。―――その件に関しては、”縛られて”いないから」
『―――縛られて?』
「そう。アマギリかワウアンリー辺りから説明されていない? 私達人造人間を括る方法を―――その危険性を。余りにも細かすぎる命令は、暴走を招く危険性があるから行えない。広い範囲で曖昧に、と言うのが望ましいのだけれど―――でも、それは解釈に余裕を招くと言うことでもある」
言っている意味が解るかしらと尋ねてくるメザイアに、アウラは躊躇いがちに口を開く。
『命令が単純且つ曖昧な部分が多い故に―――ある程度、それに沿ってさえ居れば独自の行動がとれる余地がある、と言うことでしょうか』
「大まかに言えばそんな感じかしら。貴女も頭の回転が速いわね、アウラ」
「……なんで私を見ながら言うのかしら、姉さん」
アウラの返事に満足そうに頷く姿の違う姉に、キャイアは眦を寄せて呻く。実は、未だに意味を理解していたのだが、そんな彼女を放ってアウラとメザイアの会話は続いた。
「今の私は”シュリフォン王城の壊滅が第一目標。そのニが無事の帰還。―――障害の排除は求められているけど、それが何かまでは指定されていない。当然ガイアの目標はアマギリ―――異世界の龍なのでしょうけど、王城に居ると解っていたのだから、どうせ纏めて壊滅させると。一々個人として特定する事もなかったから……」
『王城の外に居る私達は、攻めるに当たらないという解釈が成り立つ?』
「そういう事よ、それに加えて、私は自らの無事の帰還は命ぜられているけど―――これはユライトも同じね。特に向こうは最後の最後、奥の手とも言える存在だから、尚更ガイアはその安全に気を使っている。もうちょっと攻撃を加えれば、本当に撤退するわよ。―――私と剣士を放置してでも。その事にあの子は疑問すら抱けないように括られているからね」
『―――、お前達。半分はユライト・メストへ攻撃を掛けろ』
『しかし、アウラ様―――!?』
『行け。恐らくは平気だ』
『―――ハッ! では第二分隊、任せる!』
『応!』
考えた末のアウラの言葉に、随伴として帯同してきたシュリフォンの近衛の一部が別れて、戦艦に道をふさがれた向こうに居る筈のユライトの黒い聖機人目掛けて移動を開始した。
「良いの? 私が嘘をついているかも知れないのに」
自身意見に賛同したアウラに、メザイアがおかしそうに笑った。アウラは自らも聖機人のコアから外へ出て、得意げに笑って応じた。
「貴女のように露悪的な態度を取る人間が傍に居たので、そういった手合いの言葉の真贋を見分けるのは、こう見えて自信があるのです、私は」
「……アレと比較されると、何だか凄く傷つくわね」
メザイアは整った美しい童女の顔を、不機嫌そうに崩した。
「……あの、姉さん。つまり、姉さんはその……アマギリと裏で通じていたって事なの?」
※ 解答編的な。
原作だとババルンさんと並んであんまり台詞無かった人だし、何とも―――と言うことで、このSSではこんなで。