・Scene 47-4・
「なにやら気難しそうな顔をしておるの。―――婿入りは失敗か?」
テントの下に広げられた、戦域情報図に表示されたシュリフォン王都の俯瞰図に視線を送ったまま、ラシャラは言った。
早足でテントに駆け寄ってきた凛音は、アウラから端末の一つを受け取りながら、肩を竦めて応じる。
「どうだかね。―――近所の悪ガキ扱いされた気分だよ」
「的確な解釈じゃないの、それ。―――うそ、圧縮したの、ひょっとして!?」
なれない戯言じみたツッコミを入れようとして、目線を外せなかった戦域情報図の端に表示された王都の各所に仕掛けられた小型カメラの送ってくるリアルタイム映像の一つを見て、目を丸くした。
崩落し瓦礫の山となっていた教会施設が、一瞬明滅した後に”消滅していた”。
後に残されたのは大きく長方形―――教会施設の形そのままに抉られたクレーターと、その中央に立って手を掲げている、三体の黒い聖機人。
映像を良く確認すれば、それらの手のひらの上には、親指大の球状の物体が浮いているのがわかる。
亜法による物質の高圧縮により精製される、圧縮弾に他ならない。キャイアの驚愕の言葉どおり、崩落した教会施設を丸ごと圧縮したのだ。
「さっすが剣士殿、おっかないなぁ……」
端末に備わったキーボードに行動指示文章を打ち込む手を休める事無く、凛音は乾いた笑いを浮かべた。
打ち込み、実行キーを押す傍らから、戦域図の各所に分散されていた光点が順次動き始める。
「あの爆発の中で無傷、か……。結界炉を高出力で起動させれば、強力なエナの防御壁を展開できるのは事実だが……」
「流石にあの質量に押しつぶされて、傷一つ無いというのは勘弁して欲しいの」
大鎌、片刃の剣、そして狙撃銃とそれぞれ獲物を構えながら、ゆっくりと教会施設だった場所の地下から浮かび上がっていく黒い聖機人達を見やりながら、アウラとラシャラは苦い顔で呟く。
「まぁ、想定内想定内。―――そう思ってないと、こんなのやってられないよ」
地上に飛び出したとたん、四方八方から矢に石に砲弾の雨霰に晒される黒い聖機人達。
無論、事前に仕掛けておいたありったけの砲台群を遠隔操作しているものである。
「まるで効いていないぞ」
「足は止まるさ。っていうか、一々口を挟まないで欲しいものですな、観戦武官殿?」
「フン、―――貴様が余りに無様な所を見せたなら、介入させてもらうぞ」
「何のためにだよ……」
腕を組んで鼻を鳴らすダグマイアを横目に、凛音は指示を出す事はやめない。無論、傍に立っていた手勢の人間に、ダグマイアが何かしようとしたら止めるように目配せする事も欠かさなかったが。
「だが実際、ダグマイアの言う事にも一理あるのではないか? アレは防御に集中するために踏みとどまっていると言うよりも、むしろ辺りの様子を呑気に伺っているだけにも見えるが」
「都市部に人の姿が無い事にそろそろ気付くかな。―――わざとらしく王城の前に並べておいた部隊で、どれだけ引っかかるか……」
アウラの疑問の言葉に応えつつ、凛音はテントの外、王都のほぼ全ての住民が集まった練兵場の様子を伺った。
シュリフォン王を中心とした一団が、状況を理解しかねている民達を丘の向こうの森に誘導しているのが見える。
「避難が終了しきる前にこちらに気付かれたら悲惨じゃな」
どうやら王城方面への進撃を開始したらしい黒い聖機人達の飛翔する様を見ながら、ラシャラは言う。
広い大通りを滑るように飛翔する三体の黒い席人に、そこかしこの路地に潜んでいたシュリフォンの聖機人達が攻撃を仕掛ける。
攻撃を仕掛けては、直ぐに身を翻し、また別の機体が攻撃を仕掛ける。一撃離脱の繰り返し。
攻撃は回避される。迎撃もされる。ダメージは微塵も与えられない。しかし、黒い聖機人達の足は止まり時間稼ぎにはなっていた。
「どうかな、無差別攻撃を仕掛けている様子も無いし、人的被害はあんまりでない気がするけど」
「そう楽観視出来るものか?」
「うん。連中が聖機人に乗ってきてくれた段階で確証に変わった。―――連中、戦争ってものの解釈が偏りすぎてる」
「偏り―――?」
片腕をもがれた聖機人に後退を命じ、それを援護するかのように背後から三機連携の奇襲を指示。苦も無く避けられ、やはり一機が上半身と下半身に別たれる結果になるが、すぐさまわき道に隠れていた一機に上半身の回収、離脱を命じる。
「聖機人―――聖機神ってモノの由来がそもそも見世物が発端だからね。それを操るために生み出された人間が企画したこの世界の戦争は、まず認識として、”聖機人は聖機人で倒さなきゃいけない”みたいな前提条件があるんだ。そして”戦いに勝つ”と言う認識は、”敵の聖機人を打倒する”と言う認識と同義に近い。都市を焼き民を殺しつくす―――そういう見世物的要素の足りない戦争のやり方を選ぶって言う発想すらないんだろうな、人造人間ってイキモノには。こっちとしてはありがたい限りだけど、さ」
少女達の疑問の視線に答える間も、作戦指示だけは怠らない。
「なるほどな。―――”戦い”と言えば聖機人戦をイメージしてしまうジェミナーの人間では絶対に出来ない発想か。戦艦や要塞だとて、いかに聖機人を絡めるかという事に腐心している部分が確かにある」
「そのお陰で大量破壊兵器の製造に対する抑止力が発生しているんだから、悪くは無いんだけどね。誰も彼もが僕みたいなやり方を始めたら、それこそこの星の落日の始まりだと思うよ。―――って、そうこう言ってる内に、もう五機も取られたのか。やっぱ半端ないねぇ」
次から次へと波状攻撃を浴びながらも、徐々に徐々に王城へと向かって大通りを突き進む黒い聖機人達。
やがて三叉路に到着し、中央の一本道を王城目掛けて突き抜けようとした―――その最中、足元の街路が爆発した。
超絶的な反射神経で、広がる爆風よりも尚早い回避行動を取る黒い聖機人達。
「―――よっしゃ、別れた!」
三方向に別々に離脱した黒い聖機人達の様子を目にした凛音は、嬉しそうに叫ぶと共に、シュリフォン軍に攻勢を指示する。今まで一撃離脱を繰り返していたシュリフォン軍は、三機それぞれを集団で押しつぶし―――更に分断し引き離すように突撃を仕掛ける。
更に何処に潜んでいたのか、砲車がせり出してきて、街路を埋め尽くし、そして味方の存在を考慮に入れない砲撃を慣行。
「作戦通りとは言え……何とも、えぐい光景だな」
「”初めから犠牲を考慮に入れた”戦い方だからね。気分が悪くなるくらいで丁度良い」
そう言いながらも、凛音は一片たりとも表情を変えずに次々と命令を切り替えていく。
戦域図に新たに巨大な光点が出現する。聖機人を格納可能な、空中戦艦が王都を円周上に囲うように接近してくる。
「包囲陣完成っと……こっからは我慢比べだな。にしても、シュリフォンの皆さんは良い腕してるね。思ったよりも消耗が少ない」
「―――まだ、序盤じゃろ? 既に五機も食われておきながら、少ないと抜かすか」
「正直、片道特攻が殆どなんじゃないかと思ってたから。―――無意識で、手を抜いてるって可能性もあるのかなぁ」
「それは、姉さん達がって事?」
「少なくとも剣士殿はね。思ったよりも動きが悪すぎる。瀬戸様に知られたら再訓練確実だな」
じっと画面の一角、大鎌を持った聖機人から視線を外さないキャイアに、凛音は頷く。
樹雷の闘士―――しかも皇族、”見てみる”に三柱の女神達全てから加護を得ているような少年が、たかが砲弾の雨と波状攻撃で間断無く襲い掛かってくる聖機人の集団程度を相手に、あれほどの苦戦を強いられているなど、冗談にしか見えない。
「立ち回りにアラが大きすぎる。―――”人”としての部分が押さえ込まれて無理やり”人造人間”として動かされているから、体の動かし方が自分で掴みきれて居ないって事か……?」
「近衛の精兵達が千切っては投げられている様を見て、”動きが悪い”と言い切れる辺り、ぞっとしない話だな」
「他人事みたいに言ってる場合じゃないよ? 僕ら、この後あれに突っ込まなきゃいけないんだから」
苦い口調で呟くアウラに、肩を竦めて応じる。三箇所でそれぞれ混戦に突入し、もう細かい指示を出すような段階は過ぎてしまったから、凛音は戦域図から視線を外さざるとも、一息吐いて体を起こす余裕は出来た。
「突っ込む、か―――。味方の弾に誤爆しそうになる、あの悪夢のような戦場にな」
「……燃えてきた、みたいに言ってるけど、キミは居残りだぞ」
「何故だ!?」
激昂して立ち上がるダグマイアに、凛音は視線を送る事はしない。眉根を寄せるダグマイアの視線の後ろから、更に凍えるような視線を感じていたが、それにすら、反応しない」
「何故も何も無いから。―――キミが前線に出ると、キャイアさんがまともに動いてくれなくなるし」
「なにっ!?」
「ちょ、私―――!?」
同時に対角線上から反応する、少年と少女。戦域図の周りで、一番離れた―――しかし、視界に収まる位置取りをしていたらしい彼らに、凛音は大きく溜め息を吐きながら、言った。
「キミ等の不仲がさ、周りの人間の命を奪う可能性が高いわけよ。例えば―――ダグマイア君が命令無視で突っ込む。それをキャイアさんが見る。案の定、死にそうになったダグマイア君を助けるために、キャイアさんが突っ込む。キャイアさんごと、ダグマイア君死ぬ。ついでに、命令無視した二人のカバーのために、別の誰かも死ぬ。作戦失敗おめでとうございます。……ざけんなよ?」
最後、未だかつて無いくらいドスの効いた声に、周りで聞いていた全ての人間がたじろいた。
「特にキャイアさんさぁ、ダグマイア君と共同戦線組んで、それで何時もどおりの動きとか出来るの?」
「それ、は」
「出来ないってはっきり認識して欲しいな。今回キミ、割と重要な役どころなんだから、気分切り替えて自分がベストなコンディションで動ける状態を作り出すような努力を見せてくれよ」
「凛音殿よ、すまないがそれくらいにしてもらえぬか」
「もらえません。つーか、キャイアさんはキミの管轄だろ?」
「む―――」
急速に冷え込んでいく場の空気を払うように、仲裁に入ろうとしたラシャラの言葉を、凛音は一刀両断する。
そして、呆れたように続ける。
「昨晩から準備で忙しくて疲れてるのは解るけどさ、寝ぼけているなら今のうちに目を覚ましておいてくれよ? 僕らがこれから相手にしなきゃいけないのは、ある意味ガイアよりも凶悪な存在なんだよ?」
頼むよ本当にと、言った当人が一番疲れたような態度だった。実際、疲れているのは事実なのだろう。精神的な意味で、と頭につけるのが正しいのだろうが。
重い空気にそれぞれ押し黙り、そして、凛音が時折キーボードを叩く音だけの時間が暫し続いた後で、まず口を開いたのはダグマイアだった。
「―――私が出なければ良いのだな?」
誰もが、無言。無言のまま、恐らく声を掛けられた側であろう凛音の様子を伺った。凛音は戦域図に視線を置いたまま、何も反応しなかった。やがて、ダグマイアは再び口を開く。
「キミに聞いているんだ、キャイア」
「―――え?」
漏らした声は、果たして誰のものか。一様に、少女達は驚いていたというのが真実だった。
「キミに聞いているといった、キャイア。私が居ないほうが、キミは力を振るえるのか?」
「それは、その―――」
偽りは許さないという目に射竦められて、キャイアは身を縮める。身をすくめ、助けを求める視線を周囲に送り―――そのどれもが救いとならないことに気付き、何より、ダグマイアの背後に立っていた存在の視線の、その温度に恐れおののいた。
―――凛音に向けられていたものよりも尚、暗く冷たい視線。
意味を成さない無形の圧力に晒されて、最早キャイアに逃げ道は与えられなかった。
逃げ道はなく、助けは無い。踵を返して場を離れてしまえば、それも一つの選択肢となり得るのだろうが―――そうしてしまったが最後、二度とこの場所に戻って来れず、そして、二度と少年と言葉を交わす機会を与えられないのだと理解できた。
理解できて―――それから、もう一つの事を理解できた。
怖ければ逃げろ―――逃げろ、そう無様に逃げて、二度と姿を見せるな。
そう、凍れる視線の主から、侮辱されているのだという事実に。
「―――上等」
我知らず呟いていることに、キャイアは気付かなかった。
意地と見栄しかない―――少年の気持ちも慮る事も、周りの視線も、先ほどまで叱咤されていたのだという事実も忘れるほどに―――奮い立たざるを得ない、自分があった。
醜い女の見得。女性のそうした一面と言うのは、異性にたいして現れるのではなく、得てして、同性に対して発揮させるものだという事を言葉にならない気分で実感する。
思いを―――寄せていたのか、今でも寄せているのか、自分でも解らないが。とにかく、その少年に見限られる恐ろしさよりも、今は、同性に侮蔑される屈辱の方が許せなかった。
一瞬瞼を閉じ、そして目を見開くと同時に情けない自分を消す。
視線は少年―――その後ろか。
「ええ。―――今はまだ、貴方が居る事には耐えられないと思う」
「そうか」
自分から振った話だろうに、それでも顔をしかめてしまうのが、きっと男であるが故の女々しさなのだろう。
気分を振り払うかのように、ダグマイアはテントの外へと歩みさってゆく。
無論、その背後に一人の少女が付き添うのは当然の事だった。キャイアの傍を通り過ぎる一瞬、視線が絡む―――などと言うこともありえず、まるで存在しないかのように、視界の端にも映さない。そのうちに秘められている意思は、誰にも図りようが無い。
※ 戦いは(せめて)数だよ兄貴! 的な。基本、質であっさり駆逐されるのが梶島ワールドな訳ですが。